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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
34/47

32話 迷い

 何をすることもない。ただただ寝ている。寝ていれば考えずに済むから楽だ。

 一昨日はリゼ先輩と祭りの人混みの中、街を大体一周した。昨日は皆で屋台巡りをした。もう、街のお祭りをあらかた楽しんだのではないか。二日目にしてそう思える程、アリス先輩に連れ回された。彼女と二日とも行動を共にしたティアは一日目から相当疲れていた。夜帰ってきたのも俺達より遅かった。

 そして今日。お祭りも後半となる三日目にはガウスが寮の部屋に押しかけてきた。

 惰性で寝ていた俺達を叩き起こすと有無を言わさず祭りに駆り出した。

 もちろん嬉しい。こういった行事は大勢で遊んだほうが楽しいに決まっている。対人関係の浅い俺にとって誘いをかけてくれるガウスは大事にすべき友である。

 友といえば、ガウスには俺よりも大事な親友がいたはずだ。

 「そういえば、アルトさんは誘わなかったのか?」

 「ああ。そう言えば忘れてたな」

 エルフの少年アルト・ラングは薄水色に髪を染めた短髪の少年だ。体型は細く、ひ弱な印象を与える。そのせいかあまり目立たなくはあるが、親友に忘れられるほどには薄くはないはずだ。

 「酷いな…親友なんだろ?」

 「俺の頭の中にはティアちゃんとのお祭りで一杯だったからな」

 堂々とそう言うガウスに納得する。こいつはこういう奴だった。

 俺が祭りに誘われたのも、ティアのおまけということだろう。先ほどの友達という考えは一瞬で塵芥(ちりあくた)となった。

 「なら、俺とずっと横に並んでないでティアと遊んだらいいじゃないか」

 「お、おま…いっつもティアちゃんと居るからって簡単に言いやがって…」

 「関係なくないか?」

 「お前さては恋愛経験ないな」

 「はあ?なんでそうなるんだよ…」

 「まぁ、いい。ティアちゃんと一緒に居られるのも一応少しはお前のおかげだからな」

 「別にそんなことないだろ…」

 ティアと一緒に祭りに行きたかったなら本人に直接言えばいいいだろうに。きっと嫌がらず了承してくれるはずだ。

 「必要なら手助けしてやろうか?」

 どうやら誰かの手助けが必要なようだ。そう理解した俺はすぐにそう尋ねてみる。

 「ほ、本当か!?」

 「ああ、お安いご用だ」

 「ありがとう!さすが俺の親友だな!」

 すぐに忘れ去られてしまう安い親友だが、ガウスのありがたがる顔を見れば少しは良いことをしたと思える。

 「具体にどうするんだ?」

 早速食ってかかるガウスにまあ落ち着けと一言。

 「俺、先輩に呼ばれてるんだった。ティア、あとカズミもガウス達と一緒にお祭りを楽しんでくれ。それじゃ」

 「わかりました…いってらっしゃい」

 「私も?」

 「お、おい!そういう手助けかよ!」

 突然抜けた俺に驚きはするがしっかりと言葉を掛けてくれるティアと何か言い足りなさそうなカズミを尻目に人混みに紛れる。

 あとガウスが何か喚いていた気はするが気のせいだろう。

 誰かを助けてあげたあとというのは実に心地いい。しかもあんなに喜んでくれればなおさらだ。

 俺はひとり住宅区の人混みのない路地へと入っていく。

 祭りの影響もあってか裏路地の民家は奥に行くに連れて閑散としていた。多くの人が祭りに参加していて家にはいないのだろう。いつにも増して人気がない。

 迷路のような路地を進み適当に空いた空間に設置されているベンチに腰をおろす。

 大きく息を吐いて見上げれば蒼天の空が覗ける。街の喧騒も遠巻きに自分の世界へと落ちることができた。

 「今頃ガウスは両手に花だな…」

 ティアとカズミ。そして妹と両手では持ち切れない女の子達と一緒にお祭りを楽しめているのだ。さぞ本望だろう。逆に俺はと言えば独りで黄昏ている。

 「どうしたらいいんだよ…」

 もう自分では分からない。当然だがガウスを助けてあげるべくひとりになったのでなければ、黄昏たかったからひとりになったわけでもなかった。

 ただ少し気まずいのだ。主にカズミとの関係が。

 一昨日。火霊祭(かれいさい)の初日、火精霊の影響で熱に浮かされたようになったカズミに襲われて危うくのところで割って入ったリゼ先輩に助けられた。

 その後、俺はカズミとろくに顔を合わせることもできないでいた。

 なぜそんなこともできないのか俺にだって分からない。だから悩んでいるのだ。

 「一体誰なんだよ…」

 俺が覚えているのは昔に事故に会ったことと、その時に誰か、恐らくカズミに助けてもらったことぐらいだ。

 それですら薄っすらとした危うい記憶だ。

 もしかしたら俺のせいで彼女は死んでしまって、その腹いせに今度は俺を殺そうとしているのではないか。そんな妄想をしてしまうぐらいには滅入っている。

 彼女はなぜか俺に忠誠を誓っているかのような無償の献身をしてくれるがそれは何故なんだろうか。自分に魅入らせ、期待させたところで絶望を見せつけるためだろうか。

 彼女の行動のほとんどが既に恐ろしい。裏で何を思っているのか全く分からない。そのくせ、俺が思っていることは全て見通されているような気分になる。

 ただ、彼女がそばに、目に見える範囲にいない今だけは多少落ち着ける。それでも、生物精霊である彼女がいつ姿を現わすか気がきではない。それこそ今にでも。

 「…っ!」

 そう思い、俯いていた顔を上げようとした瞬間、地面を踏みしめる靴の音が誰もいないはずの路地に響いた。

 急激に脈拍が速くなる。震える手を懸命に抑えるが顔だけは上を向けることができない。

 そうして、ただ地面の一点を長い間見つめ続ける俺に言葉が投げかけられた。

 「何してんのよ」

 「?」

 声が違った。そのことに何よりも安堵して顔を上げれば意外な人物がそこにいた。

 「なんで…」

 「それはこっちのセリフでしょ。先輩に会いに行くって言いながらなんでこんなとこにいんのよ」

 何故かきつい口調の彼女はガウスの妹であるシズネだった。

 以前、実践授業や寮の屋上で言葉を交わしたことはあるがあまり良い印象はない。それは向こうも同じはずで俺を嫌っているはずだ。

 「いや、それは…こ、ここで待ち合わせしてて…」

 「そんなわけないでしょ。どうせきた道も覚えてないんじゃないの?」

 「…」

 そんな下手な言い訳は当然看破されてしまった。確かにきた道はあまり覚えていない。路地から出るのに苦労しそうだ。

 「君こそどうしてこんなところにいるの?」

 場に窮したので矛先を変える。

 「そ、それは…」

 お互い言い難いことがあるようだ。それならば話は早い。この話はお互い手打ちにすればいい。そうしよう。

 「ならお互い無理に…」

 「あんたを追いかけてきたからよ…」

 「はい?」

 「あんたと話があって追いかけてきたの…!」

 わざわざ二度も言ってくれてかたじけない。だが無用だ。

 屈辱だと言わんばかりの顔をして二度も言った彼女に疑問は尽きない。

 「あの、そこまでして何の話が?」

 「それは後でする。あんたはどうしてここにきたの?」

 話題を逸らそうとしてもダメなようだ。彼女もはっきりと言った手前、話さないと言うのも何か気分が悪い。

 「その…一緒に居たくなかったんだ」

 「誰と?」

 「…カズミと」

 「そんなことだろうと思った」

 「?」

 渋々言った俺の言葉にシズネが呆れる。

 「はたからみても分かるぐらい避けてたから」

 「そこまでは…」

 していないつもりだった。だが本人には当然わかっているだろうとは思っていた。

 「見てられないから」

 「何が?」

 「あんたとお…カズミさんが」

 「そんなの君には関係ないだろ?」

 「っ!」

 言って、過ちに気付いた。彼女はカズミの妹だったと言う。もしそれが本当なら関係ないなんてことは無い。

 「そうね。私には関係のないことだわ。あの人はあんたの精霊なんだから」

 しかし、彼女は湧き上がった怒りをギリギリで抑える。

 「あんたの精霊なんだからもう少しはみたらどうなの?」

 「みろって何のことだか…」

 「顔をみて、表情をみて、気持ちを、心を感じ取ってあげてってこと!」

 「は?」

 本当に分からない。どうして彼女がこんなことを言うんだ。

 「あの人はもう私のお姉ちゃんじゃないけど、まだ生きてた。本当は嬉しくて、嬉しくて嬉しくて一杯甘えたかった!」

 苦しそうに表情を歪めて(せき)を切ったように話す彼女から視線を外せない。

 「どうして私を置いて行っちゃったの?どうして私じゃなくてあんたなんかの代わりに…!」

 「そんなの…」

 「私はあんたが大っ嫌い。私から大事な人を奪っていった。でもお姉ちゃんはあんたが生きてるから生きていられた!」

 「…」

 言葉にならない俺に対して彼女は必死に言葉を紡ぐ。

 「あんたのせいであんな悲しそうにしているお姉ちゃんを見たくないの!あんたがお姉ちゃんをどう思ってるかなんか知らない。だけどお姉ちゃんを悲しませるのだけは許さない!」

 ようやく言い終えた彼女を呆然と眺めることしか俺にはできなかった。

 俺と同じ色の髪と瞳をした少女は瞳に小さな光をたたえていた。そしてその中には激しい葛藤が渦巻いている。

 まだ言い足りなさそうな彼女は、しかし言葉を飲み込んで、きた道を帰ろうとする。

 「結局、俺はどうすれば…」

 気づけばつい、そう問いかけてしまっていた。

 「向き合えって言ってるでしょ」

 そう言い残して彼女は路地に消えてしまった。

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