18話 色々と
クエストを失敗した形で終わってしまってから一日経ち、週明けで学校の授業も開始された。
午前は相変わらず、少しの教養と精霊について延々と話しが続く座学の時間。
午後は、訓練場所を体育館に移ったことで恒例のゲームはできなかった。
その代わり、剣術を全く使えない俺にアリスが指導をしてくれることになった。
「ほらほらブレてるよ?しっかり構えなきゃ。」
素振り。重い剣を持続して振り回す体力をつけるためにも、型を身につけるためにも必要なことだ。
「私の流派はウィード流っていうのでね、流れに身を任せる流派かな!」
流派。定型の技には、脈々と受け継がれてきた独特の筋がある。それらは一様に洗練され、剣技を昇華させるために編み出された相伝の秘技だ。
「例えばね、こうやって相手が来たところを…」
剣の軌道は相手の剣によって、自然としかし強制的に逸らされる。
「他にもこうやってね!」
鍔迫り合いになったかと思えば、強く押し返す絶妙のタイミングでアリスは力を抜き横にスライド。足を引っ掛けて転倒させてくる。
「じゃあミキもやってみようか!」
ビシバシと真正面から打ってくるのに対し必死に剣を振るって応戦。
「ダメだよミキ。こうやって相手に隙ができるように。自分の体勢は崩しちゃだめだよ。」
こちらの剣をいなす柔らかい一刀を混ぜて剣を振るってくる。打ち合えば嫌でも分かるが、見た目では先輩の一挙手一投足が俺には同じにしか見えない。
これがウィード流。なるほど全く分からない。
それも当然だ。剣術を一から初めたばかりで、そんなすぐに上達するわけはない。先輩との打ち合いも何百回何千回と打ち込むことで流派の片鱗ぐらいには至ることが出来るかもしれない。
「ミキ起きて。寝転んでる場合じゃないよ。私がやってみたみたいに…こう!」
またしても足を引っ掛けられて転ぶ。
そうして悟る。先輩は剣術において感覚派の人間で、その人が使うウィード流もまた無手勝流。つまり、考えるのではなく感じる系の教えだった。
「もうダメだなぁー。こうやってこうするだけだよ?」
「さっぱりです…」
身振り手振りも交えて指導してくれるのはいいが、全く理解できない。
早くも己の剣術の道が険しく困難な道であることを再確認。逃げるように視線を外す。
体育館の別の場所では一カ所、縦に長く陣取り、片方には的をもう片方には弓を携えた人達が集まっている。
弓術の練習に勤しむ人の中にティアの姿があった。こちらはアリスの相棒であるリゼが指導している。
ティアも俺と同じく、特に目立った武術修得が出来ていないため、リゼが修得している弓術を教えてもらうことになったのだ。
ティアとリゼの相性は良く、ティアのセンスもあってかすでに何本かに一回は的を射られるようになっていた。
自分の上達だけが不十分であると自覚し、焦燥に駆られる。
「ミキ頑張って!」
「オゥ。」
カズミとポチが休憩しながら応援してくれる。
二人もまた師弟関係にあり、狼姿のポチが精霊についてカズミに指導しているはずなのだが、二人はずっと俺たちの稽古を見守っているだけだ。
声援に応えて立ち上がりはするが、打ちのめされてはまた転ぶを繰り返す。
「んー。ミキあんまり才能ないかもね。」
「そんなあっさり…まだ始めて一日も経ってないですよ。」
心中にも刺さる一言をもらい挫けそうになる。
ここは励みの言葉ととるべきか。今が最低なら失うものはない、の根性で頑張るしかない。
だが才能がないということは剣術についての能が皆無ということであり、そこには一片の進歩も期待できないわけで…
「聞き流してしまっても大丈夫です。みなさん聞いてください。」
どんどんとマイナス思考に陥っていく途中、体育館の空気を震わしたのは最初に俺たちの班を指導していたエルフのレイニル先生だった。
「火霊祭を前に大方の依頼は先週終わりましたが緊急依頼として新たに二件来ています。受けたい人は今から手続きを行うので校長室まで来てください。」
広い体育館の全体に満遍なく行き渡った声は風の精霊の気配を少し含んでいた。
何のことか分からないが、幾人の生徒は今の募集に手を止める。
アリスもリゼに目配せをすると頷き合う。
「それじゃ私は行ってくるから。」
「え、あの…」
言葉をかける前にアリスは手をひらひらと振って体育館を出て行ってしまう。
急に終わりの訪れた稽古に手持ち無沙汰になってしまい、仕方なく壁際まで移動する。
「あれ、ポチもいない。」
「うん。アリス先輩行っちゃったからね。ついて行ったよ?」
「そっか…」
カズミの隣に腰を下して一息つく。
体育館の中をざっと見るとほんの少しだけ人が減っていた。ティアとリゼが変わらず的を射ているのを見る限り、班の中でも代表で一人しかいなくなっていないようだ。
改めて視線を回し、百人近くいる中で一か所気になる場所を見る。
カールの少しかかったパールブルーの髪をふわりと流し、落ち着き払った立ち姿は気品に満ちている。まさに貴族然とした女性は相対する黒髪の女の子と話しをしていた。
二人の周囲には水玉がふわふわと中空を舞い二人の話す席を飾っている。と、ふいに黒髪の女の子の傍の水玉が消え、女性の近くに新たな水玉が生まれる。よくよく見てみれば水玉は若干女性の方に多く浮遊していた。
変わらず話し合う二人のうち、女の子は水玉が消える度、顔に少し苦いものが浮ぶ。女性の方はしたたかに笑っていて女の子の方が話題に集中ができていないように感じる。
「ミ・キ・くん…!」
「いづっ。」
「っ。」
頭に何かが当たった。
傍で同じく頭を押さえるのはガウスか。二人の方に意識を傾けていたせいか全く気付かなかった。
「どうしたんだよ?」
痛む頭をさすりながら上目にガウスを見る。
「どうしたじゃねぇだろミキ!俺を見捨てやがって!」
一体なんのことだろうか。直近の記憶を探るが、そもそもガウス達とはもうしばらく会っていなかった。
唯一必ず会っていた午後の授業でさえリゼやアリスと行動を共にするようになったことで会う機会が減ったのだ。授業外も同じで、部屋にリゼやアリスがひっきりなしに訪れるのでガウス達に会いに行くことはまずなかった。
それはガウス達も同じはずなのだが、はて何があったのだろうか。
「てめぇ…」
ほんとに心当たりがなく首を傾げる俺に青筋を浮かび上がらせる。
「ちょ、なにそんなにキレてんだよ?もしかしてあれか?好きな人に振られたとか…まあガウスならありそうだな。」
達観したように言う俺に黙って憤るガウス。
「でもお前なら大丈夫だって。悔しいけど顔は俺よりいいと思うし、性格だって元気一杯…中にはお前の積極的過ぎるところが合わないって人がいるかもだけどそんなのは気にすん…あつ!あついあつい!それはしゃれにならないから!」
ちりちりと一部、温度の上がったズボンを必死に扇いだり叩いたり風精霊に働きかけたりして冷ます。
「お前のせいで」
どこかで言われたことのある起句から始まる。
「あの後、永遠と地獄を見たんだよ」
その静かな憤りの言葉は自らが歩んだ悲痛な思いを込めている。
「マッチョ野郎と一緒に…みっちり八時間、食堂が閉まるギリギリまで死ぬ寸前の猛特訓させられて」
ぎりりと歯がなりそうな程、食いしばる。
「あげく飯は食えなかったよ。食堂閉まったからな」
思い出し、その悲嘆に心を震わせているのが伝わってくる。
「マッチョ野郎が特訓終わった後に奴の相方が迎えに来たさ。むしろあの人が来たから終わったも同じだった。それで…なに、見せられたと思う?」
問うた言葉はしかし返事を期待してはいなかった。
「お疲れ様、あなた。ご飯できてますよ。」
真似ではなかった。震える声でただ事実だけを伝えるだけだ。
「おう。ありがとな。やっぱりエリザは気が利くな。」
相方はエリザというらしい。名前からして女性であることは明白か。
「もう。そんなのあなたが相手だからに決まってますよ。」
男の腕に組み付く姿が目に浮かぶ。もしかしたら頬にキスぐらいしたかもしれない。その真相は二人とガウスにしか分からない。
「それじゃ行くか。ガウス……また、明日な。」
しばらくの間を置いたその言葉に一体何が込められていたのか。想像するだに恐ろしい。
同時に俺は先輩達が俺達の教育担当に割り振られた時のことを今さら思い出す。
一人グラウンドに取り残されたであろうガウスはその時、去りゆく二人の後ろ姿を見たときに何を思っただろうか。
マッチョ男への嫉妬だろうか、それともやはり俺への憤怒だろうか。否、こいつは違うと断言できる。
「俺は……自分が悔しい」
そうだ。こんな奴だからこそ俺はこいつを真の友達、親友だと認める他はない。
「どうして、俺には誰もいないんだ…」
立ち上がり、ガウスの肩に手を置く。
悔し涙を流すガウスに言ってやれることは一つしかない。
「忘れろ。」
忘却。それは都合がよくできている。なんでも自分のいいように記憶を改変できる魔法の行為であり、最低の行いであるかもしれない。
悔しいと思った自分の気持ちを偽り、逃避することは弱いことだ。だが、記憶はその本質を残したりはしない。時間の経過とともに薄れ、その時その時によってその本質、見方を変幻自在に変えてしまう。そんな無意味な記憶に振り回されるぐらいなら失くしてしまった方がいい。
「それはできない。」
「どうしてだ?」
それなのにガウスは首を縦には振らない。
「これが、俺の罪だからだ。俺はこの悔しさを一生忘れない。」
「……そうか。」
心に刻みつけてガウスは言う。なんと眩しいのか。俺には決してできない生き方であると思う。
俺の弱い心が眩しすぎる太陽に焼かれてしまいそうだ。こんな下賤な存在が彼を縛っていいわけがない。ただ一緒にいるだけでもおこがましい。
だが、今だけは許してほしい。今この瞬間、痛みを共有したもの同士、薄れることもその本質を見失うこともないこの一時だけの気持ちを涙に流すことを。
「なんだか分かんないけど…二人とも仲いいね。」
そう簡単にカズミが結論を下す。
「あら。ガウス君もお友達とお話ししてるわね。」
話し相手の女性がそう言って私の肩越しにそちらを向く。
つられて振り返り、こちらの水玉が一つ消えてしまう。
「う…」
小さく言葉を漏らし、今度は目の前の女性に集中しながら振り返る。
視線の先、体育館の壁際で肩を支えあい涙を流す二人の男達がいた。
「う…」
同じく短い言葉が漏れるが今度は嫌悪の情が含まれている。
いつもいつも何をやっているのかあの兄は…。
最近は先輩方にしごかれているせいで私にべたべたすることが多くなっていることにも少しばかりの嫌気がさしている。
それを本人にはっきり言わないのは、本心では嫌がっていないからなのか。
しかし、男同士肩を組んで一緒に泣く様は見られたものではない。はっきり言って気持ち悪いし、それが知り合いであるならかなり恥ずかしい。
「よかったわ楽しそうで。最近ガウス君元気なかったみたいだし、あの人も気にしてたみたいだから。」
あんな二人を見て呑気にそう思えるあたり、楽観的過ぎるのではないかと思うが、そこが彼女らしいともいえる。
話しに集中を切らしたか、彼女から水玉を一つ取り返すことに成功。
「あらあら。取り合いもいいけれど、もうちょっとお話ししましょ?」
「そう…ですね。」
相手が精霊を使って保っている水玉をこちらの精霊で制御を上書きする。ルールは単純だが、複数の水玉を操りながら相手の精霊にも干渉し、かつ話しをするのはだいぶ無理がある。
水玉の操作を生物精霊であり、妹のサキに全部任せればいくら先輩といえども互角に持ち込むことができるはずだが、それでは自身の能力向上にはつながらない。一部だけサキの力を借りて拮抗状態を保っている現状では、どうしても話し合いが疎かになってしまうのだ。
「シズネちゃんもお兄ちゃんのところに行きますか?」
「いえ…大丈夫です。」
あの二人に関わりたくはない。あくまで部外者を装うためにもこのまま特訓を続けることを選ぶ。
もう一度ちらりと振り返る。もう一人の兄、自分と同じ黒髪の少年はこちらに気付く様子はない。
それに安堵したのか、憎悪したのか、それとも悲愴に思ったのか。自分でもよくわからなかった。




