4話 エクスプラネーション
「ガウス君の目眩しは機転が利いてましたね。ミキ君も動きに無駄がなく、よかったですよ。」
堀に架かった板を通り、闘技場から出た二人にレイニル先生が先の試合を評価する。
試合を観戦していたエルフの生徒は皆一様に次からの自分の試合についてざわついてる。よく見ると、他の三つの班の生徒も初めて見る精霊に興奮していた。
そんな中、ガウスと分かれた俺はティアの所に向かう。
「お疲れ様です。」
そう言うティアはどことなく残念そうだ。
「あと少しのところでしたね。」
「ああ。やっぱり俺もまだまだだなぁ…。」
「そんなことないです。どっちが勝手もおかしくない試合でしたよ。」
そう励ましてくれるティアの頭に手を置き、撫でる。
「ありがとな。」
「えへへ。」
気恥ずかしそうにするティアは反面、とても嬉しそうだ。
そんな俺たちを余所に早々にレイニル先生は次の試合の生徒を募る。
「さて、次試合をしたい人はいますか?」
その先生の言葉に生徒はのざわつきは一層大きくなる。
「お前やれよ。」「いや、俺はまだいいって。」、「私早いところ終わらせておきたいな。」「私も〜。」と話合う生徒が増える一方で中々手を挙げるものはいない。
しかし、その喧噪は一人の男子生徒によって打ち消される。
「はい、先生。こいつやらせてください。」
挙手をする生徒は先ほどミキと勝負したガウスだった。挙手する右手には彼のパートナーなのか女子生徒の左手首が握られている。
肩まで延びる短めの黒髪に百六十程度と、ガウスより少し背が低く細身の女子生徒だ。胸も大き過ぎず、小さくもない。くびれた腰などもとても彼女に合っていて、理想的なスタイルと言える。そして特に目を引くのが耳だ。てっきりこの班には俺しか人間がいないのかと思っていたが、そうではなかったらしい。彼女の耳は
丸い。言わば普通の人間のものだった。
「ちょっとお兄ちゃん。やめてよ。」
恥ずかしそうにそう言って、ガウスの手を振り払う。
「なんだよシズネ。せっかく兄貴の俺がお膳立てしてやるってのに。」
「なんのお膳立てよ。まったく、お節介なんだから。」
「そりゃ友達作りに決まってるだろ。」
そう言うとまた手首を握り連行する。
「なんでそうなるのよ!」
「だって、お前友達作るの昔から嫌いだろ。だから俺が助けてよろうとだな…。」
「そんな助け舟いらないわよ!」
必死に彼女が抵抗するにも関わらず、強引に手を引っ張って、なぜか俺たちの所まで連れてくる。
「まぁまぁそう言わずに。ミキも何か言ってやってくれよ。」
「え、俺が?」
成り行きを見守っていたミキは一転して二人のトラブルに巻き込まれてしまう。
突然振られても困るのだが…。
「え、えっと…。友達は大事だぞ?」
そんな当たり障りのない返事をする。が、彼女がこちらを睨むようにして見てくる。
「あんたに言われなくても分かってるっての。」
そんな言葉を残して不機嫌にそっぽを向いてしまう。
どうして怒られたのだろうか。
あまりにも理不尽な展開に返す言葉もないミキを置き去りにして話が続く。
「そう感情的になるなって。だから友達できないんだぞ?」
「お兄ちゃんには言われたくないわよ!」
そう的確なツッコミを入れつつすでに呆れているのか投げやりに言う。
「もう分かったわよ。それでどうすればいいの?」
その言葉にニッと笑うガウス。
「今度はミキのパートナーと仲良くなろう!」
急に指名されたティアはいまいち状況が分かっていないように首を傾げる。
そんなティアの様子にガウスは付け足す。
「簡単に言えば、ミキのパートナーとシズネが試合するってことだな!」
「えっ!?」
「はぁ〜。」
その言葉に驚いたのはもちろんティアであり、シズネの溜め息がそれに重なった。
「なんでこうなったんだろうな。」
「必然だろ。」
「そうかもな。」
体育館の壁にもたれながら、先ほどまで自分たちが試合をしていた場所に目をやる。
そこでは、二人の女の子が向き合っている。
今こんなことになっている。いや、こんな状況にした張本人は俺の隣で揚々と闘技場を見据えている。
「なぁ。どうして俺たちと仲良くなろうとしたんだ?」
視線を前方に固定したまま、今までの流れからして一番気になることを素直に尋ねる。
「ん?そうだな…。気になったからかな。」
「随分と滅茶苦茶な理由だな。」
「いやいやこんなもんで充分だろ。」
そう言い切るガウスはさらに付け加える。
「しいて言うなら、イグナス家の奴らだからかな。」
その言葉にまたしても疑問が浮かぶ。
俺が自己紹介をした時も他のエルフからなにやらよからぬ視線を感じたことを思い出す。
「なぁイグナス家って何かあるのか?」
「?」
そんな俺の問いにガウスが疑問符の付いた顔でこちらをみる。
「お前ってあのバルト・イグナスの息子だろ?…人間だけど。まぁたぶんそこは家と同じだ。」
最後の言葉は気になったが今は置いておく。
「あ、ああ。」
「なのに何も知らないのか?」
ガウスの真意が掴めず、俺はただただ首肯する。
「ああ。」
そんな俺にふうん。とだけ言うと話を続ける。
「バルト・イグナスって言ったら共存主義者だろ?辺境の村だけど人間とエルフが共存できる社会の統治者で有名だぜ?」
「そうなのか?」
「ああ。少なくともこの街ではな。人種に格差をつけてるところは少なくない。むしろそれが当然だ。人間もエルフを嫌ってるし、エルフもそんな人間を嫌ってる。そんな中で、共存主義を掲げるお前の父親は例外故に有名だな。」
「そう…なのか。」
たしかにフレンの村ではこの街のようにお互いが嫌悪していることはなかった。父の目指した人間とエルフの共存がこの街でも噂となっていたことに少々誇らしさを感じた。
「まぁあまり良い評判ではなかったけどな。」
一人ごちるようにそう言うと俺が聞き返す間もなく言葉を被せる。
「お、そろそろ始まるぜ。」
その言葉に釣られて、再度視線を前方にやる。
「それでは、はじめてください。」
それと同時にレイニル先生が合図をする。
「おいで。シルフィー。」
「泡沫よ集え。ディー。」
ガウスと同じように固有精霊を纏った二人の両腕が各々の色に染まっていく。
ティアの両腕はその髪の色と同じくライトグリーンの炎に包まれている。一方、シズネの両手はコバルトブルーのような炎に包まれている。
最初に攻撃を仕掛けたのはティアだった。
「巻き起こせ。」
風の精霊を操るティアにとって容易な空気の流体操作で風を生み出しシズネを押す。
シズネも風を相殺しようと試みるが、水の精霊を操るシズネの方がやはり歩が悪い。じりじりと後方に押されていく。抵抗するのは吉でないと判断したシズネはある程度後退するのを覚悟して攻撃に転じる。
「向かい打て水鉄砲。」
それに伴い全方位からいくつもの拳ほどの水の固まりが弾のようにティアへ飛ぶ。しかし、風によって速さと水量が削がれた弾はほとんどダメージを与えることなくティアの戦闘ウェアを濡らすだけだ。
「なぁ。前から思ってたんだけど精霊使う時って言葉にだすよな?」
二人の試合を眺めながら、俺はそんな場違いなことを聞く。
「それ今更になって聞くことか?」
呆れと笑いを等量ずつ含んだなんとも微妙な表情でガウスが言う。
「俺は精霊使えないからティアや父さんから聞くことはなかったんだよ。」
呆然としながら言うミキに、今度は呆れ百パーセントの表情で返される。
「今日の座学の授業でも言ってただろ…話聞いてなかったのか?」
「え?そうなのか?」
意外な答えに驚く。よりにもよって今日、そんな話をしていたとは…。朝からティアのことで頭が一杯だった俺は授業のことは全く頭に入っていなかった。だから正直に白状する。
「すみません。考え事をしていて何も聞いてませんでした。」
「ふうん。まあいいけどさ。」
そう軽く流すと続ける。
「それで、どうして精霊と言葉が関係するかだっけ?」
「はい。」
授業で聞き逃した分、ここでしっかりと頭に入れておく。
「単純に言えば意思疎通のためだな。だから単純な話、精霊との練度が高くなれば言葉は無用になる。こちらの動作や思いで通じるようになるからな。」
「ふむふむ。」
きっと前に校長が見せたものがそれだろう。納得し、適当に相槌を売って話を進めて行く。
「精霊は無数に存在するけど、大まかにわけて固有精霊と自然精霊に分かれる。自然精霊は…まぁなんか同じ意味な気がするが、ただ漂ってる精霊のことだな。」
「ただ漂ってる?」
そうオウム返しに尋ねるミキにガウスは頷く。
「例えば、ミキが試合中に使った炎の玉を避けるために使った風とか目眩しの水がそうだな。固有精霊を使わず自然精霊にだけ働きかけてものを操作したんだ。」
「ああ。そういものか。」
納得し、続きを促す。
「で、固有精霊は当然俺たちが使ってる者達だな。自然精霊よりも意思がはっきりしてて、唯一相互に干渉し合えるもんだ。簡単に違いを言えば、自然精霊には己のマナを作用させて起こしたい事柄を命令させた結果、その事象が起きるが、固有精霊はこんなことをしてくれって曖昧な注文をした結果、精霊に合うように行動してくれるってこった。あと二つの精霊の大きな違いは事象を発生できる大きさの違いだな。当然固有精霊の方が簡単に規模のでかいことをやれる。」
「ん〜。結構ややこしいな。つまり言葉で言ったら精霊が勝手にやってくれるってことだよな?」
「そうだな。そこも含めて意思疎通ができてればだが。要するにある言葉を取り決めとしておくんだ。例えば俺の火の玉なら、集え。汝の炎だな。これで精霊が周囲の火の要素を源として炎の玉を生成してくれるんだ。」
「ふうん。」
「ちなみに言っとくが、精霊を呼び出す時の名前は往々にして自分で決めてる。その方が愛着湧くし、意思も通わせやすくなるだろ?」
「ああ。ガウスの言ってた、「俺に力を貸してくれ、火の精霊、リアナ!」ってやつか。」
「ぐはっ!」
俺がガウスの真似をするとなぜかガウスが悶え苦しみだした。
「お、俺そんなことを言っていたのか…。端からみたら痛いやつじゃねぇか…。」
「今更かよ。」
「だ、だが俺のリアナへの熱い思いは消えない!」
「そういえばリアナって女性みたいだけど、精霊にも性別ってあるのか?」
「いや、ないだろ。気持ちだけ感じれればいいんだよ!」
真面目に答えながらも、どうやらあのフレーズはまったく変える気がないらしい。
そう自分の中で結論付けるとまだ続いている試合に視線を戻す。
どうやらリアナの個人討論も済んだようでガウスも視線を闘技場に戻す。
そこでは二人の試合がまさに決着を迎えようとしていた。
闘技場には直径が百七十センチ近くもある水の球体が浮かんでいて、ティアの全身を包んだいた。
水の中では息ができないはずのティアは悠然と水中に浮かんでいる。シズネは既に試合はもらったという風に先生の終了の合図を待っていたが、ティアの行動に一変、驚きの表情となる。
ティアは目を瞑り水中の中でもゆらゆらと揺れるライトグリーンのオーラを纏った右手を下から顔の高さまで持ってくる。すると水球の下からブクブクと泡が発生する。そして大量の空気を一気に送り込むことで内側から水球を爆発させた。形を留めていられなくなった水は周囲に飛び散る。その勢いに気圧されたかのように数歩後ずさる。
「お、おいシズネ!」
「え?」
ガウスが呼びかけた時には遅く、後ろに地面があるはずの場所に後ずる。しかしその期待ははずれ堀に落ちる。
「え!?」
バシャン!という音とともに自身の技でいささか減った水かさのせいで、水底にしたたか腰を打ち付ける。
「いった〜い!」
そんな少し可愛らしい叫び声に重なるように先生が試合終了の合図をかけたのだった。