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エンディングーⅠ

「なにがなにがなにがいけなかったのよ。オレ様な生徒会長も腹黒副会長も物静かな書記も小悪魔系会計も見た目が恐い風紀委員長もハンターの幼馴染みもチャラ男な担任教師も、落とさないイベント全部やって全員の好感度上げて、ゲームになかった逆ハールートに入れたはずなのに設定もなんか違うしなんでやっぱりあの悪役令嬢か│主人公ヒロインが転生者ってオチなんでしょ前世じゃ流行りだったし死にルート阻止と見せ掛けて逆ハー狙ってたんでしょやっぱり魔女ってだけあって狡賢くてまさに悪役って感じあのヒロインだって如何にも『健気です』ってアピってるくせに聖女とか救世主とかいわれてる陰では幼馴染みの他にも彼に敵対する人外たちにもいい顔する尻軽女のくせにああそうかみんな騙されているのよあんな子たちに騙されちゃってウフフッなんてマヌケなのかしらでもいいわよあたしは優しいから許してあげる」


「許してくれるの?」


稀色のピンクプラチナの髪を持つ少年が、蠱惑的な笑みを浮かべて歩み寄る。

細身の銀縁眼鏡を取り、しゃがみ込んでいる彼女に視線を合わせるように片膝を着いて跪いた。


すでに爵位を父親から引き継いでいる若き伯爵であり、この学園では高等部副会長を務めている少年は、淫魔族という人を惑わす人外であり、少女の“攻略対象”である。

彼はいつも優しく甘やかな態度と言葉で女生徒に接するフェミニストに見えてその実、言い寄ってきた女子を陰で食い荒らす最低な男であった。


しかし彼がそうなってしまったのは、幼い頃か両親が不仲でお互いの愛人を連れ込んでいる姿を見てきたからで、そのせいで“愛”というものが信じられなくなってしまったからだ。

だから彼の“攻略”は、『愛情を示す』ことで他のキャラクターよりも簡単にすんでしまうのだ。

その証拠に今、自身と他者とを隔てる薄いガラスを外して少女を見詰めているのだから。


「えぇ、えぇ!許すわっ」


眼鏡を持つのとは反対の手を握り、少女は何度も頷く。

騎士の如く跪く彼の背中越しに見える攻略対象…黒髪の書記が普段の物静かな姿をかなぐり捨てて、嫉妬を宿した凄まじい視線をその繋がれた手に向けてきていた。

垂れ目の甘やかな美貌の副会長とは違い、年下の書記は幼さを残しながらも男らしい整った顔立ちをしているのだが、その顔には惨い縫い跡が残されている。

おかげで、ある種の凄味が増していた。


その肩を制するように押さえているのは、野性の獣を思わせる雰囲気の風紀委員長で、狼のような鋭い眼差しでこちらを見詰めている。

反対側では、淡いブロンドと紅目のテンプレ王子な生徒会長が、理由はわからないものの引き攣った表情で黙って見守っていた。

後ろの方で一同を眺めているのは、会計の少年だ。

年齢よりももっと幼く見える顔には、愉快そうな笑みが小さな顔全体に浮かんでいた。


ここにいるのは攻略対象キャラ全員ではないが、人気の高い生徒会メンバーである。

…ゲーム本編では書記であった現風紀委員長と、ヒロインと同じように補佐として生徒会に入っていたはずの現書記の役職が違うことは、もう今は考えないことにした。

きっと、│悪役令嬢かヒロイン《転生者》が攻略しようと引っかき回した結果、こうなったのだと少女は思っている。


しかし今、目の前に広がるものが結果だ。

彼らが選んだヒロインは、本編ヒロインではなく『自分』━━━

それぞれ違うイケメンを侍らせて優越感に浸る少女は、近付いてきた端整な顔に反射的に目を閉じて『そのとき』を待つ。


「別に、キミに許してもらう理由はないんだけどな?キミとは特別な関係ないんだから」


弧を描く魅力的な唇は、少女のそれと重なることなく耳に触れるか触れないかの距離で『ゴメンね』と、甘く囁いた。


「やっぱり、キミの逆ハールートは潰させてもらうね」




特別な夜。

規則正しく厳しい寄宿舎でも、遅くまで起きていても目を瞑ってくれる夜もある。

そんな特別な夜、イベントに参加しないで談笑していた生徒の一人が騒ぎに気付く。


「ねぇ、なにか聞こえない?」

「えっ?」


「言い争うみたいな声が、聞こえるような…」


女子生徒一人の言葉に、友人たちも周りを気にし出す。

口をつぐんで周囲に注意を払う彼女たちは、静寂を引き裂くような女の悲鳴を聞く。


『こんな夜』に女の悲鳴…正体は│泣きバンシーか。

そんな冗談を普段なら飛ばしそうな男子生徒は、軽薄そうな笑みを消し去り、硬質な表情で瞬時に駆け出した。

不安そうに俯いて、自分の両手を握りしめていた女子生徒は強い光を宿した瞳で顔を上げ、隣の幼馴染みを見詰める。

彼女の幼馴染みの男子生徒は、少女の瞳を静かに見詰め返し、頷き一つ返して二人で走り出す。

気の強そうな顔立ちの女子生徒は、優雅な仕草でホウキに腰掛け…優雅さとは裏腹な速度で飛び立った。

友人たちが走り去り…料理の乗った皿を持ったまま、出遅れた男子生徒が一人ポツンと残る。


「えっ?ちょっ、みんな待ってよ~っ!!」




「いやああぁぁっ!誰か、誰か助けて!!」


離れている場所にいる生徒会長は先の尖った両耳を塞ぎ、暴れる少女を押さえる風紀委員長の耳もペタンと

伏せられている。


「うるさいなぁ」


迷惑そうな顔をする会計の少年は、少しでも自分の方に騒音が届かないように羽根を動かして風を起こしている。

なおも悲鳴を上げ続ける少女に業を煮やす風紀委員長は、面白がるだけで手伝う気がないその様子に、普段の彼には珍しく舌打ちして残りの二人を見遣った。


「おい、キュリアスとフランケンシュタイン!見てないで手伝え!」

「無理です」


「即答かっ!?」


目をむく風紀委員長を見ずに、書記は副会長の頬を冷やすことに専念している。

副会長の頬は赤く腫れ、サイドの髪を片方だけ編んで作ったピンクプラチナの三つ編みは解け、制服のブレザーはよれてグチャグチャだ。

これは全て、あの少女にやられたことだ。


「あ~、もういいって。ヤマトのこと、手伝ってやって、な?」

「嫌です」


「そくと…って、もういいわ」


「きゃあっ!」


『仕方ない』という空気を醸し出す風紀委員長は溜め息と共に少女の腕を捻り、出来るだけやんわりと床へとうつ伏せに倒す。

動きを封じるために、その背中に関節を極めたまま乗り上げた彼は、更に暴れる少女に尻尾を下げる。


「キュリアス、お前さっき何をいったんだ?ここまで錯乱するなんて…」


副会長は会計に視線で助けを求めたが、相手はニヤニヤ笑うだけで手どころか口も挟む気はないらしい。

いつものことながら、自分のことも合わせて面白がっているであろう、年下の悪友の様子に苦笑した。


「ちょっとした事実を教えただけだよ」


曖昧な笑みを浮かべた副会長に、問い質したとしても決していわないとわかっている風紀委員長は取り敢えずこの場では聞くことは諦めた。

今は兎に角、少女をどうするかが重要だ。


知らない相手ではない…むしろ、明るく接してきた少女の豹変にどうするべきか考え声を掛けるが正気に戻る様子もなく。

相変わらず援護もないまま暴れる少女を押さえて溜め息を吐く風紀委員長の横に屈むのは、彼にとっては意外な人物だった。


「手こずっているようだな。そのデカい図体は、見掛けだけか?」


「…図体は関係ないだろ」


種族柄か犬猿というほどではないが、普段からよく突っかかってくる相手がそこにいた。

ちなみに、図体のことは今は本当に関係ない。


「手伝う気がないなら、あっち行ってろ」


「手こずっている挙げ句、あいつらが手伝いもしないのにか?」


「…お前なら、どうにか出来るのか?」


言葉の選択はアレだが、どうやら生徒会長には手伝う気があるらしい。

手伝いはありがたいがしかし、釈然としないのは何故だ。


腕を取られ、うつ伏せに倒されてもなお暴れる少女を暫し観察していた生徒会長は簡潔に述べる。


「仕方ない、記憶を消すぞ」


「結局それかっ!?」


キリッとした顔をしているが、結局は力技である。

確かに生徒会長の種族が│とした人間に施す記憶操作なら、現在の状態はすぐに解決するのだが…。


「納得いかないのは、何故だ」


先程までの、少女を傷付けまいと細心の注意を払い冷静になるよう言葉を尽くした彼の努力は報われないようだ。


「何をしている。しっかりと押さえていろ」

「はいはい」


自分の頭上で交わされた会話から、なにがなされるかわかった少女は一層暴れ、拘束を強めるように偉そうにいう生徒会長に風紀委員長は適当に返事をする。

返事は適当だが、やるべきことはきちんとこなす。

やんわりと少女の抵抗を封じつつ、生徒会長の要求通りにした風紀委員長は天敵ともいえる彼の顔が一瞬くもったのを見て見ぬフリをした。


「二人の共同作業ですぅー」


「ぷふーっ、エロい~」

「…フランケンシュタイン、色々台無しなそこの二人をどうにかしろよ」


苦言を呈すが、混沌色とよく称される黒に似た色の瞳を和ませる書記が友人と主を諭すとは思えない。

『女性は大切に扱うものですよ』と、紳士である義父や真面目な養母に常にいい聞かされていた風紀委員長にとって今の状況は不本意なものだ。

決して、副会長がいう『エロい』ことなど一つもないのだ、断じて。


長い指が、暴れて元より乱れた少女の首をブラウスのボタンを外して寛げる。

真っ白な首筋が晒され、血管が浮き出ているのを視界に収めた生徒会長の喉が、独りでに喉が鳴った。

そのことと潤んだ目が下から自分を見上げていることとを、首を振って意識の外へと無理矢理追いやって顔を寄せる。

風紀委員長によって床に縫い止められた少女は哀れな蝶さながらに、捕食者の牙が迫りー…。


「なにをやっている」

「!?」


硬質な空気をまとった声が響き…、なぜか風紀委員長が飛び上がるかのように慌てて立ち上がった。


「ボク、人がびっくりして飛び上がるのはじめて見た」


後に、目を丸くしながら副会長が語る。

一人で感心している副会長のマヌケを絞めてやりたいという欲求が、久し振りに風紀委員長の胸に飛来するのだが、今は別の話であった。


「誤解だ、シスター!!」


「…?彼女なら、いないが」


ぐりんっ


そんな音が聞こえそうな勢いで、新たに登場した人物へ身体ごと向き直った風紀委員長は、そこに縦ロールを装備した気の強そうな顔立ちの女子生徒しかおらず、想像していた相手がいないのにやっと気が付いた。

ピンッと立った耳と尻尾もそのままに、硬直した風紀委員長に残念な知らせが会計から入る。


「彼女なら、友だちと一緒に寮にいるよ~」


石像のように固まったままの、風紀委員長の尻尾がパタリと力なく落ちた。


「おいっ、どうなってんだこれは!」


少女の悲鳴を聞き、この場へと走り込んできた男子生徒が元々鋭い眼差しを更に鋭くし、生徒会メンバーを見遣る。

他の存在を待ち望んでいた少女は、組み伏せた苦しい状態ながらも唇を吊り上げた。


そう、彼女は待っていたのだ。

彼らの│正体・・を知らない、│一般生徒モブの存在を。


「助けてっ!」

「クラリティさんっ!」


少女の悲鳴に被るように、彼女を呼ぶ声が響く。

宝石の名が刻まれていない、呼ばれた姓にも自身の名も『お前は│脇役モブだ』といわれているようで大嫌いだった。

それを心配そうに、鈴のように澄んだ可憐な声で呼ぶ│女子生徒ヒロインも嫌いだ。

ろくに努力もしないくせに、複数の攻略対象たちを侍らす女子生徒に嫉妬の眼差しを向けた少女だったが、ヒロインの横に攻略対象である幼馴染みを見付け、醜悪な表情を消して涙を流してみせる。

彼は幼馴染みであるヒロインを狙う存在を憎み、対抗する手段とそれを実行する権限を持つ。

彼の属する組織と生徒会メンバーの親世代が交わした決まりを破り、一般生徒である自分を襲っている存在を見逃すわけがない。

だから、自分はせいぜい哀れな少女を演じればいいと、彼女は涙声で叫んだ。


「この人たち、モンスターなのっ!!」

…………

………

……

「はぁ?そんなの今更だろ?」

「……えっ?」


予想外の反応に、少女は絶句する。

さすがは乙女ゲームの世界、名前しか出ないキャラもモブとはいえイケメンだ。

そんな彼は『なにいってんだ、こいつ』という感情がわかりやすく見えるような表情で、少女を見ていた。


「吸血鬼と淫魔はわからなくても、悪魔よ!狼男よ!フランケンシュタインの怪物よ!!」


「見たまんまじゃねーか。最後に到っては、いつもと変わりねぇし」


今、会計は蝙蝠のような羽根と臀部からは細長く黒い尻尾が、風紀委員長は狼の頭部に毛深い上半身、鋭い爪にふさふさした尻尾がそれぞれ備わっている。

少女の言葉に傷付き項垂れる書記はといえば、男子生徒が突っ込みを入れた通り、いつもと変わりなく“怪物”と呼ばれる程に醜い縫い跡と色の違う肌の顔を晒していた。

項垂れる書記の丸まった大きな背中を、外見的特徴のない副会長は黙って慰めるために優しく撫でる。


「おい、生徒会!あんたら成績優秀なヤツか、才能があるヤツの中で、図太い精神力のヤツらを選んで話してあるんじゃねーのかよ。この女、特待生だろ!」


「だって…えっ……知らない、こんな展開…」


ブツブツ独り言を垂れ流す少女は、生徒会メンバーに随分と乱暴な口調で話していることに気付く。


『本編』では生徒会メンバーは皆、他の生徒から対等な態度を取られたことがなかった。

理由は単純で上位貴族であったり、有力者に一目置かれていたり、外見の異様さを避けられた結果であり、それもまた攻略のポイントになっているはずだ。

天真爛漫なヒロインが、分け隔てなく接し、その温かさを知り━━独占したくなるのが、生徒会メンバーの内の一人のルートだった。

しかし実際は…違う?


「図太いっていえば、図太いけどね~ちょっと、キミらとは違うんだよ~」


「何気に図太いって、否定しないんだな。生意気なヤツ」


確かに男子生徒は会計より二学年上ではあるが、生徒会メンバーであり古くから続く貴族家の嫡男にこんな口を利く者はいない。

少なくても、普通の神経を持つ一般生徒であるならば。

げんに最後にこの場に着き、肩で息をする別の男子生徒はそんな友人の態度に真っ青になっていた。

尤も、会計本人や副会長は楽しそうに笑うだけでそこに怒りは見えないが。


「なぜ、ここにいる?」


「質問に質問を返すのか?なら、答えてやる」


こちらは、剣呑な雰囲気の生徒会長と女子生徒。

拘束していた一人がいなくなり、混乱しつつもチャンスとばかりに逃げ出そうとした少女を難なく押さえ込む生徒会長に、女子生徒は片眉だけを器用に吊り上げて見せた。


「お前らが、悪さをしていると思ってなっ!」


女子生徒は言葉と同時に、背後に隠していたホウキを使って攻撃を繰り出す。

だが、殴打されると思われた生徒会長は立ち上がってあっさりとそれを阻止し、逆に彼女を掴んだホウキごと引き寄せた。


「きゃっ!?」


勢いを殺せず、そのまま生徒会長に抱き留められた女子生徒は、頭の上で彼が微かに笑った気配を感じた。

キツく見える顔立ちの自分に似合わない、可愛い悲鳴が咄嗟に出てしまって、それを鼻で笑われたと思った彼女は生徒会長の胸を叩いて八つ当たりをするが相手は平然としている。


生徒会長としては、馬鹿にして笑ったわけではないのだが、彼女の反応がいちいち楽しいので訂正することはない。


「“悪さ”…な。オレたちは、そんなことをしているつもりはないが?…ところで、お前がここに来たということは、いったことを当然やったんだろう?」


「………」


フイッと、不自然に逸らした顔はばつが悪そうだ。

答えはなくとも、十分過ぎる返事である。

気高い彼の魔女は、見た目に反して子どもっぽくていちいち可愛い。

しかし、それと『約束』は違うと、逸らした顔を両手で挟んだ生徒会長は、自分の方へと彼女の顔を強引に向けさせた。


「オレと約束したよな、お前は………」


一息置いてから口を開くから、どんな重要な約束をしたのかと思えば。


「嫌いなカボチャを食べてから、出掛けるなりしろといっただろ!」


…そうでもなかった。


「んなっ!勝手にそっちがいい出したんだろうがっ!!だいたい、私は別にカボチャが嫌いなわけではないっ!!」


挟まれた頬をぐにぐに揉まれながらも、女子生徒は毛を逆立てた仔猫のように反論した。

生徒会長の手を払い除ける様子はさながら、『ねこぱ~んち!』だろうか。


「いつも残しているのにか?」


「最後に食べるつもりなんだ、ほっとけ!お前はなんだ、私の母親かっ!!」


ぱしっ!ぱしっ!


そんな力が抜けるような音を立てて、女子生徒は連続で攻撃を繰り出す。

その顔は、怒りからか羞恥からか真っ赤だ。

残念ながら、可愛いだけで攻撃力は皆無だと生徒会長は思っていたが、そんなことはおくびにも出さないで傲慢そうな笑みを彼は浮かべていた。

…まあ、幼馴染みで親友には『鼻の下が伸びてる』と後でいわれそうだが。


「…………」

「お~い、生きてる~?返事がない、ただのヘタレの石像のようだ。な~んてね!」


固まったままの風紀委員長を叩いていた会計は、返事がないことをいいことにどこからか取り出したマジックで立派な毛並みに落書きをはじめた。

よりによって油性で、『シスター命!』などと確実に正気に戻ればぶっ飛ばされそうなことをでかでかと書いていた。


「会長たちもそれぞれ忙しそうですし、場所を移動しませんか。ここではゆっくり出来ませんし」


「いやいや、ゆっくりとかいらないからな?取り敢えず、仕事」

「まだ先が長いので、濃いめに入れた紅茶にしますか?それともコーヒーにしますか?」


「…コーヒーでいいです」


副会長は言葉を遮られた挙げ句、年下の書記に押し切られている。

書記はこんなに強引で、押しが強かっただろうか?


溜め息ひとつ吐く幼馴染みの横にいるヒロインは、生徒会メンバープラスαを見て、まるで聖女のように微笑んだ。


「仲良しだね!」


キラキラと、光り輝くような笑顔だった。


男子生徒は賢明にも、『よく見て見ろ、どこかだ?』とはいわない。

隣で聖女様の頭を撫でている彼女の幼馴染みが、とても面倒くさいので。

全体的に面倒くさそうなのを見て取った彼は、運動不足なもう一人の男子生徒を八つ当たりで小突くために、さっさと後ろに下がっていく。


ただポツンと取り残されることになった少女は、上半身を起こしたまま唖然と周囲を見渡した。

そこには少女が画面の向こうで憧れた、完璧で美しくしかしどこかに陰を持つ、│救いヒロインを待つ攻略対象たちの姿はない。

見た目と地位は兎も角、そこにいるのはごく普通の少年たちだった。


少女は震えた。


「なんで?どうしてこうなったの?ここはゲームの世界で、私はヒロインに代わってみんなを助けたかったのに…」


俯いていた少女が顔を上げたとき、彼の唇が動く。


『助ける?必要ないよ』


普段と変わらない甘やかな笑みが、少女には嘲笑に見えた。


最初から、おかしかったのだ。

シナリオ通りに進まないどころか、シナリオ自体がない部分が多かった。

選択肢も間違っていないはずなのに、攻略対象の反応は薄い。

そしてなにより、攻略対象たちが抱える“闇”を感じられなかった。


前世で流行っていたような、転生ヒロインか転生悪役令嬢かが何か、裏で暗躍していたのかとずっと思っていた少女だったが、エンディング間際でそれが勘違いだったとやっと気付く。


いつの間にか、少女の口調が変わっていた。

もしかしたら、これが少女本来の口調なのかもしれない。


「あんたが…あんたが、転生者だったのね!」


ギリギリと歯軋りの間に、少女はその名を叫んだ。


「コランダム・L・キュリアスっ!!」


副会長は甘やかな垂れ目を細めて、ゆったりと笑うだけだった。

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