8話
だから何が起こったのかも分からなかった。
まず、先頭に立っていた男が急に止まった。
私を担いだ男がそれを訝しむのも一瞬。私を左側、森の方へと投げつける。
背中を木が強打した。
「おいおい。また子供かよ」
先頭の男がぼやく。
「いいからやるぞ」
「ああ」
先ほどまで他者を痛めつけることに快楽を見出していた男がスイッチを切り替えて臨戦態勢に入る。
「お前はそっちからだ」
「おう」
獲物を前に舌舐めずりすることなく散開してジリジリと詰め寄る。
「おい、こいつの手……」
そんな油断なく狩りに徹する男達が明らかに動揺した。
その理由は全く分からない。そもそも新手の子供の姿すらまだ視認できていない。
放り投げられて木に背中を激突してから、私の視界には地面しか映っていない。
「精霊使いかよ」
「心配いらねぇ。習熟した奴なら厄介だが、子供ならまだ十分には使えないはずだ」
「そうだな。手早く拘束するか」
精霊使いとはなんだろうか。聞いたことがない。
まずは先頭の男が左方向から飛びかかる。
ついでもう一人の男が真っ直ぐに向かう。
右は川なので子供は後退するしかないだろう。
今ならまだ逃げ切れるかもしれない。盗賊の男一人は私を置いていけないだろうし、少しでも撒ければこの用心深い盗賊二人は子供一人の荷物がある状態で無意味に追わないだろう。
それにも関わらず、子供は後退せずに留まった。
「まる」
「は?」
子供が発した言葉に直進した男の足が一瞬鈍るが、すぐに獲物の首元めがけて腕を伸ばす。
私にとってはそれだけで生殺与奪となる男の凶悪な腕が子供に迫る。
そして一瞬にして男が溺れた。
「ぐぼぉ……」
ボコボコと空気が漏れる音が聞こえる。
男の顔が水中にあった。
顔を覆うようにして水が浮遊している。まるで被り物であるかのように男の顔を水が覆っているのだ。
男は息をすべく両手で顔の周りの水を剥がそうとする。
しかし、水中を手が掻くだけで水の被り物が取れる様子はない。
男はあっという間に息を使い果たして溺れる。
「おい、大丈夫か!」
もう一人の男が仲間を心配して駆け寄ろうとするが、その男も仲間と同様の事象に見舞われる。
「がぼ……」
男も必死に水から逃れようと手を動かすが、水中を無駄に掻くだけで何も起きない。
しばらくしてもう一人の男も息を使いきり溺れる。
二人の盗賊は揃ってその場に倒れこんだ。
それと同時に男達の顔を覆っていた水も重力に引かれて地面に落ちる。
気絶しているのか死んでいるのか分からないが二人が動く気配はない。
精霊使いと呼ばれた子供がこちらに向かってくる。
もう顔を動かすことすらできず、目の前に立つ子供が何者なのか確認できない。
「もう限界だから」
ぼそぼそとした細い声が聞こえてくる。
女の子だろうか。
声が小さすぎて濁流の音でかき消されてしまいそうだ。
「あ……」
ひとまず助けてくれたこの子に感謝しなければ。
そう思って口を動かそうとしても思ったように声が出ない。
精霊使いの少女はおもむろに両手を差し出し、私の右腕を掴む。
そしてなぜか引っ張り始める。
右腕に少々の痛みが走るがそれだけだ。なされるがままの私を引きずりながら川に近付く。
一体何をするつもりなのか。
少女の奇行に疑問を抱いていると、またぼそっとしゃべる声がした。
「生きてね。お姉ちゃん」
その言葉を最後に私は濁流に呑まれた。




