3話
どうするべきなのか、瞬時には判断できなかった。だから愚かにも受け止めてしまった。
小柄なイノシシはその身の丈に余る程の威力をぶつけて来た。
右腕と左腕を組んだ状態で、ドスっという衝撃が左腕の二箇所に伝わる。
イノシシが持つ二本の太い牙が左腕に直撃し、味わったことのない痛みを引き起こす。
そのまま足で踏ん張ることもできず体が軽々と弾き飛ばされる。
数回ごろごろと地面を転がり、視界が何度も反転する。
やがて回転が止まり、何が起きたのかを頭で整理する時間が訪れる。
イノシシが突進して、腕に当たり、吹き飛んだ。そんな簡単なことに理解が及ぶまで少し時間がかかった。
「っ……!」
そして次の瞬間、思考が弾け飛ぶ。
「いたぃ。いたぃ。いたぃ……!!!!!!」
神経が焼き切れてしまう程の痛みが脳と左腕の間で交わされる。
いつかくるはずの痛みの慣れだけを頼りに必死に痛みを堪える。
1秒、2秒……白熱する痛みは一向に治る気配がない。
永遠にも感じる痛みの濁流に絶叫し、唇をきつく噛んで堪える。
「んっ……ッ……!!!」
3秒、4秒……痛みの熱にうなされて唇を噛み切ってしまいかねない私を無情にも獣は待ってくれない。
「ブギィィィィ!!!!」
先程よりも高く大きく鳴くイノシシは再度の突撃を敢行してくる。
今度は吹きとばすのではなく、地べたに這いずり回る私の頭部を踏み抜き、息の根を止めにくる。
そうは分かっていても立ち上がることができない。
次々に零れ落ちる涙は激しい痛みによるものなのかそれとも間近に迫りつつある死に恐怖しているものなのか。
涙でぼやける視界がイノシシを不鮮明にする。
次の瞬間、イノシシの蹄が自分の体のどこかに食い込み轢き潰す様を何度も思い描く。
頭部に叩きつけられた蹄が、頭蓋骨を容易に砕く。
イノシシは捕らえた獲物を洞穴に引きずり込む。
冷ややかな地面に横たわる獲物に鋭い牙を突き立て皮膚を切り裂き、喰らう。
そんな末路を脳裏に描き、未だ訪れないその最期に目を開けて呆然とする。
猛然と突進してくるはずのイノシシの姿はどこにもなかった。
「どうして……」
今起きたことは全て夢だったのだろうか。
そんな訳はなく、左腕の痛みは尚も健在で、残り一頭のイノシシは相変わらず洞窟の入り口付近にいた。
よく見ると牙の短い一頭が何やら戸惑っていた。
「ブギィ……」
ついで力無いイノシシの鳴き声が響く。
「……」
激しく痛む左腕を庇いつつ、時間をかけて立ち上がると眼前には消えていたイノシシの姿が映った。
大牙のイノシシの全身は泥に深く沈み込み、その顔だけを覗かせるだけだった。
「ブギィ……」
もう一度弱々しく大牙のイノシシが鳴く。
一頭は底無しの沼に足を取られ、もう一頭はその様子に手を出すことができないでいる。
なぜそうなったのかは全く分からないが、逃げるなら今しかない。
突如出現した沼を背にして、いつまた襲ってくるとも知らないイノシシに怯えながら痛みに堪えて逃げる。
背後ではしばらく二頭の鳴き声が響き続けていた。




