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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
32/47

30話 祭初日

 日が出て間もない街はいつもと少し違っていた。

 「ん〜いい天気!」

 背伸びをして思いっきり息を吸い込めば、太陽が照らす熱に反してひんやりとした新鮮な空気が体内を満たす。

 寝過ごしやすい休日。祝日ともなればその効果はなおさらだが、俺達は健康的に体内環境をリセットしていた。

 「みんな昨日はよく眠れましたか?」

 「はい。おかげさまで」

 「やっと落ち着けました」

 緊急クエストで慣れない生活を強いられた俺達をリゼ先輩が心配してくれる。

 クエスト中、ただ混乱に振り回されただけで何もできなかった俺だがようやく人心地つけたことを改めて噛み締める。

 今一度大きく深呼吸をすればいつもと違う部分に気が付く。

 「なんだかちょっとざわついてますね」

 森林公園の外。商業区などからちょっとした喧騒(けんそう)が響く。

 「この時間はみんなお祭りの支度で忙しいからね!それより他に何か感じない?」

 「火精霊ですね。いつもより騒がしいです」

 「そうそう!なんだかわくわくするよね!」

 朝から早速ハイテンションなアリス先輩だが、今回は先輩に限った話ではなかった。これでも俺も少し高揚している。

 火霊祭(かれいさい)というだけあって人だけではなく火精霊もいつもより賑わっている。そのおかげで人によっては火精霊に同調して気分が高揚するのだ。

 胸の内が熱くなって心が軽くなる。今なら何でもできてしまうんじゃないかとさえ思えるそんな気分に心が躍る。

 「みんないい顔してるよ!」

 アリス先輩、リゼ先輩、カズミにティア、ついでに俺も皆一様にいつもより顔が(ほころ)んでいる。

 「なんだかとっても気持ちがいい…」

 特に火精霊と親和性の高いカズミが一番感化されていた。顔や耳が少し赤く、まるで酔っているようだ。

 「大丈夫ですか?」

 「うん。へーきへーき」

 心配するティアの手を取って「冷たくて気持ちいい」と言うカズミの顔は弛緩(しかん)しきっていた。

 「ところで今日はどうしてこんなに早く集合したんですか?」

 まだ完全に起きていない街を尻目に先輩に尋ねる。

 「まだ三人ともこの街のことあんまり知らないよね?」

 街に来て一ヶ月は経つが、たしかにまだ街中を熟知するまでには至っていない。

 「だからこの機会に改めてこの街を案内することにしました!」

 やったー!と相変わらずアリス先輩が独り芝居で盛り上げる。それでも、俺達のために企画してくれたことにはとても感謝している。

 街を知り尽くした二人の先輩に案内してもらえるなら安心だ。おすすめのお店なんかも一杯教えてもらえるに違いない。

 「ありがとうございます。早速どこから行くんですか?」

 「その前にグループ決めね!私はティアちゃんと一緒に行きます!」

 ティアの手を掴んだと思ったらアリス先輩は早々に俺達を置いて歩き出す。

 「え?みんなで行くんじゃないんですか?」

 「それはまた明日ね!」

 そう言葉だけを残して遠ざかって行ってしまう先輩の自由奔放さには少しは慣れた。手を引っ張られるティアは困惑しながらも俺達に手を振る。

 「それじゃ私達も行きましょうか」

 「はい」

 「はーい」

 間延びしたカズミの返事を伴って俺達も森林公園を後にまずは北の行政区へと向かう。

 当然だが行政区にはこれといって面白いものは何もない。建物の造りから建物の並びに至るまでビシッと整然と並ぶ様が特徴で風景からもお固い印象が伝わってくる。

 最北には一際大きい庁舎が建てられていて荘厳の一言に尽きる。そんな行政区も普段とは違う点が一つだけあった。

 どの建物にも南の壁には、背よりも少し高い位置に等間隔で何かを掛けるための突起がついていた。

 「あれはなんですか?」

 「カンテラを吊り下げるためのものですよ。今日からお祭りが終わるまで夜の間はずっとあそこに火精霊を込めたカンテラを掛けて灯すんです。住宅区でも同様に軒先に吊るしますよ。そちらの方は燃料で燃やすものですけど」

 俺達の村でも同じようなことをするがこの街でもそうらしい。ちょっとした質問にもしっかりと説明してくれる辺りアリス先輩とは大違いだ。

 考えてみれば、リゼ先輩と直接話しをしたのは初めてではないだろうか。さすがに初めては言い過ぎたかもしれないが中々なかったように思う。

 いつの間にか分かれるときはアリス先輩と俺とカズミ。リゼ先輩とティアというのが出来てしまっていた気がする。

 なるほど、今回の街案内にはそういう意図もあったのか。

 「気付きましたか?私では不服かもしれないですが、今日はよろしくお願いします」

 まるで全て見透かしているかのようにリゼ先輩が頭を下げる。

 「いえ、とっても嬉しいです。こちらこそよろしくお願いします」

 そんな先輩に思いっきり頭を振って全否定する。

 「そんなに振ると目が回りますよ?」

 ふふっと笑う先輩はどこまでも落ち着き払っていて、上品で、やはりアリス先輩とは真逆だ。

 決してアリス先輩を悪く言っているわけではないが、今日の案内人がリゼ先輩で良かったとしみじみ思う。その反面、いつも以上に浮かれているはずのアリス先輩に連れられたティアが心配でならない。

 その後は東の住宅区、南の商業区と時計回りに街を周り、次第に増えていく人の数ではぐれないように先輩についていくのがやっとだった。

 商業区の辺りを散策する頃には時間もいい頃合いで人が多く、歩いた道をあまり覚えてはいない。

 過ぎ行く雑踏のごとく一日が過ぎ、西日が射す頃には俺達は揃って疲れていた。

 朝と同じ森林公園の遊歩道を歩き学校の寮へと向かう。

 「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

 「私もです。これからもいつでも話しかけて下さいね」

 「はい!」

 今まではさながら友達の友達のような話し辛さが少しあったのだと思う。しかし、今日でだいぶ溝が埋まった気がする。

 「明日はみんなでお祭りに行きましょうね」

 「はい。ぜひ明日も」

 そしてまだ祭りは一日目だ。明日もまだまだ続く。

 背後から聞こえる街中の冷めやらぬ喧騒を背に今日は満足して学校の校門をくぐる。

 先輩とはここで別れ、俺は一年生の寮へと向かう。

 「今日は疲れたなー」

 沈み始めた日を前にぶるっと身が震える。寮へと戻る足取りが自然と速くなる。

 寮へ着き、三階まで上がるのに力を使い切る。三つ目の扉を開けて部屋へと入ると靴も整えぬまま暗がりの玄関をあがる。

 「あれ、ティアまだ帰ってないのか…」

 きっとアリス先輩に連れ回されているのだろう。大丈夫かな…

 そのまま自室へと入り、ベッドに直接寝転ぶ。幾分か暑くなった気がする。急いで帰ってきたせいだろうか。手で顔を覆って冷ます。

 「はぁ…そういえば…」

 カズミの姿が見えない。いつから見えなかったか。上手く思い出せないがさっきまで居た気がする。

 「…」

 そう思ったのも束の間。誰かが傍に現れた。もちろんそんなことができるやつが俺には一人と一匹しか思い当たらない。

 「カズミ?」

 現れた主に声を掛けても返事がない。仕方がなく手をどけて暗い部屋の中を確認する。

 「…っ!!」

 どさっと上に何かが倒れ込んできた。受けとめることができず腹の辺りに何か柔らかいものが当たる。

 顔からどけた手は顔の両側で別の手によって押さえつけられていた。

 「どうして、お姉ちゃんって呼んでくれないの?」

 困った声で、下から(ささや)きかけてくるのはカズミだ。

 俺を押さえつける手に力を込めてスッと俺の顔の正面まで自分の顔を近づけてくる。

 「だから、それは…」

 ダメだ。なんでだろう。鼓動が激しく脈を打つ。頭が真っ白になりそうなぐらい熱い。

 「なんで急にそんなこと…」

 「急なんかじゃ、ない」

 不安そうな声音のカズミからも尋常じゃない体温が伝わってきて身が、心が焦がされる。

 「今日でだいぶ分かったよ」

 「な、なにが?」

 聞くべきではないのに間をもたせるために聞いてしまう。

 「なんだと思う?」

 焦らしてくるカズミに胸が熱くかき乱される。

 「火精霊か…」

 そんな中でも、必死に思考を巡らせて答えを導き出した。

 俺とカズミをここまで興奮状態に引き上げているのは火精霊なのだとようやく理解する。

 「違うでしょ?今はそんな話してない」

 しかし、カズミはともかくなぜ俺まで火精霊に感化されているのだろうか。

 カズミの熱い吐息が視線が伝わってくる。自分の足と俺の足を交互に絡めて必要以上に俺に迫る。

 「ミキはどうしたい?」

 「俺は…」

 もういいか。何がいいのか全く分からないがそんな諦念にも似た感情が生まれる。

 このままカズミに身を任せてしまえば全てが丸く収まる気がして、気を張っている心も解放される気がする。

 そんな風に己に負けそうになった時、部屋がぱっと明るくなった。

 バタバタと誰かの走り寄る音がして、バシャっと俺の顔めがけて水が掛けられた。

 「…」

 カズミは間一髪で、というか水をかけた人も意図的に俺だけを狙って水をぶっかけたので濡れたのは俺だけだ。

 火照(ほて)る体に冷や水を浴びせられて俺は呆然とした。危うく心臓が止まるところだった。

 「あの…これは?」

 数秒の後、起き上がり、闖入( ちんにゅう)者であるリゼ先輩に説明を請うた。

 「ミキくんはどうやらカズミさんを制御しきれていないみたいですね」

 「はあ…」

 「カズミさんはミキくんの精霊なんですよ?」

 「つまり?」

 「カズミさんが火精霊と相性がいいようにミキくんはカズミさんと相性がいいんです。ミキくんがカズミさんを制御できなければ取って食われてしまうかもしれないんですよ?」

 「…」

 なるほど。俺は火精霊に感化されたカズミに感化されていたわけなのか…得心いった反面少し怖気が走った。

 先輩が言う、取って食われるというのは決してやましいことを言っているわけではない。もしカズミが俺に悪意を抱いているならば文字通りの意味で取って食われかねない状況だったということだ。

 そして、今の俺はカズミのその心の底さえ見極めれていない。

 「ミキくんはカズミさんのことをどこか他人事のように思っている節がありますが、違いますよ。」

 そんな節があっただろうか。上手く思い返せないが、親身であったこともないのは事実だ。

 今、カズミはどんな顔をしているのだろうか。いつもと変わらず笑っているのか。それとも先程のことで恥ずかしがっているのか。それとも…

 「これからはあなた固有の精霊についてもしっかり考えてくださいね」

 「はい…」

 「すいません。汚してしまって。すぐに乾かしますね」

 指導を終えた先輩は申し訳なさそうにして、手を深緑色に灯す。まるで芯の通った意思のように燃ゆる炎を俺は眺めた。

 濡れたベッドを風精霊によって素早く乾かした先輩は今度こそ別れの挨拶を交わし俺達の部屋を後にした。

 ついには、俺はカズミと顔を合わせることはできなかった。

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