15話 出会い
「お父さん早くしないとおいてくよ!」
「ちょっと待ってくれ。」
サンドイッチが入った籐籠を片手に少女が父親の先頭を進む。
普段、仕事で忙しい父のたまの休日には、こうしてピクニックに出る。
もうちょっと進むと小川が流れているので、そこで昼食を取るのが目的だ。
父と野外で食事をするだけの平凡な時間だが、中々相手をしてくれない父との数少ないお出かけはとても嬉しい。
同じ家ばかりでの食事ではなく、常に変化する自然の中でのたまの食事というのもわくわくするポイントの一つだ。
木々に囲まれて、鳥の囀りに小川のせせらぎに耳を傾けると心が落ち着く。なんだか私自身も自然と同化しているような気がして胸が躍る。
人の耳よりも良く聞こえるエルフの耳は、それ故に自然と接することを選ぶのかもしれない。
高度な聴力によって、自然が発する繊細な音を聞き取り、心を穏やかにしてくれる物の側へと集まる。
だから、いつもはない奇妙な音には敏感かもしれない。
「?」
春風がそよそよと流れてくる方向から何かが聞こえた気がした。
「どうしたティア?」
ゆっくりと歩く父が近付いてきて尋ねてくる。
「お父さん、しー!」
「ごめんごめん。」
人差し指を鼻の前に立てて合図をすると今度は音のした方に耳を向けて注意深く聞き入る。
「うっ……うう…」
子供のすすり泣く声が聞こえてくる。そう分かった時にはすでに音のする方へと向かっていた。
こんなところで泣いてるのは誰?ちょっとした好奇心で子供の私の感情は膨れ上がった。
私と年齢はあんまり変わんないのかな?男の子?お友達になれる?一緒に遊びたいな…。
「おいティア、どこに行くんだ?」
「あっち。だれかいるの!」
「誰かって?……まさか!待つんだティア!行くな!」
慌てて父が追ってくるが、離れた距離を縮めるにはもう少し時間を要しそうだ。
今更止まるなんて考えられない。どうしても音の正体を知りたくなった私は急いで駆ける。
すぐに木々が晴れ、円形の空き地に出る。
その真ん中にぽつんと座る男の子は膝を抱えながら、肩を震わせていた。
髪の毛が赤い?でも結構黒に近い赤だ。しかし黒髪ではないことは確かなので、きっと私と同じエルフだ。
生まれた時から精霊の影響を受けやすいエルフはそのほとんどが身体的変化を持っている。
その最たるものが髪と目だ。
何がどう変化するかと言えば、影響を受けた精霊の種類によって色素が変化する。
彼の場合は赤色系なので火の精霊の影響を受けている可能性が高い。
人であっても、精霊との交感能力が高かったりすると同じことが起こるが、今の私にはそれは失念事項だ。
近くによっても彼が気付く気配はない。
思い切って声を掛けてみる。
「どうして泣いてるの?」
「!?」
ビクッと肩を揺らした少年は恐る恐るこちらに目を向けた。
そして私は戸惑った。彼の長くはない髪の毛から見える耳が丸みを帯びていたからだ。
耳が尖ってない。エルフじゃなくて人間?
「え、えっと…わたし……。」
どう接するべきか途端に分からなくなる。
二の句を告げなくなった私を不思議そうな目で見てくる。
とにかく何か言わないと変な子だと思われちゃう。
「わ、わたし…ティアって言うの…あ、あなたの名前は…?」
「…。」
返事がない変わりにこちらをじっと見てくる。
村の子達とは違う反応だ。村の人間ならエルフに対しても特に変わりない挨拶をしてくれる。
この子はどちらかというと街の人間なのかもしれない。
そう思うと急に足が強張る。この子も私達に嫌悪した目を向けるのだろうか。
お互い何も言えず、ただ見つめあうだけの時間が長く続く。
「うぅ〜…。」
先に痺れを切らしたのはこちらだった。未だ不思議そうにこちらを見つめる男の子は決して嫌な視線を投げかけてくる訳ではなかった。
まるで物珍しさに目を奪われているようだ。
「ティア、離れるんだ!」
「うわぁ!」
後ろから思い切り腕を引っ張られて父の背後に回される。
「人間か!村の者ではないようだな…。こんなところで何をしてる?」
「っ…!?」
子供にも容赦なく詰め寄る父はこちらからしても少し怖い。彼にとってはもっと怖いんだろうか。
「お父さん、怖がってるよ。やめてあげて!」
「ティアは少し黙ってるんだ。」
「うっ…はい…。」
父がこんなに怒ることは滅多にない。大人しく引き下がると、父は少しだけ苦々しい表情を作って。後ろ手に頭を撫でてくる。
「ごめんな。奴が間者かどうか見極めたいんだ…。」
父の言っていることは私には分からなかった。
「それで、坊主。こんなところで何をしてた?他に人間はいるのか?」
エルフにしては、がたいのいい父がドスを利かせた声で尋ねる。
「うっ…。」
それだけで少年は泣き面になってしまう。
「はぁ。これじゃ埒が明かんな…。」
その様子に溜め息が漏れる。どうするべきか考え込み出す父に少年は身も声も震わせながら呟く。
「ユ、ユニ(ぼ、ぼくが)ビフィリヒテ。(悪かったんです。)」
「何を言ってる?」
父が疑問を呈する。私も彼が何を言っているか分からなかった。
泣き面だった表情に涙を流しながら彼は続ける。
「ユニリヒ、(ぼくのせいで)ディフィーチェ…(あの子は…)」
その後は声にならず、嗚咽だけが続いた。
「どうやら、異国語のようだな…。」
まるで自分を責めたてるかのように泣く少年を傍目に父はそう判断する。
「しかし、どこの言葉だか分からんな…。隣国じゃ俺達の言葉で通じるし…もっと遠くの国から来たよそ者か……こい!」
言葉に反応して父の両手に深緑色の炎が灯る。
「お父さん。シルフくんでどうするの?」
お父さんの精霊の名前はシルフで私のはシルフィー。お父さんのが男の子で私のが女の子という私の中での決まり事である。
もちろんお父さんはそんな区別はつけていない。
「とてもすごいことするぞ?ほら、ティアもこっちに来て。」
自慢気にそう言うと少年に近寄っていく。
私もそれに追従すると、今度は大きな手を私と少年の頭の上にそれぞれ翳す。
息をすっと吸い込んで目を閉じる。
「我と汝を媒介し、その一筋の節と成らん。」
父の両手を覆っていたオーラはその言葉とともに、私達の頭とそこに翳された父の手の平を一本の細い線で繋げながらゆっくりとこっちにオーラが流れてきては、頭の中に染み込むようにして消えて行く。
やがて父の両手に纏われていた深緑の炎は消え去り、私と少年からも手を離した。
「どうだ?これで俺の言っていることが分かるか?」
何が起こったか分からず呆然とする少年に父は尋ねる。
「は、はい…。」
「え?言ってることがわかる!?」
「どうだティア、お父さんすごいだろ?」
「うん!すごい!どうやってやったの?」
「それはだな…精霊を意思疎通の媒介にすることで相手の言葉じゃなく、気持ちを精霊に代弁してもらてるんだ。」
「どういうこと?精霊が私達にしゃべってくれてるの?」
「まぁそんな感じだ。相手の気持ちを伝播させて、さもそうしゃべっているかのように知覚させてるんだ。当然だが精霊の媒介にも限度があって、今の俺じゃ最大五人までで共有するのが精一杯だな。」
「ふーん。じゃあそんなにすごくないんだね。」
「違う、違うぞティア!今のは謙遜って言ってだな…お父さんはとっても実力のある精霊使いなんだぞ?この技だって一朝一夕じゃとても…」
「うん、わかった。それより自己紹介がまだだよ?」
「おう。さすが我が愛しの娘のティアだ。礼儀がなっててお父さん鼻が高いぞ!きっとお父さんみたいに立派な精霊使いにだってなれるからな!」
わはは。と高笑いする父はさっきまでとは違いとても楽しそうだ。
娘にすごいと褒められたことでとても嬉しいのだろう。
さすがに喜び過ぎた自覚があるのか咳払いを一つして気持ちを切り替える。
「それでお前の名前は?」
「…三樹…です。」
「どこからきた?」
「に、にほんです。」
「ニホン?知らん国だな…まぁどんな言語を使っているかも分からなかった訳だから知らんで当たり前か…じゃあなぜこんなところにいる?」
「わかりません…。」
「わからない?記憶喪失なのか?」
「違い…ます。」
「見たところお前は一人だが誰か他にいるのか?」
「いません。」
「家族は?」
「……いました。」
「ふむ…。」
いました…か。さすがにもう心配はないか…。
最初からこんな子供が内通者だなんて本気で思ってた訳じゃない。が、ここ最近この一体で怪物が現れることが多くなっている…気がするのだ。
怪物の出現は自然の摂理のようなものだ。何かの帳尻を合わせるかのようにある日突然出現する。
その出現場所は多くが、人と人との間である。国や街、村といった集団生活が行われている場所の間に出現するのだ。
その発生理由は、精霊を使うことによる相互作用が原因だと言われている。
一人一人が精霊を使役し、用いることで微弱な波のような物が生まれ、それが村や街といった人口規模が大きくなるにつれて、波も干渉し合い、増幅する。大きくなった波同士は集団の間でぶつかり相殺される。
その時、強くなりすぎた精霊の波は大きなエネルギーを周囲に放って、ある異常を起こす。
それが怪物と呼ばれる、異常を来し、暴走した精霊の出現だ。
しかし、これだけではない他の何かが原因で生まれることがあるかもしれないと俺は考えている。
暴走した精霊は果たして自然の摂理にだけ従うものなのか。それとも人が人為的に生み出すことことのできるものなのか…。
ともかく、この少年は関係がなさそうだ。
そう一区切りをつけると肩の力も少し抜ける。
「ミキ君、怒鳴ってすまなかったな。あと、君の家族だが…」
「っ…!」
そう話しを振るとミキと呼ぶ少年は何かに縛られたかのように苦しく息を漏らす。
「そうか…。」
それだけで納得がいく。いやそれだけではない。ミキという少年の体全体を見て確信できる。
髪にはべっとりと赤い染みがつき、服やズボンにまで固まった赤黒いものがこびり付いている。乾い手いるとは言え、鉄の錆臭い匂いが鼻をつく。
明らかにこれは血だ。しかし、彼自身には全く外傷が見られない。
そして彼の家族はもういない…。
「君はこれからどうする?」
恐らく、外国から物見遊山にでもきたのだろう。家族とのどかな一日を過ごしているところに例の怪物が現れて一変、地獄と化してしまった。
怪物は生命体に反応する。食べる訳ではなく、絶命させるだけだ。
彼は記憶喪失ではないと言ったが、恐らく何が起きたのか忘れてしまっている。怪物に襲われるあまりのおぞましさに本能的に忌避しているのだ。
彼だけでも助かったのは奇跡的と呼べる。家族に庇ってもらえたのか、命からがら逃げ切ってここまで来たんだろう。
しかし、自分だけが生き残ったことによる重圧に彼は耐えられないかもしれない…。
「もし死にたいなら…。」
俺が一思いに殺してやる。それが道徳観念的に正しくないことであってもだ。
背負う必要もない他者の命を背負って、生きて行くことに苦を見出すのならば、俺がここで楽にしてやる。
しかし、こちらを見上げる少年の顔は涙を幾筋も流し、くしゃくしゃに歪んでいた。
「ぼくは…死にたくない…生きたい!」
「…」
「辛くたって、死ぬのは怖いから!……ごめんなさい…。」
「謝らなくていいんだよ!」
「いで…。」
思いっきり頭をぶん殴ってやった。
「自分勝手だろうが、今この世に生きてる自分を一番大切にしろ。その次に自分の身の周りの心配をするんだ。死んだ奴のことはたまに思ってやるくらいでいい。自分のせいでとか考えてもいい。だがそれを引きずるな。」
「で、でも…やっぱり僕なんか…。」
「生き残らなきゃよかったか?でも生きたいんだろ?」
「…はい。」
「ならそれでいいんだ。人としてどうかは知らんが、生き物としてはとりあえず生きる資格がある。」
「でも、このままじゃ僕は死ぬだけです。」
「甘えるな。どうにかして生きてくんだ。」
「う…うぐ…。」
まだティアとそう変わらない年の子供には生きるだけでさえままならないだろう。だが、手を差し伸べるつもりもさらさらない。
俺は自分よりも一番大切にしているティアを守る為だけに生きているのだから。
そう人間とはそういうものだ、そうあるべきなのだ。
最初は自分が生きるので精一杯、自分のことしか考えられない。しかし、老成することでそれは違ってくる。自分よりも大切なものが出来たとき、自分が生きてきたことに意味を見出せる。
ただ動物のように我が身を惰性のように生きながらえさせるだけではなく、何か自身以外のことで身をすり減らした時、人間としての真価がそこに見出せると俺は信じている。
「お父さん。」
「どうしたんだティア?」
「ミキ君、このままじゃ死んじゃう。私達の家に連れてってあげよ?」
「さすが慈悲深いなティアは…でもダメだ!」
「どうして?」
「それは俺の決意の表れだからだぞ?」
そう、俺はこの生涯全てをティアに捧げると誓ったのだ。
その男の誓いを無視することはできない。
「どうしてもダメなの?」
ティアが困惑顔で訊いてくる。
なんて破壊力だ…。しかし、ここで引いてはならん!
「だ、ダメだ…。」
「じゃあ私これからミキ君と生きてくね。」
「分かった。一時的に預かる。」
即決だった。断りようがない。
だが、一時預かるだけだ。村では、孤児を預かる人や施設はないので街に探しに行くしかない。
すぐに街に向かうことを決意する。
「お父さんありがとう♪」
うおお!!かわいい!!これで誓いを破った甲斐は十分あった。
そしてこの一回の妥協こそが、背負わなくてもいい他者の命を背負うことになることをまだ気付けはしなかった。




