6話 異邦な存在
目を開くと、そこは暗い車内だった。車体に当たる無数の雨音とエンジン音だけが車内に響く。
窓の外は雨雲により夜の暗さに拍車をかけ、視界はその暗さと大雨が相まってとても悪い。そんな中、一台の車は絶壁に沿って続く道路を走っていた。
運転席に座るのは、三十代半ばの生真面目そうな雰囲気を漂わしている男性だ。助手席には彼の妻だろう、年はやや女性の方が低そうだ。
そして後部座席には自分を含め、他に女の子三人が座っていた。
俺の右に二人、左に一人座っていて、シートベルトを二人で一つ使っている形になっている。軽自動車の大きさの車内では少し窮屈だが、四人とも6歳以下の子供なためかぴったり収まっている。
子供達は疲れているのかよく眠っている。
しばらくして、助手席に座っていた女性が俺に気づき声をかけてきた。
「あら、三樹ちゃん起きちゃったの?」
その声に隣で運転していた父親も反応する。
「まだ家に着くまで時間があるから寝てた方が良いぞ。」
そう口にする父に対して「うん。」と頷く。
背もたれに深くかけ直し、再び目を瞑ろうと試みるが、ふと視線に気づき左を向く。
寝ていたはずの女の子がいつの間にか、目を開けてこちらを見ていた。
「三樹、ねむれないの?」
彼女が聞いてくる。
「うん。ちょっと目が覚めちゃったかな。」
「そう。今日も楽しかったね。…最後の最後で雨が降ってきちゃったのは残念だけど。」
父の提案により行われた二泊三日の旅行は宿泊先の環境にも恵まれ、秋の自然を満喫することのできるものだった。しかし最終日である今日、宿の周辺の散策をしていた俺たちは生憎の雨により中止を余儀なくされた。そうして帰路についた今でも雨は止むことなく、むしろ激しくなる一方だ。
「また、みんなで旅行できるといいね。」
「うん。」
そんな他愛ない話をしていると急に車内が明るくなった。
俺たちの乗っている車は勾配が急になり始めた坂を下っていた。その先のカーブから明かりの原因は現れた。
「…ッ?」
あまりの明るさに一瞬目が眩む。急カーブで先の見えなくなっているところからトラックが一台現れたのだ。
二台の車がやっと通れる道に出現したトラックは、やや対向車線をはみ出していた。
危険を感じ父親がブレーキを踏むが、雨によって路面は予想以上に滑り、減速は叶わなかった。車は左側のガードレールにぶつかるとその勢いのままガードレールを突き破り、崖下へと放り出される形で車は道路から外れた。
ガードレールにぶつかった衝撃で目を覚ました他の子供達は、急な浮遊感に続き落下する衝撃を受け、悲鳴をあげる。
落下直後、俺の視界が何らかの物によって遮られる。
崖下に密集する木の枝をへし折り、何度も崖に車体をぶつけながら地面に着地した車は、横転や転覆することなく静止する。
俺は突然の視界の暗転に動揺し、何が起こったのか理解することができなかった。落下直後とは一変。奇妙な静寂が車内に広がる。
外では、相変わらず降り続ける雨音が耳に響く。そんな中、耳には途切れ途切れで苦しそうな呼吸が聞こえてくる。
やっと状況が掴めてきた俺は、俺を守るようにして覆い被さった左隣の彼女をそっと離す。
彼女の首からは粉々に割れた窓ガラスが切ったのか、出血している。
周りを見ると彼女だけでなく、皆一様に数多くの裂傷と打撲痕が見られた。無事なのは俺一人だ。
「どうして……。」
こんなことになったのか。我知らず出た言葉に、俺を守ってくれた彼女が蚊の鳴くような声で言った。
「お姉ちゃんになりたかったから。」
彼女は視線をこちらに向けながら俺の手を握り、言葉を重ねる。
「早く…。ミキのお姉ちゃんに、なりたかった。いっぱい遊んで…もっと、仲良くなりたかった。」
そう、息を吸うのもやっとな調子でゆっくりと続ける。
「……ごめんね。」
俺の手に繋がれた彼女の手は、割れた窓から侵入する雨のせいもあってみるみる内に冷たくなっていく。
「…悲しませちゃって。……私、お姉ちゃん失格だね。」
徐々に言葉と言葉の間が長くなり、呼吸も荒くなっていく。
俺はただその姿を見ていることだけしかできなくて、やるせなさだけが募る。
「泣かないで…。」
そっと彼女の冷たくなった手が頬に触れ、いつの間にか流れていた俺の涙を拭う。
「私も悲しくなっちゃうよ…。笑って…。」
そう言いながら微笑む彼女の頬には車内に入ってきた雨が幾筋もの涙となって伝う。
すでに耳朶を打つのは激しい雨音だけで、彼女の息遣いすら感じれなくなっていた。
彼女の最期の言葉にさえ応えることができず、俺はただ涙を流し続けた。
再び目を開けた時、目に映ったのはどこまでも果てしなく広がる青い空だった。
雲一つない空から降り注ぐ太陽の光を、手を翳して遮る。心無しか目頭が熱く感じる。
ゆっくりと上体を起こして、改めて当たりを見回す。
周囲は木に覆われ円形な空き地の真ん中に俺は座っていた。
「ここは…?」
今いる場所が分からず今までの記憶をたどる。
確か家族で旅行をしていたはずだ。自然に囲まれた穏やかな場所で秋も真っ盛りに葉は色づき、物見遊山をするには絶好の季節と場所だった。
そんな最期の日、雨に振られてしまい悪天候の中、家路についていたような…。
そこまで思い出した俺はハッとし、自分の手を見下ろす。
手の平には自分のものではない血がついていた。よく見ると、服にも所々血が染み込んでいる。
「…ッ!?」
急な嫌悪感に膝を抱えうずくまり、手から目を背ける。
体は震え、思考もままならない。
耳には彼女の絶え絶えな息遣いと雨音だけが残滓となって残っている。
「お姉ちゃんになりたかったから。」
何も考えられず、ただ彼女の今際の言葉だけが頭に繰り返し響く。
「ぼ…僕は…。」
「笑って…。」
「無理…だよ…。」
秋にしては暖かい空気と陽射しに包まれているはずなのに、いつまでも体は冷たく、震えが止まらない。
「どうして…。」
彼女の笑顔が脳に焼き付き、消え去らない。
「どうして…僕なんかを…。」
胸は誰かに握り締められたかのように苦しく、息も浅くなる。
その息苦しさから逃れるように言葉を吐き出す。
「僕なんか…。」
死んでしまえばよかったのに。そう言いたかった。言ってしまえたら、もしそうだったならどれだけ楽だったのだろうか。しかし、そう思うにはまだ自分は幼すぎた。
死ぬのは怖い。死んでしまったらどうなってしまうのだろうか。永遠に真っ暗の中どことも知れず、一人彷徨い続けるのだろうか。そんなのは嫌だ。
今生き延びていることに、少なからず安堵してしまった自分にはそんなこと言えるはずもなかった。
それでも、身近な人を失くしてしまった辛さに耐えられない。
自分なんかが生き残ってよかったのか。
自分一人だけ生き残ってどうすればいいのか。
そんな生死の重圧に、今にも押し潰されてしまいそうだった俺の耳に聞いたことのない音が混じった。
自然と震えが止まり、激しい雨音も耳から遠ざかる。
もう一度、自然のものではない人工的に生み出された空気の振動が耳の鼓膜に伝わり聞いたことのない言葉が脳に響く。
顔を上げ、いつの間にか自分のすぐ側に立っている人に視線を向ける。
身長は俺とほとんど変わらないように見えるが、座っている俺の方が多少見下ろされている状態だ。
太陽の逆光のせいで顔が分からず眩しさに目を細める。
かろうじて認識できるのは、ライトグリーンの髪を揺らしそこから見える両の耳が自分のそれとは違い丸みを帯びたものではなく、おおよそ三角形と言えるものだということだ。
「きみは、だれ…?」
その言葉に返ってきた言葉は日本語ではなく、何を言っているのか理解できなかったが、穏やかで澄んだ声は暗い胸の内を浄化していくように感じた。
すでに耳からは雨音が完全に消え、春の訪れを感じさせる心地いい風の音と彼女の声だけが響いていた。
何度目とも知れない重い瞼をゆっくり開く。
横になって寝ていた俺の目に開眼一番、飛び込んできたのは同じくこちら向きに寝転がっている見知らぬ女の子の顔だった。
髪の色は真紅を思わせる赤色。毎日手入れしているのだろうその髪は、ほつれることなく綺麗に腰まで流れている。身に付けているのはネグリジェのような薄い布一枚で近くから見れば、その純白を思わせる白い肌のきめ細かさが見て取れるほどだ。
彼女はすでに起きているようで、髪に負けじと輝く紅い瞳でしかと俺を見据えている。
「君は、誰…?」
そう寝惚け眼に問う俺の顔を見るなり、彼女はその華奢な両腕を延ばしてくる。
「やっと会えたね。ミキ!」
「ちょっとくるし…。」
頭の後ろに回された両腕で思いきり顔を引き寄せられ彼女の大きく膨らんだ胸の谷間に押し込まれ息がしづらい。
ふにふにとした感触が布を挟んで伝わってくる。気持ちいいといえば嘘ではないが、突然の事態にそれどころではない。
呼吸もままならない俺に構わず、たっぷりと数秒掛けて抱擁した彼女はやっと俺を離す。
「ぷはぁ…。」
はぁ、はぁ。と危うく窒息しかけた息を整えるべく必死に肺に空気を送り込む。
まだ覚醒に至ってない脳は今の出来事によって無理矢理起こされた。
話合いをするべく一先ず距離を取ろうと起き上がる俺に、そうはさせじと今度は彼女が俺に馬乗りに覆い被さる。
俺は仰向けの状態で手首ともども彼女に拘束される。
「え、えっと…。」
なぜこうなってしまったのか理解できない。
「どこに行くの?」
真っ直ぐな視線で問いつめてくる。
「どこって…ちょっと距離を取って話そうかと…。」
「私はこのままでもいいよ?」
そう言うと、彼女は俺に身を寄せ互いの息遣いが感じられる距離まで顔を近づける。
あまりにも端正な顔立ちに一瞬見惚れてしまうが、慌てて首を振る。
「近い。近いって。」
彼女の大きく膨らんだ胸が俺の胸板に当たり、柔らかい感触を密に伝えてくる。
自身の両手でお互いの間に隔たりを作ろうと試みるが、彼女の両手に手首がしっかりと握られていて全く身動きがとれない。
そんな俺の状況を見ながら笑みを零す。
「それで?話したいことってなにかな?」
距離を離すどころ調子づいた彼女は一層近付いて尋ねてくる。
「お姉さん。何でも聞いちゃうよ?」
「じゃ、じゃあ、あなたは誰なんですか?」
「ひどいなぁ。私のこと覚えてないの?」
質問に質問を重ねられ考え込む。必死に記憶のインデックスを探るが全く記憶にない。そもそもこんな印象に残るタイプの子と言葉を交わしたらそうそう忘れるはずがない。
「一美よ。」
俺に心あたりがないことを察したのか、少し残念そうに告げる。
「カズミさんだね…。それでどうしてこの部屋にいるの?」
ティアの友達か何かかと考えるがすぐに否定する。村でこんな子を見たこともないし、村でこの学校に入学したのは俺たちだけだった。仮にこの街に来てから仲良くなったにしてもティアと一緒に誰かがいるのを見たことがない。
この部屋に彼女もといカズミがいる理由に皆目見当もつかない俺は、しかし彼女の言葉に耳を疑う。
「それは、ミキのお姉ちゃんだからだよ。」
「お姉ちゃん?」
聞き間違いかと思い聞き返すが、返ってくるのは首肯だった。
「もしかして…ほんとに私のこと覚えてないの…?」
そう涙声で尋ねてくるカズミの瞳は幾分か潤んでいた。
「え?いや、そういう訳じゃ…。」
しどろもどろになる俺に余計潤んだ瞳で追及してくる。
「やっぱり覚えてないんだ…。」
そう言うなり、俺の手首を掴んでいた両手を俺の胸元まで持ってくると、服を握りしめながら顔を伏せて泣き始める。
「え!?なんでそうなるの?」
やっと両腕が自由になるが、泣いている彼女を無理矢理引き剥がすのは慮られる。
どうすべきかとあたふた思考を巡らしていると、カズミは伏せていた顔を上げる。
泣いていたはずの顔には小悪魔めいた笑みが浮かんでいて、
「お姉ちゃんを悲しませた罰よ。」
そう言い放ち俺の頬に軽く唇を当てる。
度肝を抜かれた俺の心臓は早鐘のように動悸する。
そんな俺を余所にカズミはベッドから降りると、綺麗な赤髪を舞わせながらこちらに振り向き、その表情は、まるで悪戯が成功した子供のような邪気のない笑みを湛えていた。
「なんだったんだ?」
キッチンに一人となった俺はそう呟く。
「ひょっとして全部俺の夢だったのか…?」
今さっきまで俺が見ていたのは幻覚、夢ではないのか?
あまりにも突拍子もない展開をそう安易な結論にまとめようとする。
「でもそうすると俺、あんな夢見ちゃうようなシスコン性癖の持ち主だったのか…?」
ティアを姉や妹としてあまり意識してこなかったが、実は俺にはそんな性癖が!?
自分で自分の隠された一面を見出しかけた俺は危ういところで我に返る。
「そ、そんなわけねぇよ……あるわけ……ないはず…。」
考えれば考えるほど自分の言葉に自身を持てなくなっていく。
そうしている間にも朝食のトーストが焼き上がる。無理矢理さっきまでの考えを中断させ、焼き上がったトーストを大皿に載せていく。
今日はティアがご飯を用意してくれると言っていたが、朝に弱い彼女は案の定まだ夢の中のようだ。
小皿を三枚、大皿と苺ジャムの入った瓶、ナイフを持って食事場所となっているリビングのテーブルへと持って行く。
テーブルに食器を並べ終わり彼女、カズミがいないことに気づく。
「ここで待っててって言ったのに…。」
まさか本当に俺の夢だったんだろうか。再び浮上してきた俺のシスコン疑惑を振り払いつつティアの部屋をノックする。
「ティア。朝だよ、起きて。」
「きゃっ!」
「!?」
俺の言葉と重なるようにして響いた女の子の声はティアの部屋からではなかった。
突然の悲鳴に驚きつつ、俺は急いで悲鳴のした脱衣所へと向かう。半開きになっている扉を構わず開けて中に入ると風呂場には電気がついていて、スモークガラスのドア越しに人影が映っている。
「大丈夫か?」
そう言いながら風呂場の扉前まで来た俺は、止まろうとして何かを足で踏みつける。
「ん?」
不思議に思うが、踏んだ物のあまりの滑らかさに足を取られる。
「うお!?」
確認をする暇もなく体勢を崩した俺は扉に手を掛けて体勢を保つが、今度はスライド式の扉が重さに耐えかねて横にスライドする。
床に転がった布に足をもつれさせながら必死に体勢を立て直そうとするが手すりを失くした俺はどうすることもできず倒れ込む。完全に扉が開き風呂場に侵入する形となった俺の視界に入ったものは真っ白な肌を露出させたカズミの姿と固い床だった。
彼女のあられもない姿をまじまじと見てしまった俺は悪びれることなく一言告げた。
「よかった。やっぱりいたのか…。」
そんな安堵の言葉を発する俺は次の瞬間に起こるであろう顔面に伝わる衝撃を想像し、思わず目を瞑り、無意識に両手を顔の前に持っていく。
果たして、俺の手に伝わる衝撃は柔らかいものだった。そう感じた時には風呂場内に尻持ちを着くような音が響く。
「ん…?」
目を瞑っていた俺は状況が分からず一先ず手を杖代わりに床に立てようと試みるが自分の体重を支えている両手はうまく移動できない。もぞもぞと手を動かしているとなぜかカズミの声が聞こえてくる。
「ん…。ちょっとミキ……ひゃっ。」
「あれ…?」
うまく手が床につかない原因を知るべく、目を開ける。目の前にはカズミの朱色に染まった顔と彼女の膨らんだ胸辺りに置かれた自分の手が見て取れる。さっきから感じていた柔らかさの理由を遅まきながら理解した俺はカズミよりも頬を急激に赤くする。
これは早くどうにかしなければ。
そんな気持ちに駆り立てられ、腕を杖代わりにするのを諦めて下半身のみで起き上がろうと踏ん張る。
父との近接戦闘に向けた体力トレーニングによって少なからずついた筋力を総動員して起き上がる。そのままスライドドアを左にスライド。スモーク窓で見えなくなった彼女に安心しながら背を向ける。
「ほ、ほんとにごめん!悲鳴が聞こえて焦ってて…」
そう弁解する俺に幾分か声の小さくなった彼女が割って入る。
「ううん。こっちこそ急に大きな声出しちゃってごめんね。水が冷たかったから。」
「そ、そうだったんだ…。」
そこでふと会話が途切れる。どうにも顔が熱い。
「え、えっとそれじゃ俺は行くね。流し続ければ暖かくなるから。」
そう言い残して早々に退散しようとしたミキに聞き取れる限界の音量で声が届く。
「ありがとう。」
「…ああ。」
一瞬の間を置いて適当な相槌を打つと俺は今度こそ脱衣所を出て後ろ手に扉を閉める。
深い溜め息とともに張り詰めた空気を外に押し出す。
「倒れる前に風精霊の助力受けてれば姿勢保てたのかな…。」
そんな遅すぎる一考に「嫌、無理だったな。」と自己正当化するためにいささか潔よくない結論を下し、リビングに向かう。
悲壮な姿となってリビングに戻った俺を迎えたのは寝間着姿で寝惚け眼に寝癖のついた髪をそのままにしてパンを咥えるティアだった。
「もはようございまふ♪」
口調も寝惚けているような感じで、食べながらしゃべったためうまく聞き取れない。表情には今にも寝てしまいそうな満面の笑みを滲ませていた。
「あ、ああ…。おはよう。」
そんなティアを前にして疲労感がどっと押し寄せる俺だった。
「それで、彼女がミキ君の固有精霊ということだね。」
土曜日の今日。生徒にとっては休日。校長にとってはそうではないらしい。
いつもながら執務机には山積みの書類が綺麗に置かれている。一見して仕事は片付いていそうだがそういわけではないのかもしれない。
「やはりそういうことになりますか?」
校長の揺るぎない言葉に再度確認する。
「十中八九そうだろうね。これでミキ君が並以上の意思疎通ができるのに固有の精霊を使えない理由に合点がいくしね。」
朝の風呂場での一件後、風呂から出てきたカズミは俺の出した朝食に「いつもより手抜きしてる。」と不満を漏らしながら、一緒に朝食を摂った。当然、目を覚ましたティアからは奇異の視線と質問を多数受けたのだが、カズミの言葉に一刀両断された。
そして朝食を食べ終わった後、真実を見極めるためここまで来た次第なのだが…。
「だから言ったでしょ?私はミキのお姉ちゃんで、ミキの固有精霊なの。」
どこか勝ち誇ったようにさえ思える口調でそう再度告げる彼女。
この学校で一番偉く、且つ顔見知りなフリード校長に何か助言を頂けないかと思ったのだが、
「そういうことだ、ミキ君。可愛らしいルームメイトが二人もいて幸せ者だね。そいうことだから今後とも精霊使いとして精進してくれたまえ。」
そう軽く言い放ち、用は済んだと対面に座るフリード校長は席を立つ。
「ちょっと待ってださい!俺どうすればいいんですか?」
どうやら話が終結に近付いていることを知り、何か助言をもらえないかと乞う俺を尻目に仕事で疲れているのか、目頭を揉みながら首を傾げるフリード。
「どうと言われてもね…。そうだ。生物精霊は珍しいからあまり表だって見せると無用なトラブルに巻き込まれるかもしれないよ?特に美人さんだからね。」
そう茶化し半分な忠告に苦笑しつつ、気になったことを尋ねる。
「珍しいということは俺の他にもいるんですか?」
「他にいると言っても人間ではないよ。生物精霊の多くは過度に思い入れがある動物、例えば主人とペットの相互に深い共通意識があるといったところだね。そういった動物が生物精霊になりやすい。逆に人間はあまりにも複雑な思念体故か精霊として存在した事例は今までに聞いたことがないね。」
そう教えてくれる校長に再度、疑問に思ったことを投げつける。
「でも使える系統はどうなるんですか?」
「当然、犬属性や人間属性なんて存在しないので基本属性になりますよ?カズミさんは見た目からして火属性の精霊を扱えるんでしょうね。」
「え?精霊が精霊を扱うんですか?」
「もちろんです。生物精霊に限ったことですが、生身の私たちよりも数段うまく使いこなせるはずですよ。何て言っても、自身が精霊なんですから。」
そこまで言うと、後は彼女に聞いてください。とでも言いたげにカズミに視線を送る。
「これで話は終わりですかね?せっかくここまで来て頂いたのにあまり有益な情報を与えることができなくて申し訳ありません。他の教師には私から説明しておくので、これまで通り授業は受けてもらって構いませんから。」
再度俺に視線を向け、特に質問がないようだと感じたのだろう。眼鏡を指で押し上げつつ席を立つよう促す。
「私も最近忙しい身でして、この後も書類の整理があるんですよ。」
そう溜め息混じりに呟くフリード校長にまだ不安を拭えない俺は、しかし軽く礼を言って立ち上がる。
「忙しいところありがとうございました。それでは、失礼します。」
ドアに向かう途中、最後尾を歩いていた俺は校長に呼び止められる。
「ミキ君。」
振り向いた俺は、あまりにも真剣な表情となっているフリード校長に思わず喉を鳴らす。
「はい。」
「…この学校の寮は男女共用ですが、ルームメイトがかわいすぎるからと言って若い衝動に駆られないように気をつけてください。」
「…。」
そんな校長の鋭い一言に今朝の風呂場での出来事を想起してしまうが慌ててかぶりを振る。
「冗談ですよ。ミキ君に限ってそんなことはないと信じていますから、学校生活楽しんでくださいね。」
そう笑いながら言うフリード校長にあはは。と苦笑いを返すことしかできない。
「そ、そう言ってもらえてなによりですよ…。」
「楽しむと言えば、二年しかない学校生活でより実践経験を積ませるために色々な訓練があるのでそちらも楽しく頑張ってくださいね。何事も楽しみながらやれること程身が入るものはないですから。今日みたいに困ったことがあれば何でも相談しにきてください。」
そう笑顔を浮かべて言うフリード校長はどこか親しみ易い男性だと再度認識させられる。
「分かりました。それでは、失礼します。」
そう言い残して校長室を後にし、ドアを閉める。
訓練か…。一体どんなことをするんだろう。そんな期待と不安の混ざった思いでいると、廊下では二人が待っていた。
「フリード先生に何か言われたんですか?」
「あの先生になにか言われたの?」
ティアとカズミに同時に訊かれ戸惑ってしまう。カズミを見ているとつい朝の出来事を思い出してしまい、
「えっと…世間話をちょっとね。」
片頬を吊り上げながら曖昧な言葉で濁す。そんな俺に対して二人とも怪訝な顔をするが、俺も必死に話を変えようと試みる。
「まあそんなことはいいとして、せっかく休みなんだしみんなで街に行こうよ。」
「…そうですね。私も一回行ってみたかったです。」
「早速ミキとデートだね!?」
苦し紛れに言った言葉に先ほどまでの疑った視線はどこへやら。二人は乗り気のようだ。
俺のことはもう気にならないのか、二人でどこに行きたいかとか可愛い服があるかとかで盛り上がっている。
そんな二人の様子を見て内心ほっと安堵しながら、三人揃って来た道を戻っていく。