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ものぐさ師匠の魔法体系  作者: 醜貌
3/3

俺と師匠の日常・1-3

 掃除は終わり、フィアも中央都市に帰り、それから二日が過ぎた頃。

小屋の入り口前にある花壇に水をやっていると、港へ向かう道の方から少し騒がしい声が聞こえてきた。どうやらようやく来たらしい。

そちらのほうを向くと、三人の見知らぬ男女──見た目は俺とそう歳は変わらないように見える──と、猫の頭をした男が一人。

 俺は手を振り、彼らの方に向かって歩きながら声をかけた。

「スタックさん、こんにちはー!」

 俺がスタックと呼んだ猫頭の男は「やあ」と軽く手を上げて返してくれた。

「彼らが?」とそう訊くと、スタックさんは頷いた。

「《顕現の渦》から来た子たちだ。この世界についても大まかに説明はしているよ」

「初めまして、師角卓也(もろすみたくや)と言います」

 先に挨拶してきたのはタクヤ──眼鏡をかけた、上下真っ黒な服に身を包んだ少年だった。

「初めまして、エンデルタと言います。エンと呼んでくれれば」

「はいはい!オレは丸井要(まるいかなめ)!よろしく!」

 少し食い気味に挨拶してきたのはカナメ──タクヤと同じ服装の少年だ。髪はタクヤより短く、色が少しだけ明るい。

「要、もうちょっと落ち着きなさい!あ、ごめんなさい。私は十文字藍(じゅうもんじあい)と言います。アイと呼んで下さい」

 カナメを窘めた少女はアイ──二人とはデザインが違う、白い服に赤いスカーフ、スカート姿の少女だった。

「えっと、スタックさんから聞いた話では、《渦》から来た人は儀式として祝福を受けなきゃいけないって聞いて、それでここに来たんです」

「はい、好きな賢者を選んで祝福を受けることができるんですよ。祝福の加護は賢者によって違うんです。とは言っても、極端に何かが変わるわけでもないので、来た人に直感で選んでもらって、それで儀式を行うために足を運んでもらうんです」

 タクヤの質問に、俺はそう答えた。そこにアイが続けて質問してくる。

「そういえば聞いてませんでしたけど、祝福って受けないと危ないんですか?」

「いえ、そんなことは。祝福を受けなくても実は何ひとつ問題はありません。ただ、受けておくと多少病気から身を守れたり。成長の度合いが伸びたり変わったりしますね。それで、生まれたばかりの子供に祝福を与えにいらっしゃる親御さんが割といたりします」

「最初に受ける加護で振り分けられたり伸びるステータスが変わったり、あと予防接種にもなるわけだな、なるほどなるほど」

 何を言ってるのかいまいち理解できないが、カナメは一人で納得したようだ。

「じゃあしばらく家の中でくつろいでて下さい。港の方に行っても大丈夫です、準備ができたら呼びに行きますので。道沿いに行けば戻れます。森の中で道を外れると、森に満ちた魔法の力で迷うので、道からはあまり離れないようにして下さい」

 俺は三人に注意をしておき、スタックさんの方を向く。

「スタックさんはどうします?」」

「そうだね、私もお邪魔させてもらおうかな。どうせ彼女は寝てるんだろう?時間がかかるだろうし、台所、使わせてもらうよ」

 スタックさんはそう言うと、一足先に家に入っていった。

「俺達はどうしようか」

「はい!オレ、港のほう見たい!」

 タクヤの言葉にカナメが手を上げる。

「確かに港のほうも見てみたいけど…エンさん、手間じゃありませんか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。俺ならすぐ皆さんを見つけられると思います。少ないですが、これを持っていって下さい。この世界共通の通貨です」

 子供の小遣い程度だが、俺は手持ちの金をタクヤに渡した。

「いいんですか?こんなに」

「言うほど多くはありませんし平気です。港はお店も多いですから、持ち合わせがないと寂しいでしょう」

「そうですか、じゃあ遠慮なく。ありがとうございます」

「あざっす!」

 タクヤとカナメが喜んでるところに、アイは、

「私はここに残るよ、スタックさんからもう少し話を聞いてみたいし」そう言い、

「そっか、分かったよ」

 と、返事をしたタクヤたちに軽く手を振って、家の方に向かった。二、三歩歩いたところで軽くこちらを向いてきたので、俺は頷いて「どうぞ」と促した。軽く頭を下げ、彼女は家の中へ。

「それじゃ、俺達も港を見てきます」

「ええ、お気をつけて」

「いってきまーっす!」

 タクヤたちを見送った俺は、軽く両頬を叩く。

「さーて…気合入れないとな」


──────────


「師匠ー、まだ寝てるー?」

 俺はまず何度かノックをしてドアの向こうに問いかける…返事はなし。いつも通り。

 ドアノブを握り、そっと部屋を覗く…ベッドに横たわり寝息を立てる師匠。適当に脱ぎ捨てられた服。これもいつも通り。

 ドアを開け、カーテンを開き、窓も開ける。

「師匠、お客さんだよ。ほら、早く起きて」

 布団を引っ剥がす。師匠は下着姿で丸まるように眠っていた。やはりこれもいつも通りだ。

「おーきーろー」

 師匠の身体を揺さぶり、反応があるまでそれを続ける。やがて「んー…」と声を漏らした。

「朝だよー、お客さんだよー、しーしょーおー」

「んー…あと…ご…」

「…ご?」

「…じかん…」

「アホか!さっさと起きろ!ダメ師匠!」

 俺は思わず大声をあげた。

 そう、この師匠、魔法を教える以外はほとんど自分では何もしようとしないくらい、ものぐさなのだ。

 魔法を教えるときだけはしっかり丁寧かつ熱心に教えてくれるのだが、それ以外はてんで駄目。

 起きても顔は洗わない、放っておくと歯も磨こうとしない、風呂に入ろうともしない。風呂から上がっても服どころか下着も着けようとしない。あげくの果てには食事さえも俺が言わないと、とろうとすらしない。

 髪の手入れさえしないから、初めて出会ったときは羊か何かだと勘違いするほどにボサボサだった。

 俺は前に住んでた家では、自分のことは自分でやれるようにしてきたけど、ここまで自分と真逆の師匠には当時から呆れていたものだ。

 そういうわけで、俺は魔法を教えてもらう代わりと思い、家事全般を半分くらい自力で磨き、ときにはスタックさんの手も借りつつ教えを乞い、今に至るわけだ。

「んー、駄目って言わないで…やる気が起きたら、起きるから…」

「それ間違いなく二度寝するよね!つーか俺がこうやって無理やり起こさずに二度寝しなかった日は一度も無いわ!」

「ん~ぅ~…」

 うめき声を漏らしながら、師匠は猫が顔を隠すように更に丸くなり、また寝ようとする。こういう仕草は実に愛らしいのだが、そうも言っていられない。さすがに今日は甘やかして寝させたままにするわけにはいかないのだ。

 あまりやりたくないが仕方ない。俺は自分の部屋に戻り、小瓶をひとつ棚から取り出して再び師匠の部屋へ。

 師匠は先程と同じ姿勢のまま動いていない。俺は師匠の身体の力が抜けているのを確認して、顔を覆った手をどかし、そっと顔を覗き込む。小瓶を開け、その中身をちょっとだけ指先に付けて、師匠の鼻の頭にちょんと塗った。

 小瓶を閉じてベッドから離れ、数秒後。

 突然、師匠の身体がびくんと跳ね、そしてジタバタ始めた。普段の師匠からは考えつかないほどに足が素早く動く。

「~っ!~~~っ!!」

 どこから出してるのか分からないような声を出しながら、俺は師匠のジタバタが収まるのを、脱ぎ散らかされた服を畳みながら待った。

 師匠に塗ったのは、この森に生えている木の実の一種だ。果実部分はそのままおいしく食べられるが、種の部分がミントを超えるほどのメントールに富むため、匂いだけでも強烈な刺激がある。俺は眠気覚ましとしてこれを使っている。

 暴れ疲れたのか、はあはあと息を荒げた師匠は、ようやくゆっくりと起き上がった。こちらを向き直った顔は、涙目でぐすんぐすんと鼻をすすっている。

「ほら師匠、鼻」

 ちり紙を二枚取り出し、重ねて一回折りたたみ、師匠の鼻にあてる。少し弱く、ちーんと鼻をかんだのを確認して、俺は師匠の鼻をぬぐう。

「エン…ひどい…」

「お客様が来たっていうのにいつまでも寝てるからだろ?ちゃんと起きてくれれば最終手段なんて使わないんだから」

「う~…」

「ほら、顔を洗って。歯を磨こう」

 俺は甘えん坊のように伸ばす師匠の手を掴み、ベッドからようやく抜け出させることに成功したのだった。



──────────


 師匠の身だしなみを整えさせてリビングに入ると、テーブルにはぎっしりと料理が並んでいた。タクヤたち三人とスタックさん、俺と師匠の五人だから普段使っている小さめのテーブルにはほとんど隙間がない。

「スタックさん、朝からちょっと作りすぎじゃないですか?」

 キッチンを覗き込みながら俺はそう言った。見ると、

「あー、すまない。ちょっと張り切りすぎてしまったな。よし、じゃあ今作ってるやつでやめておこう」

「俺、もうひとつテーブル出してきます」

「いや、それは私がやっておこう。それよりもタクヤ君たちを呼びに行ってくれないか。戻ってくる頃にはちょうど食事できるようにしておくよ」

 そう言われたので、俺は「分かりました、お願いします」と言い残し、小屋から出て港へと向かうことにした。

「待って」

 ふと、背中に声がかかる。振り向くと師匠が手に何かを持ってこちらに近づいていた。差し出されたそれを受け取る。

「あれ、これって」

 転送の護符。ひし形をした、銅貨程度のサイズの魔道具だ。道具に魔法の力そのものを込め定着させることは師匠に並ぶ上級魔法のレベル、そんな魔法を使える人物は一人しかいないと聞く。消耗品であっても売れば当分遊んで暮らせるほど高価なものだ。

「どうしてこれを?」

「念のため。必要だと思ったときだけ使うようにしてね」

 港と小屋を往復するだけならこんな凄いものを使う必要はない。師匠は何かを感じたのだろうか。

「う、うん。分かった。行ってきます」

「いってらっしゃい」と、師匠は柔らかく微笑み、見送ってくれたのだった。

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