19話 種族
複数の生徒に入り混じり、校長室へと入る。
来客用に据えられた長机とソファは今は端に寄せられていて、本来調度品がある部屋の中央には生徒が集まっていた。
「ようアリス。お前も受けるのか?」
話しかけてきたのは、筋肉の盛られた体を堂々と張る男。名をボルフ・グラード。グラード家の嫡子であり、その見た目と同じく声は野太く張りがある。相手の心情にづかづかと踏み入れてくるタイプであり、気弱な相手では気後れすることも多い。
「当たり前じゃん。やっぱりお祭りの時ぐらいはゆっくりしたいからねー。」
「違いないな。問題は受ける奴の多さだが…。」
ざっと室内を見回すと、私とボルフを入れて七人。緊急クエストの枠は二つなのでかなり倍率は高い。
「そういえば、お前んとこの一年とうちのとこの一年知り合いなんだってな。」
「え、そうなの?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「いやいや知らないでしょ。いくら自分の後輩だからって友達の話なんてそうそうしないから。」
知ってて当たり前だと言う風なボルフに呆れを漏らすが、どこ吹く風か悠然としている。
こいつは他人の下世話な話まで無遠慮に聞いてくるような奴だったと改めて考え直す。
「それにしてもお前も物好きだな。後輩にエルフを選ぶなんて。」
「それを言ったらお互い様でしょ?私と関わってるあんただってそうじゃない。」
その言葉に納得したボルフは頷き、笑う。
「それに、ミキ君はエルフじゃないし。」
知らなかったのか、今度の言葉には驚いたように目を見開く。
ちょっとした意趣返しが決まったことに内心ガッツポーズを決める。しかし、彼の素直な反応に自分が馬鹿馬鹿しくもなってしまう。
「ちらっと見たが本当に人間だったのか。どうも今年の一年は変わり者が多いな。」
色々と人聞きの悪い言い方だ。しかし、人族とエルフ族、後者である彼は自身を人間だとは思っていないから出た言葉である。また、グラードの家系と同様に彼自身も同義で変人である。
セントペルムの街は随一の領土、人口をほこり、異種族交流も盛んだ。しかし、人族は昔からの伝統文化を脈々と引き継ぐかのようにエルフ族を嫌う。エルフ族もまた、自身らを嫌う人族を嫌う。
人族の繁栄力、知恵と知識を求めるエルフ族。エルフ族の精霊を使役する超常の理を求める人族。二種族間の関係はこの打算だけで繋がれている。
そんな中、お互いを理解し歩み寄ることのできる者が人族、エルフ族両者にいたことは吉兆だろうか。打算だけではない共存を、知性ある生き物同士、目指せるのではないか。
などというのはお飾りの言葉である。私達の本音は…
「俺には関係ないけどな。」
「良いことではあるけどねー。」
遠い昔、どちらから始まったであろう憎み合いの関係は、打算で繋がり、時を経ることでその壁を風化させてきている。
はっきり言えば、昔の人がどう思っていたのかは知らない。私は今を生きる自分が自分の価値観で物を見るのだ。
「それでは困るのですよ。あなたの行動が他人に迷惑を掛けていることを自覚してくれなければね、グラード氏。」
割って入ってきた男は言葉に容姿をのせていた。悠々と他人を諭すような口振りは彼の品位の高さを伺わせる。将来の身分は約束されている秀才。プライドは高くそれ故、将来は堅物な役人柄。そんな気配が彼の言葉からは滲み出ている。
「おうおう。それは悪かったなソルティオ卿。」
気安い謝罪に難色を示すのはソルティオ家の子息であるアルドリア・デューク・ソルティオ。
デュークは国から与えられた爵位のようなものであり、それは個人に付けられるものではなく、その血統に与えられている家柄の名誉である。
「君も貴族としての意識があるならもっと謹んでほしいものだけれど…」
「それは無理だな。これが内の主義なんでね。」
「ふっ。」
溜め息ではなく、諦観の響きを伴った声が彼から漏れる。
ソルティオ家は代々続く名門のエルフ貴族である。歴史を遡ればその初代はこの街の土台を作ったに等しい人物だ。広大な街を内と外で断絶する壁、家々、道を作った。街の基礎を作った。ひいては国の基礎をその稀なる精霊使役の才を持って作ったのだ。ソルティオ家はその才を今も代々引き継ぎ、この街の、この国の発展に尽力している名家である。
「ならせめて、エルフらしく関わる相手を選んで欲しいものだね。」
その引き継いできた才の一端である亜麻色の髪を撫で付け、横目でちらりとこちらを蔑むような目で見てくる。エルフの身体的特徴である耳を誇示するように露にしながら。
「りょうかい、りょうかい。善処はするさ。だがさっきも言った通りこれが俺達の主義なんだよ。」
私が何を言うよりも先に間にボルフが入る。
ソルティオ家は有名な土精霊を使役する家系だ。それに加えて反人族でも有名である。それ故に何を言っても相手にされないだろう私を早々に遮りボルフが言葉を繋ぐ。
「ふん、全く見苦しい限りだよ。蛮族なんかに尻尾を振って、さも今の状態が平等であると勘違いしている君達を見るのはね。」
「そんなこともないと思うけどな。森でひそひそ暮らしてる時よりも今の方がよっぽど良い暮らしが出来てると思うぜ?人間の文明はエルフにないものを持ってる。人間にない文明をエルフも持ってる。その両方があって五分五分だろ?」
グラード家が人族にも友好的な家柄であるのに対し、ソルティオ家は人族を極端に嫌い、人族と友好関係を築こうとする同族にも激しい嫌悪を抱いている。
「何を言ってるんだ?この街の発展を支えたのは私達だ。エルフなんだよ。そこに有象無象の人族が無意味で下賎な繁殖力だけを武器に文明を築いただけだ。」
グラードの物言いにアルドリアの弁に少しだけ熱が乗る。
「それなのに奴らはそれを人族とエルフ族の差だと勘違いした。エルフ族が築いてきた基礎を忘れ、或いは人族よりも低劣であるとそれを評し見下した。」
「そんなことはない。俺達は十分に評価されている。それに人族だって俺達がいなければ自力で進歩していったはずだ。それは俺達だって同じだ。両族が共存することでその進歩は一足飛びに早くなったんだ。違うか?」
「ああ。」
その頷きには決して同意の意志は込められていなかった。しかしボルフはその言葉に頷く。
「そうだろう?俺達は公平だ。どちらが上で下なんて…」
「やはりお前らとは相容れない。」
感情的になりかけていたアルドリアは一言で切り替える。
「少し馬鹿になりすぎたようだ。非礼が有れば詫びよう。すまなかった。」
その声はすでに諦観の響きを戻していて、ほとんどこちらに意識を向けられてはいなかった。
アルドリアが部屋の中央から外れていく。一拍遅れて、
「エルフが上に決まっている。」
と、誰に言うでもなくさりとてここにいる全員に聞こえる声で、当然の事実を口にするように毅然と言い放った。
校長室に集められた生徒は全員で七人。
用件は緊急の依頼の受諾者募集。枠は二つ。
受諾希望者は七人中一人抜けて6人。端に寄せられたソファに腰掛けながら傍観するのは、アルドリア・デューク・ソルティオである。
なぜ彼が緊急依頼の立候補に上がらずここに居るだけなのかは、少し前の生徒達のやり取りを室内に居なかった校長、フリード・クラネルは見ることが出来なかったが、薄らと分かっていた。
一興に興じることが好きなフリードは、その内容をこそ知りたかったが時すでに遅い。
心惜しくも話は緊急依頼へ。選出方法は校長の興の乗り次第という随分と安易な決め方だ。
今日のお題目は中金の模倣。低金貨、中金貨、純金貨、雑金貨とある中で、意匠の入った定型の硬貨は低金、中金のみ。純金貨は金貨と名は付いているものの延べ棒の類いであり、唯一バルム国外で使用できる金貨だ。そして雑金貨はお札の類いとなる。
中金を水をベースに、風でその場に維持しながら意匠と大きさを揃えてもらうというのが今回のゲームである。
細かい作業が水精霊と風精霊の操作を難しくするが、皆、二年生。そこは精霊使いとして恥ずかしくないぐらいの力を身に付けている。今回の大きな問題は記憶力。普段何気ないことをどこまで記憶しているかが試されると言えるだろう。
「ぷふふ。これは何ですかね。」
中金は表に街並、裏に森林と人族、エルフ族をそれぞれ象徴する意匠が施されている。
「おしいですね。若干大き過ぎるでしょうか。」
低金と中金では中金の方が一回り大きい。
「あれ、これは…ぷっ。ごっちゃですね。」
低金は表にエルフの右耳、裏に人の左耳をそれぞれ模してある。はっきりいって格好はあまり良いとは言えない意匠だが低金が一番両族を表してはいる。
生徒の作る金貨には、表と裏の景色に低金の意匠が混ざっていたり、そもそもが低金の意匠に耳ではなくお札に描かれている偉人の顔をアレンジしたものだったりと生徒達の芸術性に十分楽しませてもらうことができた。
その中で、アリス・エルベルトは使いの生物精霊の力を借りてほぼ完璧に形をトレースし、ボルフ・グラードも無骨な外見にそぐわぬ繊細さで他の生徒よりも一歩高い評価を得た。結果、この二人が依頼受諾の権利を得て無事、お開きとなった。
今回の集まりのために除けられた家具を戻しながら、生徒の作品を思い出し、笑いに耽る。
しばらくすると戸が叩かれ、新たな来客を知らせる。入室を促すと入って来たのは自分と同じく黒髪の人間だった。
「わざわざ呼び出して申し訳なかったね。」
「いえ、…わざわざ呼び出させるようなことしてしまいましたか?」
心配そうに尋ねる少年に首を振る。
「君のお義父さん、バルトのことでね。」
「とうさん…ですか。」
複雑な顔をする少年、ミキ・イグナス。彼はバルト・イグナスの養子なのだと言う。
親友であるバルトから昔、孤児を一人受け入れてくれる施設はないかと言われたのが最初の縁だろうか。
街中を探している最中、もう一通、連絡が来たかと思えば今度は孤児を向かい入れることにしたなどと返事がきた。しかもそれが人間だと言う。
心底驚いたが、彼の性格を誰よりも知っている私は、大方理由が分かっていた。そしてつい最近、彼の最愛の娘が少年と連れ立って上京してきた時に確信した。
「そうです。前にも言いましたが、怪物に襲われたフレンの村は壊滅しました。」
「…」
息を飲む音が聞こえる。
「村の家々は焼け、再興するにも一苦労の有様です。そして肝心の村人は…」
一度この話はしたことがある。この先の結末を知っている少年は表情を一瞬、強張らせるがすぐ覚悟したような顔つきになる。
「村人は行方不明です。」
「行方不明…ですか?」
しかし、続いた言葉に困惑の声を漏らす。
「そうです。村からもその周辺からも遺骸の形跡は見つかりませんでした。」
それがここずっと騎士団が動いて分かったことの一つだった。
「でも…どうしてそれを俺に?ティアは…」
「ティアさん…今はいいですか。ティアちゃんはこのことを知りませんよ。」
事後調査後に入ったきた吉報と呼べないまでも、前回の死亡宣告よりもよっぽどましな情報にティアちゃんへの心配が初めに出てくるあたり、今の彼の優先順位は父親ではないらしい。
「ティアは、とても悲しんでます。もしそれが本当ならティアに…」
「それはあなたに任せます。」
「っ…。」
喉を詰まらせる彼に追い打ちをかけるように続ける。
「ティアちゃんにこれまで通り父親の死を告げたままにするのか、それとも小さい希望の光を彼女に見せるのかは君次第です。」
「…。」
苦痛に顔をゆがめる少年は父親の死を初めて聞かされた時よりもよっぽど思い悩んでいた。




