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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
35/47

33話 踏み出す一歩

 しばらくぼうっとした後、俺も住宅区の路地裏をでた。

 帰り道は分からなかったが大通りに出るのには困らなかった。お祭りの喧騒(けんそう)を頼りにどこか道の広い場所にさえ出られれば、後は見覚えのある景色になる。

 ガウス達が今どこにいるのかは分からない。

 「帰るか」

 一人でお祭りを楽しむ気にもならないので一足先に寮に帰るとする。東から西へ住宅区から森林区へとできるだけ人混みが少ない場所を通って帰る。

 人混みを縫うように気をつけて移動しているつもりだったがそうでもなかったようだ。

 俺と同じように移動する人物とかち合ってしまった。

 「あ、すいません」

 「こちらこそすいません…ってミキ君?久しぶりだね」

 驚いて顔を見れば、見知った人物だった。

 「久しぶり」

 「先輩との初顔合わせの時以来かな」

 薄青色の髪に落ち着いた垂れ気味の目。眼鏡を掛ければより理知的に見えそうな少年、アルト・ラングは邂逅(かいこう)に驚きつつも丁寧に挨拶をする。

 「ティアさんやカズミさんはどうしたの?」

 「ああ、ガウス達と一緒だよ」

 しまった。一言余分だった。

 ガウスと親友であるはずのアルトは、悲しくもその親友に忘れ去られてお祭りに誘ってもらえなかったのだった。バツの悪そうな顔をする俺にアルトが慌てて手を振る。

 「大丈夫だよ。あいつの性格は分かってるし、気にしてないから。しいて言えば、シズネさんとは一緒にお祭りに行きたっかたけど…ミキ君はどうして一人で?」

 つい本音が出てしまってしりすぼみになる言葉をごまかすためか話題を変えようとする。

 「え、えっと…ガウスのため、かな?」

 「なるほど」

 二人してガウスという男の共通点を察して、ふっと笑いが漏れる。

 「立ち話もなんだからどこか座ろうか?」

 そう言って適当なベンチに腰を下ろす。

 「ミキ君はいま暇?これからどこかへ行く予定?」

 「特になにもないかな」

 予定を尋ねてくるアルトに首を振る。

 「そっちは何か用事でも?」

 「いや、ただ散歩をしていただけだよ」

 お祭りの中、一人で外に出歩く理由を尋ねればなんともない答えが返ってくる。

 そうして間があけば前を行き交う人の流れを眺める。決して嫌いな相手ではないが、特に話すことがある相手でもない。

 知り合ったのは友達経由で最近だ。話す機会もほとんどなかった。だから思わず話題作りに言ってしまった。

 「そういえばさっきシズネさんと会ったよ」

 「そうなんだ?じゃあさっきまでガウス君といたんだね」

 ガウスと遊んでいたのならその妹と会っていてもおかしくはない。俺の言葉に疑問に思いながらもアルトが相槌を打つ。

 「ああ、うん、まあそんな感じ…」

 「ミキ君?」

 失言してしまったと気付き、適当に取り繕うが余計に不思議がられてしまった。どうやらここは正直に話すしかない。

 「実は、怒られちゃったんだ…」

 「え、シズネさんに?」

 アルトは心底驚いた顔をする。

 「ああ。だからちょっと気まずくて…」

 「だから一人で…」

 かなり事実を端折っているが、幸い合点がいったというようにアルトは頷いてくれる。

 「でも、彼女が怒るなんて珍しいね」

 「そうなの?」

 よく兄に対しては厳しい態度を取っている彼女は常に不機嫌な気がする。同じく思い至ることがあったのかアルトは慌てて付け加える。

 「もちろん、他人に対してだよ。でも内弁慶ってわけじゃなくて、とにかくみんなに優しいんだ。僕なんかにも優しくしてくれるし…」

 シズネのことになるとやたら熱くなるアルトは自覚して恥ずかしさに顔を赤くする。

 「だから、つまり、シズネさんにも思う所があって怒ったんだと思うし、ってこれじゃあミキ君が悪いみたいに…」

 思考が熱くなって混乱するアルトを一旦鎮める。

 「でも意外だな、アルト君がそんな風に思っていたなんて」

 俺は出会った時から彼女に敵視されているせいかアルトが言う他人の彼女への評価は正直意外だ。そのせいもあってかシズネに対してはあまり好感を持ててはいない。

 「きっと僕だけじゃないよ。周りの人もみんなそう思っているはずだよ」

 聞いててこちらが恥ずかしくなってしまうほど堂々と彼女の長所を持ち上げる。

 「そ、それでどんなことを怒られたの?」

 「ああ、うん。まあちょっとした行き違いかな…相手がどう思っているのか上手く分からなくて」

 「それは難しい問題だね。本人に直接聞いていみたりはしたの?」

 かなりぼかした言い方なのにアルトは色々と汲み取って察してくれる。

 先ほどまで他人の優しさを褒めていた彼も大概に他人に優しい人物だ。俺のような付き合いの浅い相手でも真剣に考えを巡らしてくれている。

 「いや、それがあんまり…」

 「そうだよね。こういう問題はそれができないからこそ難しいんだよね」

 うーん。と悩ましい声を上げる。そんなアルトに俺は別の質問をする。

 「アルト君は精霊のこと、固有精霊のことをどう思っている?」

 「どう、とはつまり?」

 アルトは急な質問に目を丸くさせる。

 「例えば、固有精霊に名前を付けたりするよね?」

 「うん、するね。特にエルフはそういう傾向にあるかな…そっかミキ君はエルフじゃなかったね」

 申し訳なさそうな顔をするアルトに全力で頭を振る。

 人から疎まれる対象であるエルフは栄えた街になればなるほどそれが顕著に見える。町や村と言った小さな集落では、そもそもエルフと人間が棲み分けされていて疎む人とエルフが交流すること自体がない。一方、大きな街では国によってエルフとの交流が推奨されているため衣食住の関わりが近くなる。もちろんそれは上辺だけで多くの人がエルフとは距離を置くし、あまり快いとは思っていない。エルフもそれを分かっているから自分達から人に接することはほとんどしない。同じ街にいながら、互いに無関心で両者の間には大きな溝が存在している。

 それを踏まえてアルトが言ったことに全力で否定する。

 「ミキ君は他の人と比べるととても接しやすいよ。シズネさんもそうなんだけど…」

 「そう言ってもらえると嬉しいよ。どうしたの?」

 何か思い至ったという顔のアルトに首を傾げる。

 「ミキ君ってどこか似ているなと思っていたんだけどそこだよ!」

 「え、誰と何が?」

 「ミキ君とシズネさんの雰囲気が!」

 「いや、それはないと思う」

 突然へんなことを言い出すアルトに即座に否定の言葉をぶつける。

 「そうかな…と、精霊の話だったよね?やっぱりエルフにとって精霊は特別な存在だよ。生まれた時からずっとそばにいてくれる存在だし、家族ではないんだけど家族と同じくらい大切な言うなれば自分の半身、かな」

 俺の否定に納得がいかない様子のアルトだが、ひとまずそれはおいて俺の質問に真摯に答えてくれる。

 「相棒っていうのも合ってるかもね。だから名前をつけて大事に思うエルフの人は多いよ」

 ガウス君みたいに違った意味で大事にしている人もいるけどね。と付け足すアルトに俺は思い出し笑いをする。

 確かガウスは固有精霊に女性のような名前を付けているんだったか。人の趣味趣向にとやかく言うつもりはないが人前であれをやるのはかなり度胸がいる。

 「例えばなんだけど、その精霊にいつか裏切られるようなことになったらどうする?」

 親切に俺の問いに答えてくれるアルトには申し訳ないと思いつつも、彼なら何か良い助言をくれるのではないかと今の己の核心をつく言葉を投げかける。

 「なんだか難しいことを考えているんだね。裏切られる、か…」

 自分でも半ば何の質問をしているのか分からなくなってきた。そんな質問にしばし考え込んだアルトは言葉選びながら答える。

 「もしウルが…あ、僕の水精霊のことなんだけど、僕を見限ってどこかに行っちゃったとしたら悲しいかな」

 何かを愛おしむように目を細めて自信の右手に左手を触れさせるアルトは端から見たら異様かもしれない。しかし、こうして近くにいると精霊がそのアルトの手に呼応するかのように震えているのがなんとなくだが感じられた。

 「固有精霊っていうのは大げさな言い方をすると魂と魂の部分で繋がっているような存在だから僕にもウルの気持ちがはっきりとまではいかないけどわかるよ。もしウルがいなくなったら僕は悲しいけど逆に僕がいなくなったとしてもウルは悲しんでくれるってわかる。なんだか言っててとても恥ずかしけど…」

 照れ隠しに頭をかくアルトのその言葉に俺の胸に何かが引っかかるのを感じた。そしてその引っかかりに気づいた時、何かが心の底から響いた気がした。

 「気持ちがわかる…」

 「うん。悲しい時も嬉しい時もいつだって共感して生きてきたし、これからもそうだと思ってる」

 先ほどから恥ずかしそうなことを恥ずかしながらもきっぱりと言うアルトには大人しそうなその外見からは似つかない芯の太さがある。

 そんな彼の熱弁はありがたいと思うと同時に他の言葉に上書きされて耳に届いてはこなかった。

 「どうして…」

 どうしたら、と声がする。否、耳朶(じだ)を打つ言葉はアルトのものしかない。心が何かを感じ取ってそれを言語化しようとしている。

 「ごめん、今日はありがとう…!」

 声が震えた。心が震えた。その衝動に任せて俺は地を蹴り、駆け出す。

 「え、ミキ君どうしたの?」

 急に駆け出した俺を心配するアルトにごめんともう一度だけ短く礼をする。

 もっと前から気づくべきだったのかもしれない。でも気づけなかった。気づこうとしていなかった。

 誰かの苦悩が悲しみが俺の心をかき乱す。その根源を求めて走る。その誰かに向けて俺はようやく向き合おうと一歩踏み出していた。

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