イケメン(幼児)と状況整理
「この間はとりみだしてすみませんでした。あのときはもうこんらんしてましてね!」
幼い声が、謝罪と共にそのときの自身の状態を告白する。
「ですが、かんがえてもみてくださいよ。きづいたらぜんかいのじんせいはおわって、はじめましてにしてはおそいらいせ!むしろ、こんらんしない方がむずかしいですよね?」
短い腕を苦労しながら組み、わざと眉間に皺を寄せて難しい顔を作る。
執事をイメージしてのその表情であったが、残念ながら子どもの膨れっ面に威厳も何もない。
「このせかいが、乙女ゲームと同じだときづいたわけですか?いつも、はんとうめいなタイトルがめんが出ていたからです。うっとうしかったんですよ、いつも。それで、タイトルがめんでロードをせんたくしたら、“わたし”のきおくをおもい出したんです。つまりロードがのこってるってことは、プレイしたことがあるってことですよ。それにしては、前にプレイしてたところは今からしてみればずっとみらいのことですが」
キュリアス家の子息であるコランダムは、可愛らしい顔立ちに似合いの“ボク”という一人称を普段は用いている。
しかし今使った“わたし”という一人称はまるで、自分自身でありながらも区別しているようであった。
いや、実際に過去と現在とを区別しているのであろう。
大人びた話し方といい、冷静に分析する姿は子供らしく丸みを帯びた外見には見合わず、中身だけ急激に成長したかのようであった。
「あぁ、あんしんしてください、たいせつなあととり様である“ボク”は“わたし”とぶじにどうか出来たみたいですよ?“ボク”のときのきおくとかんじょうはしっかりとおぼえています。えぇ、今までのしゅみしこうもそう。むしろ、いぜんの“わたし”にもともと近いみたいですね“ボク”は。いえ、もしくは“ボク”がおさないからそんなにしゅみみたいのはまだないのかもしれませんけどね」
この場合の“趣味嗜好”とは、貴族的な乗馬や狩りという“趣味”や、好きな食べ物や味、服の雰囲気や色という“嗜好”ではないのだが、ここで語ることでもない。
「えぇと、はなしをもどしますね。乙女ゲームというのは、ヒロインになってこうりゃくたいしょうであるキャラクターをれんあいてきないみでおとしていくゲームです。このせかいはせいぜん…というとふくざつですが、“わたし”がプレイしていた『恋降る☆ハロウィンナイト』というゲームににているんですよ。がくえんがぶたいで外に出れなかったし、こうりゃくたいしょうのなまえすらびみょうにおぼえていないくせに、なぜわかるかといえば……」
言葉を切ったコランダムは、大きく息を吸って、息と一緒に凄まじい勢いで言葉を吐き出した。
「こうりゃくたいしょうだったんですよ、“ボク”がっ!“コランダム・キュリアス”がっ!!あのあるくひわいぶつ・まんねんはつじょうき・せいよくのごんげ・ひとりでじゅうはちきんにねんれいせいげんをあげるきっかけになったアホ!!あんなのがみこんのおじょう様方のそばにいたら、しせんだけでにんしんさせちゃうよっ!?」
拙い口調でいったのでわかりにくいが、どうやら『歩く卑猥物・万年発情期・性欲の権化・一人で十八禁に年齢制限上げるアホ』と罵倒しているようだ。
おおよそ、幼児がいう罵倒文句ではない。
肩で息をする幼児は、大きく深呼吸をしてから『とりみだしてすみません』と謝る。
「ひとりしかこうりゃくしてないからわからないんですが、このせかいでもみこんのおじょう様方は│むく《・・》でないといけないんですよね?そのこうりゃくしたキャラにからんできてた“コランダム・キュリアス”は、かなりおじょう様方と│おあそび《・・・・》になっていたようでしてね。だれと│おあそび《・・・・》になっていたかは、がめんでちょびっとしか出てこなかったのでじんぶつのとくていは出て来ませんでしたし、なまえも出て来ませんでした。まあそのときの、“コランダム・キュリアス”はこうりゃくキャラのライバルポジションだったので、よけいにしょうさいが出なかったのかもしれませんが」
そもそも、何故乙女ゲームの攻略対象が同じく攻略対象に立ちはだかるのかが、わからない。
いや、乙女ゲームなのだから、攻略対象たちにチヤホヤされて取り合われてなんぼではある。
しかし乙女ゲームといえば普通、プレイヤーの分身であるヒロインを邪魔するライバル役の令嬢が出て来て物語を盛り上げるものだろう。
現に、やはりルート上少ししか関わらなかったが、生徒会長にはヒロインに対するライバル役の令嬢らしき婚約者の話がゲーム内でサラッと触れられていた。
なのに、ある攻略キャラにいたのは、ヒロインのライバルになる婚約者ではなく“コランダム・キュリアス”である。
ふと、幼児はある可能性に気付いたが、今はイケメン野郎(自分)よりもお嬢様方だ。
「ちぎってはなげちぎってはなげ…ではなく、くうだけくってあとはポイ。そんなふせいじつなことしていいんですかっ!?だめにきまってます!あやまってきますから、おじょう様方のことをしらべて来てもらえませんか!?」
やはり、興奮状態になったコランダムは勢いよく捲し立てる。
「じぶんのやらかしたことのしりぐらい、じぶんでぬぐいます!みにおぼえはありませんけど、“コランダム・キュリアス”はじぶんですから。あっ、ついでになぐってもらえますか?あやまりたいのはこちらのつごうですから、おじょう様方の中にはこのつらを見たくない方もいるかもしれません。だったらせいいを見せるために、このおきれいなかおにアザくらいあった方がむねがすくとおもいませんか?いわゆる、『ざまぁ』ってやつですよ」
少し意味が違うが、方向性は間違ってはないと思われる。
ゲーム本編ではナルシスト気味で、自分の顔立ちに自信を持っていた“コランダム・キュリアス”だからこそ、その美しく整った顔を傷付けることで溜飲を下げるというのはわかりやすい復讐方法であり、予め行っていることでよりひどい報復を避けるためには有効だろう。
コランダム自身は、報復を避けるためというよりも単に自分があの│空かした顔を殴りたいだけで、出来ることなら自分で殴り倒したいくらいである。
ただ、自傷行為も痛いことも嫌なので他人に頼みたいだけだ。
「そういうわけですので、まずはおじょう様方のちょうさ、つぎにいどうしゅだんのてはい、さいごにぶんなぐってはいただけませんでしょうか?」
「それは、出来かねます」
「ぴゃっ!?」
慌てて振り返れば、そこには燕尾服を隙なく着こなした執事が直立姿勢で立っていた。
「いつからそこにいたっ!?」
情けない声を出すのも無理はない。
先程まで、彼の他には誰もいなかったのだ。
だからこそ、心置きなく独り言をダラダラと垂れ流して状況を整理することが出来た。
百面相しつつ、まるでそこに誰かがいて話しているかのように装っていたが実際には一人だ。
…端から見て、自分の行動が奇異の目で見られることくらいは彼でも理解出来るつもりである。
だからこそ、執事がいないときを見計らってビクビクオドオドしている侍女を下がらせて一人になったというのに。
「つい、先程からです」
それを聞いて一瞬、ホッとした幼児だったが、次に続いた言葉につい突っ込んでしまう。
「千切っては投げ…というところからです」
「いがいに前っ!?」
衝撃の事実である。
「コランダム様、どちらのお嬢様のことをおっしゃっているのでしょうか。私の知る限り、使用人以外でコランダム様は女性と会う機会はないはずですが」
突っ込みなど、まるでなかったかのような冷静な口調の執事。
幼いとはいえ、主人一族の一人に対してこの対応である。
執事に対して丁寧に話す子息もまたおかしいのだが、何故だろうか昔からプレッシャーが凄まじく普通の口調で話せた例しがない。
執事の対応は兎も角、その反応に聞かれてはマズい部分は耳に入ってなかったのだと、コランダムは安堵を浮かべる。
執事のいう通り、コランダムは女性と会う機会は皆無、といっていい。
むしろ、家族である母親にすら会えない状態である。
コランダムが生活しているのは屋敷の別棟で、両親は中央の本館で生活をしていた。
それこそ物心着く頃からのことであるので、貴族社会では普通のことのようだ。
(日本では、ありえないよなぁ。まぁ、日本だけじゃなくても、育児放棄は犯罪だけど)
尤も、昔は乳母がいて世話はしてもらえたのだ。
今にしても、コランダム一人に対して侍女が五人も付き、執事も稀に様子を見に来るのだから、完全には育児放棄ではないのかもしれない。
それに、前世を思い出してからは特に寂しいとも思わなかったのが大きいだろう。
(ぼっちに慣れてるって、悲しい…)
独り言を延々と続けられるのも、普段からやっていたことで疑問にも思わないわけだ。
虚しい。
ちなみに、男女問わず友だちもいない。
外に出る機会はなく、別棟に客が来ることもないのだから、無理もない。
(もしや、この時点で女好きだって看破されてる?あ~、侍女の皆さんのお胸様をガン見してるのがバレたのか)
前世の記憶が戻る前からなので、“コランダム・キュリアス”は筋金入りのオッパイ星人なのだろうとコランダムは一人納得する。
因みに、後も変わらず侍女を見る視線は胸部に固定されている。
侍女たちが引くのも、無理はない。
(…ん?もし女好きを危惧されて、人の制限されているんならもしかして…)
「出会っていない者を探すのは、いくら私でも不可能でございます」
(ですよね~)
何せ、ぼっちである。
悲しい事実に項垂れるべきか、被害者がいないことを喜ぶべきか本気で迷ってしまう。
勿論、そのような複雑な気持ちを持て余すコランダムのことなど知らない執事。
優秀な彼はしかし、コランダムの頼み事を全て却下することはなかった。
「ですが」
執事が一呼吸置いたことが気になり、俯いていた顔を上げた幼児。
視線が自分に向いたのを確認した執事は、握り拳を見せながら和やかに微笑んだ。
「頬を張るくらいでしたら」
「けっこうです!」
コランダムは貴族にあるまじき勢いで、言葉を途中で遮る。
しかも、『張る』ではなく『殴る』気満々な執事の姿にコランダムは思わず半泣きで身震いするのだった。