28話補完
四月ももう月末。丁度休日でもある今日と明日の過ごし方はもう決まっている。
それは休日明けというかなり怠い日にして、それを最高の日へと昇華させる五月初めの大事な祭典に備えるためだ。
嗚呼、なんと胸の踊ることか。月初めから五日間行われる火霊祭を満喫することは言わずもがな、その祭りの後の余韻を楽しむことは本来叶わないはずがしかし今年は違う。
そう、二日の休日後の祭典の後にはさらに二日間の休日が待ち構えているのだ…!
そんな心地よい心持ちで眠れる今はまさに天国。いつもなら起きる時間を通り過ぎ、いつまでも寝ていられる。
そんなヘブン状態の俺の耳にギギギと何かが軋む音が聞こえる。どうやら誰かが部屋の扉を開けたらしい。意識が表層へと浮上し、危うく覚醒しかける。
「お兄ちゃんいつまで寝てるの?早く起きないと…」
開けられた扉の先から聞こえたのは少女の声だ。一度は聞いてみたい台詞というものがあればこれは外せないだろう。
「何を言っているんだ妹よ、今日は休みだ。そして明日もその次もその次も…。」
ダメだ。あまりしゃべってはいけない。愛しの妹には悪いが、再び眠りにつくとする。
「はぁ。どうなっても知らないから。」
そんな言葉を残してすぐに出て行ってしまう妹には多少の罪悪感と心残りを抱いて二度寝する。
数分後には再び悠久の夢路を行くことに成功する。
…
……
………
「ガウス、いつまで寝とるんじゃ!」
「あ!?」
耳元でつんざくような雄叫びが上がり、飛び起きる。
「どこの誰だ!快眠の邪魔する奴…は…?」
「俺だ。」
唖然とする俺の目の前に居たのは筋骨隆々の男。ボルフ・グラードだった。
「ボルフ先輩…?どうしてここに?」
「何を言ってやがる。ちゃんとシズネさんに言っておいただろうが。聞いてないのか?」
「えーっと…」
何のことやらさっぱりだが、思い出せないとなると何をされるか分からない。先輩の威圧に怯えながら必死に頭を回転させる。
何かあったとすれば昨日だ。午前はいつも通り座学があった。昼食時にはミキとティアちゃんのクラスに訪ねて、クエストに出ているため欠席していることを知った。
午後の実践授業もいつも通りボルフ先輩にしごかれて、終わるのは夜だった。
今頃ミキの野郎はティアちゃんとカズミちゃん、それに二人の優しい先輩に囲まれていると思うと腹立たしくなったのは記憶に新しい。今でも呪っている。
その後は食堂の飯もあと一歩のところでまたありつけず、最悪の状態となって不貞寝をしたのだ。
そう言えば、寝る前にシズネが何か言っていた気がする。何かしておくようにとも言われた。
それが何だったのか、部屋をぐるりと見回して衣服の詰め込まれた自分のカバンを視界に捉える。
「それ、俺のじゃないですか?」
俺のカバンを手にするのはボルフ先輩だ。
「その様子じゃ、これもシズネさんにやってもらったようだな。」
ポイっと投げられたカバンを手にする。下着などが詰め込まれたカバンはまるでどこかに泊まりにいくためのものだ。
「まったく、不出来な兄を持ってシズネさんもさぞ苦労しているだろうな。」
「あは、あははは。」
大きなお世話だ。
思わず漏れた苦笑いは昨日の話を思い出したからでもあった。いや、それだけではない…
「早く着替えろ。クエストに行くぞ。」
五日に渡る長めのクエスト。日々の実践授業をこれでもかと耐えてきた俺の精神がついに壊れた瞬間だった。
四大行事の一つとも言える火霊祭。そんな日を目前にして依頼を出して来る奴らは一体何のためなのか。
簡単に挙げてしまえば二通りある。商売と観光だ。
ミキやティアちゃんはこの内の商売関係のクエストに週末から出張っていたらしい。そして俺達はと言うと、街の外、東に広がる平原に住み、農業をしている家族が出した依頼を受けることになった。内容は一家全員でちょっとした旅行をするために留守番を頼みたいというものだ。
週初めにあった緊急クエスト募集はこの二つであり、その争奪戦に見事勝ったのがミキ達を指導するアリス先輩と我らがボルフ先輩だ。
その内、二つのクエストをどちらが担当するかはお互い相談し、アリス先輩がどうしてもと希望する商売クエストを特にこだわりのなかったボルフ先輩が観光クエストを引き受けた。
クエスト一日目は農家の人と一緒に作業をして、やることを覚えた。二日目は昼前に一家総出で街へと向かった。週明けの火霊祭当日は街に入るのも一苦労するため、前日に出発する。
クエスト三日目。いよいよ五月。月初めから始まる火霊祭は一日目が一番盛況となる。街の中央には屋台が無数に並び、それが放射状に道に沿って伸びていく。様々な出し物に祭りに浮かれた者達が騒ぐ。
火精霊もつられるようにして活発になるこの期に乗じて鋳物の生産が増える。食べ物の屋台も多いがアクセサリーなんかの金物などの屋台も多く出る。
昼間は彼女と買い食いをして、祭りに騒ぐ者達の熱に沸き、夜には疲れて森林公園のベンチで一息。火照った身体を夜気が優しく冷ましてくれる。周りには火精霊によって燃えるカンテラ。まだまだ騒ぎたりない連中の喧騒が公園の外からわずかに聞こえて来る中、こっそり買った綺麗に包装された箱を彼女に渡す。箱の中には定番だが暗闇に映えるカンテラの灯りに負けない鮮やかな髪飾り。派手過ぎない髪飾りは彼女をさらに引き立てる。照れくさい二人は中々目を合わせられず、彼女は目を瞑る。彼女の唇が何かを欲するようにこちらに向けられる。睫毛を小さく震わせる彼女を安心させるように腰に手を回し引き寄せる。吐息が聞こえる距離にまで接近した俺達を止めることはもう誰にもできない。気が付けば俺と彼女の唇は重なっていた。
クエスト四日目。俺は家畜の餌をやりながら、ボルフ先輩が家の軒下で相方であるエリザさんと丸テーブルを囲みながらお茶を飲み、談笑するのを見て気付く。
俺には一緒に祭りを楽しめる彼女が居ないという事実に…。
「なぁ、シズネ。明日の祭り、俺と一緒に行ってくれないか?」
「私、ティアちゃんと約束してるから。」
「…」
思わず涙が込み上げてきた。俺には救いがないのだと言われた気がした。
その場で膝を付き、くずおれる。
「え?ちょっとどうしたの?」
困惑したシズネがとりあえず傍にきて俺の肩に触れる。
「お兄ちゃん…」
兄の異常に察したのかさっきまでとは違い真剣に向き合う。
「冗談だよ。まだ約束してない。街に帰ったらみんなで一緒にいこ。」
「シジュネぇ…」
べそをかいた俺の頭を優しくシズネが撫でてくれる。
俺の赤い髪とは違い髪は真っ黒で瞳も黒く、耳の形も違う少女。シズネは人間で俺はエルフ。
そんな種族さえも超えて俺達は家族なのだと、神の救いはなくとも俺にはこんなにも出来た妹が居てくれるのだと再確認した。
クエスト五日目、火霊祭が始まって三日目の今日、帰宅した一家と入れ替わりで俺達は街へと帰った。




