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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
25/47

24話 野獣と化け物

 「お疲れ様です。心配お掛けしてしまってすいませんでした。少々トラブルがあって…」

 夜道を駆ける馬が止まったのは一人の男子学生の前だった。

 「いろいろあって荷台の車輪が壊れたんで立ち往生してました。この奥にちょっとした空き地があって、そこにみなさんも居ます。」

 男は、馬車から降りた会長と俺達に丁寧に説明する。

 「荷台の詳しい状況とかは分からないので、まずは合流しましょう。」

 「ぁあ、そうだな。っと、一応予備持ってっとくか。修練学校の人、荷台の隅にあるやつ持ってきてくれるか?」

 「わっかりました!ほらほら車輪取りに行くよ。」

 ちゃんと自己紹介はしたはずだが会長には学校ごとで区別されているだけらしい。指示も不明瞭だがアリスはハキハキと応える。

 いくつ必要なのかも分からないまま荷台に載っている予備の車輪を引っ張り出す。

 「れじゃあ、君達はここで待機しててくれ。案内してくれるか?」

 二個しか予備のなかった車輪を会長と憲兵学校の生徒に渡すと、性急な会長は先を促す。

 「はい、こっちです。」

 こちらに一度だけ視線を向けた憲兵学校の生徒は、すぐに小道へと入って行く。

 「…。」

 馬車に取り着けられたカンテラの火が揺らめく。一息つくと夜の静けさに胸が騒ぐ。

 「なんて言うか…会長さん慌ただしい人ですよね。」

 「そうだよね、私はちょっと苦手かも。」

 取り残された俺とアリスの間に新たに割って入ったのはカズミだ。

 「そう?あんまり気にならないけどなー。」

 「お前とはテンションが似ているからな。」

 「え?私、あんな感じなの?…って、待って。似てるってことは…」

 そこにアリスとポチが加わる。荷台では窮屈になるため二人は姿を消していたのだ。

 ポチの言うように元気というか張りがあるという意味では言動が似ているかもしれないが、あくまでそれは大雑把に見比べた時の話しだ。性格なんかは似てないし、話し方や態度も似てはいない。

 それでもなにか考え込む様子のアリスは、なにか思い至ったのかぱっと顔を上げる。

 「ハッ!?まさか二人は私のこと苦手だなって思ってたりした!?」

 まさかのカミングアウトを決めてしまうアリスに俺とカズミが全力で頭を振る。

 「そんなわけないですよ!」

 「アリスさんは似てなんかないです!こら、そんなこと言っちゃダメでしょ!」

 「くるるぅ〜ん。」

 カズミに(しか)られたポチがわざとらしい鳴き声を上げる。

 「冗談(じょうだん)、冗談。カズミちゃんは、だいぶポチと仲良くなったんだね!」

 かなり迫真の表情だった気がするが冗談で済ませられたならこれ以上口を出すことはない。

 話しを振られたカズミは首肯する。

 「暇なときはよくお話ししてるんですよ。アリスさんのことも一杯話してくれて…」

 「きゃうん。や、やめなさいカズミン…カズミ!それ以上は…」

 「私のこと?たとえばどんな?」

 「カズ…ミン…?」

 「ぐがぁぁぁ。」

 ポチとカズミ、精霊同士の姿を見せていない時の裏話が急浮上するのは変な声によって止まる。

 全員がビクッと反応し、アリスが恐る恐る尋ねる。

 「ポチ、今変な声だした?」

 「うぎぃぃぃ。」

 ポチの返事がくるよりも先に反対の茂みから応えが返った。警戒した獣の唸り声が夜の森に響く。

 道の真ん中に堂々と停車する馬車を挟んで何かがいるのがわかる。

 声のした方に目を向けても、(ほろ)付きの荷台が邪魔でこの場所からは何も見えない。

 「はなれて!」

 同じく何も見えないはずのアリスがそう叫ぶ。

 「どこへ?」

 「こっち。」

 「おわっ!」

 カズミに手を引かれるまま、転ばないように馬車の先頭方向に向かう。

 野獣に驚いた馬も暴れ出し、荷台を()いて同じく走り出そうとしたところに大きな激突音が重なる。

 荷台が大きく揺れ、片側の車輪が浮く。

 「っ!?」

 車輪は再び地に着くことなく、こちらに荷台を傾けて来る。

 ばきっと音を出して倒れる木造の荷台に間一髪潰されずに逃げ延びる。

 荷台を牽引(けんいん)していた馬は一緒に引き倒されて苦鳴を上げる。

 「一体なにが…」

 「ミキ、あれ。」

 未だお互いきつく手を繋いだままのカズミが指さして答える先には、荷台に片手片足を着き、俺達を睥睨(へいげい)する生き物がいた。

 身の丈三メートルは越すその生物の腕は長く、顔貌(かおかたち)は人間に似ていた。まるで猿のような容姿に熊を合わせたかのような怪力を前に一瞬、呆然とする。

 先に動いたのは熊猿だった。大きな手で転倒した馬の首を掴むとそのまま持ち上げる。

 牽引するための器具で可動域がさらに狭くなった馬は無理矢理引っ張り上げられる。馬からは何回も鈍い音が鳴り、あらぬ方向へと体が曲がる。

 すでに瀕死の馬を顔近くまで持ち上げた熊猿は、俺達に見せつけるように馬の喉に噛み付く。そのまま、取り付けられた器具ごと中ほどまでを喰らって絶命させた。馬を捕食するわけでもなく殺した熊猿は、興味を失くしたように馬を放り投げる。

 乱雑に器具を外された馬は怪力によって木々の奥へと投げ飛ばされ、ガサガサと枝葉を掻き分けて木に激突し地に落ちた。

 圧倒的な暴力を前に何をすればいいのかわからない。ただ、ここにいてはダメだということだけが脳裏に強く浮かぶ。

 「ぐがぁぁぁ。」

 (うめ)き声を上げる野獣は次に俺達を視界に収める。荷台に両足を載せ、それに呼応して木がギシギシと悲鳴を上げる。

 幌に手を着けては簡単に破り裂く。一歩一歩こちらに近付いて来る熊猿を俺は恐怖して見ることしかできなかった。

 「おらおら、こっちだぞ!」

 だからそんな聞き覚えのある男勝りな声を聞けて涙が出そうだった。

 「アリス先輩!」

 「そんな腰抜かしてちゃまだまだだね、ミキ後輩!後は任せなさい!」

 そんな頼もしいセリフを言い放つアリス達は俺達とは逆方向に逃げていたらしく、鉱山村へと続く道の中央に仁王立ちしていた。

 隣に(はべ)るポチはいつもの中型犬から大型犬ぐらいの大きさから超大型犬ぐらいにまで巨大化している。

 片手を持ち上げて一本だけ指を立てたアリスに続いて、ポチが大きさの増した分低くなった声で吠える。

 それだけで指先に火玉を作り、すぐさまそれを熊猿に投げつける。

 着弾した火玉は訓練時とは違い、消えずに熊猿の体毛に燃え移る。

 「うがぁぁ。」

 しかし、小さな火は燃え広がるよりも早く手で消されてしまう。それでも熊猿の注意をひきつけるには充分の威力を発揮した。

 「うぎぃぃぃ。」

 怒声を上げる猿は今度はアリス達を視界に収めると壊れた馬車の木片を手に持ち、勢いよく投げつけた。

 「うわ!やばい!」

 「わぐ。」

 見事に木片をキャッチしたポチをアリスが撫でる。

 「うぎうぎぃぃ」

 その間に熊猿は大きな木から木へと巨木を(しな)らせながらその巨体で飛び移って行く。

 「私達が引きつけておくから今のうちに!」

 「今のうちにって言われても…!」

 俺の言葉が言い終わらないうちに、颯爽(さっそう)とポチに(また)がったアリスは道から外れて森の奥へと入って行く。

 「ぎぃぃ」

 それを追って熊猿も跳躍する。

 アリス達と熊猿の姿が消え、辺りを静寂が満たす。

 「ミキ、はいこれ。」

 「あ、うん。」

 半ば放心状態の俺にカズミが差しだしてきたのはカンテラだった。

 馬車に備え付けられていたはずのカンテラはガラスが割れて、燃料も漏れ出した後の残骸だったが火が灯っていた。

 全く気が回っていなかったが漏れ出した燃料に引火していたら大変だった。それにいち早く気付いて対応してくれたカズミのおかげで被害が増えずに済んだようだ。

 「あれ、でも…。」

 「たまたまそこら辺に転がってたから拾っただけ。火は精霊のものだよ。」

 「そうなんだ。」

 まだ手を繋いだままだった。カズミの手から若干の抵抗を受けながらも意識せずに離してカンテラを受け取る。

 「ありがとう。えっと、じゃあ、そうだね、どうしよう…」

 「落ち着いて。まずは会長さんに報告しないと。」

 「そっか、そうだね。」

 せわしなく辺りを見回す。思考がうまくまとまらない。あんな化け物に急に出会って、殺されかけてすぐ対応できる方がおかしいのだ。まずは落ち着こう。そう自分に言い聞かせる。

 えっと、なにするんだったけ?あっ、そうだ。先輩を助けに行かないと。俺一人で?無理に決まってる。会長さん。そうだ、商会の人達にこのことを知らせないと。

 ようやく、カズミの言葉を飲み込めた俺はカンテラを持って歩き出す。

 「えっと、たしかこっちに行ったよね…。」

 憲兵学校の一人と会長が通っていった小道に入る。

 自然と足早になり、それにかまけて思考を停止する。

 「ミキ、ちょっと待って。」

 「っ!?」

 カズミの停止の声も耳に届かず、足下も疎かになっていたことで何か大きな物につまずき、転んでしまった。

 びちゃっと服に汚れがつく。なにかと思い照らしてみればそこには先程投げられた馬が倒れていた。

 「ひっ…。」

 馬の体には至る所に痣がある。変形した胴体はところどころ骨が突き出し、頭部は半ばとれかけている。抉られた喉からは出血し辺り一面に広がっている。

 ぞっと背を撫でられる感触が襲う。遠雷のようにあの化け物の声が聞こえた気がした。

 「い、いそがないと…。」

 アリス先輩がやばい。あんなのを引きつけるなんて無理だ。早く助けに行かないと。

 血に濡れたのも意に介さず先を急ぐ。

 本当にこっちであっているのだろうか。誰もいないじゃないか。気持ちばかりが()く。

 後ろから着いてきているはずのカズミさえ今は頭にない。

 ただただ前へと進んで行くとふと明かりが見えた。それはまるで光明が差したかのようで、安堵の息が漏れた。

 やがて、姿も視認できると憲兵学校の二人だと分かった。二人が目前にまで迫る。

 「あ、アリス先輩を助けてください…。」

 俺の姿と言葉に二人が怪訝そうな顔になる。

 「どうしたんですか?」

 冷静沈着そうな生徒が先んじて尋ねて来る。

 「熊みたいな…。」

 「熊?出たんですか?やばいな。引き返すかゴリ?」

 「いや、そうじゃなくて、猿みたいな…熊みたいなのが突然現れて…。」

 「?」

 俺の要領を得ない説明に男が首を傾げる。

 「おい、てめぇ意味のわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」

 もう一方の生徒が胸倉を掴んで怒りをぶつけて来る。

 「いや、だから…。」

 「ちょっと離して!」

 後ろからついてきていたカズミが間に割って入る。

 「ちっ。女に守られてんじゃ笑いもんだな。」

 「ゴリ、今は落ち着けよ。それで、あなたならちゃんと教えてくれますか?」

 相方も仲裁に入る。新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)に事の説明を要求する。

 カズミが一度心配そうにこちらを向く。合わせる顔がなく逸らすとそれを受け取って話し始める。

 「今さっき化けも…野獣に襲われたの。」

 「熊ですか?」

 「いいえ、猿みたいな見たことのない生き物。」

 「私達も道中熊に襲われて今に至りますがそれとは違うみたいですね。」

 「先輩がその野獣を引きつけてくれているんだけど…」

 「あれ、そういえばあなた誰ですか?確か修練学校からは四人しか…」

 男が余計なことに気が付く。

 「今それはいいんです。とにかく野獣が凶暴で、このままだと先輩が危ないんです。」

 「よくはないんですが…現状は分かりました。」

 物分かりの良い生徒に事のあらましだけ伝えたカズミはほっと一息つく。

 「それじゃあ俺達は用があるので。」

 「え?」

 続く言葉に絶句する。

 「用があるって、野獣が…」

 「それじゃ。ゴリ早く行くぞ。」

 「おめぇそろそろぶん殴るぞ。」

 「今は緊急事態だからいいだろ。」

 カズミを置いて惨事のあった馬車の元へと二人が向かう。

 「…。」

 置いて行かれた俺とカズミはしばらく立ち尽くす。

 「とにかく、この先に会長さんいると思うし、行こ?」

 いつまで経っても動きだそうとしない俺の手を引いてカズミが歩き出す。俺は何も言えずにただカズミの後ろを着いて行くことしかできなかった。

 無言で歩き続けると視界の先に見たことのある伐採地の景色が目に入る。その中の一カ所に集まってる商会の人達の元へと向かう。

 途中で俺達の存在にも気づき、驚きの声が上がる。

 「ぉお、どうしたんだ?ひどい有様だが、怪我はないか?」

 「あれ、君はだれ?」

 街での自己紹介の時にはポチもカズミも姿を消していたのでカズミはこれが初対面となる。商会の一人が首を傾げるのでカズミは手短かに挨拶だけをするとすぐに本題に入った。

 「それで、今アリスさんが危険な目に遭ってるんです。」

 「そうか。それは大変だな。」

 いつもの変なしゃべり方を忘れて考え込む会長に商会の一人が意見する。

 「とにかくまずは村に向かいましょう。乗ってきた馬を潰されたんじゃどうやっても助けにはいけませんよ。」

 それに感化されたようにもう一人も口を揃える。

 「そうです。徒歩じゃ危険ですし、この馬車じゃ森に分け入ることなんてできません。それに商品が…。」

 最後の言葉に会長がひと(にら)みすると、商人は申し訳なさそうに下を向く。

 二人の意見を受けて、さらに熟考する会長はしばらくして決断を下す。

 「修練学校の人が引きつけてくれている内にまずは村に戻ろう。それから助けに行く。」

 会長にそう言われてしまえば食い下がることはできない。

 用があると言った二人の憲兵学校の生徒もしばらくすると戻ってきた。

 幸い必要なものは無事で、壊れた車輪を直してすぐに発つ用意を済ませた。

 道中の馬や荷台は撤去する必要があり、村に到着するまでには優に一時間は超えていた。

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