27話 夜更け
女性陣の入浴が終わり、続いて俺とポチが入浴を済ませた。
幾分か疲労を流せたところで次は強烈な眠気が襲ってくる。
割り当てられた宿屋の二部屋を先輩と後輩で分かれて使うことに決めてそれぞれ就寝の支度をする。
「それじゃあ、お休みなさい。」
「おやすみ!まだまだ明日も護衛は続くからね!」
「はい…お休みなさい。」
「今日もありがとうございました。お休みなさい。」
「お休み、ポチ。」
「ワン。」
リゼにアリス、そして俺とティアに続いてカズミとポチが就寝前に挨拶を交わす。よしよしとポチの頭を撫でるカズミは完全にポチを手なずけていた。
みんな言葉少なに部屋へと入って行く辺り、護衛の疲れが出ているようだ。
今日の出来事で一番印象に残ったのは間違いなく化け物についてだ。学校の座学だけでは足りない実践を学んだ気がした。化け物を見ただけで足が動かなくなってしまった。何も行動できず、先輩の足を引っ張ってしまった。そのことについてもまだ話をすることができていなくて今からでも話をするべきではないかと部屋に入るところだった先輩の方を向く。
そう思っても言葉を掛けきれず黙る俺にやがてアリスが気づき手を振る。
「また明日。」
「…はい、また明日。」
最後に一度だけ挨拶を交わしてそれぞれ部屋に入る。
「どうしたの?」
部屋にはベッドが二つあり、他に簡素な家具がいくつか置かれていた。寝台にはそれぞれティアとカズミがすでに座っている。
「先輩と話したかったけどやめといた。」
「そう。」
「ミキ、疲れてますか?」
「うん、ちょっとね。」
ただでさえ村に到着するのに深夜に差し掛かった上、化け物に襲われるというハプニングが重なり身も心も疲れ切っている。それがもろに顔に出ていたのかティアが心配そうに尋ねてくる。
「そういえば…」
風呂も挟んでつい気が抜けて忘れてしまっていたが、カズミのことについて会長とも話さなくてはいけなかったことを思い出す。
「会長さんどうしよう…」
「忙しそうだし、明日でもいいんじゃない?」
すべきことを次々と後回しにしてしまうことに気が重くなるが、カズミの言う通り会長は今立て込んでいる。これ以上手を煩わせるのもよくない。勝手にそう結論付ける。
「じゃあ、もう寝ようか。」
そうとなれば一にも二にも早く寝たい。そう思って顔を上げればどちらのベッドも既に占領されていた。
「えっと…」
「今日はお姉ちゃんが一緒に寝て慰めてあげる。」
「今日は一緒に寝ませんか?昔はよく一緒に寝てくれましたよね…」
どこか妖し気に言うカズミと恥ずかしくなって後半、声が尻すぼみになっていくティアがお互いベッドに俺を誘って来る。
激しいめまいが俺を襲う。今から会長の元まで行き、カズミのことを誠心誠意説明したあげく一部屋余分に用意してもらえるよう頼み込むことを決意する。
翻って迷うことなくドアノブに手を掛けたところでカズミが慌てて呼び止める。
「待って、そんなことしないから。とにかく今日はもう寝よ?」
「ごめんなさい。私余計なことを…」
「そんなことないよ。心配してくれてありがとう。」
「あれ、私には?」
自責の念に潰されそうなティアに素早く反応する俺にカズミが頬を膨らます。
このままではティアに余計な気を使わすことになりそうだ。会長への告白と談判は諦めることにする。
「それじゃあ、俺は床で寝るから二人はベッドで。」
そう言った俺に待ったを掛けるのはカズミだ。
「そんなことしなくていいよ。私が消えれば済む話でしょ?」
「何だかものすごい棘のある言い方だね…。」
まあ一番それが手っ取り早い方法であり、本来頭数に含まれないカズミが行うべき最適解ではありそうだ。
本人にとって姿を現していようがいまいがそう大した違いはなさそうでもある。それならばぜひ消える…もとい一旦姿を隠してもらいたいものだが。
はて、そもそも精霊とは睡眠が必要なのだろうか。前にカズミが食事は取らなくても問題ないと言っていた気がするが、睡眠も必要ないのでは?
いやいやここは必要か不要かの問題ではなく純粋に寝た、食べたという倫理的なことが大切なのではないか。
それならば、人間で言う寝ている状態になるのかも不明な姿を消している間は、人間倫理として逸脱しているのではないだろうか。
例え精霊であると言っても、姿形に中身までも他の人間と変わらぬ彼女に対してこちらから消えていろと言うのはとてもじゃないが無理そうだ。
「それじゃあ私とカズミさんで一緒に寝ましょう。」
これらを考慮して導き出される最良の提案をティアがする。しかし、それには致命的な欠陥があった。
「でも、それじゃ寝にくくない?」
二人分を含んだベッドの幅はギリギリで、少しでも寝返りを打とうものなら床に盛大に落ちることになってしまう。
ティアにもカズミにもそんなことになってほしくはない。ならばやはりここは俺が床で一夜を過ごすしかないと腹を括る。
「やっぱり俺が床で…」
「待って。」
寝ると言おうとしたところでまたしてもカズミが声を上げる。
何を思いついたのかベッドから降りるとベッドの片方を押し始める。
「?」
俺とティアが首を傾げるのに構わず、容姿に見合わない力でベッドを横にスライドさせていく。
カズミの行動の理由にいち早く気付いたティアが二つのベッドの間に置かれた小さいラックを撤去する。
そうして出来た間をベッドを押して詰めると簡易的なツインベッドが出来上がった。
「これって…」
「はい、ミキ。ここにはいって。」
考える暇も与えずカズミが俺をベッドにのせる。ついでカズミもベッドにのり、ティアも反対側からベッドにのる。
そうして二つ合わせたベッドにティアとカズミが俺を挟んで川の字を形成させた。
これはまずい。そう真っ先に判断を下す。
「あぁ、そうだ。電気切ってないよね。俺が切るから先に寝てていいよ。」
「大丈夫、ロウソク灯ってるだけだから。」
「寝る前に消しておかないと危ないよ。」
「じゃあ、もうけそっか。」
消して、とカズミが呟いただけでロウソクの火が精霊によって消されてしまう。
素早く機転を利かせたのに、不発に終わってしまうどころか室内には影が落ちて逃げ場すら失ってしまった。
静まり返る室内の暗さに目が追いつかない。二人の少女の息遣いが嫌に大きく聞こえる。
「これは…」
危険だと脳が警鐘を鳴らす。目が見えないことでそれ以外の感覚が鋭敏になった気がする。
耳には上気するような吐息や下着の衣擦れの音が直に伝わり、お風呂上がりの石鹸の薄い匂いが鼻腔をくすぐる。
急激な顔の熱さを意識する。
まずいまずいまずい。何かいけないもののタガが外れてしまいそうだ。思いっきり目を瞑って深呼吸をする。
自分の吐く息すらも相手に伝わっていると思うと喉が詰まった。
「そんなに力まなくていいよ。」
「あ…」
耳元で囁かれた言葉は通常の何倍にも増してこそばゆさを感じさせる。急に左手も握られた事で肩が跳ねて情けない声が出る。
「ミキ、どうかしましたか?」
カズミよりは距離を取ってくれていたティアが心配そうに聞いてくる。
「い、いやどうもしてないよ。」
慌ててカズミの手を離して、小声で批難する。
「やめてくれよ、これ以上はもう…」
「い、いや…そんな、激しぃ…!」
同じく小声で変なことを言い出すカズミに背が凍る。
「ふ、二人とも、何をしているんですか!」
二人の小声をエルフの持ち前の聴力でしかと聞き取ったティアが叫ぶ。
「何もしてない!断じて何もしてないよ!」
「二人だけではずるいです…私も…」
「え?」
「ダメ、ですか…?」
ティアまでおかしなことを言う。風呂に入る時といい、ティアの様子がいつもとはちょっと違うようだ。
早く寝たいのに、大切な止め役を失ってしまった夜は今しばらく更けていった。
コンコンと木が軽快に叩かれる。
「は、はい!?」
夢うつつに聞こえた音に反射的に飛び上がる。
「いつまで寝てるの?早く起きなさい!」
お母さんの台詞が扉越しから響き、一息に覚醒へと近付く。
「すいません。え、今何時ですか?」
「もう六時よ!」
「え?もう十八時!?」
すっかり寝てしまっていたのだと気付いて、慌ててベッドから出ようと試みる。
「ふぎゃ」
「うわわ!」
ベッドの上で何かを踏みつけてバランスを崩しそのまま床に激突してしまった。
派手な音を立てながらベッドから転げ落ち、何事かと扉を開けたアリスが顔を出す。
アリス達の部屋と同じ配置のはずの家具は大いに乱れ、二人の少女をベッドにそこから慌てて這い出したであろう少年の無様な姿が目に留まる。
「いたた…ってまだ朝じゃないですか。」
窓から入る朝日に気付いて安堵する。
「次からは鍵、閉めておこうね。」
「あ、ほんとだ。昨日は一杯一杯でそこまで気にする余裕ありませんでした。」
あはは。と笑う俺を尻目にそっと閉じられていく扉。自分の意識さえ置き去りにして、閉められる直前の扉を引っ掴む。
「何もなかったですから。」
「うん。何も言ってないよ?」
お互い笑顔のまま一歩も譲らず扉は拮抗する。
「おはようございます。」
「おはよう。」
冷や汗を流しながら、遅まきの挨拶。
「ん、ぁ、ダメ、ミキ…」
「絶対に起きてるよね!?」
寝起きに踏まれた意趣返しか。カズミがまた煽動する。
「ほら、相方が呼んでるよ?」
「先輩も悪乗りしないでください!」
「ごめーんごめん。」
気のない返事だが何とか弁明はできたようだ。扉から手を離したアリスが再び部屋に入ってくる。
「ほらみんな起きて。」
「はーい。」
「…。」
「あれ、一人起きてないみたいだね。」
寝起きの悪いティアだけは本当にまだ寝ているようだ。
カズミがティアの体をゆすり、何とか起こす。
「あのぉ、はやすぎないですかぁ?」
「ティアちゃん、朝弱いんだね。」
まだ寝ぼけ中のティアに少しだけ物珍しい顔をしたアリスは早々に本題を告げる。
「朝ご飯食べて、遠足に行こう!」




