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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
31/47

29話 父と母

 男性と話した後、俺達は宿へと戻った。

 遠足の体であったにも関わらず昼食を持ち歩いてはいなかったので宿での昼食をとり、間もなく鉱山村を後にした。

 本来の行程では午前中に鉱山村を出て、道中の他の村にも寄りつつ一日で街に戻る予定であった。

 それが昨夜の暴走精霊出現のせいで遅れ、道中の村でさらに一泊してから街に向かう手筈となったのだ。

 活発な商会の会長にもちらほらと疲れが見えていた。その疲れが肉体的なものなのか精神的なものなのか、推量するのは(はばか)られるところだ。

 馬車一台を丸々潰し、一泊の費用が増した今回の商売にどれだけの利益が出たのかは俺には分からない。

 道中の村でさばいた商品の空きに座り込み、馬車に揺られる。

 「やっと終わったね。」

 そう告げるのはカズミだ。街の外周を囲う壁が見えてきたことでその感慨も現実のものとなる。

 長かった。特に一日目が。初めて暴走精霊に遭遇して驚いたし、怖かった。

 二日目にはとある男性と話しをし、ポチのような生物精霊とも仲良くなった。

 思えば、あの男性は一体なんだったんだろうか。狼と話してばかりでほとんど話す機会がなかったことに気付く。

 あの狼がポチと同じ生物精霊だとするならアリスの立ち位置があの男性だということなのだろうか。

 「アリス先輩、結局あの男の人誰だったんですか?」

 俺の今更な質問にアリスは首を傾げる。

 「リューベルトさん?あの人は騎士団の人だよ。あれ、言ってなかったっけ?」

 「全然聞いてません。名前すら知りませんでした…」

 「そうだったっけ。」

 あはは、と快活な笑いが荷台の中に弾ける。

 騎士団に所属しているということは精霊使いだと言うことだ。もちろんアリス達と学校について語り合っていたので縁のある者だということは分かっていたがなるほど、俺達の大先輩というわけだ。

 今まであまり考えていなかったが学校を卒業したらほとんどの者が騎士団に所属することになる。

 そう考えると、リューベルトさんともあの狼ともまたどこかで会うことがあるのかもしれない。

 しばらく幌から覗く青空をぼうっと眺めていると、やがて馬車が止まる。

 「どうしたんですかね?」

 「明日の火霊祭(かれいさい)に向けて街に訪れる人の検問をやっているんだと思いますよ。」

 「なるほど。」

 リゼ先輩の言葉に納得する。

 俺達の村でも精霊の祭りはあったが、街の祭りとは比べ物にならない小規模なものだ。片田舎でやっている祭りとは違って、街での祭りは内外を問わない一大イベントなのだろう。

 「お祭りの前日には帰ってこれてよかったよ!」

 今回の騒動でお祭りのことはすっかり忘れていた俺とは違い、旅程が延びたことに不安を抱いていたらしいアリスが安堵の声を上げる。

 「ねぇねぇ、みんなはお祭りどうする?よかったら一緒に行かない?」

 ここぞとばかりに先輩が盛り上がる。

 「みんな街のお祭り初めてなんだよね?色々いいところ案内してあげるよ!」

 「本当ですか!?ぜひ一緒に行かせて下さい。」

 「お、カズミちゃんノリいいね!」

 「私もご一緒していいんですか?」

 「うんうん、全然いいよティアちゃん。みんなで楽しんじゃおー!あ、集合は明日の朝六時ぐらいでいいかな?」

 「「「おー!」」」

 「あ、朝の六時!?」

 女子同士で大いに盛り上がっている中、俺一人だけ異論を唱える。

 そんな朝っぱらから何をするというのか…。盛り上がり過ぎているせいか俺以外気にしていないようだ。

 その後もアリス主導でお祭りについて盛り上がる中、着々と検問は進み、ようやく街へと帰還した。

 「ぁい。学生のみなさんお疲れ様。」

 商会に到着し、会長からの一言を持ってついにクエストの終わりが告げられる。さらにクエスト完了の用紙を憲兵学校の二人とこちらにそれぞれ会長が渡す。

 「一日延長してしまって申し訳なかった。本当に助かった、ありがとう。」

 「こちらこそ、良い経験になりました。ありがとうございました。」

 アリスが代表として俺達が謝辞を交わす中、憲兵学校の生徒達は用は済んだとばかりに背を向けて帰ってしまった。

 前回のクエストから運悪く鉢合わせしてしまっている憲兵学校の二人とは今回もあまり良い関係は築けなかった。

 別に仲良くしたいわけではないし、しようとしていたわけでもないので当然だ。

 俺達も学校への帰路へと着く。

 「それにしても長かったね。」

 「アリス、もう一つの緊急クエストの方がよかったんじゃ?」

 「あっちはダメだよ。思いっきりお祭りにかぶる日程だし。」

 そういえば、緊急クエストは二つあるようだった。もう一つは何だったのだろうか。そんな疑問が浮かぶがティアが袖を引くので後回しにする。

 「ミキ」

 「ん?」

 「この後、あれを…」

 「あれ?」

 あれって何だろうか。ちょっと覚えにない。

 「今日はお母さんの命日なので…」

 「あ、ごめん!忘れてたわけじゃない…んだけど、やっぱり忘れてたかも…」

 下手な言い訳をする俺にティアが首を振る。

 「大丈夫です。いつもお願いしてすみません…」

 「ティアが謝る必要なんかないよ。俺のその…お、お母さんでもあるんだし、やりたくてやってることだから。」

 「ありがとうございます。」

 クエストで頭が一杯になっていたせいですっかり忘れてしまっていたが、ティアのおかげで思い出すことができた。

 「ティア、今年も一緒にお祈りさせてもらえるかな?」

 「はい!ぜひお願いします。」

 「ありがとう。」

 そうとなれば早く用意しなければならない。街の検問を抜けるのにも随分と時間を要してしまってすでに夕刻が近い。



 逸る気持ちで学校まで歩いた後、校門で先輩達と別れる。

 「やっと学校に着きました!」

 「ティアさん達はこれから用事なんですよね?私達でクエスト完了は届けて置くのでお先にどうぞ。」

 先輩達には道中で事情を説明し、了解してくれたので先に学生寮へと戻る。

 「先輩、ありがとうございます。」

 「今日はゆっくり休むんだよ!また明日ね〜!」

 最後にアリスが元気一杯で手を振るのを見てから寮へと向かう。

 「どこでやろうか?やっぱり外だよね?」

 「はい。でもあまり人目につかないところがいいです。」

 「じゃあ寮の屋上でいいんじゃない?」

 というカズミの提案を経て現在は寮の屋上の一角に至る。

 少し上がった息を整える。

 「間に合ってよかった。」

 「はい。」

 空を見上げればすでに空が朱に染まり始めていた。

 「カズミさんもご一緒にどうですか?」

 今から何をするか分かっているのか俺達から少し距離を置く彼女にティアが尋ねる。

 「私はいいよ。うまく混ざれる気がしなからね。それより早くやらなくていいの?」

 「ティア、準備できたよ。」

 「は、はい。」

 呼びかけた俺の対面にティアが慌てて座る。

 お互いが見つめ合う形で座り込み、目を閉じて改めて呼吸を整える。

 「「…」」

 二人の間に置かれたカンテラが一つ。そのカンテラの両側に俺の両手の平を仰向けて近づける。

 その俺の両手に今度はティアが手を重ねる。ティアが少し力を入れて握るのに合わせて握り返す。

 それを合図に俺は思い出す。

 朱色に染まる空。緩やかな傾斜の丘にひっそりと建つ家があった。日が暮れる頃、俺はティアと一緒に手を繋いでその家に帰る。

 灯りのつき始めた家から漏れ出る光は暖かそうで、繋いだ手からもその暖かさを感じた。

 歯がゆくて、でも心地よいその光に満たされ、満たしていく。

 ティアはいつも何を思い出しているのだろうか。こうしているといつも考える。

 父親と過ごした時間だろうか。それとも亡き母と過ごすはずだった無き時間だろうか。

 その思い出に少しでも俺がはいっているならば嬉しい限りだ。

 そんな気持ちを込めて目を開く。目の前には未だ目を閉じるティアの顔があり、その睫毛は小さく揺れて目の縁が薄く濡れている。

 やはり父のことを思い出しているのだろうか。そう考えた途端、胸が苦しくなる。

 学校へ初めて来た日、校長が村が化け物に襲われたと言った。正直、俺には化け物と言われてもピンと来なかったし、ティアの父親が死んだかもしれないということにもあまり頓着(とんちゃく)できなかった。

 あの人はそんなやわではないし、実際とても強かった。俺は稽古をつけてもらう度に酷い目にあわされたものだ。

 しかし、ティアは校長の言葉を真摯(しんし)に受け止めていた。最初こそ泣いてしまったが、その後は気丈に振る舞い、今まで感情を押しとどめていた。

 俺は話すべきなのだろうか…校長が再び俺に話したことを。ティアの唯一の親がもしかしたら生きているかもしれないのだと。

 今回、初めて化け物に対峙してみて不安になった。あんなものが何匹も襲ってきたらひとたまりもない。もしかしたら、本当に父は死んでしまったのかもしれないと。その一方で校長が言った通り父が生きていると告げれば、無責任ではあるがティアを慰め、励ますことができるかもしれない。

 ティアの涙を見て心が揺らいでしまったが、当然腹は決まっている。

 話せるわけがない。話す必要がない。父が死んでいようがいまいが、すでにティアは父が死んでしまったのだと思っている。そこに希望をちらつかせる必要なんてありはしない。

 もし生きているならば大団円。それにあの子煩悩な父親だ。すぐに報せないわけがない。つまり、父が生きているのかもしれないと聞かされても俺にできることなんて最初からないのだ。

 ところで俺は今何をしていたのか。しばらく考えてハッとする。

 カンテラに火精霊を込めていたんだった…

 心なしかさらに強く握っていた手を慌てて緩める。すると、ティアの手からも力が抜け、やがて目を開ける。

 「ミキ、ありがとうございます…ってどうかしましたか?」

 「ど、どうもしてないよ。虫が寄ってくるから早く中にはいろうか。」

 ティアの顔を見ていて失敗したなどと言える訳もなく。下手な言い訳で場を流す。

 カンテラを持って先に出口に向かってしまえばティアもついてくるしかない。

 そのまま部屋に戻り、夕飯の支度は俺がすると言って台所に籠ってしまえばこっちのものだ。

 追及を免れて夕食の時間となり、時間が解決してくれた。

 夕食の片付けられたテーブルには先程のカンテラが置かれている。カンテラに込めた火精霊はすでに灯っている。

 それを俺とティア、カズミで囲い、部屋の電気を消せば準備完了だ。

 テーブルの真ん中に(ほの)かに浮かび上がる火精霊が部屋全体を優しく照らす。

 「きれい…」

 カズミがそう零す。

 カンテラの中では俺とティアが込めた二種類の火の自然精霊が混ざり合っていた。

 普通、お互いの精霊を合わせると反発し合うように勢いだけが強くなるが、意識の似た精霊を合わせることで共感し、お互いが重なり合うようになる。

 1と1を足して2にするのではなく、1を作るために二人が力を合わせるという形だ。

 1を作るのには一人できるのだから意味がないと言われればその通りだが、ようは気持ちの問題だ。一緒に追悼しているのだと強く感じるためだ。

 ちなみに、中々難しいことらしくティアの父親だけは別々にやっていたのだが、俺とティアができていると知るなり言葉では形容できないような表情になったのは記憶に鮮明だ。

 その後、父は嫌がるティアと何度も自然精霊の意識を合わせる練習をして三人揃ってカンテラに火精霊を込められるようになった。

 父の顔を思い出して思わず吹き出してしまうところをすんでで止める。

 カンテラの照らす光をぼうっと眺めてそんなくだらないことを考えているのは当然俺だけだった。

 もちろんティアの母に対しては追悼しているし、父に対しても重い気持ちが胸中にある。

 だが、俺の今の気持ちとティアの気持ちが同じはずはもちろんない。

 端的に言うならティアは号泣する直前だった。すでに小さくしゃくりあげている。

 カズミはどうしたものかと困り顔をこちらに向けていた。

 「え、えっと…」

 椅子から音を立てて立ち上がる。どうしよう、この部屋の照明の少ない儚げな雰囲気も相まって見ているのも辛い。

 やはりいっそのこと父のことを言ってしまって、今のティアの気持ちを少しでも和らげてあげるべきか…。

 「ティア、実はバルトさんは…」

 意を決した俺の言葉に被さるようにして光と音が弾ける。

 「うわ!」

 「きゃ…」

 ついで俺の驚く声と久々に聞いたティアの少女らしい声が響く。

 強い光と音はカンテラからだった。今までよりも強い光が目の前を照らし、周囲との明暗差を引き立たせる。シンとした空気はパチパチと反発し合う音で打ち消される。

 何が起こっているのか、カンテラの中を覗けばゆらゆらと揺れる仄かな火精霊にぶつかる一際大きな火精霊がその答えだった。

 俺が途中で瞑想(めいそう)を止め、考え事をしていた間の意識がそのまま火精霊にも影響してしまったらしい。

 やがて大きな火精霊はその力を弱めていき、先にぷつりと消え、ついで仄かな火も消える。

 後に残ったのは強い暗闇と静けさだった。

 気を利かせたカズミが部屋の電気をつければ、呆然とするティアとなんとも言えない表情の俺がテーブルを挟んでいた。

 先に笑い始めたのはカズミだ。ついでもらい笑いによるティアと半笑いする俺の声でしばらく部屋が満たされた。

 きっとこの時の俺の表情は俺が記憶に残す父、バルトさんと同じくらいの顔をしていたに違いない。しかし、それでティアが笑ってくれたなら本望だ。

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