8話補完
赤髪ロング、紅蓮の瞳。身長は妹よりも高い。
スレンダーな体つきで出るところはでて、引っ込むところは引っ込んでいる。とても魅力的な女性だ。
もちろんそれが相手に選んだ理由の大部分を占める。
妹には正論のようなことを言ったがまあそれは二の次。
実際は「例え敵であっても相手がかわいいに越したことはない。」だ。
そう思いながら彼女が飛ばしてくる火玉を躱す。
躱すが、何せ量が凄まじい。
一秒で十発は撃ってくる。
指は十本しかない。つまり全弾毎秒撃ってくるのだ。
全弾撃つぐらいなら、時間があれば当然誰にでもできる。しかし毎秒って…。
「速すぎるだろ…。」
愛剣のロングソードを片手に剣の腹で避けれそうにない火玉を薙ぎ払う。
そうして出来るだけ数の少ない場所に逃げながら、回避行動と剣を駆使して凌ぐ。
それでも圧倒的物量差には勝てず、いくつか被弾してしまう。
模擬戦で使う火玉は基本的に燃え移らない。というより、燃え移らないように使用者が手を加えている。
一つは、火の周りを薄い空気の膜で覆う方法だ。それによって、着弾時に膜で火を押しつぶして鎮火させる。
しかし、これは風の自然精霊に働きかけなければならないため、玉の数が多ければ処理しきることができなくなってしまう。今の彼女がそれだ。
その場合は、発動の際に手間が掛かるが、火の精霊の意思を玉にかけることで物に燃え移る前に鎮火させる。こちらは最初だけ火精霊に働き掛ければその後は何の手間も掛からないお手軽な方法だ。
それならばいつも後者の方法を用いればいいのだが、固有精霊だけしか使えないよりも自然精霊も使える方が、当然だが戦術も増える。
そのため、普段から自然精霊にも助けてもらうことで自然精霊とも共感を持てるように訓練するのが基本だ。
そう言った理由で普通は燃えることがない。同じ箇所に何回も被弾すればその箇所だけ温度があがり発火することもあるが、大抵はこげ跡だけで済む。学校指定の服は耐火性に優れているため尚更だ。
しかし焦げ跡は付く。幸い妹が水精霊を使えるので洗いは簡単だが、嫌な顔をされるのは必定。
だから出来るだけ回避はする。
「集え。汝の炎。」
左手の指先に一センチ程度の小さな火玉を一つずつ生成していく。
相手が十個の玉を発射する直前にこちらも三個の火玉を密に拡散させながら放つ。
簡単に避けられてしまい、すぐに火玉を撃たれる。
剣で弾きながら避けつつ、生成し直した火玉をさらに三個、同様に放つ。
またすぐに避けられてしまい、反撃される。しかし、その回避行動は拡散させた玉の絶妙な間隔によって一番端の玉を避けさせるように強いる。
それによって、回避行動は大きくなり、隙が生まれる。
「もうすぐ会いにいくよカズミちゃ〜ん!」
「え!?急に何言ってんの。」
その隙を突いて、除々に距離を縮めつつある俺に驚きの声を上げる。
「来ないでよ!」
そんな俺を拒否するようにより苛烈に火玉を浴びせてくる。
「なんでそんなに嫌がるんだよ!」
「だって顔が怖いから…。」
「うっ…。」
こうもストレートに拒否されるとさすがに傷つくがそれでめげてはいられない。
「うおお〜!」
全力で火玉を回避しつつ、さらに近付く。
「うそ。ティアちゃん助けて!」
俺の奮戦に音を上げた彼女が助けを求めるといきなり向かい風が発生する。
「うぐ…そういえばティアさんが居たんだった…」
よく見ると風が起きているのは俺の周囲だけで遠くの木々は一切揺れていない。
俺だけ強烈な向かい風に晒されて、身動きが取れなくなってしまう。これでは回避もろくに出来ない。
「ちょ、これは無理!待って五秒で良いから待って!」
強い風のせいで左右の回避を半ば封じられてしまい、その場で襲いくる火玉を剣だけで捌ききるしかなくなってしまった。
「分かった少しだけ待ってあげる。」
「え?」
そんなカズミちゃんの言葉に驚きつつ、幾つも被弾しながら火玉を捌ききると、火の波も暴風も一瞬にして止む。
「あ、ありがとう…。」
「でもこれは貰っていきますね。」
素直に感謝して棒立ちになっている俺の背後に足音もせず、ティアさんが現れる。
「あ。」
呆然とする俺に構わず尻尾を盗っていく。
「これで私たちの勝ちですね。」
「やられちまった〜。」
惜しかったな〜。もう少しでカズミちゃんのところまで行けたんだが…。ってそういうゲームじゃなかったな。
心の中でツッコミつつ剣を鞘にしまう。
「やった〜。私たちの勝ち〜!」
はしゃいで近寄ってくるカズミちゃんを余所にティアさんは真剣味の増した顔で俺たちと最初遭遇した場所、ミキとシズネが闘っている方角を向いている。
「謝って。」
「どうして?」
「謝って!」
「理由が分からなきゃ無理だよ。」
戦闘中には聞こえなかった声が小さい声で遠くから流れてくる。
恐らく、方向からしてミキとシズネだろう。
エルフは耳が良い。
静かな所では遠くの音がよく聞こえる。
夜なんて特にだ。家でも寮でもシズネとは別々の部屋で寝ているが、たかだか壁一枚隔てただけ。
小声でもよく聞こえてくる。
当然、サキちゃんとかいうお友達と妹が話しているのを盗み聞きなんてしていない。
ただ、勝手に耳に入ってくるだけだ。
「あれ、二人ともどうしたの?」
近付いて来たカズミが首を傾げる。
「いやどうもしてないぜ。なあティアさん。」
「え?あ、はい。」
会話を聞くのに夢中になっていたティアさんに声を掛け、白を切る。もちろん夢中になって聞いていたのはシズネ達の会話だ。
「そっか。ねえ、ガウスくんも耳がいいの?」
ここでその問いですか!なんてタイミング!?
見事に図星をつかれてしまった。
「ど、ど、どうして?」
感情丸出しで慌てる俺にしかし、予想とは違う言葉が返る。
「だってミキが背後から来るの分かってたんでしょ?ティアちゃんみたいに耳がいいのかなって。」
「なんだそのことか…。」
ホッと一安心。
「まぁ、人間よりかはよく聞こえるかな。」
「ふ〜ん…。」
「カズミちゃん、どうしたの?」
どこか納得のいかない表情の彼女に首を傾げる。
「どうしてティアちゃんの居場所は分からなかったの?」
ああ。さっきのことか。
「戦いに集中してて気付かなかったていうのもあるかもしれないけど、たぶん風精霊を使って足音を消してたんじゃないかな。そうだよねティアさん?」
当の本人に二人そろって目を向けるとボーっとしている彼女がそこにはいた。
そして一瞬の沈黙。
「死んで。」
再び流れて来た妹の冷淡な声に俺は一瞬背筋が凍り付くが、俺よりも素早く反応した人物がいた。
「ミキ…!」
「ティアさんちょっと待って!」
駆け出そうとした彼女の手首を握り、引き止める。
「離してください!」
「大丈夫だから、まだ行かないでください!」
もちろん大丈夫なんて嘘だ。何の保証もない。
もしかしたら、ミキが危険なことになってるかもしれない。
でも兄として妹がそんなことはしないと信じているし、何よりも妹に機会を与えてやりたかった。
きっかけは入学式が終わったその夜、久しぶりに妹が泣いていたからだ。
それで終われば俺も何も気にはしなかっただろが、やはりそれだけではない。
次の日から異様にミキを気にするようになったのだ。
ミキとはクラスが違い、実技の授業がなかった数日は放課後に廊下や寮までの帰り道で通り過ぎるぐらいだった。
もちろん俺はそれを気付いてすらいなかった。普通、見知らない通りすがりの相手を意識することなんてない。
だが妹は違った。
ミキが視界に入る度に剣呑な雰囲気となる。
簡単に言えば、復讐。考察すれば深い因縁。そんな言葉が相応しいものだった。
当然、兄としては泣く程苦悩している妹を心配しないはずがない。例え悪い因縁だろうが良い因縁だろうが、それを解決させたい。
お節介かもしれないが、それが俺の性分だ。
もしかしたらミキとは何の関係もなく俺の早とちりかもしれない。
だが運良く今日、ベストなシチュエーションを用意できた上、恐らく間違いではなかった。
なら、二人で話し合う時間をしっかり作ってやりたい。
「あと少しでいいから待ってください。」
「分かり…ました。」
俺の視線による嘆願にしばらく逡巡するが、渋々といった表情で了承する。
「ティアさん、あともう一つお願いがあるんですが…。」
図々しくさらに懇願する。
出会った時、間違えて読んでしまった名前。カズミちゃんはその容姿からすんなりと出て来た言葉。
今ここで承諾を得るしかない!もしこれを逃したら俺は一生後悔するかもしれない!
一世一代の決意を示し、いざ征かん。
「ティアちゃんって呼んでも、いいですか?」