約5年振りの再会……そして、お約束な展開
ストック分は此処までです。
歓迎会と言う名の女子会は、結局9時でお開きとなった。
未婚の私たちは兎も角、シングルマザーの坂上さんをはじめ既婚者を、明日が休みだからと言って遅くまで連れ回すのは気が引けた為だ。
ただ、呑み足りない佐々木さん達酒豪メンバーは、2次会に突入するらしい。
いつもなら私も2次会に参加するのだが、今日はショックな事もあり1人帰途についた。
梅雨が明けて急に暑くなった夏の夜は、ねっとりと生暖かい風が時折吹くだけで、少し歩いただけで汗が滲む程の不愉快な蒸し暑さの中にある。
アルコールを摂取した所為もあり、いつも以上に身体に火照りが溜まるような気がした。
週末の宵の口。駅前にはほろ酔いのサラリーマンや、居酒屋の呼び込みを汗をかきながらしている学生のアルバイト……様々な人達で溢れ返っていた。
白のブラウスに黒の膝丈のスカート、ヒールの低いパンプスの地味な格好の私。簡単に風景に埋没する事が出来る。
改札を通り抜けホームで電車を待ってると、合コン帰りの派手なリア充の女達が甲高い声を上げて、輪になって話している。それは通路の側で繰り広げられてるものだから、通路を通る人達は眉を顰めて通り過ぎている。
私も耳障りな笑い声やキツい香水の臭いに辟易していた。奴らは自分達さえ良ければいいので、周りの迷惑なんか考えない奴らなのだ。
学生時代地味で根暗だった私は、奴らの恰好の玩具だった。イジリと言う名の虐めは私を歪み捻くれさせ、人間不信にまでさせた。
努力している姿をダサいと笑い、自分達が私より優れていると信じている馬鹿者たちだ。
―――各務は、そうじゃなかったな。
口では馬鹿馬鹿言ってたけど、空回りしまくる努力を嘲笑う事は1度も無かった。寧ろ努力せず不満ばかりを口にする先輩を軽蔑していた。
「これからあたしたちとぉ~呑みに行きませんかぁ~?」
「いい所知ってるんでぇ~一緒に来ませんかぁ~?」
「何ならお友達も呼んでぇ~皆で呑んでもイイですよぉ~」
私を思考の海から引き摺り戻したのは、媚びに媚びた甘ったるい女の声。
どうやら合コンは不発だったらしい。そんな帰りに自分達の好みのイケメンでも見つけたのか、韓流スターに群がるオバチャンみたいに、イケメンにわらわらと群がり逆ナンしているのか。
しかし、凄い食い付きようだ。一体どんなイケメンがいるのか……。
チラリと声の聞こえる場所に目をやると、量産型のメイクを施した女共より、頭1つ以上飛び出た長身の男と目が合った。
―――げ。
「茂木ィ~待ったか?悪いな遅れて(オイコラ助けろ)」
「各務くんお久し振りですさようなら(私を巻き込むな、ゲラウェイ!!)」
「遅れたからってつれないな~許してくれよ~(ふざけんな見捨てたら末代まで祟るぞゴラァ!?)」
「ヲホホホ。全く待ってないので、ソチラのお嬢様方と素敵な夜を……(やれるもんならやってみろよ!!)」
「お前マジふざけんなよ!!」
チッ!!副音声付きで拒否ってたのに、空気読めねぇな!!
実に約5年振りの再会だ。何の偶然かこんな所で出会うとは。
5年経過しても、各務の男っぷりは全く衰えてなく、寧ろ余計な色香まで身に付けて艶やかな色男と化していた。
少し癖のある焦げ茶色の髪にクッキリとした目鼻立ち、特に黒味の濃い茶色の瞳は、見つめられると囚われたような気になるくらい印象的である。
薄い唇にしっかりとした顎、入社当初も見惚れるくらいに整った美貌だったが、やはりまだ線は細く幼い容貌だったことが、三十路の各務を見て気付かされる。
しっかりと筋肉の付いた厚みのある体躯な上に、190近い身長で股下の長さは欧米人並だ。
……何だこのハイスペックチートなエリート男は。
私の目の前で、形よい眉を吊り上げているイケメンをマジマジと観察して、世の中の不公平を嘆きたくなった。
「どーしてこうなってんのかねぇ……各務さんよぉ」
「俺が合コン不発な肉食女子から逃れて、仕方ねぇから茂木と呑んでいる」
「最後おかしいよね!!何で私を巻き込んだよ!!各務ィっ!?」
場所→高級ホテルの最上階にあるオサレなバー。
……私、30分くらい前まで、部署の仲良い同僚たちと女子会してたのに、何で此処にいるのか。
黒で統一した高級感溢れる店内は、照明の明るさを最低限まで落とし、近くにいる人間の顔くらいしか見えないように配慮されている。そして、窓は大きなガラス張りで都内の夜景を一望出来るようになっていて、窓側の席はカップルが多いみたいだった。
勿論、私と各務は窓側の席……ではなく、カウンター席に並んで座っている。
各務は球体の氷の入ったウィスキーを、私は各務が勝手に頼んだカクテルが運ばれてきた。
白く濁った液体に沈むカットされた柑橘。普段はビールかハイボールくらいしか呑まない私にはピンとこない、何ともお洒落なお酒である。
「……これ何?」
「……ジンライム」
成程、この沈んでる柑橘はライムか。ロックグラスに入っているそれに口を付けると、すっきり爽やかな味がする。
「ふわぁ~お洒落な味だ」
「……ぶっ、何だそれ」
普段呑まない女子っぽいお酒……カクテルに感動していたら、隣の各務が肩を震わせて笑っていた。失礼な奴め。
「てか、茂木呑めたんだな。勝手に下戸だと思ってたわ」
「強くはないけど呑める。……何で私、あんたと呑んでんの?」
あれから、各務に群がっていた肉食女子の殺人光線を浴びつつ、各務に引っ張られるまま電車に乗り、駅の近くにあるこのホテルにやって来た。私の意思を無視して。
「今日の午後に日本に着いて、そのまま会社に挨拶しに来て、流れで社長と食事する事になって、やっと社長から逃れられたのに、あそこでアイツらに囲まれてなぁ……いやぁ災難だった」
「それはこっちの台詞だよ……折角いい気分だったのに……」
「まーまー、迷惑料代わりに奢ってやるから呑めよ」
「スクリュードライバー呑んでみたい」
「……そりゃまた情熱的だな」
「何それ」
「何でもねぇ」
気まずそうにグラスに口を付ける各務に首を傾げるが、ロマンスグレーなバーテンさんの鮮やかな手つきに感動して、マジマジと見つめてしまった。
グラスに注がれたオレンジ色の鮮やかさに目を輝かせていると、呆れたような目で見ながら各務が口を開いた。
「何でまた唐突にスクリュードライバーなんだ?それ口当たりいいけど、ウォッカ入ってるぞ?」
「うるさいなぁ……何か強そうじゃん。ずっと気になってたし」
「ぶは!!何だそりゃ」
今までお酒を呑むのは、安さが売りのチェーン店か哲矢の所が主で、こんな高級なバーになんか入った事が無かった。
しかも、誰もが振り返り注目する極上の男と一緒になんて、それこそ一生縁のない事だと思っていたのに。
口許に拳を当てて肩を震わせる各務を見ながら、オレンジの酸味のある甘さを堪能した。
「各務、何でこの中途半端な時期に日本に帰って来たの?アメリカ支社のノルマ達成したの?」
付け合わせに出されたチーズをモリモリたべながら、新しいお酒を頼む各務に聞いてみた。このチーズ凄い美味しいな!!
私の質問を受けて、少し考えた各務はウィスキーで口を湿らせてから話し出した。……仕草がイチイチ決まってて腹立つ。
「アメリカ支社が軌道に乗ったのはいいが、今度は本社の業績が落ちてきて……まぁ、デキる奴はほぼ海外へ出向したからな。丁度俺が重要な案件を抱えてなかったから、ヘルプ要員として呼ばれたんだよ」
成程。そう言えばそうだった。アメリカ支社以外にもアジア圏やヨーロッパにも能力の高い社員が現地に行っている。なので本社の海外事業部が手薄になってしまったのだ。
各務は、そんな本社の海外事業部の社員の育成の為に呼ばれたのだろう。
「……お前は相変わらず事務課か?」
「あ、うん。ずっとね」
グラスの縁に飾ってあるオレンジを食べていたら、そんな事を聞かれた。私は研修が終わってからずっと同じ部署にいる。
「あ!!そう言えば、昔私が仕事押し付けられてたのって、あんたの所為だったんですけど!!」
女子会で聞いた真実を思い出した私は、元凶である各務を据わった目で見た。そのジットリとした視線に、各務は怪訝そうに顔を顰めた。
「はぁ?何だそれ」
「だーかーら!!あんたが何かと私に突っ掛かってたから、先輩たちに私とあんたが付き合ってるって勘違いされたの!!」
「はぁ?」
てか各務、何だその顔。私と噂になってそんなに不服か。目茶苦茶顔が歪んでるぞ。
スクリュードライバーをもう1杯お代わりをする。美味しいなぁ。
「……おい、大丈夫か?お前、顔真っ赤だぞ」
そもそも、先程までビールやハイボールを呑んでいて、各務と会ったときはほろ酔い気分で、少し気が大きくなっていたのだ。
でなければ、喪女である私がリア充のトップに君臨するこの男と、こうして2人でお酒を呑むなんて出来なかったはずだ。
ほろ酔いな中で、チェーン店の薄いお酒ではなく、高級なバーでアルコール度数の高いお酒を呑み続けた結果。
「……此処、どこ……」
記憶を無くして起きたら見知らぬ部屋にいた―――と、何ともお約束な展開になっていたのだった。
メインの連載「愛憎の華(笑)」を優先しますので、こちらはメイン以上に不定期更新となりますのでご了承下さい。
これからもよろしくお願いします。