喪女・照子、天使に出逢う
メインの連載の息抜きに書き始めた話です。
会社が舞台なのに、仕事内容はぼかしまくりですので、あまり深く突っ込まないよう『何となくこんな感じかな~』くらいのユルさでご覧ください。
茂木照子、30歳。
最近業績を伸ばしている企業で事務をしている。
長い前髪に黒縁メガネ。背中まである髪の毛は一つに括って垂らしている…根暗な印象を持たれるルックスをしている。
彼女は三十路のイイ大人なのに、異性とお付き合いした事がなく、それ所かプライベートで話す事もあまり無かった。
そう、彼女は喪女だったのだ―――。
「あ、天使ひよりです。2週間よろしくお願いします」
最近まで降り続いていた雨の所為で、入社式を待たずに散ってしまった桜が、地面を淡い色に染める頃。
私は天使に会った。
ふわふわのキャラメル色の髪はセミロング、小さな顔に大きな髪と同色の瞳。整った鼻梁に小さな唇はほんのりピンク色。
薄化粧なのに、メイクに1時間掛けるギャルっぽい女子社員よりも可愛い、まさに天使だ。
小柄で華奢な身体をペコんっと折り曲げてお辞儀する様は、小動物のような愛らしさがあった。
現に同じ部署の男連中は骨抜きになっている。
私の会社の新入社員は、新卒であろうと中途採用だろうと、必ず3ヶ月掛けて全ての部署を経験してから、配属先が決まる。大体2人組で分けられるが、時には1人だったり3人だったりする事がある。
今回は2人組らしく、天使ちゃんと、八木路子さんの女子2人組だ。
八木さんは、黒髪ショートカットに黒目で、極普通のお嬢さんだ。ただ、天使ちゃんとコンビだったから、容姿はかなり劣って見えてしまう。
基本、2人の教育係は無駄に勤続年数が長めな私なのだか、私が手が空かない事もあるので、その辺は臨機応変に近くにいる人がフォローを入れる事にしてあった。
「なのに何故こうなるんだ!?」
数日後、今日は月末と言うこともあり、皆忙しかった。
新人である2人にも、ちょっと多く仕事を渡していた。
八木さんは、早い段階で定時に終わらないと言ってきたので、彼女の仕事の手伝いをしつつ自分の仕事を片付けて行った。同じ量を天使ちゃんにも割り振っていたので、八木さんのヘルプコールがあった時に、定時に終わるかと聞いたら大丈夫と言っていたのに。
「あ、天使さん……何で終わってないの?」
「す、すいませんっ!!私、残業してでも終わらしますので、茂木さんは帰って下さい」
「いやいや、新入社員は研修中は原則残業ダメだから」
定時10分前。私と八木さんの仕事は何とか終わり、他の社員も残業する人はいないようだ。
なのに、天使ちゃんの仕事は半分も終わっておらず、私は目眩がした。
「天使さん。私、最初に言ったよね?定時に終わりそうに無かったら早目に言ってって……新人なんだから、全部自分でしなくていいよって……」
この数日、天使ちゃんはこの調子なのだ。
何度定時内に終わるかと聞いても大丈夫と答えて、実際は私が大半を手伝って終わらしている。今日は忙しかったから、1回聞いただけだったのが悪かった。
悪い子では無いんだが、壊滅的に要領が悪い子なのだ。まぁ、1ヶ月くらい前まで学生だったのだから、仕方ないんだけどね。
しゅん……と、犬だったら耳を垂らしていそうな程落ち込んでる天使ちゃん。彼女の頑張りは評価するけど、後々大きな問題になる気がする。
「お~コワッ!!天使ちゃ~ん、お局様の嫌味なんかサーっと流しておきなよ~それよりさ、今日飲みに行かない?天使ちゃんの歓迎会としてさ~」
部署一番のチャラ男の川崎に話し掛けられ、俯いていた天使ちゃんは頭を上げる。オイコラ誰がお局様だ!!
「いえ、でもまだ仕事が……」
「新入社員は研修中は残業ダメだからさ、茂木さんに任せて帰ろうよ!!」
何勝手に決めてんだよ、チャラ男!!……まぁ、私がやる事には変わりないんだけどね。
私がチャラ男にイライラしてる間、天使ちゃんとチャラ男は和気藹々と会話している。
うーん。天使ちゃんの仕事の遅さは、コレもあるんだよね。
天使ちゃんは、その容姿の可愛らしさと愛想の良さもあって、部署の男連中の間ではマドンナ……と言うかマスコット的な存在で、よく話し掛けられるのだ。それが仕事中でも律儀に手を止めて話すから、効率が悪いのだ。
男連中にも、気が散るから話掛けるのは休憩時間にしてくれと言っても、三十路が若い子に嫉妬してんのかよ、とか明らかに馬鹿にしたように言ってくる。
え?何で反論しないのかって?男と話すの苦手なんだよ!!分かれよ!!
呪われた学生時代のアレコレを思い出し憂鬱な気分なのに、チャラ男と天使ちゃんは楽しそうに会話してる。そして天使ちゃんの手は既に止まっている。
「じゃあ、八木さん誘いますね!!」
「あ、あ~っと、八木ちゃんは女子社員が歓迎会してくれるから、天使ちゃんだけでいーよ」
馬鹿か。あからさま過ぎるだろうが。てか、天使ちゃん仕事はいいのかよ。
そうこうしてる内に、定時のチャイムが鳴る。その音に漸く自分が話に夢中になり手を止めていた事に気付いた天使ちゃんは、おずおずと私を見つめて来た。
「ご、ごめんなさい……私」
ウルウルと涙ぐむ天使ちゃんに、ギロリと此方を睨むチャラ男。何だよ、私が悪者かよ。
「……後は私が引き継ぐから帰っていいよ。お疲れさま」
「ごめんなさいっ!!私、来週は頑張りますから!!」
「天使ちゃんは頑張ってるよ。……茂木さんさぁ~新人に厳しくない?1週間そこそこでそんなに完璧に出来るわけないじゃん」
だ・か・ら!!早目に頼れって言ってんだよ!!
イライラがMAXになりつつも、怖くて反撃出来ない私は無視して仕事に戻る。あ、残業申請しないとなー。
「あれ?茂木さん残業?」
同じ部署の女子社員である坂上さんが不思議そうにこっちを見た。そして、天使ちゃんとチャラ男に目を移し……察したようだ。
それとなくアイコンタクトをして、坂上さんは帰って行った。言いたい事いっぱいあるのに、何も言わないでいてくれてありがとう。
「天使ちゃん、俺らも帰ろうぜ!!ウマイ店知ってるんだ~」
「……え、で、でも……」
「茂木さんの事はいーの、いーの!!どうせ週末なのに過ごしてくれる男の1人も居ないんだからさ~」
「悪かったな!!週末に過ごす男居なくてよ!!」
ガァン、と音を立ててジョッキをテーブルに置く。カウンターの中から「乱暴にすんな」と怒られる。
強面な顔立ちにスポーツ刈りにした頭をタオルで巻き、フライパンを振るその男は、数少ない私が普通に話せる男の1人である加納哲矢。この居酒屋『てっちゃん』の若き店主であり、私の幼馴染みである。
「うるへー、テツ!!生もう一杯寄越せ!!」
完全に目の座った私は、空になったジョッキを振り回し、調理をしている幼馴染みに叫んだ。
閉店間際にやって来た私は、閑散とした店内でひたすら飲んでいた。
「テルもうその辺にしときな!!酔い潰れても今日は店に泊めないよ!!」
振り回していたジョッキを奪ったのは、きつい顔立ちの美女だった。背中まで伸ばした髪にウェーブを掛けて、高い位置でポニーテールにしている。着ている服は、店主の哲矢と同じ黒い店名の入ったTシャツと、黒い前掛けにデニムのパンツと動きやすい格好をしている。
美女の名前は加納栄子。哲矢の妻であり、私の元同僚である。
「えーこちゃん……私、間違ってるのかなぁ~?天使ちゃんのやり方って、一見責任感があるいい子に見えるけどさ、凄く自己中な事だと思うんだ~」
ベターとカウンターに伏せて呟くように言う。そんな私を見て、溜め息を吐いた栄子は私の隣の椅子に座る。
「まぁね。このままだったら軋轢を招くだろうね」
「だ~よ~ね~」
天使ちゃんは天使ちゃんなりに努力してるんだろうけど、端から見たら男性社員とお喋りばかりして、仕事を先輩に押し付けてるようにしか見えない。現に同じ部署の何人かが言ってるのを聞いた。
反対に八木さんの方は、分からない事は直ぐに聞いてきて、きちんとメモを取る。何度も同じ事を聞くこともない。
仕事のペースは遅いけど、それは新人だし仕方ない。遅いなりに丁寧でミスが少ない。
……八木さんはかなり優秀な社員だ。ウチの部署に欲しいくらいの逸材である。
「あからさまに差は付けたくないんだけど~、私としては、天使ちゃんの教育係から外れたい。八木さんを育てたい」
「まだ研修中でしょ?八木さんがテルの部署に来るとは限んないでしょ?反対にその天使ちゃんが来るかもよ?」
「やだ~!!見るだけなら可愛くて目の保養だけど、一緒に仕事は無理~!!えーこちゃん、同期でコンパいたじゃん?あいつみたいな感じだもん!!」
コンパとは、私と栄子の同期で入社した、合コンに命を懸けているリア充丸出しの女の事だ。毎週末有名企業の男性社員と合コンして、仕事を私に押し付けていた最悪な女だ。
あいつは男には悪印象を持たれないように立ち回るスキルがべらぼうに高く、地味で大人しい私に自分の失敗や残った仕事を押し付けて、自分は仕事の出来る女ぶっていた。
研修中はコイツともう1人、男の同期と一緒だったのだが、まぁ行く部署行く部署、私への風当たりはきつかった。
結局、上司との不倫が発覚して入社1年足らずでクビになったのだが。
「コンパみたく計算づくってわけじゃないのが、始末に悪いの!!天然の子って扱い辛い!!ちょっと注意すると泣くし!!」
「うーわー、典型的な男に好かれ女に嫌われる女なんだ~私その場に居たらひっぱたきそう」
「絶対何か言ってるよ!!えーこちゃんに似た性格の坂上さん、我慢の限界みたいだし!!」
「オラッ!!コレ食って早く帰れ!!片付かないんだよ!!」
私たちの話をぶった切るように、哲矢がカウンターにドカリと置いたお皿には、甘辛いソースにシャキシャキの野菜がたっぷりの焼きうどんだ。
私定番の〆のメニューで、何時も作ってもらうものだ。
いつの間にか閉店時間が過ぎて、暖簾が仕舞われている。
週末だけ来るアルバイトの子も帰っており、店内は私と加納夫妻のみだ。
「何?明日なんかあんの?」
うどんをズルズル啜りながら隣にいる栄子に聞くと、カウンターに肘を付いていた栄子はニッコリと笑った。
「明日夜はお店お休みにして、悟と3人でデートすんの。だから早く帰れ」
居酒屋『てっちゃん』は、昼間は哲矢の両親が定食屋をしていて、夜からは居酒屋として哲矢夫婦が経営している。
なので、夜を休むと言うことは、2人は1日休みなのだ。
そして、悟と言うのは、今年3歳になる2人の愛息子である。
「く、くぅうう~!!リア充共めぇぇぇっ!!」