23話 ゴドリアス
「くそが!」
手近な木を蹴りつけて憂さ晴らしする。
すでに八時間だ。足止めを喰らって。
本当だったら夕暮れ時に鉱山村には着いているはずで、今頃は深い眠りについているはずなのに深夜を過ぎても尚、街道の端で待機し続けている。
足下に置いてあるカンテラの光に集う虫を乱暴に払いながら飽きずに雑言をはき続ける。
「なんで俺達がこんな時間になっても見張りしなきゃいけねぇんだよ!あいつらがやりゃあいいだろうが!」
「落ち着けよ。見張りって言っても他の行商人が通るのをぼうっと見てるだけだろ?」
すぐに熱くなる俺を相方がそう言って宥める。
「それだけじゃねぇ。あいつの見張り役でもあるだろが。」
「ああ、熊か?逃げ切ったし、大丈夫大丈夫。」
「ちっ。おめでたいな。」
「そうだな。ほら、お前も座れよ。」
もう一度舌打ちをしてから、やっと腰を下ろす。
「あいつら、おいしいものでも食ってんのかな?」
と、相方が口を滑らせる。
街道の外、林中にぽっかりと空けられた伐採地に野営しているであろう商会の奴らの方を見て相方が呟く。
積み荷には衣服に加え、食糧もある。売り物であっても決められた量の出荷をしている訳ではない。
そこから小腹を満たすために少しばかり頂戴してもなんら問題はないわけだ。
現に夕食はそうしたし、小腹の空く頃合いの今、連中がそうしていないことはないだろう。
「くそ!」
「いった!何するんだよ。」
とりあえず相方の肩を殴っておく。
「おめぇが悪い。」
「そうだな。」
「ああ。」
「…。」
「…。」
「それにしても、運がいいことによくもあんな空き地があったもんだな。」
相変わらず伐採地に視線を投げる相方がそう零す。
くだらない話で俺の溜飲を下げようとしてくれるのは幸か不幸か。
「木こりでもいやがんだろ。」
無視するのも居心地が悪くなりそうだからとりあえず反応だけはするが、
「そりゃそうだろ。」
「あ?」
続く問答で溜飲は一気に頂点を過ぎる。
「おいおいそう怒るなって。」
「ばからしい。別に怒っちゃいねぇ。」
頂点を過ぎて急降下した感情の昂りは氷点下まで落ち込んでどうでもよくなる。
ただ、うまく丸め込まれた気がしてそこだけは腹が立つ。
「おいゴリ、あれ見ろよ。」
「だからその呼び方やめろつってんだろ!」
そっぽを向いていた俺を呼びかける相方に怒鳴ると同時に正面の視界に明かりが映る。
「…やっとかよ。そっちはおめえに任せた。」
商人か旅人か。誰でもいいがとりあえずこれでお役御免だ。立ち上がり、一足先に林中へと入って行く。
「あ、おいゴリ!それはせこいだろ!」
「あーあー。今は許してやるからしっかり事の顛末を説明してくれよ。」
騒ぐ相方を置き去りにして伐採地へと歩みを進める。
荷馬車を引きずってかき分けられた木々の間を歩きながら誰が街道を通りに来たのか少し考える。
明かりが見えたのは鉱山村の方からだった。そして時間は深夜。
時間からして商人や旅人、村人なんてことはまずありえないだろう。だとするとやはり昼間にどこぞの村へ食糧を運搬すると言っていた会長組か。村に着いて未だ到着していない俺らを不審に思ってきたのだろうか。恐らくそうだろう。
全く興味がなく話を聞いていなかったが、よもやここまで救援に来るのが遅いとは。まさか、今の今まで宿で休んでやっとこさ重い腰を上げたなんてことは…。
バキッと足下の枝を踏みつけることで、額に青筋を浮かべるのは寸前で踏みとどまった。
「街道の先から誰かきたんすけど。」
「お、おう。そうか。悪かったな見張りさせて。」
「べつに。」
と若干穏やかでない程度の会話で済んだのは二人の商人が獣除けの焚き火を前に会話していただけだったからだ。
これで、相方の言う通り二人が夜食を摂っていでもしたらどうなったか分からない。
「よし、俺らも支度するか」
「おう。」
少ない荷物を荷台に載せ直す二人を傍の木に背を預けて見届ける。
しばらくして、相方が同じ道を通って連れて来たのは商会の会長だった。
二人で大きな車輪を一つずつ抱えている。
「ぉうぉう、酷くやったもんだな。」
「すいません。道中、その…熊、か何かに襲われたみたいで。」
荷台に乗り込んでいた俺達は幌の中からしっかりと熊の姿を確認したが、御者台にいた二人はすれ違いざまに遭遇した熊を正確には視認できていなかったらしい。
言葉を濁しつつ現在に至る状況を二人は説明する。
「気性穏やかなはずのサマーが取り乱して林中に突っ込んでしまいまして。」
「しばらく、手がつけられずにそのままいくらか進んだんですが、運悪く太い根に足を取られてしまいまして…この有様です。」
「こいつにも、予備の車輪あったよな?」
「ええ。あったんで一応直しはしたんですが、今度は車軸の方にがたがきちまいまして…。」
「車軸の予備は?」
「それがどうやらないみたいで…。」
「ない?確認しなかったのか?」
「確認したつもりなんですが、最近は繁忙期でつい抜けが…」
「ぁぁなっちまったもんはしょうがねぇ、早いとこ修理して村に向かうぞ。」
「おいっす。」
「はい。」
「ぉう、そこの憲兵学校の…ゴリ…だったか?。馬車から予備の部品取ってきてくれ。」
あ?と、会長の一言で今度こそ抑えが利かなくなったところで、相方が強引に割って入る。
「はい、はい。分かりました。車軸ですね。すぐ持ってきます。ゴリ行くぞ。」
「てめぇまでなに言ってんだ!」
「落ち着けって早く事が終わればすぐ宿に着けるだろ?」
「それと良いようにこき使われるのはちが…」
「せっかく今まで抑えたんだからいいじゃねえかちょっとくらい。じゃ、行ってきます。」
「おう、早くしてくれよ。」
会長の最期の言葉を聞くよりも先に俺の背中を押して相方が来た道を急ぎ引き返す。
「ちっ。」
二人きりになって一際大きな舌打ちをする。
自分が熱しやすいタイプであるのは知っているが悪いとは思わない。人と関わるために自我を抑制するなんて馬鹿らしい。
それでも、社会で生きて行くためには共存という二文字がついて回る。
自分勝手ではいけない。横暴で乱雑で野蛮、粗暴に粗野に無恥では許されない。それを分かっているからこそ余計に反骨してしまう。
と、そこまで考えて一息つく。
「はぁ。……落ち着いた。今回は、ありがとな。」
同時に酷く冷めやすいタイプなのも知っている。この相方が唯一自分の本心を晒せる相手であることも。
「何言ってんだ。いつもだろ?」
「ッ…!」
「いった!」
そんな相方の肩を叩いて居ると目前から明かりが迫って来る。
「なんだ?」
はあはあと息を切らす音も続いて聞こえる。
やがて街道から横道に入るここまでに姿を現したのは修練学校の男子生徒一人だった。
この修練学校の連中にはいつかのクエストで邪魔立てされていたか。そういえばこいつには突き飛ばされた記憶もある。
挨拶代わりに一発ぶん殴ってもいいかと近付くと男の様子が妙なことに気が付く。
「あ、あ…」
「あ?」
歯切れの悪さにも苛立ち、さらに近付いたところで男の異様さに気が付いた。
男はむせ返るような鉄の匂いを漂わせ、その原因である血液を服や皮膚にべっとりと付着させていた。
眉根を寄せて男が次に発する言葉をただ呆然と待った。
「あ、アリス…先輩をたすけてください…」




