乙女ゲームの世界に、魂的な物だけで飛ばされた
気付いたら"ようせい"になっていた。
ぶっ飛んだアイドルみたいな台詞だけど、事実なのだからしょうがない。
いつものように人権を無視しまくったサービス残業をひいこらとこなし、終電が近い電車に乗って……眠いなぁなんて考えながらスマホでまるごと一日分のSNSチェックをしていた所までは覚えてる。
唐突に電車のガタゴトする音が消えたと思って前を見たら、全く知らない所にいたからびっくり。
疲れた体がSNSでの繋がりより睡眠を優先してしまって、呑気に夢を見てるのかと思った。明日も早いのに、って。
「せいれい様……!? ……いや、ようせい様だ!! ようせい様がおいでになられた!!」
辺りを取り囲むのは、変な服を着たヒゲとかハゲとかの集団。正面の大きな椅子に座っているヒゲは、布団みたいなマントを羽織って王冠までのっけてる。王様みたい。
夜もふけにふけ、電車も帰り支度をするような時間。良い子は寝る時間に、いい歳してファンタジーなコスプレをするダメなおじさん達の群れが電車に乗り込んで来たのかと思ったけど、辺りを見るにどうやら違うよう。
「え、なにこれ。なんかこわい」
キョロキョロしながら私がそういうと、ヒゲハゲ達がざわめいた。
「ようせい様がお隠れになられた! 一体なぜ!? 何と言ったのだ? 何を伝えようとしたのだ?」
どうやら私はお隠れになったらしい。いや、いるんだけど。
なんかこわいと言ったから消える事が出来たのだろうか?妖精らしいし、そのパワーで。
しばらくそこでぼーっとしていたけれど、いつまでもおじさんの寄り合いを覗く趣味もないので、外に出てみた。
馬に乗って移動する変な人や、リュートを鳴らして歌を歌う変な人、麻みたいな素材の服を着て歩く変な人がいっぱいいた。
みんなそうだから、別に変じゃないのかも。
透明になってる純日本産アラサー女子の私が一番変な人なのかもしれない。
ちなみに後日わかった事だけど、王城に突如としてようせい様が表れて、一言だけ残して去ったというお触れが出回ったらしい。
その言葉とは、"エッヘ・ナンニュイクォーレ・ナンカクワァイ"。
精霊語に詳しいおじいさんによると
エッヘ → "~あれ"
ナンニュイクォーレ → "永遠の幸せ"
ナンカクワァイ → "王国"
詰まる所は『王国よ、永遠に幸あれ』
という意味なんだとか。いや、それほんとなの?私の『え、なにこれ。なんかこわい』すらよく聞き取れないおじいさんだよ?ちょっと耳と頭がアレなんじゃないんですかね。
◇◇◇
眠くなったから寝て、起きてもまだ夢みたいなここにいる。
とりあえず日本に戻るワープ地点みたいな物をがあればいいな、なんて思いながらあちこち移動していたら、不意にとある事に気付いた。
これ、ゲームの世界だ。
高校時代か大学時代かはっきりしない、若い頃にやった一つのゲーム。名前は覚えていないけど、この世界を見て回るうちに、内容をじんわりと思い出してきた。
主人公がアリスで、ピンクの髪の毛。
邪魔をする悪役がエリザベスで、赤い髪の毛。
取り合う男の子はアーサーで、青い髪の毛。
毛で覚えるとか獣みたいだけど、だってずっと昔にやったゲームだもん、仕方ないでしょ。
確か、アーサーとアリスは想い合いながらエリザベスに日々邪魔されて、それを乗り越えて二人が結ばれる、王道な展開しかない乙女ゲーム……だったと思う。
そんな世界に来ていた。魂だけみたいな姿で。
普通こういうのって肉体も貰える物じゃないの?幽霊みたいな状態で送られても、何も出来ないよ。誰かを祟ったりすればいいのかな。
◇◇◇
とりあえず、する事もない私こと妖精さんは、ゲームの流れを見学する事にした。一応ハッピーエンドまでやったゲームだったから(メインの王子様ルートだけで終わりにしたけど)、思い入れがない事もないし。
全体で言うと1か2くらい、と言った程度に話が進んでいるようで、今はエリザベスがアリスにお説教をしている所だ。
「平民の分際で招待を受けるがままにサロンへ出入りして……身を弁えなさいっ!!」
めちゃくちゃ怒ってる。顔は真っ赤でぷるぷるしてるよ、悪役令嬢エリザベスさん。元々の勝ち気な顔と相まって、物凄く怖い。大人な私も怯えてしまうくらい。取り巻き達の得意気な顔も中々のプレッシャーだ。
対する主人公のピンクな少女、アリスちゃんは言葉が出ないよう。ひどい言葉に晒されて、悲しげに俯いてる。仕事でミスして怒られている時の私みたいだ。なんてかわいそうなの。
「平民の分際でなんて……どうしてそんな事言うの……?」
たっぷり時間を置いて、アリスちゃんが震える声で言うと、たまたま通りがかった我らが王子アーサーくんが現れる。見計らったようなタイミングだけど、ヒーローはそういう所、あるよね。
「何をしているっ!!」
状況を見てすぐに反応した彼は、二人の間に割って入った。
アリスちゃんを庇うように立つと、鋭い目でエリザベスを睨みつける。ゲームでも見たシーンだけど、やっぱりアーサーくんはかっこいいね。弱い者いじめは許さない、真っ直ぐな男の子。私がミスした時は現れなかったけど、アリスちゃんを守ったから許してあげましょう。
「……っ!」
分が悪いと判断したのか、エリザベスは逃げるようにその場を去った。取り巻き達を引き連れて、尻尾をまいて逃げる悪役のなんと無様なことか。愉快じゃわい。
そして残された二人は、障害を物ともしない淡い想いを、不器用に少しずつ通わせる。甘酸っぱい恋の時間だ。ああ、ゆっくりにしか縮まらない二人の距離がもどかしい! しばらくそういう物とはご無沙汰の私もキュンキュンしてしまう。全くもって青春だ。
せっかくなので妖精パワーで二人の間に爽やかな風を吹かせておいた。こういう小さな事は出来るんだよね、この幽霊ボディ。
◇◇◇
あちらの二人はそれぞれのクラスに帰ったので、次はほうほうの体で逃げ出した悪役令嬢エリザベスの部屋へ侵入する。ゲームでは見られなかった所も覗く事が出来るこの世界は、色々楽しめてしまって、妖精さんはあちらへこちらへと大忙しだ。
ぬるっとドアを通り抜けると、意外な事にピンク主体のファンシーなお部屋だった。ドレッサーの前に座るエリザベスは、手にした大振りなサファイアのペンダントをじっと見つめている。
確かあれは『誓いのペンダント』とか言う、王族が婚約者に渡す曰く付きの代物だ。あなたを守り抜く、って誓いを込めた贈り物だったと思う。終盤の婚約破棄イベントで、アーサーがそのペンダントをエリザベスから奪い取り、アリスちゃんにかけてあげるんだよね。その時のセリフが「君は絶対に僕が守る」とかいうかっこいいセリフで、年若い私も思わず頬を染めてしまった、個人的にも思い出深い品だ。
「いや、お前エリザベス守ってないじゃん!」とか「女にあげたプレゼントを、奪って違う女にあげるとか……正気?」って感じだけど、それはほら、ご愛嬌って事で。
「……ひっく……うっ、うぅぅ……ぅぁぁ……」
なんて回想に浸っていたら、なんだかすすり泣く声が。誰だ誰だなんて見回してみるけど、この部屋にいるのは悪役令嬢一人と妖精一匹だけだ。声の主は判ってる。
なんと驚き、あのエリザベスが泣いている。
勝ち気な瞳で周囲を見下し、親の権力を振りかざして気に入らない者を制裁する、ザ・我侭娘のエリザベスが、サファイアのペンダントを胸に抱きながら、か弱い嗚咽を漏らしている。
「……アーサー様……わたくし、わたくしは……」
涙声で体を小さく縮こめて、弱々しく想い人を語るその背中からは、悪役令嬢の気配なんて全然しなくって。
日々少しずつ離れていく婚約者を呼ぶそれは、切なくて悲しい、お母さんを探す迷子みたいな声で。
「……行かないで……わたくしを、見て……」
なんだかそれ以上見ちゃいけない気がして、そそくさと部屋から抜け出した。
悪役令嬢エリザベスにも、色々あるんだねぇ。
◇◇◇
それからはストーリーを追うよりエリザベスを観察する事が多くなった。
貴族限定みたいな食堂でご飯を食べるアリス。生徒会室みたいな所に出入りするアリス。お忍び王子様と下町デートするアリス。
その一つ一つを責めるエリザベスと、見計らったように湧き出る攻略キャラ達。
逐一エリザベスは厳しい眼差しを受けて、その都度自室で涙する姿は、一人の小さな恋する乙女にしか見えなかった。
アリスのお弁当がぐちゃぐちゃにされていたり、勉強道具が水浸しになっていたりと、割と直球な嫌がらせもあったりしたけど、それらは全部エリザベスの取り巻きの仕業で、本人は何も知らなかった事にも驚いた。ゲーム内では、全部がエリザベスのせいになってたしね。
何かを無駄にしたりしないし、無闇に罵倒したりもしない。冷静に見れば、至極真っ当な事で注意しているエリザベスだったけど……。
悪者顔って感じの勝ち気な瞳と貴族らしい堂々した立ち振舞で、おどおどした平民に言葉をかけていると、いじめみたいに見えてしまうものなんだね。
ゲームをしているだけではわからなかった事が、この状態では沢山知ることが出来る。日々強くなる妖精パワーで、色んなスチルを保存して、私オリジナルのイベントシーン集を作ろう。
甘い恋の瞬間から、醜い心をむき出しにしている瞬間まで、一つずつ丁寧に保存していく。綺麗なだけじゃない、仄暗い所もあっての人間だから。人間ってそんなものね。
◇◇◇
ストーリーのシーンがない時は、ぶらぶらと主要キャラたち巡りをする。特典シナリオ見放題だ。騎士団長の息子とか、眼鏡のインテリクール図書館ボーイとか、愛らしい見た目の小動物系僕ちゃんとかを見て心を癒す。みんな違って、みんな良いね。
だけど、全員アリスに好意を寄せているのは如何なものか。あの娘、相当なワルなんだぞう。
たまたま見かけた裏庭では、犬に追いかけ回されて「チッ、駄犬が」とか言ってたし、部屋では可愛く見える角度の研究に余念がない。鏡に向かって「うん……こわかったよぅ……。なんかちがうなコレ」とか呟いてるのはもう狂気だよ。
手作りのお弁当を王子に持ってきてるけど、あれって近所の食堂でテイクアウトして詰め直しただけだし。しかもリアルさを演出するために完成済みの揚げ物をわざわざ自分で焦がしてたりするし。何で油で揚げたものに網目状の焦げが付くんだよ。王子も気付けよ!「それでも美味い、アリスの一生懸命さが伝わるよ」じゃねーよ! 一生懸命にやったのは焦がす事だけだよ!!
王子も王子で酷い男だ。さっさと婚約を解消すればいいのに、エリザベスを宙ぶらりんのまま放置して、アリスとイチャイチャベタベタしてるのはおかしいでしょ。王子が部屋で付き人と会話してるのを椅子に座って聞いてたら「婚約破棄してしまったら、その空いた席を狙って令嬢達が殺到するだろう。今はアリスとの時間に集中したいんだ」とか言ってるし。何それ? もう最低だよ。エリザベスをなんだと思ってるんだ! 妖精だって怒るんだぞ!
エリザベスの取り巻き達だってそうだ! 自分が気に入らないアリスを「エリザベス様が嫌っているから」って勝手に決めて、嫌がらせばかりしている。階段から突き落とした時なんて、流石の私も見過ごせずアリスを風で受け止めてしまったよ。それはやりすぎでしょう。
しかも、言うに事かいて「これに懲りたら、エリザベス様に逆らわない事ね、オホホ~」だなんて! エリザベスに言われたからやりましたと言わんばかりだ。責任転嫁も甚だしい。
3人寄れば高確率でエリザベスの悪口交換会が始まるし、エリザベスをおだててわざと厚化粧をさせて笑っていたりする。女社会ではありがちではあるけど、それにしたって醜いものは醜いんだ。結局の所王子の側にいる女二人への嫉妬でしかない。ああ、嫌な奴らだよ、本当にさ。
それでもエリザベスは、立派な王妃になる為のマナーや教養を身につける事に必死な毎日を過ごしている。少しでも振り向いて貰おうと、王子の好きな花の香りのポプリを持ち歩いたり、王子の瞳と同じ色のアクセサリーを身に着けたり。
だけど王子はアリスに夢中で、それが益々エリザベスを苦しめる。日に日にピンクの私物が処分されていくエリザベスの部屋は、アリスのピンクの毛を羨む心をそのまま表しているみたい。見ている私でも辛いんだ、きっとエリザベスはとってもとっても苦しいんだろう。一番純粋で、ひたすら真っ直ぐなエリザベス。どうか幸せになっておくれ。どうすればいいかは、わからないけどさ。
◇◇◇
今日はなんだかお祭りみたいだ。学園の創立記念パーティーとやらをするらしい。学園の大広間を飾り付けて、飲めや歌えやの大騒ぎ。飲むのはジュースだし、歌は歌ってないのだけれど。
みんなでわいわいしているのを見ていると、会社の飲み会を思い出す。お酒は嫌いだけど、あの空気は嫌いじゃなかった。上司は嫌いだったけど、飲み会では楽しく喋れた。まるで昨日の事のよう。
……戻りたいなぁ。どうしてここにいるんだろう? 食べることも飲むことも出来ず、姿を見せようとすると一瞬でエネルギーが切れる不便な体。
些細な事しか出来なくて、ぼーっと見るばかりの永遠の第三者。無間地獄と言ってもいいような状態だ。取り巻き以外は近づいてこないエリザベスちゃんも辛いだろうけど、妖精さんも辛いんですよ。お互いの世は、世知辛いですなぁ。ザベっちゃん。
「もう我慢の限界だっ!! エリザベス!! 僕は君との婚約を破棄するっ!!」
唐突に大広間に声が響き渡り、一瞬のうちに夜の海みたいに静まり返った。王子くんの仕業だ。
向かうはエリザベスとその取り巻き。取り巻きの一人がアリスのドレスにジュースをかけたらしい。「赤はエリザベス様だけのもの、下民が纏っていいものではありませんわ」とか言いながら。
何でそれがエリザベスのせいになるのかわからないけど、兎にも角にもこのシーンは見たことがある。
あのゲームの最大のカタルシス……ハッピーエンド直前の『婚約破棄からの、ペンダントの誓い』のシーンだ。
「ア、アーサー様……わたくしは……」
「今までずっと耐えてきたっ! だが、ああ、もう限界だっ!! 来る日も来る日もアリスの心を傷つけて、平民を見下すその"汚らわしい青い血"と一生を添い遂げるなんて、僕は御免だ!!」
「違うのです、アーサー様っ!! わたくしはそんなつもりでは……」
「今更何を言うか! アリスの私物を汚し、踏みつけ、階段から突き落とし! 僕が贈ったドレスすら台無しにした君とは、金輪際関わりたくない!!『誓いのペンダント』を返して貰おう!!」
大変だ。そういえばクライマックスの舞台はこんなパーティーだった。全然気づかなかったよ。これはまずい。
ゲームをやっている時は「うっひょ~ざまぁすぎる~ハッピーエンドォ!!」とか言ってた私だけど、今は違う。こんなのいやだ。一途なエリザベスが、純粋なエリザベスが、ノブレス・オブリージュを果たしただけのエリザベスが、婚約破棄されて、勘当されて、良くない事に巻き込まれるバッドエンドになるなんて……絶対嫌だ。絶対嫌だ!!
蔑ろにされたって、無視されたって、ずっとずっと王子を想ってたエリザベス。
変な取り巻きに囲まれて、本当の友達を作らせて貰えなかったエリザベス。
部屋でいっつも迷子みたいに、涙を流して苦しんで……それでも一生懸命、王子にふさわしくあろうと努力していたエリザベスが……
なんにも報われず、誤解されたまま、嫌われたままで終わるなんて――
――そんな結末、絶対に、認めない!!
◇◇◇
「さあっ!! 早くその『誓いのペンダント』を返せっ!!」
「ぅぅ……いや、いやぁ……っ」
「往生際の悪いやつだな」
「……ひっ!?」
「怖いか? だが、アリスはもっと怖かった」
騎士団長の息子が険しい顔でエリザベスに詰め寄り、ペンダントを奪おうとする、その瞬間。
ちょうどいい具合にぼけっとしていたメイドさんの体に侵入すると、右手をぐーぱーして動けることを確かめて、息を一気に吸い込むと、ふーっと吐き出す。ここが勝負どころだ。
さぁ、苦節6ヶ月にも及ぶ『充電期間』は終わり。ためたエネルギーをありったけ全部使い切って、少しでもエリザベスの未来の為に!
やれっ!! 妖精さん!! つまりは、私!!
「待ちなさいっ!! アホアホカラフルヘッド共!!」
そう叫びながら、左手に持っていたグラスの乗ったトレーを床に思いっきり叩きつける。別にそんな事する必要はなかったんだけど、注意を引くためと、なんか無性にそういう事がしたい気分だったのだ。
「なんだ?……メイド風情が何を……」
「うるさいっ! 騎士団長の息子風情が! そもそも私は君の名前を知らない! なぜなら、馬鹿っぽくてどうでもよかったから!」
「なっ……!?」
「黙って見てれば、か弱い女の子相手に、力づくでペンダントを奪おうとして……この国の騎士団は、女子の身ぐるみを剥ぐ事を信念にする集団なの? 気持ち悪っ! 汗臭っ!」
「……貴様ァ……っ!! おいっ!! 誰か取り押さえろっ!!」
「うるせーっ!!」
ぱいーん と間抜けな音をたてて、私を捉えようとした警備の人たちが弾き飛ばされる。風やスチル保存だけじゃなく、妖精パワーはこういう事も出来るのだ。使う機会はなかったけど。
「障壁魔法……!? 術式も無しに? せいれいか、それに属する者……?」
「したり顔でインテリぶってるけど、アリスの計算も見抜けない節穴がやった所で"馬鹿の考え休むに似たり"でしかないからね」
「……私が、馬鹿?……アリスの計算? 何を言っているんです?」
「それではここで、スチルオープン!」
私はそう言うと、アリスが部屋で角度を調整している所などの赤裸々シーンを空中に投影した。ちなみにスチルと言ってはいるが、音声付きの動画である。
『うん……こわかったよぅ……。なんかちがうなコレ』と言いながら鏡に向かって瞳をうるうるさせるアリス、そして連続で揚げ物をわざわざ焦がす悪い顔のアリスが映し出され、インテリ眼鏡もアリスも王子も、エリザベスちゃんだってぽかーんとしている。エリザベスちゃん、そういう顔のほうが愛され度高いんじゃない?
「なに……これ……私、こんなの知らない!」
「これは……!! 保存魔法! 実際の出来事を切り取り好きに再生出来るという、真実と虚偽のせいれいにしか使えないと文献に……」
「なんだこれはっ! 何が起こっているっ!」
あわあわするアリスと、更に上乗せで知識をさらけ出すインテリ眼鏡。精霊じゃなくて妖精だけど、この映像の真実性を後押しする勘違いなら丁度いいかな。
王子は未だに大きな声を出しながら、アリスを背中に庇っている。君が守ると誓った人は、そっちじゃないでしょうに。むかつくなぁ。
「私はね、君たちをずっと見てきたんだ。表の顔も裏の顔も、嘘も本当も全部見てきた。だからこそ、私が一番許せないのは……王子くん、君だよ」
「王子"くん"……だと? 誰に向かってそんな……」
「お前だ、アホ王子。色ボケ馬鹿王子、ハゲ」
「……っ!?」
余りの言い草に、王子くんは言葉も出ないよう。そうだろうね、今までこんな事、言われたことないもんね。ちょっと泣きそうですらある。若い男の子をいじめる快感……には目覚めない。そういうのって、好意あってこそだと思うんだ。ちなみに王子は別にハゲてない。
「どうしてエリザベスを見てあげないの?何故、見もせずエリザベスを責められるの?ペンダントの誓いは、嘘だったの?」
「……エリザベスは、アリスに酷い事をした」
「エリザベスがした酷い事?例えば?」
「ドレスを汚した。弁当をぐちゃぐちゃにした。階段から突き落としたっ」
「どれもこれも、取り巻きがやった事でしょう?」
そう言って今度は、取り巻きたち3人でおしゃべりする映像を映し出した。
『あの平民の貧相なお弁当に、砂をかけて振り回してやりましたわ』
『クラスでは大騒ぎになっていましたね』
『赤いドレスの人物を見た、と噂になっていましてよ』
『まあ怖い。わたくしの貰い物の"赤いドレス"も、今日初めて袖を通しましたけど、すぐに処分しなくては。いらぬ誤解を受けてしまいますわ』
『赤が好きなお方には、碌なのがいませんものねぇ、オホホホ』
それを見て、取り巻き3人集の顔がさあっと青ざめる。エリザベスの様子をちらちら伺うが、エリザベスは映像をじっと見ながら唇をきゅっと噛みしめるだけだ。辛いよね、ごめんね。でも、こうしないともっと辛いんだ。きっと。
「……それにしたって! アリスに酷い事を言ったじゃないか!」
「どれもこれもが、全くもって正論でしょう?貴族しか入れない所に平民を入れるのは、単純にルール違反な訳だし」
「エリザベスには関係ない事だ!」
「貴族の責務があるでしょ、馬鹿じゃないの?」
「……直接僕に言えばいいっ! 何故アリスを責める!」
「話してるのは私だ、余所見をするな」
ヒートアップした王子がエリザベスに向かって喋りだしたので、妖精パワーでぐいっと王子の顔をこちらに向けさせると、話を続ける。
「……愛してる人に向かっては、言いづらい事ってあるんだよ」
「……愛してる? 誰が? 誰を?」
「エリザベスが、君を」
「はっ! そんな事……」
「あるんだよ」
恋する乙女エリザベスの、私的可愛い瞬間映像を再生する。
『新しいドレスはどうかしら? アーサー様に気に入って貰えると思う?』
付き人に向かってくるくる回りながら、頬を染めて問うエリザベス。
『今日の香りはバラにしようかしら。我が家のバラ園を褒めて下さった王子ですもの、バラはきっとお好きよね』
可愛らしいポプリの包みを吟味して、想い人を鼻を喜ばせる想像をするエリザベス。
『すぅ……すぅ……アーサー様……』
寝言で婚約者の名前を切なげに呼びながら、一筋の涙を流すエリザベス。
「……っ!?……そんな……家の都合によるものだと……」
「初めはそうだったのかもしれない。でも、ずっとそうだった訳じゃないんだよ」
「……僕は……」
「君の瞳と同じ色のアクセサリー、すれ違う時に頬を染めて挨拶する姿、ふとした時に合う視線。気づかなかった?」
「……」
王子は何も言わず黙りきる。頭の整理が追いついていないのかもしれない。だからと言って、言いたい事を飲み込む私ではないんだけどね。
「他の子と時間を過ごすなら、せめてきちんとしてからにすべきだよね。好きな人が出来たから、婚約を解消してくれって、頭を下げて頼むべきだったよね」
「……」
「何も言ってこない婚約者に甘えて、他の令嬢からの防波堤として利用して、自分はやりたい放題好きな子の事を追いかけて、それがこの――」
「せいれい様」
興が乗った私がノリノリで口を動かしていると、思わぬ所から待ったがかかった。声の出処はエリザベスちゃんだ。今この時までだんまりを貫いていたエリザベスちゃんが、意を決したような顔でこちらを見ている。
「エリザベスちゃん……」
「ちゃ、ちゃん? いえ、失礼いたしました、せいれい様。もう十分でございます」
「でも……」
「もう、よいのです。わたくしは、もう大丈夫ですから」
「……そっか」
元々はエリザベスちゃんの為の事だ。本人が良いと言うのなら、もう良いかな。消化不良だけど。
「アーサー様」
「……エリザベス、僕は」
「今まで、ありがとうございました」
「……」
「沢山の思い出と、ずっと昔にはなりますが、幸せな時間をいただきました。わたくしは、あなたと……」
「……」
「……あ、あなたの……あなたを……アーサー様を……」
「……エ、エリザベスっ、僕はっ」
「……お慕いしておりました。お元気で、アーサー王子」
「エリザベスっ!! 待ってくれ!!」
そう言うとエリザベスは大広間を走り去る。誰もそれを止める事は出来ない。立場もあるけどそれより何より、恋する乙女の手を引いて止める事が出来るのは、その想い人だけしかいないんだから。
後に残されたのは、しんと静まり返った中にいる、大勢の観客と、少数の主役達。そしてテーブルに置かれた『誓いのペンダント』なんて大層な名前がついた、何の意味もないただのサファイアのペンダント。どれもこれも、さっきまでとは役柄が変わった道化みたいなものだ。もう、いいかな。エネルギーも無くなっちゃった。意識が消えて行くのがわかる。
「……もう、行くよ。後はまぁ、みんな頑張って」
「せいれい様、お待ちを……っ」
「あ、このメイドの子には何の罪もないから許してあげてね。私が体を勝手に使ってただけだから」
「私、あんな事言ってない!」
「俺はなにを……俺の騎士道は、女の身ぐるみを剥ぐ事なのか……? わからない……わからない……」
「一番可愛く見える角度……図書室での、ささやかなふれあいも、まさか全て計算の……?」
「エリザベス……」
「それではみなさん、さようなら~! パーティー楽しんでね~」
メイドさんの体から出ようとしたけど、そんなエネルギーも残ってなくて。
"私"が徐々に消えていく。色々やりすぎちゃったなぁ。
でも、エリザベスの誤解が少しは解けただろうし、満足だ。
私がこの世界に来た理由はわからないけど、私がこの世界に来たことで出来た事があったから、それでいいんだ。うん。
さよなら、恋する悪役令嬢。悲しい涙は、王子に別れを告げたあの時で最後になりますように。
あなたに幸あれ、"エッヘ・ナンニュイクォーレ・エリザベスちゃん"!!
なんてね。
◇◇◇
「それではこれより、第一王子アーサーと"アリス"の、婚姻の儀を始める」
来たる本日、年に一度の"祝福の日"。
王子と平民の娘が結ばれるという前代未聞の瞬間を一目見ようと、王城の周囲には多くの人が集まっていた。
学園で出会った身分の違う二人が、想いを交わして結ばれる。まるでおとぎ話のようなその結末に、多くの人が心を揺さぶられ、その物語の主役二人を集った全員が祝福する。
今日という日は、永遠に語り継がれる日となるだろうと、確信をしながら。
そんな笑顔と歓声が溢れる空間に、更なる幸せを運ぶ存在が姿を表した。
「……せいれい様だっ!!」「せいれい様!!」「せいれい様が祝福を授けに参られたっ!!」
今日は年に一度の"祝福の日"。
せいれい様が現世に参られ、王国に祝福を齎す日。
「……アーサー、そしてアリスよ」
「はい!」
「は、はいっ」
「精霊語で "~あれ" の反対語は、なんですか?」
おや? なんだか様子が変だ。謎掛けだろうか?
しかしせいれい様の言葉を無視する事は出来ない。アーサーは慎重に答えを告げる。
「『~あれ』 は "エッヘ"。『~あらざる』は "リィベ" でございます、せいれい様」
「……そうですね」
せいれい様はそう言うと、ニコリと笑い、高らかに宣言する。
「アーサーとアリスが住まうこの場所に……"リィベ・ナンニュイクォーレ・ナンカクワァイ"!!」
『王国よ、永遠に幸あらざるべし』。
せいれい様はそう言うと、お隠れになった。
「……え?」
アリスの小さな声が、静まり返った中にぽつりと響いた。
◇◇◇
どうやら私は『妖精』さんじゃなかったらしい。
幼児の幼に、精霊の精で『幼精』。生まれたばかりの精霊だったようだ。だからエネルギーの貯まる量と総量が少ない訳ね。
その充電効率の悪さ具合と言ったらもう、学園の生徒が卒業して一年後に結婚の儀式をするまでの間で、ようやく現世に姿を見せて3回くらい発言するエネルギーがたまったくらいだ。
まぁ、言いたいことは言えたから良いか。別に災いあれとか言った訳じゃないし、精霊の祝福に頼らず自分で幸せになりなさいよ。自分勝手にエリザベスを振り回したんだからさ。
そんなこんなで私は今、違う国のレストランに来ている。目的はもちろん、ご飯……ではなく、彼女。
赤い髪に勝ち気な瞳、でも、ニコニコ笑顔でその勝ち気さがかえって愛らしく見える少女。思わず口元が緩んでしまうのは、私の意思か、憑依したおじさんの意思か。でへへへって感じで歪んでるから、きっとおじさんの意思だ。私はこんなエロオヤジみたいな笑い方はしない筈。たぶん。
「おまたせしましたっ! ご注文の日替わり定食Bです、ごゆっくりお召し上がりください!」
「エリザベスちゃん」
「ちゃ、ちゃん?いえ、失礼いたしました、お客様。何かご用でしょうか?」
「 "エッヘ・ナンニュイクォーレ・エリザベス" 」
「……?」
困惑するエリザベスちゃんも可愛い。なんだかんだで上手くやっているようで、私も一安心だよ。今度の恋はいつになるか……まだわからないけど、陰ながら応援しているからね。幼精さんは君の味方だっ! がんばれ! 元悪役令嬢!!
「『え、なにこれ。エリザベス』って……日替わり定食Bですよ?」
「ぶふっ」
「お、お客様?」
なにそれ。エリザベスちゃんには、ちゃんとそう聞こえるの?あはは。
誰にもそう聞こえなかったのに。あははは。変なの。
5/17 新しい短編も投稿してあります。
その名も『魔王討伐パーティを追放された吟遊詩人♀は、協奏曲の音色を紡ぐ』です。
沢山の熱量をもって書きました。よろしければ、読んでやって下さい。ぜひ。
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お読みいただき、ありがとうございました。
誤字脱字等、お気づきの点がございましたらお手数ですが感想欄にてご指摘いただけると、幸いです。
その他、一言でも良いので感想をいただければ嬉しいです。返事は必ずお返しします。
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