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始まるセカイ chapter2  作者: 黒華
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 瞼を開く。椅子に横になっている私の視界に紅弥が映る。両手で何かを弄んでいる。

 「紅弥」

 目を擦って起き上がる。熟睡できたのだろうか、身体が軽く感じる。疲労は大分とれたみたいだ。

 「少しは休めたか」

 「ええ、お陰様で。疲れはとれたみたい」

 紅弥は手に持っていた赤い何かをポケットにしまい、椅子の上のバッグからペットボトルを取り出して私に差し出す。

 ――銀色の、非常持ち出し袋。

 学校で壁にかけてあったのを思い出す。災害時に役立つアイテムが入っているバッグだ。私は経口補水液のラベルがされたペットボトルを受け取る。

 「それ、どうしたの」

 「救急車から持ってきた。生憎荒らされた後だったみたいでな、それしか残ってなかった」

 バッグが私の膝の上に置かれる。中身には乾パンと水、ライトや携帯充電器なんかが入っている。

 「一応包帯とかも入ってる。ないよりはマシだろ」

 ペットボトルを口につけ、喉を鳴らして飲んでいく。乾いた身体中に水分が行き渡る感覚があった。一息で半分ほど飲んでしまう。

 「全部飲んでいい。俺はもう十分だ」

 頷いて残りを飲み干す。

 「俺たちは偶然にも同じ血を変化させる能力を持っている。環境に依存せずに半永久的に能力を使えるのはかなり便利だ。だがその反面、能力の行使には死が関わってくる。食べ物や水はできるだけ摂取していかないと能力を使う以前に動けなくなる」

 この能力を使うにはリスクを伴う。紅弥の今までの戦い方を見れば怖い程良く分かる。

 「私以上に、紅弥が気を付けないと」

 だな、と言って紅弥が立ち上がる。

 「相変わらず外は暗いが、ここに居たって仕方ない移動しよう」

 スマホの時計を確認すると九時過ぎだった。陽はとっくに上っているはずだけれど、暑い雲がその姿を隠してしまっている。今日も一日肌寒いだろう。

 「ドラッグストアか薬局を探しましょう」

 「それはついでだ」

 ――ついで?

 首を傾げる私に紅弥が言う。

 「駅に向かう。線路を辿って品埼を目指す」

 「本気?」

 「ああ。夕莉の母親と俺の幼馴染を探す。二人の目的地が共通してるんだ、行かない理由はないだろ」

 「でもここからじゃかなり距離が。移動手段があれば別だけれど、歩いてなんて」

 「ならずっとここに留まるのか? ここで死者を殺し続けるのも、物資を集めて細々と過ごすのも構わない。だがその先に一体なにがある。動かなければ何も変わらない。目的の為に生きるべきだ」

 ――目的。母親を探す。

 「ええ、行きましょう」

 バッグを肩に提げて、私たちはバスのステップを下りた。


 上下一車線の道に車が転々と乗り捨てられている。見通しが悪く常に気が抜けない。

 「どうして車を捨てて行くの」

 道を塞いでいるプリウスのボンネットを乗り越えながら愚痴る。

 「渋滞が起これば車を捨ててでも逃げようと思うんじゃないか。しかもただの災害じゃない。隣人が喰らい付いてくる異常事態だ。無理もないだろ」

 見通しも悪く、車が行く手を遮る。しかしそれは死者に対しても同じで、こちらの姿は気付かれにくく、気付かれても車が邪魔になり死者は中々近づくことができない。

 車の下から這い出てきた死者を踏み潰し、蹴り飛ばしていく。

 ふと立ち止まった紅弥が一点を指さす。

 ――地下鉄の入口。

 「四つ先の駅が東浜だ。どうする、このまま地上を進むか、地下の一本道を進んでみるか」

 東浜は様々な鉄道路線が集まるかなり大きな駅だ。周辺は駅ビルや百貨店を始め、ショッピングビルが立ち並び、繁華街、飲食街が広がっている。そしてそこからすぐに海に面した観光地にアクセスすることができる。

 品埼に行くには東浜から電車に乗るのが手っ取り早い。早い車両に乗れば十分かからずに行くことができる。

 ――地下か地上か。

 この状況で地下に行くのはどうなのだろう。狭い閉鎖空間で死者の集団に襲われるのは危険なのではないか。けれど上手くかわして行くことができれば地上よりスムーズに進むことができるかもしれない。

 「地下を、進んでみましょう」

 「同感だ」

 私たちは集まりつつあった死者の群れを後にして地下への階段を下りて行った。


 「流石に暗いな」 

 紅弥が小型のライトを点ける。私も非常持ち出し袋からライトを取り出し明かりを点ける。

 「誰も、いない」

 地下は予想以上になにもなかった。何もいない。何の気配も、音もしない。階段には転倒して亡くなったのか、頭の陥没した死体が数体転がっていた。

 「どうして誰もいないの」

 「地下に降りた人はいなかった、そういうことなのか」

 私も紅弥も不自然に静かな構内を進んでいく。人が通り荒れた形跡はあるけれど、どこを見ても動く者の姿はない。世界に死者が出現し始めて既に四日が経っている。もう生き残りはいないのだろうか。

 改札を超え、更に階段を下っていくとホームに出た。片方には車両が停まったままになっている。

 「とりあえずこの車両を超えないと線路に出れないな」

 「そうしたいけれど、どこもドアが閉まってる」

 車両のドアは全て閉まっているし、落下防止のドアも閉じられている。

 「ちょっと、紅弥」

 紅弥が助走をつけて車両の上に登る。そして振り返り私に手を伸ばす。

 「引き上げる」

 一瞬躊躇したが、ここで止まっていても仕方がない。私も軽く助走をつけて飛ぶ。紅弥の手を掴む。

 「夕莉、軽すぎないか」

 「……ありがと」

 私を軽々と引き上げた紅弥はすぐに車両の上を進んでいく。私も後を追うようにして進む。そして車両の先頭に辿り着く。

 「奴らはいなさそうだな」

 ライトで周囲を警戒してから紅弥が先に飛び降りる。

 「受け止める。飛び降りてくれ」

 あまり高くはないが少し怖い。暗闇で視界が限られているというのもあるだろう。ライトで紅弥の足元付近を照らし、意を決して飛ぶ。

 「あ、ありがとう」

 「夕莉って本当に軽いな、がっつり食べられるような場所があるといいんだけどな」

 ――お姫様抱っこ。生まれて初めてされた。

 暗闇のせいでよく見えないけれど、紅弥の顔がすぐ近くにある。急いで肩を叩いて下ろしてもらう。

 「別に、食べてないから軽いわけじゃない。元から軽いの」

 そうか、と軽く答えて紅弥はまた先を行く。

 ――純粋なんだか、鈍感なんだか、わからない奴。

 私の下着が見えている時は騒ぐのに、私を抱えている時はなんともない。そしてやはり私のことは大食いキャラだと思っているみたい。

 「むう」

 「どうした、なにかあったか」

 「別に」

 ライトで先を照らして線路の上を歩いて行く。暫く進むと次の駅が見えてきた。

 「奴らがいる」

 線路に三体。ホームの上にも数体いる。

 「どうするの」

 「あの数ならやり過ごせる。着いて来てくれ」

 紅弥が走り出す。私も後に続く。

 正面の死者が紅弥に気付き両手を突き出す。その腕を取り背中に回し、足を払って顔面を線路に叩き付ける。他の二体も私たちに気付いたけれどスルーしても問題なさそうだ。

 「行くぞ」

 その先も紅弥を先頭に走って行く。時折出会う死者も紅弥が体術で片付けていく。

 「どこでそういう技を習ったの」

 「習ったんじゃない。盗んだんだ」

 意味が分からず黙っていると紅弥が言った。

 「夕莉の銃の扱いも習ったものじゃないだろ。それと同じだ」

 納得。要するにゲーム等から得た知識や技術を使っているんだ。それをこんな生死の関わる場面で使うなんてふざけていると思うけれど、実際にそれが私たちを助けてくれている。最近のゲームやアニメはリアリティを追及しているから、実際に行うことができてしまう。それを現実でやってしまって問題になるケースも無くはないけれど、今は致し方ない。

 それからも駅を超え、緩やかな上り坂に差し掛かる。

 「もう暫く行けば駅のはずだ。頑張れ」

 一時間余りは歩いてきただろうか。脚に疲労が溜まってきた。それでも地上を進むよりはかなり早く来れたはず。後はこの坂を上るだけ。

 ゆっくりと坂を進んでいく。先を歩いていた紅弥が立ち止っていた。

 「どうしたの」

 「あれを見ろ」

 紅弥のライトが進行方向を照らす。鳥肌が立つ。線路のあちこちに死体が転がっている。どれも作業着のような物を着ていることから一つのグループだったのだろう。そして、そのどれもが身体の欠損が激しい。頭のないものや腕がないもの、下半身と上半身が離れているものもある。

 「どういうこと、一体誰がこんなことを」

 「先を見ろ、あいつだ」

 光の中心。死体の一体を貪る怪物がいた。

 ――怪物。

 そう、今までの死者とは違う。緑の霧を吐き出す怪物とも違う。また新しい怪物。

 ライトに照らされた影が坂を伸びる。巨大な異形の影が私たちを見下ろす。

 「またおかしなのがでてきたな」

 その怪物は死体を宙に持ち上げて貪っていた。しかし両手は使っていない。別の部位を使っていた。腰から生えた新しい部位で。

 「どうやら気が付いたみたいだな」

 怪物が死体を放り捨てる。正面に捉えた怪物の姿は、カマキリ?

 怪物が唸る。そして暗闇に消える。

 「気を付けろ、来るぞ」

 闇に紛れた怪物の姿が見つからない。紅弥が右、私が左を照らすがどこにも怪物の姿はない。

 静寂。お互いの息遣いだけが聞こえる。

 ――どこに消えたの。

 周辺の死体は身体の欠損が激しい為恐らく蘇りはしない。私たちは慎重に前進していく。

 「いない。まさか姿を同化させる能力じゃないだろうな」

 「そんな死者がいたら、絶望的ね」

 その音が聞こえたのは、一瞬だった。何かが私と紅弥の間に落ちてきたんだ。

 ――落ちてきた。

 刹那、私たちは左右に跳んだ。そしてその場所に何かが降ってきた。非常持ち出し袋が落ちる。肩にかける紐が切られている。

 「大丈夫か夕莉!」

 「ギリギリね」

 私たちの間に化け物が立っている。腰から鎌のようなものを生やしている死者。怪物。

 「夕莉、気を付けろ。今までの奴とは違う」

 「言われなくても、分かってる」

 ホルスターに手をかける。その瞬間怪物が唸る。

 「伏せろ!」

 横に倒れるように伏せる。私の頭の上を風を切りながら鎌が通過する。

 その場を這って距離をとる。硬い音の鳴る方にライトを向けると光の中で紅弥が怪物と対峙している。

 「化け物が!」

 紅弥が刃を形成し斬りかかる。だがその一振りは再び硬い音に拒まれる。怪物の腰から生えた鎌が刃を弾き返す。そしてその二本の鎌で紅弥に襲いかかる。

 地下鉄の閉鎖空間に刃のぶつかる音が反響する。

 ――見ている場合じゃない。助けないと。

 ホルスターからサクラを抜き構える。光の中、紅弥が徐々に壁際に追い込まれていっている。

 ――助けないと。撃たないと。

 ひたすらに動き続ける怪物。めちゃくちゃに鎌を振り回し獲物を八つ裂きにしようとしている。

 「お願い、止まって」

 下手に撃てば紅弥に当たってしまう。

 ――私はまた撃てないの? また手遅れになってしまう。

 学校から逃げる際の光景を思い出す。私があと少し早く撃てていれば、和美さんも剛さんも、皆死なずに済んだ。

 「夕莉! 撃て!」

 紅弥の背が壁に当たる。

 ――もう、死なせない。

 世界の動きが緩やかになる。私だけが動けているかのような感覚。全てが鮮明に見える。

 ――撃てる。

 サイトの向こう。二本の鎌を持つ化け物の後頭部。動かないそれに向けて引き金を引く。弾丸の動き、軌跡まで見える。撃ち抜ける。そう確信した私は更に二度引き金を引く。

 現実の速度が戻ってくる。そして血飛沫。

 紅弥の雄叫びが響く。

 壁を蹴って刃を深々と怪物に突き刺す。引き抜いて、脇をすり抜けながら一閃。そして背後に回り斬り捨てる。

 怪物が壁にぶつかってズルズルと沈んでいく。

 「そんなにエイムに時間かけてていいのか」

 左腕を押さえながら紅弥が言う。

 「マウスの方が、得意」

 非常持ち出し袋から消毒液とガーゼ、包帯を取り出す。

 「なんにせよ、助かった。ありがとう」

 切創にガーゼを当てながら頷く。

 「無事で、良かった」

 包帯を巻き終わる。非常持ち出し袋の水は飲み干し、後はここに置いて行くことにする。

 「さっきのは一体」

 壁際に沈む怪物を見やる。新たに一対の鎌を持った死者。今までの死者とは明らかに違う怪物。

 「あいつ壁を登って上から奇襲してきたな。どうやら武器も知恵もあるらしい」

 「死者の、進化系?」

 「かも、な。イノベーターも言っていた進化って言うのは、俺たち生きた人間に対してだけじゃないのかもしれない。今まで見てきた怪物共も死者の進化系か」

 ――死者の進化。

 言葉だけ聞いたら明らかにおかしい。死者はもう終わっているんだ。もうどうなることもないはずなんだ。それなのに、進化する。

 「そんなの、狂ってる」

 「ああ、この世界は狂ってるよ」

 地下鉄の先を眺める。微かに光が見える。もうすぐで駅だ。肩の力を抜いたその時。

 「夕莉」

 呼ばれたその瞬間、紅弥がすぐ近くにいた。

 「あ、紅弥?」

 私を抱き締めたままの紅弥。戸惑う私を温かい何かが濡らす。

 「まだ、始まったばかりだったらしい」

 紅弥の背後、私の目の前に何かが立つ。

 ――一体だけだなんて、どうして思ったのだろう。

 血で濡れた紅弥が結晶化した鱗と刃を形成する。

 天井から降り立つ進化した死者。その数を前に私は恐怖した。

 暗闇の閉鎖空間。私はサクラを強く握った。



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