天敵襲来!!エリートの凱旋
茂木照子は喪女である。
仕事に恋愛に充実しており、人生を謳歌している人間―――所謂『リア充』が苦手である。
そして、その中でも1等に苦手なのは、ハイスペックなエリート男である。
あれから数ヵ月。
結局私の部署にいた間、何度も注意しても天使ちゃんの仕事のやり方は変わらず、2週間の研修を終えた。それ以降研修に来た新人は、そんな癖もなく順調に研修を終了した。その事から、天使ちゃんはかなり仕事が出来ない子なのかもしれないと思ったが、正式に部署に配属された新人が彼女ではなかったので、もうどうでもいいことである。
それより喜ばしい事に、配属された新人は私の希望通りの八木さんだった。何でも自ら志望してくれたらしい。
私たち女性陣は大いに喜んだ。真面目で人当たりの良い優秀な新人をゲット出来たのだから。反対に男性陣は天使ちゃんではなくてガッカリしている。ハッハァ!!ザマーミロ!!
「坂上さん良かったですねぇ~!!来月で産休に入る高宮さんの穴が埋まります~」
「うんうん。八木さんなら直ぐに仕事覚えてくれるし、フォローもしやすいし!!人事部の采配に乾杯!!」
テンション上がりまくった私と坂上さんはハイタッチをする。坂上さんは2歳年上のお局仲間で、1児のシングルマザーでもある。
ベリーショートの黒髪に、きつめの顔立ちのキャリアウーマン。政治家に居そうなくらいのオーラのある通称『女帝』だ。性格もきついけど、懐に入れた人には優しい姐御肌な人だ。
ガッカリする男共を余所に、私たちは八木さんを歓迎し、指導に熱を入れた。
「海外事業部ぅ~!?めっちゃ花形じゃないの!!」
1週間後、男共を無視して女性社員だけで八木さんの歓迎会をする。八木さんはしっかりした言動の子だったので、直ぐに私たちに溶け込んだ。人見知り激しい私は羨ましい限りだ。
大体お昼休みに八木さんのプロフィールは聞いていたので、歓迎会と言う名の女子会の話題は、八木さんの研修中のコンビの相手、天使ちゃんの事だった。
何と天使ちゃんは、我が社イチ華やかでスキルが求められる海外事業部に配属となったらしい。
あんなに仕事出来ないのに、エリート中のエリートの中でやって行けるのか。心配を通り越して呆れてしまった。
「元々第1希望だったらしいですよ?」
カシスオレンジをちびちび飲む八木さんも、呆れた顔をしている。
私たちは2週間だけだったけど、八木さんは3ヶ月も一緒だったのだ。研修中は相当ストレスを感じたらしい。
「あの人の所為で行く先々で人間関係のトラブルばかりでしたよ。教育係の先輩がキレてあの人を叱ると、男性社員があの人を庇うからギスギスしまくりで……本当、茂木さんって凄いなって思いましたもん」
「……へ?私??」
この3ヶ月をうんざりしたように振り返る八木さんから、突然私の名前が出て、好物のカマンベールのフライを落としてしまった。胸元にベッタリとフライに掛けたハチミツが付く。
「何で私?何にもしてないよ?」
慌てておしぼりで胸元を拭きながら、ヘラリと笑う。そんな私をみんなニヤニヤしながら見ている。
「いやいや、茂木さんは凄いよ!!天使さんの教育、私だったら3日でキレてますもん。なのに、最後まであんなに丁寧に注意してるし~」
派手なギャルメイクの所為で、一見したら不真面目なイメージを持たれやすい佐々木さんが、笑いながら言う。天使ちゃんの研修中で1番イライラしてたのは彼女だ。彼女は私たちの部署イチ責任感の強い仕事に真摯な人だからだ。
「他の部署の教育係の先輩は、割と急かしたり、仕事遅いとイライラされたり無視されたりしたけど、茂木さんは1度も無かったんで……だから私、ここの部署を志望したんです」
ほ、惚れてまうやろ~!!
ニッコリと微笑む八木さんの言葉に、私はブワッと顔が赤くなるのを感じた。頬が目茶苦茶熱い。
「と、当然の事をしたまでよ!!」
照れ過ぎて変な言葉遣いになってしまった。
そんな私を見ながら芋焼酎を煽ってた坂上さんは、テーブルに肘を付きながら昔の話をし出した。
「まぁ、茂木さんも八木さんと同じで、研修中のパートナーに迷惑掛けられてたしね。当時は会社が変わりつつある時で、変化に慣れない古株達がストレスを新人にぶつけて来てたからね。私も随分イビられたし」
「嘘っ!?坂上さんをイビるなんて、何てチャレンジャーな!!命知らずな人……」
「聞こえてんだよ、佐々木ィ~!!」
「ヒィィ~!!お助け~!!」
坂上さんと佐々木さんがジャレて、みんなで笑い合ってる光景を見ながら、昔を思い出す。
新人のあの頃は、本当に辛かった。
理不尽な事で怒鳴られ、挨拶も無視された。
新人なのに、深夜遅くまで残業させられて、誰もいない部屋で泣きながら仕事をした事もある。
『―――そうやって全部自分で溜め込むんなら、自業自得だな』
不意に思い出した艶のある美声に、今度は唐揚げを落としてしまう。
『やれる事だけやって、後は先輩に任せればいいのに、お前本当に要領悪いな』
『大体、新人が仕事溜め込む事自体が異常だろうが。何で上司に言わない?お前馬鹿なのか?』
『1人でやるって?……ハァ?お前馬鹿なのか?どう考えても俺とやった方が速いだろうが!!お前のチンケなプライドより仕事を止めてる事を恥じろ』
『……泣くなよ。お前頑張ってんの、見てる奴はちゃんと見てる。だけどな、仕事は頑張るのは当然だし、頑張っても報われない事のが多い。だからな、適度に人に頼ったり、自分に余裕があるなら他人をフォローして、人間関係を造るんだよ』
『―――そうしたら、こうやって困った時に、手を差し伸べてくれる奴も出来るさ』
……………………………
……………………
…………っっっっ。
思い出した。
新人時代の黒歴史。深夜の社内で苦手な同期の男の前で盛大に泣いた事を!!
そいつはコンパと同じで、私と研修中一緒に部署を回ってた奴だった。
不真面目なコンパや要領悪い私とは違い、そいつは面接の時から断トツで社内で注目される、所謂ハイスペックチートな奴だった。
何故か事あるごとに私に絡んできて、ネチネチ文句を言って来たかと思えば、何だかんだで仕事を手伝ったりアドバイスをくれたりとか……よく分からない奴だった。ツンデレかよ。
名前は……確か
「各務浩輔」
今まさに頭に浮かべていた名前を、坂上さんの口から出てきた事に、私は驚いてしまった。
「えー誰ですかぁ?」
佐々木さんが身を乗り出して坂上さんに聞く。坂上さんは思い出すように天井を見つめ、頬を染める。……え?坂上さん!?
「各務くんが入社した時はそりゃもう凄かったわ。何処の部署からも引く手数多で、争奪戦が繰り広げられる程の優秀な社員な上、イケメン俳優も真っ青な整った顔立ちに、モデルも裸足で逃げるくらいの均整の取れた体つき……更に世界的に有名な大企業の御曹司とか……漫画やドラマの設定みたいな男で、当時はファンクラブとかあったりしたのよ~」
あいつ、ファンクラブなんかあったのか!?ドン引きだわ!!
うっとりと乙女のような眼差しになって話す坂上さんに、佐々木さんが若干顔をひきつらせている。気持ち分かるよ。
各務は、坂上さんの言った通り、優秀過ぎるくらい優秀な奴だったので、当時立ち上げ段階だった海外事業部に配属されて、入社3年目で精鋭中の精鋭のメンバーに入り、出来たばかりのアメリカ支社に出向した。社長からはライバル企業を負かすまで帰って来るなとまで言われてる、社運を掛けたプロジェクトに携わっているのだ。
「へぇ~そんな漫画みたいな人が帰って来るんですね~」
……………………は?
「そうなのよね~30歳になった各務くん。どんな感じになってるんだろうなぁ~茂木さんは本人から何か聞いてない?同期で仲良かったでしょ?」
「ナ、ナカヨクナンテナイデス……」
予想外の言葉に思わず片言になる。……え?私、あいつと仲良いって思われてたの?
「えぇっ!?事あるごとに2人で居たのに?付き合ってる噂があって、茂木さん一時期イビられてたじゃない!!」
やけに女性社員の先輩に仕事押し付けられたの、あれ、あいつの所為か!!!!
「てか、付き合ってるなんて噂があったんですか!!何つーおぞましい誤解が……」
「おぞましいって……え?仲良くなかったの?」
「違いますよ!!あんな奴と仲良しなんて……」
入社当時、断トツで目立っていたイケメン。絶対関わらないようにと心掛けていたにも関わらず、何故か研修の間ずっと一緒。
コンパはめっちゃ喜んでいたが、私は絶望した。只でさえ異性が苦手なのに、ハイスペックなイケメンなんて近くに寄るだけで死ぬ。
だから、入社1ヶ月くらいはなるべく目を合わさず、話をせずに居た。その代わりコンパが目茶苦茶各務に絡んでいたので、ヤツに不信に思われずにすんだ。
しかし、コンパの行動にキレた各務が、暴言を吐いて離れさせてから、何故か私に突っ掛かってくるようになった。
それは3ヶ月の研修が終わって、違う部署に配属されてからヤツがアメリカに行くまで続いた。
「……と言うか、各務帰って来るんですか?」
「え?ああ、そうなの。秘書課の友達が社長室に来たイケメンがいるって。名前聞いたら各務くんだったから」
「……一時帰国ですよね?だってアメリカ支社目標達成してないじゃないですか」
「海外事業部の友達からも、近日中にアメリカ支社から戻ってくる人がいるって聞いたし……え?そんなに嫌なの?」
坂上さん……貴女あらゆる部署に友達いるな!!びっくりだよ!!
てか、あいつもう日本にいるの!?
「グッバイ、私の平穏……」
「えぇえぇぇっ!?ちょっと茂木さん?茂木さん~!!!!」
ガクリと机に突っ伏した私の耳に、坂上さんの取り乱した声が遠くに聞こえた。