第6話・・・お祭りの準備と前夜
X1518年、ミュー王国
王城にて
その王城はまるで純粋な粉雪を連想させるかのような真っ白さでリヒト達を迎える。白く伸びる入り口の橋から王城の敷地に入ると、ただ静かにその戸を引く者を待つ大きな扉があった。
「ミラの城より立派じゃないか・・・?」
「センセの城よりも立派やで・・・これは」
リヒトとレンはそれぞれ自分の住む国の城と比較して、それでもこのミュー王国の城の方が立派だと口にする。
建物を支える支柱のそばから城を囲む大きな池をすぐ近くで見ることができ、なおかつその池の水はとても澄んで透明感がある。城の壁に水のキラキラが反射し、それがより一層この城を訪れるものを魅了する。
「さて、それじゃあそろそろ中に入ろうか」
アイはそう言うと荘厳にたたずむその大きな扉に手をかけ押し開ける。扉も大きく口を開け、中に入るものを拒まず通すと言わんばかりである。
中に入れば綺麗に清掃された廊下、ピカピカに磨かれた銅像、高い天井から降り注ぐシャンデリアの光が出迎える。
「会長がいるところまではもうすぐだよ。」
「案内してもらってありがとう。こんなに広いと迷っちゃいそうだ。」
アイの案内にヨシダが答える。どうやらヨシダは城には入ったことがないようだ。
しばらく歩いていると、アイが歩みを止めた。
「この部屋がいつも会長と話をしているところだよ。といってもあんまり話をしたことはないけど・・・」
そこには、【ノイヤールフェスト会議室】という部屋札がつけられている。
「ノイヤールフェスト・・・これが新年のお祭りのこと?」
リヒトの問いにアイは、そうだよと答える。
ちょうどその時、入り口からこの部屋に走ってくる1人の人物がいた。ちょっと中年っぽいその男性はぜえぜえと息をつくと、ごめんね遅くなってと声をかけてきた。
アイが3人に向けて話す。
「この方がお祭りの会長さんだよ。」
「こんにちは。とりあえず部屋へ入ろうか。この子たちは祭りの関係者かい?」
会長がアイにそう尋ねると、そうですよと言ってリヒト達を部屋の中に招き入れる。
数時間後・・・
「それでは、またよろしくお願いします。」
ぺこりと礼をして、お祭りの会長は去って行ってしまった。
「ということで、お祭りの手伝いとしてはステージの材料の調達、および周辺区域の魔物の退治・・・それらをクエストで出すからそのクエストを達成することでオッケー?」
「オッケーや。ほんで祭りの2週間前に人気投票の結果発表やねんな。」
「そうそう。1か月前に投票は締め切りだから急いでね。」
「それじゃあ、もうそろそろだな。とりあえず投票に行ってくるよ。クエストが発行されるのは明日からだよね。」
全員で先ほどの会議の確認を行う。その日はアイを城に残して3人は宿に戻ることにした。
翌日からリヒト達はお祭りのクエストの消化に奔走する。時には山で木材の採集を行ったり、時には海で水辺にすむ魔物の退治を行ったり、そうこうしているうちにお祭りの2週間前の日がやってきた。
その日は人気投票の結果が発表される日で、リヒト達はアイと一緒に結果が発表されるのを今か今かと待っている。
ヨシダが話しかける。
「いよいよ今日が発表の日だね。」
「こっちまで緊張してくるで。」
「俺達も投票したから3票は入ってるはずだ。」
当の本人のアイはかなり緊張していた。
「う、ううんうん。そそ・・・そうぢゃね!うううううん、どうなってるんだろ・・・」
周りから見ても緊張して震えていることが伺える。これで本番のステージに立つときは大丈夫なのだろうか。そんな風に3人が考えていると、街のモニターに投票結果発表のニュースが流れ始める。
ニュースのキャスターは10~6位までの結果発表を行った。
「この中にアイはいないね・・・」
「ううん、ここからが勝負なの。ステージに立てるのは5~1位の人だから。」
いつの間にか緊張はとれたようで、真剣な眼差しで画面を見ている。
「続いて5位と4位の発表です!」
5位と4位が発表されるが、アイの名前はない。
「まだ、これからよ!」
3位、2位と発表され、それぞれのプロフィールが紹介される。しかし、アイの名前はまだない。
(お願いっ!私はあのステージで歌いたいの!)
いよいよニュースキャスターが1位を発表する。
「それではいよいよ1位の発表です!1位に輝いたのは—————」
お祭りの1週間前になり、そろそろステージの設営に取り掛かろうということになった。最後にクエストがあったため、3人は最後のクエストを行った。
最後のクエストは素材の調達のため、特に魔物と戦うクエストではなかった。
しかし、その素材を調達する場所には多くの魔物が棲む場所だったため、素材の調達が困難だったのである。
そんなことにお構いなくリヒト、レン、ヨシダの3人は見事に素材の調達に成功し、無事に最後のクエストを完了した。
それから1週間ほどが過ぎ、いよいよ明日がお祭りの日となったその晩のこと。アイはリヒトを呼び出して、話をしていた。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって。」
「いや、俺は大丈夫だよ。それよりアイの方は大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。あんまり長くはいられないけど。それより話をしようと思って、来てもらったの。」
「・・・話?」
(わざわざ呼び出しての話だもんな。これは・・・)
「うん、ありがとね。ノイヤールフェストの、お祭りのお手伝いをしてもらって。資材の調達とか、魔物の退治とか、いっぱいやってもらって助かった!って言ってたよ。」
「いやいや、そんなこと・・・それくらいしか手伝えることがなかったから。でもそう言ってもらえると嬉しいよ。」
そう言ってリヒトはアイに向かってほほ笑む。そして、リヒトはアイに問いかける。
「話って・・・それだけ?」
「あっ、いや、そうじゃなくてね・・・私がステージに出たかった理由を、リヒトにはちゃんと話しておこうと思って。」
「俺に?」
「うん。少し前にこの国の王、私の父からリヒトがまた世界を巡る旅に出るって聞いたの。多分、前と同じでミラの王様には筒抜けだったんじゃないかな。」
「・・・うん。そうかもしれない。それで俺が旅に出ることと何が関係あるの?」
「実は、その時にリヒトが魔法が使えなくなったことも聞いて、それで私思ったの。もしかしたら前に旅した時に私が思ってたことと同じことを思ってるんじゃないかって。」
前に旅した時のアイの気持ち・・・?とリヒトは怪訝な顔をする。アイは少し笑って、そんな怖い顔しないでよと言ってから、続けて話す。
「自分が役に立ってないんじゃないか・・・ってさ。ずっと思ってた。・・・ほら、私の魔法って水の魔法と回復魔法だから、前線のみんなには足でまといなんじゃないかって・・・」
「俺は・・・自分が役立たずだなんて・・・思ったこと・・・あるけど・・・。魔法が使えれば・・・使えれば俺だってって。」
「うん、それでね。みんなと別れた後、どうしたら強くなれるんだろって思ってた。でも、ある日私は見ちゃったんだ。ある人のステージを。」
ある人のステージ?とリヒトは聞き返す。うん、とアイは頷くと話を続ける。
「数年前かな?今回と同じお祭りで人気投票で1位になってステージをした人————その人のステージで私は元気づけてもらったの。だからリヒトも、私のステージで元気づけてあげたいって思ったの!」
そうしてリヒトはアイの話に耳を傾けるのであった。