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夏の幻 2

5時限目。暑い7月の熱気の中僕たちは体育の授業でサッカーをする事となった。男子と女子を分けてする事となった。

 それで最初男子のみのサッカー。

 それでサッカーをする事となって、僕の頭はもうパニクっていた。正直言ってどうしようか、しか頭に浮かばなかった。スポーツは嫌いだ。身体を動かすのは嫌いではない。ただ。集団競技はもとより、他の人から見られるスポーツが嫌いなのだ。つまり学校行事全般がいやなのだ。

 チーム分け。みんなが誰かと一緒にしようかとか、あいつがあのチームに入れば強くなるとか、あいつが入るとダメになるとかそんな事が聞こえてくる。

 炎天下の暑さの中、僕は心を蒸発させようとした。何も考えず、何も感じなければいい。この暑さと同じく自分も乾いた心をもとうとした。

 それでチーム分けの後試合が始まった。

 僕は走った。走って、走って、走った。相手にボールが渡ったらすぐに飛んでいったり、味方が攻撃を始めるとすぐ移動した。正直言ってボールになぞ触りたくなかったが、残念な事にその瞬間がやってきた。

 それは自分達が攻撃している時に起きた。

 僕たちのチームの主軸は神田君と言って、サッカー部の部員がこちらのエースだ。神田君はなんというか、カッコいい男子だ。女子からの人気が絶大な人なのだ。本人もすごく活発な人なのだ。

 それで相手のシュートをゴールキーパーが受け止めた時に、速攻をしたのだ。

 それは一瞬の事だった。僕たちがボールを貰い(もらい)ドライブでしているさなか他の男子が神田君にパスをした。それが読まれていたのだろう。相手、進藤君がそれをカットしてきた。

 進藤君もサッカー部の部員だ、神田君と違って寡黙な人で頭も角刈りにしてある。そのため人気も限られたものであるらしい。

 それで進藤君がカウンターをしているさなか、その前に現れたのが、浅田君だ。

 浅田君は野球部の部員で、頭は丸刈りで体格ががっちりした。典型的な野球部、という感じなのだ。

 さすがに浅田君も運動神経がいいのですぐ抜かれる事はなかった、それどころか、素早く抜こうした進藤君のボールをけったのだ。

 そのボールがころころと僕の前にやってきた。僕は速攻の時、ワンテンポ遅れてしたのですぐ戻る事ができたのだ。

 それで僕はすぐ、ボールをけってドリブルし始めた。舌がからからになっている、もう、僕の頭の中はさっさとパスを渡す事しか考えてなかった。

「パス!」

 神田君が数歩先にいてこっちによこせととゼッチャーしていた。

 神田君の方を向き、早くこのジョーカーを渡そうとボールを蹴ろうとした瞬間後ろから衝撃がやってきた。進藤君が後ろからボールを奪ってきたのだ。

 その後は生死をさまようように時間が長かったような、ショート映画でも見るようにすごく簡単に終わったような、そういう不思議な体験だった。

 進藤君は僕のボールを蹴って、それは相手に(進藤君の味方)渡りその男子がロングパスを出したのだ。それが偶然に、ほんとプロでもないのに本当に偶然に僕たちの陣地に深くは言っていた男子にボールがストンと渡って、その人がゴールにシュートして入ったのだ。

 僕はヨロヨロとその場をうろついた。

 モウナニモカンガエタクナイ。

 そうやって現実逃避している僕はいきなり身体が反転した。僕の中では身体いきなり反転したと感じたけど、それは違っていて、誰かの手で振り向かされたという事に気づいた。そう進藤君の肩を見ながら。

「笹原、おまえ何してたんだよ!ボールを奪われるなよな!」

 何か、誰かが誰かに言ってるように聞こえた。それが自分に言われているとはわかっているのだけど、正直言って実感がわからなかった。

「おい、よせ神田」

 なおも僕の身体を揺さぶってなじる神田君に進藤君が割って入った。

「なんだよ。点とれてそっちは嬉しいと思うけど、こっちは悔しいんだよ」

「そんな事はない。こんなゲームみたいな試合で点を取ったって何も嬉しくはない。それよりも神田、笹原に対して失礼だろう。別に笹原はサッカー部員でもないし、ただの素人じゃないか、そうだから、そこまで怒る必要はないだろう」

「だけど!」

「なあ、神田。おまえが実際の試合で他の部員がミスをして試合で負けたのなら怒ってもいいが、これはただの授業だ。それに笹原はただの素人だ。おまえにこの事で怒る正当性はないと思う。どうだ、違うか?」

 神田君は手を離した。それで僕の顔を見ずにコートの中央に行った。

 僕は呆然と神田君の方を見ていると左肩に何かの感触があった。振り返ってみると進藤君がいた。

「悪い、笹原。あいつは悪気があったわけじゃあないんだ。許してやってくれ」

「あ、うん。いいよ」

 僕はその事だけ頷いた(うなずいた)。正直言ってなにを言っているのか半分も飲み込めてなかったけど、さっきの事を言っているんだ、というのはわかった。

「あいつは根は悪いやつじゃあないんだよ。ただ、ちょっと子どもっぽいところがあるんだ。まあなんにしても早くもとの場所に戻ろう、また、試合を始めないといけないからな」

「うん,わかった」

 それからというものまた、ボールを中央において試合が始まった。




 僕はグラウンドの中の草のある場所で体育座りをしている。サッカーは5分の休憩に入って皆、思い思いに足を伸ばしている。

 僕は端っこの方で体育座りをしていたが、近くの神田君と寺島さんの会話が聞こえてしまった。

—神田君、お疲れ様。

—ああ、ありがとう美春ちゃん。今日はとんだ足手まといのおかげで負けそうだよ。

—こら、神田君。人を足手まといなんて言うもんじゃないよ。彼だって一生懸命プレイしたんだから。

—だってねぇ。あ、そうだ、美春ちゃん。もし、この試合に勝ったなら、お茶しない?そう約束してくれるならもう誰も足手まといだって言わないし、俺はいつもより2倍、3倍ガッバッちゃう。どう?

—神田君、君の部活はどうするの?

—あ、そうでした。

 そんな会話が聞こえてきた。僕は立ち上がってふらふらとグラウンドに行った。




—ジャー。

 水の音が聞こえる。まあ、この水は僕が出している水なのだが…………。

 試合が終わった後、全てが終わった。いや、何も、何も終わってはいないのだけど、何か世界が終わったような感覚に襲われた。

 その後、女子の試合が始まって男子は観戦しているのだが、僕はそこから抜け出して、水道水が出るところに来たのだ。

—ごくごく。

 少しのむ。本当なら水を頭にかけたいけど、僕はアトピーなのでそれはできない。それをやる気分でもない。そして、少しのんだ後、蛇口をしめた。すると、その時後ろから声が聞こえた。

「あ、締めちゃうんだ」

 僕はびっくりして一気に後ろへ振り向いた。なぜなら、その声は…………。

「寺島さん」

 僕が思わず声をかけると、寺島さんはにっこりと笑ってこう返してくれた。

「こんにちは」

 そういって寺島さんはとてとてと水道の方に歩いていった。そして、靴を脱いで、裸足に水をつからせていた。世界が歪むほどの熱気の中、寺島さんの裸足だけが清冽(せいれつ)さを満たしているように見えた。

「…………………なにをしているの?」

「ん?」

 僕の問いに寺島さんは微笑みながらちょっと首を傾げた。

「抜けてきちゃったの」

「…………え?」

 僕があまりにぽかんと間抜けな顔をしていたのだろう。寺島さんは苦笑しながら言った。

「だからね、サッカーなんてすごい走って疲れるものなんて、途中で抜け出してきちゃったの。トイレに行くとか口実をつけてね」

 寺島さんはそういいながら水を蹴って遊んでいた。全ての黄色いだるくなるような暑さの中、青の瑞々しさが飛んでいる。

「さて、これでよしっと」

 そういうと寺島さんは蛇口を締めた。そしてこちらへ振り向いた。

「ねえ、君。ハンカチもっていないかな」

「あ、はい」

 僕は急いでハンカチを取り出して、寺島さんに渡した。

「ありがとう」

 それで寺島さんはそのハンカチを使って足を拭き始めた。ハンカチが寺島さんのつややかな足を吹く。光沢のある濡れた足がハンカチを拭くたびに黄色い足に戻っていく。

 そして、あらかたの水滴がなくなったところで靴を履き始めた。

「それじゃあ、私そろそろ行くね」

「あ」

 寺島さんはグラウンドの方へ歩き出した。僕は言ってない事がある。

—ハンカチが……………。

 しかし、寺島さんはそれに気づかず歩き始める。僕は言おうかどうか迷った。やはり言おうと思って寺島さんの方に向いたら、寺島さんは満面の笑顔を浮かべてこちらに振り向いてきた。

「さっきの事、そんなに落ち込まないでね、笹原君」

「あ」

—名前を覚えて…………。

 それはとてつもない衝撃だった。自分の名前をあこがれだった人が覚えていてくれたのだ。胸が詰まって何も言えなかった。

「じゃあね」

 そういって寺島さんはグラウンドの方に駆け出した。夏のただれる日差しの中、僕はその後ろ姿はいつまでも見ていた。

「夏の幻」

 そう、それは夏の幻だった。燦々(さんさん)と全てを黄色の大色の季節にあって、そこにちらりと移る夏の幻。

 アイスコーヒーの氷がカランと一つ落ちて残余の水になってコーヒーに纏わり(まとわり)付いていた。


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