第7話・・・ある1人の少女の話
X1515年、ミュー王国
とある少女がいた。彼女は17歳。子供のころからアイドルになりたいとずっと願っていた。ミュー王国では毎年、ノイヤールフェストと呼ばれる年越しのお祭りが行われていた。その中でも目玉となるのが、女性だけが参加する人気投票、および上位のメンバーによって行われるステージだ。
そのステージに出たいと彼女は今までも人気投票に参加していたが、なかなか思いが届かずにずっと苦労していた。しかし、本年ついに彼女は見事1位の座を勝ち取ることになる。
彼女は明るさは取り柄なものの歌とダンスは得意ではなかった。それでも人気投票で選ばれたからには・・・と地道な訓練を重ね、とにかく努力した。
雨の日も風の日も走り込みをし、さらにダンスの仲間が帰っていく中でも1人で練習を積み重ねた。
だんだんと口コミで噂は広まり、彼女の努力は様々な人に知れ渡ることになった。
そんなある日
「はぁはぁ・・・も、もうダメ・・・」
「ちょっと、大丈夫!?」
周りからダンスの仲間が駆け寄って心配する声をかける。
「う・・・うーん、大丈夫じゃないかも・・・」
「どうしたの?どこか具合でも悪いの?」
「いや、そういうわけじゃなくて・・・このままじゃ、本番に間に合わないよ。私にはやっぱり無理だったんだ。」
本番はすぐ近くまで迫ってきていた。ずっと頑張ってきた彼女もついに音を上げていた。
「・・・いや、でも頑張らなきゃ!しんどいけど、それでも!」
「う~ん、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!」
そうして彼女はいつものように練習に励んだ。
その日の昼休み中
「それじゃ、おつかれー」
「おつかれー」
昼で練習が終わった子がぞろぞろと帰っていく。鞄を整理していた彼女に他の子が声をかける。
「ねー、一緒にご飯いかなーい?」
「あっ、ごめんね。今日は先約がいるの!ほんとにごめん!」
「んー、いやいや、それならいいよー。また誘うねー。」
そう言ってその子は去っていった。断ったのは今日、一緒にお昼ご飯を食べる友達が来るからだった。
(そろそろ来てるかな?)
彼女は鞄を持って練習場から廊下へ出ていった。外に繋がる少し長い廊下を歩いていると、少し前から人影が歩いてきている。
(あ、もしかして!)
「あら、お久しぶりですわね。元気にされていたかしら?」
「やっぱり!キラちゃん、久しぶり!」
「ちょ、ちょっと!こんなところでいきなり抱き着かないで!」
「ごめんごめん、久しぶりだったからつい・・・えへへ」
金髪の長い髪のその女の子は彼女の友達だった。そう、その子こそ今日お昼ご飯を一緒に食べる約束をしていた子なのである。
そして二人はお昼ご飯を食べるスペースへと向かっていった。
食堂にて
二人はある程度食事も食べ終え、話をしていた。
「今日は来てくれてありがとうね。本当にうれしい!」
「いえ、私もあなたに会えてとても嬉しいですわ。あなたがノイヤールフェストの人気投票で1位に選ばれたので、一度お会いして何か声をおかけできたらと考えたのです。」
「そっそうなんだ・・・ありがとね」
「あら、少し元気がありませんわね?どうかなさったのかしら?」
少女は一瞬ためらい、それでもやがて話すことに決めたのだった。
「あ、あのね・・・実は・・・」
「実は?」
「あんまりレッスンとか・・・ダンスとか上手くいってなくて・・・このままじゃ、本番に間に合わないよ・・・きっと失敗しちゃう・・・」
「・・・」
「あっ・・・ごめんね。お昼ご飯も食べ終わったし、そろそろ練習に行かなきゃ。私、全然できてないから!」
彼女は慌てて、席を立ってその場から逃げるように走り出そうとした。そんな彼女に金髪の少女は声をかける。
「お待ちなさい。」
その声で彼女の足が止まる。
「私はあなたの練習も、どれだけ出来るかも見ていないので、何かが分かるわけではありませんわ。ただ、一つ言えることがありますの。」
彼女は足を止め、ゆっくりとキラちゃんの方を振り向く。
「今のあなたには余裕がありませんわ。」
「・・・っ。」
彼女は何かを言おうとして、少しうつむき、やがてキラちゃんの方へ向き直り声を上げる。
「そんなっ、余裕がないなんて自分でも分かってるよ・・・!でも・・・でも!頑張らなきゃ、頑張らなきゃいけないの!ダメなの!」
彼女は瞳を少し潤ませながら、なかば叫ぶように言葉を発する。その声に答えるように、キラも力強く言葉を返す。
「ええ、もちろん。頑張らなければいけませんわ。ただ、あなたは今、大事なことを忘れていますわ。」
「大事な・・・こと?」
キラは鞄の中からさっと鏡を取り出す。そして、その鏡を彼女の方へ向ける。彼女は反射的に鏡で自分の顔を見た。そこには、疲れ切った顔で涙ぐんだ元気のない顔が映っていた。
「な、なにこれ・・・やめてよ、なんでこんな、こんなことするの!」
彼女はその場でへたれこんだ。そんな彼女にキラは近づいていく。
「その様子では、やはり最近、自分の顔を鏡でよく見ていなかったのでしょう?だからあなたに忘れていたものを思い出して欲しくて鏡を見せたのですわ。」
「忘れたもの・・・」
「本当は鏡を見たときに思い出していただきたかったのですが、思い出せないようなら私が言って差し上げますわ。」
彼女の近くまで来たキラは歩みを止める。俯いていた彼女は、少女の顔を見上げ、次の言葉を待つ。
「今のあなたは、笑顔を忘れているんですの。」
「・・・笑顔?」
「そう、それもただの作り笑いではありません。心の底から楽しいと感じる時の笑顔。あなたはもとから元気がよく、明るいのですから、そういう心の底からの笑顔は周りを楽しい雰囲気にしてくれますの。」
(私は・・・笑っていなかったの・・・?)
「ミキ、私は、ずっとあなたの笑顔が好きだったんですの。」
彼女は・・・ミキは驚いたような表情をして、でもすぐに照れて少しうつむく。
「な、なんでそんな恥ずかしいこと言っちゃうの・・・。」
「フフッ、これでもミキの幼馴染だからかしら。」
「そ、それどういう意味!?」
二人は同時に笑い出す。笑いが収まると同時にミキはキラに声をかける。
「もうっ!・・・でも、ありがとうね。おかげで大事なこと、思い出せた気がする。」
「いえ、私は何も。あと一つ、ミキは以前私に名前の由来を話してくれました。木の幹のように、芯が強くて太くてまっすぐな少女になって欲しいと、そういう願いでつけられた名前ですから、簡単にあきらめてはいけませんわよ。」
「うん、ありがとう!・・・今度こそ、行ってくるね!」
「はい、行ってらっしゃい!」
(そうだ、私は!)
こうして、ミキは忘れていた何かを思い出し、再びレッスンに励むのであった。周りはミキが急に元気になり、動きにキレが出てきたとほめ始めた。そこからミキは急激に成長し、本番までに歌とダンスをマスターしたのであった。
本番当日。
(頑張って歌もダンスも練習して身に着けたけど、やっぱり私は下手なままなんだ。でも、そんな私でも自分なりに頑張って、頑張って練習してきた成果をこの本番で全部出し切る!なにより、このステージを自分自身が楽しまなくちゃ!)
ステージは刻々と進んでいき、ついにミキの出番になった。
(さあ、ここが私のステージ!他の人では見せることができない、私を出して見せる!)
ステージにミキが現れると同時に、会場は大きな歓声に包まれる。
「こんばんは!私に投票してくれたみなさん、ありがとうございます!その思いに応えられるように、精一杯がんばります!だから、最後まで目を離さないでね!」
(私が忘れてたもの・・・笑顔。確かに忘れてたけど、自分が楽しむことも忘れてた。思い出させてくれたキラちゃんに届くように、応援してくれた人に届くように。この・・・楽しい気持ちが!)
ステージが始まると、観客の声援はやまず大盛況となり、ステージは大成功となった。
キラはステージまで来て、親友のステージを最後まで見届けたのであった。
(ミキ・・・やはりあなたはステキな人物よ。こんなにたくさんの人を楽しいという気持ちにさせる。そして、人気投票に選ばれてからの努力。すごく元気のもらえるステージだったわ。)
「そう、すっごく元気をもらえるステージだったの。自分も頑張ればできる。きっと元気を与えられるって・・・そんなステージだったんだ。」
「なるほど・・・それで他の人に元気を与えられるような、そんなステージがしたいんだね。俺も応援してるよ。」
アイは話を聞いてくれてありがとうと言ってニコっと笑うと、城の方へ戻っていった。
「さて・・・と。俺も帰るか。」
リヒトが宿に戻りかけたその時、誰かが暗闇の中声をかけてきた。
「やあ、リヒト。お話は終わったかい?」
誰だ?と思いつつ、リヒトは声のする方を見つめる。
「・・・あれ、レンじゃないか。なんでこんなところに?」
「そんなことはどうでも良いんだ。・・・それよりも、リヒトはヨシダが怪しいと思わないか?」
「えっ・・・な、なんで?」
「ヨシダが現れてから街に急に魔物が現れたじゃないか。いつも俺たちがヨシダを見ていない時に魔物が現れる。だからきっとあいつが犯人なんだよ。」
「そ、それは勝手な決めつけじゃないか!?」
「だからもしかしたら今回も現れる可能性がある。特に大勢の人間が集まるんだ。人を傷つけるのが目的なら、このお祭りで魔物を出現させるだろうね。」
「た、確かにそうだけど・・・」
「それを知るために、明日はあえてヨシダを流しておこう。もし魔物が現れれば、彼が犯人だ。」
そういってレンは木の合間に去っていく。
「お、おい!・・・ってもう見えないな。ヨシダが魔物出現の犯人・・・?って、ああああ~頭の中がこんがらがってきた!今日は明日に備えてもう寝よ!」
そして、ノイヤールフェストの当日がやってくる。