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2月14日

2月14日(土)


 朝から雪がちらついている。

 今年はほんとに、雪が多いな。

 コタツから出るつもりなど、すでにない。


 二度寝をしそうになったその時、高らかにアニソンが鳴り響く。

 このテンション高い曲は、ヤツからのメールが来たという合図……


 俺は携帯を開いた。


――――――――――――――――

Date 2/14 7:00

from ヤツ

Sub Re:Fw:バレンタイン中止のお知らせ

――――――――――――――――

大変な

事態が

起こってしまった……


選ばれし我が同志たちよ

すぐさま例の場所に

駆けつけよ!!

――――――――――――――――


 またか。

 どうせまた、誰かの返信がないからといって、彼女ができたのだとかわけのわからない理由をまくしたてるつもりだろう。

 もう無視しようかな……

 でも、そうすると確実に、あいつら俺の部屋までおしかけてくるよな……

 めんどくせぇ。


 ***


 今日も、俺が向かうのはお馴染みのファーストフード店だ。少しゆっくり支度してから店にたどり着くと、いつものメンバーが暑苦しい豚を中心に揃っていた。

「毎回毎回、いい加減にしろ! どれだけ同胞を待たせるのだ!」

「だまれ豚」

 外は吹雪いているというのに、こいつはまた半袖だ。

 いくら暖房がきいているとはいえ、節電が高らかに叫ばれる昨今、店内はどこか肌寒くすらあるというのに。

「おい、トン……おまえ、また太ったんじゃないのか?」

 去年までは二.五段腹くらいだったと思うのだが、今はしっかり三段腹だ。

 きっと百キロを超えているに違いない。

 よく、席に座れるものだと感心する。

「なんというか……この時期のデパートは、試食がすすんでな……」

 お前……中止だなんだといっておいて、ちゃっかりチョコの試食はしてきたというのか。


 トンは口の端を持ち上げて笑ってみせる。本人はニヒルさを演出しているつもりのようだが、気持ち悪い笑みにしかうつらない。

「人のことが言えるのか、ガリ」

 ガリとは俺のことだ。別に中肉中背で、ガリガリでもないのだが、この豚に比べれば……という理由でつけられたあだ名だった。


「お前、あごが二重になりかけているぞ!」

「え!? マジで?」

 俺は慌てて自分の顎をまさぐる。

「だ……大丈夫だよ、ガリくん」

 小声でフォローしてくれたのは小心だ。


 さて、ここでメンバーを紹介しよう。


 まずは俺に輪をかけたアニオタで、常に暑苦しい豚、あだ名は『トン』。本人は本名をもじったあだ名だと信じているが、当然由来は豚のトンだ。

 次。顔は人並みなのだが、いかんせん度胸がないために、この豚にいいように仲間に引き込まれている気弱な男、あだ名は『小心』。

 そして、愛嬌のある温和なぽっちゃり、あだ名は『まん丸』。年末に盲腸で入院していた病み上がりだ。それでもぽっちゃり度に変わりはない……ように見える。

 それから……

「あれ? あいつ……『小物』は?」

 『小物』とは、頭はいいのだが、嫌味な性格が一般人に嫌われている萌えオタだ。


「ヤツか……」

 トンは黒縁の眼鏡の真ん中を中指で押し上げ、赤ん坊のようなぷにぷにの手を、口の前で組んだ。

「ヤツが“そう”だ」

 またかよ。

「はいはい。ご苦労なこって」

「お兄ちゃん! もっとトン子と真剣に向き合って!」

 うるさい、黙れ。公衆の面前で裏声出すな、気持ち悪い。

「どうせまた、メールが返ってこなかったってだけだろ?」

「ぐ……」

 こいつ、馬鹿なのかな。

 なんでそれくらいで、彼女ができたと騒ぎ出すのかな。


「俺、朝飯食いにきただけだから。食べ終わったら帰るからな」

 口に運びかけたハンバーグを、横からひったくられた。

「お兄ちゃん、なんでそんなに冷たいの!」

 コーヒーかけていいかな?

「お前が気持ち悪いからだよ」

「ツンデレだ、ここにツンデレがいるぞー!」

 殴っていいかな?


「だが、諸君。今回は、確たる証拠があるのだ。みるがいい、これを! それでもなお、私のいうことが虚構だと笑っていられるかな?」

 そう言って、トンはニヤリと笑い、スマホの画面を俺達にみせてきた。


 そこにあったのは……

『聖なるヴァレンタインデーを、お前たちのようなむさくるしい男たちと、無為に過ごすつもりはない』

 それは確かに、小物からのメールの文面だ。

「……いや、これだけじゃ……」

 頬を引きつらせる俺の前で、スマホの画面を押し、おもむろに耳に当てるトン。

 まさか、小物に電話をかけている、とか?


「小物隊員! 貴様以外は、全員集まっているぞ! なぜこない! ぐずぐずするな、小物隊員!!」

 俺の推理はあたったようだ。

 小物が電話口に出たのだろう、トンは立ち上がり、つばを飛ばしつつ腕を振り回している。


「……なん……だと……?」

 何を言われたのか、トンはゆらゆらと身体を揺らしてから、崩れ落ちるように椅子に腰をおろした。

 ミシッと言った椅子が、地味に気になる。

「すま……ない……もう一度……もう一度、言ってくれないか?」

 そういうや、トンは素早くスマホを耳から外し、画面をぽちっと押してから、テーブルの上にそれを置いた。


『だーかーら』

 小物の声が、スマホのスピーカーから響く。

『しつこいなー言ってるでしょ、僕は君たちと違って、付き合って一年以上になる彼女がいるんだよ。君たちみたいな暇人と違って、今日は忙しいわけ。わかったら、もう電話をかけてこないでくれる?』

 ツーツーツー。


 顔を見合わせる俺達。

 と、トンが憤怒の形相で、勢い良く立ち上がった。


「さあ立ち上がれ、戦士たち! 奴のアジトに乗り込むのだ! 行くぞ同胞よ! 我々の手で、ヤツの悪行をあばくのだ!!」

 一人テンションをあげるトンを、六つの冷めた目が見上げていた。


 ***


「こーもーのーくん! あっそびっまそ!」

 あ、噛んだ。


 結局俺は、不本意ながらもトンにつきあって、小物の住むマンションについてきてい。

 ここにくるまでに、何組ものカップルとすれ違い、すでに俺達のSAN値はガリガリと削られている。

 小心もまん丸も、目が八割死んで、たまに小さな笑みを漏らしているのがその証拠だ。

 なんでこんな朝早くから、やつらは町を徘徊しているのだ……正直、理解できない。


 一度なぞ、今はやりの壁ドンの現場を目撃してしまった。

 もっとも、俺達にいわせれば、あんなのは壁ドンなどではない!

 そうだとも!

 壁ドンというのは、夜中にアニソンのボリュームを上げすぎた結果、顔も知らない隣人から、ドンッ、と、壁を叩いてこられてビクッとなる、あの現象のことなのだ!

 だから俺は絶対に認めない。イケメンが平凡な容姿という名目だが真実は美少女な主人公を、壁においつめる少女漫画的アレを「壁ドン」と呼ぶだなんて!!


 それはともかく、小物のマンションはオートロックだ。

 そう、奴はいいとこのおぼっちゃんだというではないか。

 親の金でぬくぬく一人暮らし、毎月俺のかせぐバイト代を上回るお小遣いをもらい、のうのうと暮らしているセレブ小僧だというのだ。

 そんな奴のマンションを、俺は未だ訪ねたことがない。

 せっかくだから、舐めるようにみてやろうと思ったのが、トンに付き合った主な理由だった。


 そして、現在、トンは一階に設置された数字板で小物の部屋番号を押し、チャイムを鳴らしながら、沈黙する機械に向かってずっと叫び声をあげている。

「いないんじゃ、ないのかな……」

 まん丸が入り口から出てきたカップルを死んだ魚のような目で見送りながらつぶやく。

「ホントだね、いないのかもしれないね」

 小心が小さく同意する。

「いないんだってよ、トン。あきらめようぜ」

「くっ……今頃奴は、部屋の中でハッピーバレンタイン、などといいながら、いちゃいちゃいちゃいちゃ……」

「妄想もたいがいにしろ」

 俺はトンの後頭部をペシッとはたいた。


「ほら、行くぞ、お前たち」

 ファミリーマンションの部屋というものを見てみたかったが、仕方ない。

「バカをいうな、ここで諦めてたまるか! 奴は……いまこの瞬間にも奴は……」

「あれだろ、いるとしても、どうせ画面の中から出て来られない嫁だろ。去年の今頃リリースされたゲームのキャラか、アニメのキャラだろ」

 はっきりいうが、あいつが現実世界に更生できるとは、俺には思えない。三次元を愛せるとは、どうしても思えないのだ。


「それならばよし! だが、そうでなくばどうする? なにせやつは、セレブ一家の腰巾着だ! 親の金にものをいわせて、可憐な美少女を思いのまま……いや、三次元に可憐な美少女など、いるはずもないが」

 こいつ……本音が出たな。

「とにかく、チャンスをまとう。次、あの扉が開いたら、さも住人のような顔をして入り込む! いいな?」

 えー?

 そこまでするか?


 結局、そこまでした。

 俺達は、和気あいあいとエントランスから出て行った家族と入れ替わるように、マンションに潜入したのだった。


 ***


 ドンドンドン!

 ドンドンドン!

 ドンドンドン!

「こーもーのーくん! あっそびましょー! 来たよー僕達きたよー、君の親友の僕達だよー! トンちゃんだよー!!」


 ご近所の迷惑を顧みず、小物の部屋……九二〇号室の扉をドンドンと叩くトン。

「おい、扉を叩くなって。やるならせめて、チャイムにしろよ」

「おお、そうか」


 ピンポンピンポンピンポン!

 ピンポンピンポンピンポン!

 ピンポンピンポンピンポン!

「こもちゃーん、こもちゃーん!」


「うーるーさーいー!!」

 あ、ホントにいた。小物。

 奴は目を血走らせ、歯をくいしばりながら、鬼のような形相で俺達を出迎えに出てきた。


 ……のは、いいのだが……


「え……何その格好。結婚式でもするつもりか?」

 思わずつっこんでしまった。

 そう、奴は正装していたのだ。

 清掃ではない、正装だ。

 いや、正装する前に清掃したかもしれないが……って、そんなことはどうでもいい。

 結婚式を思わせる正装……つまり、白のタキシード姿で出てきたのだ。

 正直、俺はちょっとひいている。

 小心も、まん丸でさえも、ちょっと引いている。

 興奮しているのはトンだけだ。


「この裏切り者がっ! 今日という日に、召集に応じないとは、いったいどういう了見だ!!」

「うるさい、返事はしただろう! 今日はエレインにゃん……ハニーと、ふたりきり」

「うおおおおおお」

「あ、待て!」

 トンは小物のセリフを最後まで聞かずに、部屋に突入した。


「おじゃましまーす」

「まーす」

「うぃーっす」


 とりあえず、俺達も勝手にあがる。

「おーさすがファミリーマンション。靴箱でけぇな」

「あーほんとだねー」

 五十足でも収まりそうな壁一面の収納だ。

 うらやましい。

 俺とまん丸が玄関の見物をしている間に、小物は奥に突進したトンをおいかけて行ってしまった。


 それにしても、意外にシンプルな玄関だな。

 俺はもっと……フィギュアが置いてあったり、ポスターが貼ってあったり、タペストリーが飾ってあったりするのかと思ったのだが。


「見つけたー! 見つけたぞ、この裏切りものがー!!」

「うわ、やめろーーーー」

「なんという破廉恥なっ!」

「見るなー! 僕のハニーを、汚れた貴様の目にうつすなー!!」

 奥から叫び声が聞こえる。

 なにやってるんだ、あいつら……


 俺達は、長く伸びた廊下を奥に進む。

 扉は左右に五つ……中はのぞいていないから、どれかは風呂や便所だったりするのかもしれないが、それにしたって五つだ。

 一人でこんな広いところに住む意味はあるのか?

 ああ、そうか。そういえば、小物のやつは、フィギュアとかゲームとか、とにかく収集癖があるんだっけか。


 そうして奥の部屋……二〇畳ほどのLDKにたどり着くと、広い空間のなかでデブとチビが腕をくみあわせていた。

「ぐぐぐ……やめろ、触るな……」

 小物が五〇インチのテレビの前に立ちはだかり。

「この……この……破廉恥な……破廉恥な……」

 トンがその防御を突破しようと頑張っている。


 その争いのもととなっている4Kテレビの画面には、裸に赤いリボンをグルグル巻きにし、ハートの小箱をのせた両手をそっと差し出すエレインにゃん……ゲームの二次元キャラの絵が。

 ほらな、やっぱり画面の向こうの嫁だったろ?


 当然のごとく、テレビの前に置かれたテーブルには、高そうなケーキが一ホールそのまま置かれ、両脇に並ぶフィギュアには下着やアクセサリーなんかのプレゼントがかけられたり、前に置かれてあったり……。

 そして高そうなグラスに注がれた酒……横においてある黒い瓶……まさか、これがあれか……噂のドンペリってやつか!

 さすがにここまで金のかかった様子に、俺もドン引きだ。

 それに、下着はないと思う、下着は。どうやって買ったんだ? 通販か?

 せめてコンビニのケーキに子供も飲めるキャラクターつきのシャンパンに、千円くらいで変えるピンキーリングぐらいを置いてあるというのなら、許容範囲だったのに。


 俺は、そのテレビの正面に置かれたソファに目をやった。

 これまた革張りの、立派で高そうなソファだ。

 そこに置いてある分厚い冊子。

「なにこれ、アルバム?」

 開いてみると、黒い厚紙の上に数々の写真が現像されて貼り付けられている。

「あ、これ……」

 小心が、驚いたようにその一枚を指した。

 そこに貼ってあったのは、小物がいつものいやらしい笑みを浮かべながら、スマホの画面と自分の顔を並べて自撮りしている写真だった。


 いや、それはまあ……ひくがまあいい。

 それより、問題はその背景……

「遊園地?」

 そうだ。そこは、俺達が去年行ったあの、遊園地だったのだ。

 それも、日付は去年の十二月二十四日……俺達がまん丸を探しに行っていた、その当日ではないか。


「ああ、そうか。それで、小物くん……」

 小心が納得したように、頷いている。

「ちょっとおかしいと思ったんだ。僕と一緒にアトラクションに並んでも、隣の席には座りたがらなかったし、やたら写真を撮っているし……きっと小物くんの中では、僕は彼女とのデート中にあらわれた、おじゃま虫だったんだね……」

 いや、そこ、落ち込むところじゃないから、小心。

 そこ、傷つくところじゃないから、小心。


「僕とエレインにゃんの思い出を、汚すなーー!!」

 小物は目標を俺達に変えたようだ。

 ものすごい必死の形相で詰め寄られたので、俺は素直にアルバムを渡した。

「いや……よく、撮れてるな……と、おもって……」

「ほ……ほんと、彼女……とっても可愛く撮れてるね」

 俺達は、勢いに負けた。


「はっ」

 小物はニヤリと笑う。俺達の言葉に、喜んでいるようだ。

「もちろんだ。エレインにゃんは、世界で一番の美女……どんな風に撮ろうが、どんな安物のカメラであろうが、その美貌を損ねることなどできないのだ!」

「あ、うん……そうだな……」

 美女……むしろどっちかというと、美少女の部類だと思うのだが……

 4Kテレビに写った裸エレインを見ながら、俺はそう思った。


「あ」

 小物が俺にかまっている間に、トンがPCを操作したようだ。

 エレインだった壁紙が、トンの嫁……ツインテールのツンデレ、みっちゃんに変えられていく。

「あああああ! トン、きさまーーーー」

 小物はトンに飛びかかっていった。


 ちなみに、小物のPCケースには、エレインを印刷したシートが貼ってあり、マウスとキーボードはエレインの画像を直接吹きつけたもの、そしてマウスパッドはエレインの胸と尻の3Dマウスパッドが2つ並んでいる、という徹底ぶりだった。

 ついでにいっておくと、高そうなソファの両脇には、エレインの制服バージョンと裸バージョンの抱きまくらが置いてあるし、壁には隙間なくポスターが貼ってあるし、等身大から手のひらサイズまでのフィギュアがあちこちに並んでいる。

 金を持っている奴は、やることが違うな……

 キーボードは素直に羨ましい。

 もちろん、俺が発注するならエレインとは別のキャラにするが。


「まあ、座ろうぜ」

 俺は二人の友人の争いを横目に、小心やまん丸とソファに腰掛ける。

 エレイン抱きまくらはちょっと横にどいてもらった。

「実は、僕……こんなこともあろうかと……」

 小心が背中のリュックをおろし、中をゴソゴソやって、コンビニ袋を取り出した。

「みんなで食べようと、チョコ買ってきたんだよね」

 出てきたのは特価九十八円で売っている、板チョコが五枚だ。

「せっかくみんなで集まるんだから、友チョコもありかな、と思って」

 お前は女子か、とはつっこまない。


「俺、ミルクもらっていい?」

 素直にいただくことにした。

「どうぞどうぞ」

「オレはビターで」

 まん丸が手を伸ばす。

「こんなことなら、飲み物も買ってきたらよかったな……」

「コーラでいいなら、あるよ」

 またも小心のかばんから出てくる一リットルのコーラ、さらに紙コップ。

 どんだけ用意がいいんだ、小心。


 俺達はチョコをかじり、コーラを飲みつつ、トンと小物の争いを傍観する。

「あ、そういえば、こんなのあるんだけど、見ない?」

 今度はまん丸が、かばんの中をごそごそやって、一枚のDVDを取り出した。

 財布一つでぶらぶらしている俺と違って、用意万端だな、二人共。

「何のDVD?」

「それがね、『劇場版 マンティコアの晩餐』の店頭販促用DVDなんだけど」

 まん丸の言葉で、トンと小物の争いが、ピタリと止まる。


「たまたまもらってさ……せっかくだから、みんなで見ようかと思って」

 『マンティコアの晩餐』というのは、去年の今頃、話題になった二クールのオリジナルアニメだ。近未来を舞台にした、ホラー的な要素をもった映像的にもエグいサスペンスミステリーで、アニオタの中ではそれはもう一大ブームを築いた作品といっていい。

 その劇場版があと少しで公開となるのだが、「そのDVDを持っている」というまん丸の言葉に食いつかないものは、この部屋にはいなかった。


「なあ、小物。DVD見ていい? マンティコアの晩餐のDVDだって」

 トンと小物はおもむろに組み合っていた手をはなし、お互いの衣服を整え、急にそわそわしだした。

 こいつら、わかりやすいな。

「し……仕方ないね、君たちは、まったくもう……DVDか……DVDね……」

 小物はテレビのリモコンをいじって外部入力をブルーレイレコーダーに選び直し、まん丸からDVDを受け取る。


 俺達はチョコレートを手に、コーラを飲みつつおとなしくその短いDVDを鑑賞した。

 由緒正しきアニオタとして、仲良く平和的に、五人並んで姿勢をただしつつ。

 そのDVDを見終わった後、感動した俺達は……特にトンと小物は、大いに感想を言い合って盛り上がり、最後にはがっしりと熱い握手を交わして仲直りした。

 そうして俺達はあらためて小物の嫁にむかって盃をかかげ、みんなで甘ったるいホールケーキを切り分けて、その忌まわしき一日を、その部屋で、平和に過ごしたのだった。


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