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精霊使いと異邦人  作者: 武瀬 霜
本編
21/47

20話 緊急クエスト

 緊急依頼ではあるにしても、今回の依頼は即日対応を要するとまではいかない。

 週始めに受諾された依頼は、なるべく勉学に支障のない週末近くに決行された。

 まだ休日ではない今日は、午前中の座学を公欠扱いで休むことになった。午後の実践訓練は生徒達に丸投げの授業なので問題はない。

 早朝から学校を出て、今は依頼者の元へ向かう途中だ。

 「それじゃあ、今回の依頼内容を発表しまーす!」

 アリスが一人で手を叩いて盛り上げる。

 「火霊祭(かれいさい)が近いということで、毎度同じく鉄鉱石の仕入れが今回の任務です!」

 おー。とまたしても一人で盛り上がる。

 朝早いとは言え、多少なりとも人はいる。気恥ずかしさを隠すようにアリスの少し後ろを歩く。

 「最近よく聞くけど、火霊祭ってなに?」

 「わからないです。街にはいつも来てたわけじゃないので。それにお父さん、大勢いる場所好きじゃなかったから。」

 「そういえばそうだったね。」

 思えば村じゃ祭り事は少なかった。唯一の恒例行事は豊穣を祈願するお祭を種まきの時期に行うぐらいだろうか。

 それから、祭り好きな領民が年越しのための祭りを企画したり、穀物が実る時期に収穫祭を開いて宴会を催したりしたことはあったが、村長であるバルトが積極的に関与したことはなかった。

 それでも、祭りを見に行くティアと俺を放っておけず、渋々参加をしていた父の顔を思い出すとおかしくなる。

 「…。」

 思わぬ方向に話が進んでしまった。心当たりに気付き、ばつの悪さにティアから目を逸らす振りをして横目で顔色を確認する。

 声の感じからして気にしている様子はない。口調も表情もいつも通りだ。身内相手でも若干固い口調は彼女の個性だと思っているが、時々、子供の頃のような快活なティアも見たいと思ってしまう。

 普段、特に気にしない彼女の表情や声音に注視する自分を後ろめたく感じる。

 「火霊祭は火精霊との親睦のお祭りなんですよ。」

 変わらずアリスが一人で音頭をとる傍ら、リゼが説明してくれる。

 「この街では精霊が活性化しやすくなる時期の初めにお祭りをして精霊と交流を深めるんです。」

 「へ、へぇ。今回、火精霊だけってことは今後も他の精霊のお祭りがあるんですか?」

 今はなるべく父のことは考えないようにしよう。ティアに言うかどうかも含めて。

 きっと言うべき時がくれば、いやでも言うことになるだろう。それまでは何も言う必要はない。あわよくばその時が来ないことを祈りつつ。

 「あります。風霊祭(ふうれいさい)は二月ぐらいに、水霊祭(すいれいさい)は六月初めに行われますけど、水霊祭の時期は雨の日が多くなるのでお祭りはせずにお家でお祈りするだけですね。」

 五月初めに火霊祭があることを思うと、お祭りの時期が随分と重なっているように思う。

 「あれ、どうして土精霊だけは仲間はずれなの?」

 「それは毎年開催時期が違うからですよ。穀物の実りが豊作だった年は秋の終わり頃に、不作だった年は次の年の冬の終わり頃にそれぞれ感謝と祈願のお祭りをするんです。」

 カズミからの質問にもリゼは的確に答えてくれる。

 「でも、肝心のセントペルムでは耕作してないんです。」

 「ならどうして祈願なんてするんですか?」

 「周囲の町や村のおかげで賄っているので、その人達への感謝も込めて土精霊に感謝するんです。」

 「それにしても精霊と交流を深めるためのお祭りなのに随分と趣旨が変わってませんか?」

 俺の問にリゼがくすっと笑いを漏らす。

 「そうなんです。他の精霊とは違って土精霊は特別だからなんですかね。」

 土精霊は他の精霊と違って知覚しにくい。数多の精霊使いがいれど土属性を使役できるものは手で数えるぐらいしかいない程だ。

 ほとんどの人が知覚できないような土精霊は人々の一種の偶像なのかもしれない。

 それは神や仏といった超常のモノよりも、よほど自分たちに近い超常の存在だ。神仏は決して認知できない領域であるのに対し、土精霊は極少数の人によって認知される。

 そういった、自分を含め多くの者にとって未知で、しかし、極わずかな他者によって存在を認められている偶像の実在を前に人は尊敬をそして希望を抱く。

 もちろん、ただの形だけでなく、希望を抱かれるだけの能力が土精霊にはある。

 そんな土精霊を神聖視する概念が他の精霊とは違うものであるからこその感謝や祈願をするお祭りということなのだろう。

 「納得いかない。」

 「あれ、そうですか?先輩のおかげで一つ、街のことが分かりました。」

 リゼ先輩にお礼を言うと、いえいえと返事がくる。

 「納得いかないよ!なんで皆私の話聞いてないの!なんでリゼの話ばかりに耳を傾けてるの!」

 そう叫ぶのは、今まで一人で話を盛り上げていたアリスだった。

 アリスだけ先頭を行っていて、その後ろを少し離れてついていく形だっため、まさしく独り言をしていたに等しい。

 「落ち着いてください、ちゃんと聞いてましたよ。」

 そう上辺だけ取り繕い、場を治めようとするがそう簡単にはいかない。

 「じゃあ今日の依頼、他に誰とやるか知ってる?」

 「え、他に受諾者がいるんですか?」

 寝耳に水の話で真剣に聞き返すが、

 「ほら聞いてないじゃん!」

 頬を膨らませるアリスは、惑わされず核心をついてくる。

 ここは素直に謝っておくのが無難だと判断する。

 「…すいません、聞いてませんでした。」

 「ダメ!そんな素直に謝って同情をかって見せても絶対ダメなんだから!」

 「えぇ…悪いのは俺だけじゃ…」

 失敗した。まず、口を開いたこと自体が失敗だった。

 俺のさらに後ろでは、同罪の三人は揚々と傍観しているだけだ。最初に口を開いた俺だけが痛い目を見ている。

 「ああ!そういうのダメ!自分だけじゃない。他の人もやってるから。とかそんな逃げ口上、私は許しません!」

 急に先輩風を吹かすアリスは興が乗ったのかそのままお説教に入ってしまう。

 自己責任を強く持たないと秩序が乱れるだとか、自分自身を堕落させてしまうだとか…。

 説教になれてない先輩は噛んだり歯切れが悪かったりする。そんな様に口元が緩んでしまいそうになる。

 続く説教は、一環して俺のことを心配してくれてのものであり、先輩らしくあろうと頑張る態度が見て取れた。

 「悪いことしたらちゃんと反省しないとダメだからね。あと贖罪(しょくざい)も忘れずに。ということで、今回のことは私の言うことを何でも一回聞くということで許してあげます!」

 「はい、分かりまし…た?」

 やっと終わっただろうか。

 いくら身を案じてくれてのことであろうと説教は嫌だ。俺がまだ子供だからだろうか、つい反発したくもなってしまう。だから半分聞き流して聞いてしまっていた。

 「あれ、今何でもって…」

 「よしよし、良い子です。それじゃあ商会までいこう〜。」

 頭を撫でて、有無を言わせず行ってしまう。

 先輩のマイペースっぷりにはついていけない。訂正する機会も与えてくれないようだ。かくなる上は無理のないようなお願いであることを祈るしかない。



 「チッ。またおめぇらか。」

 「ま、ちゃんと終えられれば誰でも。」

 大柄な男が一人、それに比べれば見劣りしてしまいそうな普通の男子生徒が一人。

 彼らはどんな関係なのだろうか。セントペルムの二大学校。その一つである憲兵学校は俺達と同じくペア前提の学校であるのか、それともペアなどはなく自由な学校なのか。

 そんな疑問を抱えることとなったのは、最近受けたクエストで、先を越されて依頼を完遂された憲兵学校の二人の生徒と出会ったことが原因だ。

 「まさかこんなすぐ会うことになるなんて…。」

 「あん?なんか言ったかてめぇ。」

 「なにも…。」

 どうやら彼_たしか名前をゴリだとか相棒が言っていただろうか_最後に吐いた捨て台詞の内容を実施するつもりはないらしい。

 再会した直後、無駄に警戒してしまった。

 「まさかこの人達だなんて…なんで言ってくれなかったんですか?」

 「そこまでは聞かされてなかったから…って、私の言ったこと誰も聞いてなかったでしょ!?」

 それを言われては何も言えない。

 「これはハズレ引いちゃったなー…。」

 アリスが珍しく溜め息をつく。どうやら彼らを良く思っていないのは俺だけじゃないようだ。

 ティアとリゼも俺達の背後に隠れるようにして立っている。特に彼らと因縁のあるリゼは目立たないように静かにしているようだ。

 「あいあい。皆さんこんにちは。れじゃ、早速本題にはいりましょう。」

 とある商会は、街の南の商業区にある。

 商会の入り口付近に集められた生徒達は商会の会長と対面していた。

 三十半ばぐらいの男性は役職に反して若い。といっても、中小規模の中でさらに控えめに言っても小規模な商会の会長としては、まだまだ現役バリバリといったこの男の方が商会の今後の発展を期待させる。

 「内容は知ってると思いますが、鉱山村のジェルミから鉄鉱石を運搬してくるのが今回の仕事です。あずは、一日でジェルミに向かい、荷積みを済ませます。帰りは二日がかりで街まで戻ってきます。」

 所々、変に聞こえるのは少しでも言葉を短縮しようとしているのか。最初の音がほとんど聞こえない。

 はいはい、それじゃ、まずは。変に聞こえた部分は補うとこんな感じだろうか。

 商売人のせわしなさが言葉にも出ている感がある。若い会長は滞りなく早口に用件を述べていく。

 仕事内容、お互いの自己紹介を名前だけで済ませ、役割分担を決めて、早々に商会を後にする。

 荷台を引っ張るのはサマーと呼ばれる生き物だ。鼻先に一角を生やし、固い灰色の表皮と太い四足はサマーの馬力の大きさを助長させている。体型的には馬に似ていて、全長と高さは三、四メートルといったところだ。重量が大きくなりがちな物資の運搬では、馬力の大きさから馬よりもよく使われる。

 大通りを通って、南の正門を通過し、南西に伸びる街道を二台の荷車が行く。

 先頭のサマーの手綱を握るのは商会の会長、同乗者が商会の商人。その後ろも同じく商会の者二人が御者台に座っている。

 街道を行く馬車は安全なため、生徒達は荷車に乗り込み空いているところに腰を下ろす。

 一台目の荷車には憲兵学校の二人が乗り、二台目に俺達が乗った。

 「あの、俺達居る意味あるんですか?」

 荷台の荷物と一緒に揺られながらここまでの疑問を口にする。荷物は食糧や衣料などといったものだ。

 鉄鉱石の運搬は帰り。行きは行きで、向こうで必要なものを運搬する。

 「ん?いやーあんまり意味ないかな。」

 アリスにあっさりと存在否定される。

 そもそも俺達がなぜこんな護衛のように商人達について行っているのか。当然護衛のためだ。

 何から護るかといえば、盗賊か、はたまた野獣からか。

 「野盗なんてこの辺いないし、大型の獣だってこの辺には()んでないしね。」

 今までもこれからも出番がなさそうだ。いよいよもって存在理由がなくなった。

 「それにそんなのには私達じゃなくて憲兵学校の人が適任だしね。唯一役割があるとすれば…」

 「すれば?」

 「化け物退治が私達の仕事かな。」

 化け物。特に呼ばれ方は決まってないが、人でも獣でもない異形の存在を指す。

 その存在は精霊であるんだとか。学校の座学の時間はその化け物についても触れられる。

 「それって本当に出るんですか?」

 まるで幽霊でも出るのかと聞く俺に対してアリスは首を振る。

 「でない。百ぱーじゃないけど、絶対でない。」

 矛盾している。出るのか出ないのかどっちだろう。

 「もう、アリスは……出ますよ。極たまにですけど。」

 リゼが相棒のいい加減っぷりを正す。

 「ごく。たまに。ね。ほんっっとにたまにね。」

 くどいぐらいたまにを連呼する。

 「でるには出るんだから絶対じゃないでしょ?」

 「うんうん出るには出るね、噂話程度に。」

 「もう、絶対私を馬鹿にしてるでしょ?」

 「そんなことないって。リゼの言う通り出るよ?この南西部も。一年か二年?えっと、もっと前に出たんだっけ?」

 「四年前…でしょ。」

 「そうそう。そうだったそうだったー」

 「どうせ出ないとか考えてるときっと出ちゃうんだから!」

 「急に怒鳴ってどうしたの?」

 「ふんだ。」

 「冗談、ほんっとに冗談だから。許して?」

 「いっつもそればっかり。この前だって大きな冗談ついたばっかりなのに!」

 「ああ、ティアちゃんの…」

 「ああ、じゃないよ!私がどれだけ追いつめられたと思ってるの!」

 「だからそれは謝って…」

 「さっきはミキ君に謝るだけじゃダメだとか言ってたよね?」

 「…。」

 過去の話が再燃し、誰もリゼ先輩を止められなくなったところでこの場は放っておく。

 とにかく俺達の存在意義はある。少なからず現れる化け物退治が役目だ。

 「化け物ってどんなのなんだろ?ちょっとおっかないな。」

 「あれ?ミキ、覚えてない?」

 「え?覚えてないっていうか見たことないよ。カズミは見たことあるの?」

 「そっか。んー。じゃあ、私もないかな。」

 「なにそれ…。」

 カズミの態度に煮え切らない思いになるが特に何もないのだろう。そう思っておく。

 「大丈夫です。ミキならきっと。」

 「そ、そうかな…。」

 出所不明のティアの信頼感が重い。

 今週はそれぞれ先輩に指導してもらうことが多かった。それに加えて、校長から父親が生きているかもしれないと(ほの)めかされたせいでティアとはうまく接せないでいる。

 なんならいっそティアにこのことを伝えた方がいいかもしれない。だけどやっぱりそれはできない。

 本当に父が生きているかもしれないならまだしも、正確には村人の死体が見つからないというだけなのだから。無駄にティアに期待させるようなことはしたくない。

 あの日、校長室を退出した後に泣いて以来、ティアは一度も父の死について触れてこなかった。

 すでにそれを受け入れたのか、それとも我慢をしているのか。それすらも俺はわからない。

 ティアが何も言わないのをいいことに分かろうとしてこなかったのだ。

 本当に俺はティアを思って真実を打ち明けないのだろうか。本当は自分が嫌な目に遭うのを避けているだけなんじゃ?

 そんなことはない。ティアは俺の家族で、今となっては、俺にとってもティアにとっても唯一の身内なのだ。

 そんな彼女を心配していない訳がない。

 だから、やっぱり何も言わないし、聞かない。その心が本当はどこにあるのかも分からず。

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