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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
33/47

31話 変化

 「あ…」

 遠ざかっていく。何か大切なものが。

 もの…モノ…者…。

 私の大切な人が離れていく。

 いくら手を伸ばしても届きそうになくて、いざ伸ばしてみたら誰かに遮られた。

 「どいて…!その人は私の…」

 声にならない言葉だけが積もる。

 私と大切な人の間に入り込む誰かが許せない。あなたなんていらない。

 「私のお姉ちゃんなんだから!」

 私にはお姉ちゃんさえいてくれればいいのに。お姉ちゃんは違うの?私じゃダメ?

 大切な人を掴み損ねた手は後ろから誰かに掴まれる。

 「いや!離して!」

 乱暴に振りほどこうとしてもなぜか離れない。離してくれない。

 いつも我がままばかり言って困らせるから嫌気がさしたのかな。

 「もう、我がまま言わないから…」

 だから、私と一緒に居てよ…お姉ちゃん…



 「…あ」

 どうやら寝てしまったようだ。気付けば街の検問待ちをしているところまで馬車は進んでいた。

 「目が覚めましたか?もうそろそろ街です」

 起き抜けに声を掛けられて驚く。

 「ごめんなさい!」

 「いいんですよ。お二人には仕事を押し付けてしまってごめんなさい」

 「そ、そんなことは…」

 と、完全に否定できないのは今日も早朝から農作業に追われて疲れ切っているからだ。

 「妹ばかりに頼ってだらしない奴だ」

 ボルフ先輩がそういいながら視線を送るのはなぜか私の方だ。

 (なら)って視線を下に落とせば、知らず内に私の膝を枕にして寝ている兄がいた。

 「こ、こら!何やってるのよ!起きて!」

 まずは両肩を持って座らせる。

 「あれ、ティアちゃん?膝枕?いやぁ嬉しいな〜」

 「なに寝ぼけてんのよ!」

 それでも起きず、なおも体を倒そうとする兄の頬を両手で挟んでサンドする。

 「イタッ!あれ、ここどこ?」

 「もうすぐ街!」

 「そっか。それにしてもよく眠れたな。あの筋肉が俺達をこき使いやがるからもうくたくた…で…」

 「いつまで寝ぼけてんのよ…」

 馬車に一緒に乗ったことぐらいは覚えているだろうに。どれほど至福の夢を見ていたのかは知らないが、当人の前で悪口を叩けるぐらいにはいい夢だったようだ。

 「そうか。そんなに俺にこき使われるのが嬉しかったのか」

 「いや、その…当然悪い意味なんですが…」

 「なに?褒め言葉じゃなく悪態だったか?」

 「いえ!その…美しい筋肉!そう、とても素晴らしいプロポーションの先輩にこき使って頂けて幸い!…です…」

 「そうかそうか。これからももっと期待していいぞ」

 「…」

 ガハハと豪快に先輩が嗤う一方で、ガウスは死んだ魚のような目をしている。

 可哀想であるとは思う。主に兄の頭が。

 他人の悪口を言うのはそれなりのリスクがあるものだ。とりわけ兄が悪口を言う時には言われている本人が大抵聞いている。それはもう、わざとそうしているのかとも思う程だ。少しは自粛(じしゅく)してはどうだろうか。

 何にしても兄には良い薬だ。治る気配は一向にないがいずれは治るかもしれない。同時にいい気味でもある。

 私達が寝ていた正面には先輩達が居て。だらしのない寝顔を見られていた挙げ句、兄妹で膝枕をしている姿をずっと見られていたのだ。

 もちろん私が膝枕をしてあげていた訳でもなければ兄が膝枕を要求した訳でもない。二人揃って寝てしまった結果こんな悲劇が起きたのだろう。

 深く考えないようにしても恥ずかしさのあまり、今すぐにでも馬車を降りたい気分だ。

 兄が先輩と茶番を繰り広げてくれればその分だけ気を紛らわせられる。兄には悪いがもう少し続けてもらいたい。

 兄とボルフ先輩はお互い盛り上がっているのは嬉しいが、エリザ先輩は私と目が合うと無言で優しく微笑んでくれるので余計に恥ずかしさが増した。



 四日ぶりに戻った街は祭りで盛大に盛り上がっていた。

 南の商業区を通って西の森林区へ。学校へと戻ってくると幾分かは声が遠のく。

 「二人ともお疲れ様でした」

 エリザ先輩がそう労いの言葉を掛けてくれる。

 「お疲れ様でした!!」

 街に入るなり、祭りの熱に浮かされたガウスが元気に挨拶する。

 「後は自由だ。祭りを楽しんでこい」

 「はい!」

 ボルフ先輩からもようやく解放されたガウスがいの一番に寮へと戻る。

 「ありがとうございました。それでは失礼します」

 「おう。シズネさんも大変だな」

 「お祭り、楽しんで来てね」

 私も二人と挨拶を終えて、兄の後を追う。

 まずは自分達の部屋へと戻り、四日間の旅の荷物を置き、同じ寮の三階へと向かう。

 祭りのただ中の今日、このお昼の時間に目的とする人達が居るかは怪しいが、ある一室の前へと立った兄が扉をノックする。

 幸い、しばらくして扉が開けられた。そうして出てきたのは赤い髪を長く伸ばした少女だった。

 「こんにちは」

 来客者を確認する少女と目が合ってしまい、つい目を()らしてしまった。

 「久しぶりだね。今日はどうしたの?」

 「決まってるでしょカズミちゃん!俺達と祭りに行こうぜ!」

 「あ、それが…」

 「え…?」

 言い(よど)んだ少女に一瞬で驚愕(きょうがく)の表情をした兄がとても情けない。

 「違うの。無理とかじゃないから」

 兄のあまりにも哀れな表情を見た少女が慌てて否定する。

 「まだみんな起きてなくて」

 「なんだって?もう昼だぞ?」

 よく言う。クエストに行く日、昼まで寝ようとしていてボルフ先輩に叩き起こされたのはどこの誰だったか。

 そんな自分を棚に上げた兄がどしどしと部屋に乗り込む。

 「おいミキ!いつまで寝ていやがる。さっさと起きろ!」

 ドタドタと他人の部屋を無遠慮に駆けて大声で起こす。

 全く迷惑極まりない。

 扉前で残された私と少女が気まずい雰囲気になってしまった。

 「とりあえずはいる?」

 「…」

 そう尋ねてくる少女に私は首肯だけして部屋にいれてもらう。

 「お、おいガウス土足じゃないか」

 「うるせぇ。祭りに行くぞ!」

 「祭り?いや俺達はもう充分…」

 「は?なに言ってやがる!こっちはなぁ、今まで酷い目にあわされていたんだよぉ!」

 「俺のせいじゃないよな…?」

 「とにかく一緒に行ってくれよぉ。ティアちゃんと一緒に来てくれ〜!」

 そんなガウスの懇願(こんがん)する声が響く中、開けられていないもう一つの部屋をノックする。

 「ティアちゃん起きてる?はいってもいい?」

 「はぁい。どうそぉ〜」

 中から変な声が聞こえたが、とりあえず許可はもらえたようだ。

 部屋に入るとそこはカーテンが閉められていて昼でも薄暗かった。どうやら本当にみんな寝ていたようだ。

 「シズネちゃんですか?待ってくだしゃい…もうすぐ起きるので…」

 「って、二度寝しちゃうの?」

 再び布団の中に潜ろうとしてしまうティアちゃんに驚く。どうやら寝起きはあまりよくないらしい。

 大人しく寝かせてあげたいとは思うが、もう昼だ。いつまでも寝ているのも体に悪い。

 とりあえずカーテンを開けてそのまま部屋を出る。

 「ティアちゃんはどうだ?一緒に行ってくれるって?」

 兄が心配そうに聞いてくる。

 「着替えてるから入っちゃだめだからね!」

 こんな兄によって乱暴に起こさせたくはないのでとりあえずそう言っておく。

 「おう。わかった!ほらお前も早くしろよ。ティアちゃんはもう準備してるんだってよ!」

 「ティアが?もう起きてたのかな…?」

 そう急かす兄には悪いが、ティアちゃんが用意できるまでにはまだしばらく掛かりそうだ。

 そもそもお祭りに一緒に行こうとも言えていない。下手したら二度寝のまま起きない可能性もあるが、そこはしょうがない。兄には着替えをしているとしか言っていない訳だから問題はない。

 そうこうして、全員が支度を終えてしばらくするとティアちゃんも部屋から出てきた。寝ぼけてはいたが、ちゃんと話は聞いていたようで着替えも済ませていた。

 「よし、これでメンバーは揃った!祭りにいこうぜ!まずは食べ物からか?ティアちゃんは何が食べたい?」

 「できれば軽めのものがいいです」

 起きたばかりで屋台の飯は辛いだろう。できるだけ胃にやさしいものから手をつけてそれからも食べ歩きながらこの期間にしかない的屋(てきや)を回って遊んだ。

 「そういえば、最近見なかったけど何をしてたんだよ?」

 「あ?ああ、四日前から緊急クエストで農家やってたんだよ」

 気付けば森林公園内で腰を下ろしていた。街の商業区や住宅区には人がごった返していて落ち着ける場所がない。一時休憩したい人達は自然と森林公園で休む形となる。

 「かなり疲れてそうだな」

 「そりゃ、当たり前だ。ただでさえ大変な仕事なのに、あの先輩と一緒だからな。一生分の地獄を味わった」

 「大袈裟だな…」

 「大袈裟なもんかよ。お前はあれだ、ぬるま湯に使ってるからそんなこと言えるんだよ。良いよな先輩が二人とも女性で。もはやハーレムじゃねぇか」

 「そんなわけないだろ。俺だっていろいろと大変だったんだぞ?」

 「ティアちゃんは寝起きが悪かったんだね」

 「は、恥ずかしいです…」

 「昨日は寝るの遅かったの?」

 「ここ二日、先輩方と一緒にお祭りを楽しんでしまって疲れが一気に出てしまいました」

 「そうだったんだ。ならゆっくり休みたかったよね」

 「大丈夫です。すっかり寝て元気になりました。シズネさんとも一緒に遊びたかったですし、とても嬉しいです」

 ガウスとミキがお互いの境遇を討論している間、私とティアちゃんで近況をしばらく語り合った。

 小休憩をとった後も日が暮れるまで一緒に遊び尽くした。

 その間、赤髪の少女が、カズミが話しをすることはほとんどなかった。いつも私から一定の距離を置いているのはもちろんだが、今日は全員と、特にミキと一定の距離を置いていて、ガウスが何度声を掛けても愛想笑いを浮かべるばかりだった。

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