9話
目覚めると川原だった。
比較的小さい石が多い。
どれだけ流されたのか。どうしてあの濁流の中、生きていられたのかまるで分からない。
ただ、不思議な感覚だけは覚えている。
水中の中にいたのに苦しくなかった。
水が私と空気を包み込んでいたといってもいい。
水の中は冷たくもなかったし、熱くもなかった。誰かに抱かれている様な温もりがあって、まるで母親のお腹の中にいるように錯覚した。
そんな温かみはとうに消え失せ、今はずぶ濡れの薄着に風が冷たく沁みる。
そして相変わらず、左腕はずっと痛みを訴え続けてくる。
心身ともにぼろぼろだが、それでも私はまだ生きているし、死ぬことはできない。
前まで死にたいとまで思っていたはずの私は、それでもやはり死ねない。
左腕がこんなにも痛い。
死ぬためには一体どれだけの痛みに耐えなければならないのか。想像したくもない。
それに、あの子が言っていた。生きて、と。
誰なのか分からないが今はそれだけでいい。私は生きてあの子にありがとうと言いたい。そのために、今は生きる。
「そういや、グリッド帰ってきてるんだってな」
「ああ、本当に村を出ていく気なのかね」
「もともと、貴族なわけだからな。息子のためにもやはり街に行った方がいいだろ」
「そうなんだけどな……」
声がした。男の声だ。二人。
森の中からだ。ここにいてはまずい。こっちにくる。
もつれる足を必死に動かして近くの茂みに分け入る。
姿勢を落として、息を整える。
「ま、いいことじゃないか」
「今まで世話になったんだ、感謝しなくちゃな」
「おいおい。なんか故人みたいになってるぞ」
二人じゃない。複数人いる。他にも雑談をしている者がいる。中には女性の声も響いてくる。
「あんた達、くだらない話はやめてさっさと手を動かしなさいな」
「へいへい」
やがて男女の集団はさっきまで私のいた川原に集まっていた。
何をしているんだろうか。
茂みから顔を出して確認したいところだが見つかってしまうのも怖い。
ここは集団が去るのを息を殺して待つしかない。
近くの木にもたれかかってその時をじっと待つ。
目を瞑ってズキズキと痛む左腕を意識から遠ざける。
時折、聞こえてくる男女の笑い声に驚いて冷や汗が噴き出す。
ゆっくりと時間が過ぎてゆく。そうして小一時間したところで集団は帰り支度を始めた。
しばらくすると男女の声は徐々に遠ざかっていく。
茂みから顔を出して周囲を見回すと遠ざかる複数人の背中が目に入った。
逡巡してから、男女の集団の後を追うことにした。




