14話 すれ違う思い
バルム国の首都、セントペルムの東地区。住宅街のとある路地裏で俺達は立ち往生していた。
先程までここにいた男子学生二人が消えてしまった後、何をするでもなくただ立ち竦む。周囲に数匹いた野良犬もいつの間にかどこかへ行ってしまったようで、物静かだ。
「…。」
静寂の続く中、カズミが気を紛らわそうと問を投げる。
「ねえ、ポチどこ行ったんだろう?」
「どこって、野良犬達のところじゃ?」
そう思って振り返るが、野良犬を牽制していたはずの狼(中身は犬だが)の姿はそこにはなかった。
「あれ?」
改めて周囲を見回すが、やはり犬っ子一匹いない。塀の上に数匹の猫がだらしなく横たわっているだけだ。
まあどこかに遊びに行ってるのかもしれない。精霊の一種であるポチは、主であるアリスからは遠く離れられないため、そのうち姿を現すだろう。
それよりも…
「どうしよう…。」
気まずい。極めて空気が重い。自分がそう感じるだけかもしれないが、話し辛い。
その理由は先程の男子学生二人とのちょっとした口論である。こちらが、猫の所在を聞いた、というよりは詰問した結果、逆にこちらの非を責められてしまったのだ。
一方的に相手を疑ったこちらが悪いが、こういうのは後味が悪い。
先輩にどう接したらいいのだろうか?
あんなの気にしなくていいですよ。とか、先輩は間違ってないです。なんて言えばいいのだろうか。
なんか違う気がする。結局何も言えずにまた沈黙が続く。
建物の隙間から覗く青空を見上げるアリスは何を考えているのだろうか。
微動だにしないその姿を見ていると少しだけ心配になってくる。
明朗快活な先輩もさすがに気落ちしているのかな。後、首疲れないのかな。
何も気の利いたことを話せないままどうでもいいことばかり頭に浮かんでくる。
しばらくして、大きく息を吐いたアリスはいつも通り笑顔の絶えない先輩だった。
俺の考え過ぎか…先輩は最初から気落ちなんてしてなかったのかもしれない。
「よし。みんな行こっか。」
「え?」
唐突だ。いつも通り。そんなことをちょっと嬉しく思った。
どこに?そんな言葉を続ける前にポチがどこからか現れる。
「こっちだ。速くした方が良い。」
「ならもっと速くしてよ!」
「目的がはっきりしなかったんだ。見極めるまでは動けない。」
「そうだけど。」
「ひとまず西にむかってくれ。」
「オッケー。」
行き先だけを伝えるとすぐにポチは消えてしまう。
「ミキとカズミもついて来て!」
「なにがどうなって…」
「いいからいいから。」
アリスが手招きしながら走り出す。
とにかくアリスを追う。路地裏までポチに案内されたように今度はアリスについていく。
「どこに行くんですか?」
「んー…。」
走りながら考え込み、疑問で返してくる。
「どこだろうね?」
「…。」
何も言えない。元気が取り柄の先輩は考え無しで動く能天気な人ではない。むしろその逆だと言っても良い。
そんな先輩がどこに行くのか見当もつけず、走っている。なんてことはないと思うし、そう願いたい。
だとすると、西に向かえとだけ指示したポチだけしか知らないのか…それじゃあ、この後もポチが度々現れて道案内をしてくれる?
そうでないと困る。というか、ポチは姿を消して何をしているんだ?
そうだ。あの男子生徒二人が去った後ぐらいからいないんじゃないか。
ポチがいればあの気まずい空気になることもなかったかもしれない。
そう考えるとちょっとポチに腹が立ってきたかも…って結局自分自身は場を和ませることはしなかったんだけど。
せっかくカズミがポチの話題を振ったのだから、なにか話題を切り出せば自分の気分だけでも紛らわせたかもしれない。
自分の非は認めず、相手に責を押し付ける。人としてどうかとか言われるけど、人ってやっぱりそういう所があると思う。
あるよね?ないかな…。きっと俺の性格というか人間性そのものがいけないんだ。嫌なことからすぐに逃げ出す。
子供の頃からそうだった。子供の頃…?っていつだっけ、記憶が曖昧だ。
そういえば、俺にも本当の家族がいたんだっけ。ほとんど覚えてないけど。
カズミは俺の姉だと言うし、この前はガウスの妹であるシズネまでもが家族だったって言ってたっけ。
他にも水色の髪を二つに結った女の子がいた気がする。
あれ…名前、なんて言ったっけ?もう忘れた?いや、そんな話をしていたことすら忘れようとしていたかも…。
「大丈夫。今は今やるべきことに集中してればいい。」
「あ、ああ。」
隣を並走していたカズミが一声掛けてくれた。
って、ん?俺の心を読んだのか?
前にもこんなことがあった気がする。でもそのときはカズミがそんなことできないと言ったはずだ。
そうだ、きっとどこに向かっているのか気にしなくてもいいということだな。そういうことにしておこう。
そうして、頭の隅に凝り固まっていた考えも躊躇せず一緒に流してしまうとすぐ気持ちは晴れた。
再びポチが姿を現したのは、街の西側にあたる鬱蒼と木々が生えた場所に着いてからだった。
裏通りから大通りに出た俺達はそのまま西進した。その途上にリゼやティアと待ち合わせした場所である噴水があったが、二人はまだいなかった。
休日のためか憩いの場となっていたそこには中々人がいて、さらに走りながらということもあり、確認するのに苦労した。
先の見えない道程をただアリスに従ってついて行くと、「セントペルム森林公園 東」の文字が掘られた石が置いてある場所まで来ていた。
無骨な大きな石にただ文字を掘って目印にされているだけのそれは、レンガ敷の地面から土壌に変わる境目に置いてあるだけだ。
遊歩道だけはレンガで整備されているが。道の両端にはすでに多くの木々が生えていて、整然とした街並から一転した自然の雑然さは見事にマッチしていなかった。
それでも、公園に足を踏み入れれば、そんなことは気にならなかった。
雑多行き交う街中と比べればとても静かで、のどかな時間がここには流れている。
気を揉む出来事が多かったため、しばらくここで森林浴でもしたい気分になったが、そうすることはできなかった。
「こっちだ。」
公園に着くなり出てきたポチが遊歩道を駆けて行く。
ここからは一緒に同行してくれるらしい。この際だからやっぱり行き先は聞いておきたい。
「一体今からどこに行くんだよ?」
「さっきの学生達のところだ。」
あっさりと答えは返ってきたが、それでここにいる理由とはあまり結びつかない。
「さっきの学生って…なんで居場所知ってるんだ?」
「路地裏から去った後、つけてきたからな。」
だからしばらく姿を現さなかったのか。
「こんなところにいるのか?」
「ああ。」
「さっきの人達、私達と同じクエストともう一つ白猫探しのクエストを掛け持ちしてたんだってさ。それで、赤い首輪を付けたさっきの猫だけど、私達の依頼主の猫じゃなかったみたい。」
ポチの不足した言葉にアリスが補足してくれる。
依頼を自作自演しているんじゃないか、という疑いを抱いていた先輩は疑っていた。
白い猫探しが二つ同時にある。なんて都合がいいようにも思える。
だけどこれがなにか関係しているのだろうか。
「クエスト掛け持ちするだけなら別に問題ないんですよね?」
「そうだよ。でもね、私達の知らないクエストの方だけど、どうやら猫が首輪をしてないみたいなんだよ。だからさっきの赤い首輪は偽装工作ってことになる。」
どうしてそこまで詳しく知っているんだろう。それなのになんでさっきはどこに向かっているか知らないなんて言ったんだろう。そんな気持ちが一瞬よぎる。
でも、なんでそんな工作をする必要があったんだ?それが本当なら理由のいかんに関わらず何か隠された意図があると言っているようなものなのに。
しかし、これでもまだ依頼の自作自演容疑を是認できない。
先輩のためにもそうであると思いたいが、常識的に考えてそんなことをする人間がいるとも思いたくない。
だから、どうしても否定の言葉が出てしまう。
「でも、これだけじゃまだ情報が足りないですよ。それに今の情報が間違っているってことも…。」
「まさかそんな言葉を我が後輩から聞くことになるなんて想像もしてなかったよ…!!」
先輩ががっかりしたように告げる。それはもう、この世が終わりそうなぐらい。
走る速度が落ちて、ついには両膝と両手を地に着けてうなだれてしまった。
「たしかに私、元気しか取り柄がないもん。そのくせ裏でなに考えてるか分からない性格してるからね。信用なくっても仕方ないよね…。あは、あははは…。」
駄目だ。これは本当にきつい。先輩を疑ったつもりは全然なかったけど、そんな感じになってしまっている。
見知らぬ二人の学生に正当性を導きたかったために、俺は先輩を疑ってしまったのだ。
「そんなつもりじゃないんです!先輩を疑ってたりなんてしてないですから!」
「いいんだよ。本当のこと言ってくれて…。」
「いや本当に違いますから!」
公序と私情の板挟みなってしまった俺にはもうどうすることもできない。
やっぱり俺の人間性の問題だな…仲間の一人も信用できないなんてやっぱり人としてどうかしてる。
「おいおいアリスよ。もういいだろ。お前が無用に人を疑わないように身を案じて言ったことだ。それぐらい分かるだろう?」
ポチがフォローに入ってくれる。
最初はそうでもなかったんだけど…でも内心ではそう思って出た言葉なのかもしれない。今はそう思うことにしてしまう。
「冗談。冗談だって。ミキが他の人を疑いたくなかったってのも分かるよ。むしろそれが強過ぎるぐらいだね。うん。ミキは人の皮を被った仏だ!」
さっきまでのが嘘のようにけろっと立ち上がると、今度は誉めそやしてきた。
「仏なんて言い過ぎですよ…。」
ほんとに全くもって筋違いだ。今日でだいぶ自分を信用できなくなった。路地裏でのこともあるし、俺は本当に人間としての良心を持ち合わせているのだろうか…。
「そのくらいにしてそろそろ行くぞ。リゼ達が危ないかもしれん。」
「え?そんなに切羽詰まってんの?」
「見た限りじゃ一触即発のムードだったな。」
「むぅー。それなら早く言ってよ。」
ポチが難しい声を上げるとアリスも少しだけ焦ったように返事をする。
ティアが危険な目に遭っている。そう言葉から理解すると俺も少なからず動揺した。
一番最初にティアの身を案じてしまい、申し訳ない気持ちになる。
リゼ先輩も大事だ。心配してる。けど、どうしても優先順位はつけてしまった……違う。
俺はリゼ先輩のことを度外視していた。ティアのことを案じるだけで手一杯だったのだ。
順位なんて最初からなかった。だって、心配してたのは一人しかいないから。
でも、仕方ないじゃないか。人一人が考えられることなんて、実行できることなんて限られてる。
どうしても切り捨てなければならないものが必ずある…
そうじゃないだろ!
心の中で叱咤する。これは俺の悪い癖だ。天性だ。すぐに逃避する。自分のせいじゃないと考え込む。
「俺って…最低だ。」
声に出して気付く。そう、俺は最低の屑野郎だ。
俺はカズミから私達は家族だったと告げられた。
そんなのありえない。俺にはそんな記憶ないし、シズネはガウスの妹じゃないか。
しかし、思い出された断片的な記憶は確かにカズミが言うことと一致した。
俺は家族なんて大事なものを忘れ去っていたのか?
俺はあの夜以降、カズミにそのことについて深く聞くことも、シズネと面と向かって話し合うこともしなかった。
きっと忘れていたことを認めたくなかったのだ。
家族を忘却したことさえも忘却してしまおうと、なかったことにしてしまおうとしていた。
「そうかもね。けど、今一歩前に踏み出せた。今は一人しか守ることができなくてもその意志さえあればいつか他の人も守れるようになるよ。お父さんみたいに。」
そのカズミの言葉が脳で理解できるまでにかなり時間を要した。
一つは、出し抜けな発言であったから。
一つは、お父さんってどっちだろう。
もう一つは、やっぱり心の中読めるんじゃないか…。
最後の答えだけはカズミの笑顔で返ってきた。
公園の遊歩道から外れて森林の奥へと進んで行く。
遊歩道から離れるに従って、草木の伸びもより大きくなっている。
あまり歩くには向かないのでそうそう人は来ないだろう。
そんなところに学生二人、ティア達も含めれば四人がいるらしい。
ティア達がそこにいる理由は猫探しのためだろうが、よくこんなところにあるのを見つけられたものだと感心する。
他の学生は、先程住宅街の路地裏で会った二人らしい。
奇しくも人目のつかない場所でよく合うが、それが逆に必然性を醸し出している。
成績評価の一環のクエスト。その内容は、誰でも受諾できて早い者勝ちというものだ。
それ故の今回。自作したクエスト依頼を自分達でクリアするために猫を人目のつかない場所に置き、見つかってもクエストを達成できないように猫に偽装工作まで施した。
それがアリス先輩が至った答えだった。
「そろそろだ。」
先頭を行くポチが告げる。
果たして結果はどうなのか。木々の隙間が少し広い場所に出る。
あれ?どこにもいなくないか?
と思ったところで、パチンと気持ちいい音が右耳に響く。
俺叩かれた!?と錯覚する程、聞く分にはいいが喰らう方は痛いなあと感じる音だった。
自然と顔は音のした方向に向く。
そこには見慣れた制服の二人の女子と見慣れない制服の二人の男子、あと子供が三人いた。
七人の中で、一際目立つライトグリーンの髪の女の子は間違いなくティアだ。
座り込んでいるが、怪我でもしたのだろうか。慌てて駆け出す。
「ティア、だい…」
「うおおぉぉ!」
中々の雄叫びだ。見れば図体のでかい男の方が木刀を持って俺と同じ場所を目指していた。それはもちろんティアだ。
その光景を見る限り俺が考えられることは一つしかない。
手を差し伸ばすのは恥ずかしく、木刀をティアの前に差し出してティアを助け起こす……まずあり得ない。というかそんなことになったら余計に腹が立つ。
なんでだろう?きっと生来的にあいつのことを受け付けないからだ、そう言うことにしておく。
何はともあれ、彼が打ち下ろそうとしているだろう木刀を止めなければいけない。
どうする?格好良く白羽取り?片手で受け止める?そんなことしたら間違いなく俺の体が不自由なことになる。
だから当然やることは一つしかなかった。
「や…めろ!」
「うぐぉ!?」
ティアの元に駆けていた足を男に向け直して、そのままタックル。
誰も傷つかず一番成功しやすい方法。それにいきなりのことでこれ以外しようもなかった。
歴戦の勇者や白馬の王子のような颯爽さは微塵もなくタックルされた男と一緒になって地面を転がる。
いや、特にかっこよく決めたかったわけではないけど…って言ったらやっぱり嘘になるかな…。
そりゃあかっこよく物事決めれるならそれに越したことはない。
でも、間に合ってよかった…。心の底から安堵する。もしティアが滅多打ちにされていたら俺はどうしていただろうか。考えただけでも背筋が凍る。
俺はすぐに立ち上がり、ティアの元へと駆け寄る。
「大丈夫?」
「え…う、うん平気。」
予想だにしない俺の乱入に少し驚いているようだ。後、少し目が赤い?あの男に泣かされたのか?
「立てる?」
「ちょっとお腹が痛いけど…。」
「少し休んだ方がいいかもね。」
横腹を抑えながら立ち上がろうとするティアを支える。
突き倒した男の追撃も怖い。できるだけ離れた場所に連れて行かなければ。
「いてて。誰だ邪魔しやがったのは。」
頭を打ったのか、痛そうに抑えながら男も遅まきながら立ち上がる。
やばい。ティアに肩を貸していて今は何もできない。
やられるかと思ったが、すかさずもう一人の男子生徒が駆け寄ってくる。
「おいおい。やり過ぎだってゴリ。」
「うるせぇ、ゴリって呼ぶな。それにおめぇはもういいのかとか言ってただろ?やっぱまだダメだ。」
「あれは皮肉っていうんだよ。お前にしてはすぐ身を引こうとしてたからな。猫はこの通り確保できたんだ。ここは引こう。」
「チッ。わぁったよ。」
案外大人しく引き下がる大柄の男を見て呆気に取られる。
もう一人の男子生徒は彼よりも冷静で行き過ぎた相棒の歯止めをかける役割のようだ。
それにしても潔すぎる。二人は昵懇の仲なのだろうか。
「お前さっきもいたな。次、会った時は覚えてろよ。」
けっ。と吐き捨ててさっさと去って行く。
あからさまな捨て台詞だよ…。やだなぁ…絶対会いたくない。
でもとりあえず、冷静な男のおかげで一難は去った。手近な木の側にティアを座らせて楽にさせる。
「ありがとうございます。」
「礼はポチに言って。それより、遅くなってごめん。」
本当だったら、ここに来てすらいなかったわけだからポチには俺からも後で礼を言わなければいけない。
「どうして謝るんですか?」
「助けに入るのが遅くて怪我させちゃっただろ?」
「これは、ミキのせいじゃないです。」
「そう言ってもらえると助かるけど。」
「私の方こそごめんなさい。服汚れちゃいましたね。」
「こ、これは俺が悪いんだよ。思いっきり体当たりしたから俺もつい転んじゃって…」
「ミキ、格好良かったです。」
面と向かってそう言われると恥ずかしくなる。結局のところ無様に転んだわけだし…。
「そ、そうだ。皆は大丈夫かな?」
気恥ずかしくなって皆の様子を見ようと立ち上がろうとするとティアに手首を掴まれた。
「ミキ。」
「ど、ど、どうしたの?」
変に上擦った声が出る。
「どこにも……行かないでください。」
「え?わ、分かった。ここにいるよ。」
さっきよりもだいぶか細くなってしまったティアの声は、しかし何とか耳に伝わってきた。
俺の手首を掴んでいたティアはそのまま両手で俺の片手を包むとそっと自身の胸元まで引き寄せる。
「私を、一人にしないで……。」
何か呟いたようにも感じたが、顔は伏せられていて見えないし、声も届いてはこなかった。
だからお腹が痛いのかと思った。目元赤かったし?きっと痛くて泣いたんだ。そう思うとなんだかやるせない気持ちになる。
やっぱり家族が傷つくのはいやだな…。家族以外でも人が傷つくのは見たくないけど…エルフも人だよ?
誰に告げるでもなくそう心の中で呟いた。
傍から一部始終を見ていたアリスは、事の終わりを迎えるとティアをミキに任せて相棒のところまで駆け寄る。
三人いた子供達はポチとカズミに任せればなんとかしてくれるだろう。
「ずいぶんとやられてたみたいだけど、どうしちゃったのさリゼ?」
「ごめんなさい。私のせいで。ごめんなさい。」
「おーい。大丈夫ー?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
頭を抱えてしゃがみ込んで、お経のように謝罪を繰り返す我が相棒の両肩を掴むと大きく揺する。
「うわー。地震だー!これは大きいぞ!」
「きゃあああ。…ってあれ?」
大きな叫び声とともにようやくどこかの淵から回帰してきたリゼはまさしく死後を体験してきたかのようにガクガクと震えていた。
「あ、アリ、アリ、アリ…ス。」
「いや、そこはちゃんと言ってよ…。」
「アリス!ティアちゃんがティアちゃんが…私のせいで…。」
「おうおう。どうしたんだい?」
泣きべそかきながら抱きついてきた相棒を宥める。
「私のせいで…ポコポコに…されて…。」
「ぽ、ポコポコにされちゃったのかー…。」
しゃくり上げながら言うリゼはなんともおかしな発言をするので、本人は本気なんだろうが、こっちはおかしさを堪えるので精一杯だ。
「そ…それで…それで…うわぁぁん。」
その先を勝手に妄想しているんだろうか。現実を一切見ようとせず、ひたすら私の胸の中で泣き続ける。
「あはは…まったくリゼは…。」
相変わらずの間抜けっぷりをどうするべきか悩む。
リゼは意外と抜けてるところあるからな〜よく考えず行動するし。きっと今回もそれで痛い目みたのかな。
結局、私はいつも通りからかうことに決めた。
「うん。あの男酷い奴だった。倒して、転ばして、挙げ句走り去るんだもん。」
「うぅ…ティアちゃんを滅多打ちに倒した後…ひぐ…転ばしたまま引きずり回した?う、うぅ…もう…やだよ…許してぇ…ひぐ…。」
ミキが倒して、酷い男を転ばして、結局酷い男は走り去った。少し主語が抜けただけだがめでたく脳内変換されたらしい。
「うんうん私は許してあげる。」
「ありがとう…アリスぅ…ありがとぉ…。」
「けどね…。」
「うぐ…け、けど…?」
「ティアちゃんは許してくれないみたい。ほらリゼの後ろからこっちを見て…」
「いやあああ。許して!許して!なんでもします。なんでもしますから。もう許してください……!」
うぅぅ。と一向に離れなくなってしまったリゼは固く目を閉じたままだ。
やりすぎちゃったかな…。
「冗談だよ、リゼ。ほらあっち見て?ティアちゃんいるでしょ?」
「いや!もういや!私なんでもするから!お願いだから成仏して!」
これはやりすぎたな〜。まぁ時間が経てば少しは落ち着くでしょ。
その間もうちょっとだけ胸を貸してあげよう。
その代わりつけだぞ?と心の中で念押ししておく。
さてカズミちゃん達はどうしてるか…。
見てみるとそこはこことは違い天国だった。
ポチが本来の姿。最期を迎えた時と同じ、ちっちゃな柴犬に戻って子供達と戯れていた。
目移りの激しい子供の弱点を的確に突いたポチは子供達の評価をガン上げしている。
あの裏には計算高い意図があることを知ってしまった今では、ポチを可愛がりたいとはあまり思わなくなったが、今日も私を助けてくれたことには心から感謝する。
「ありがと…これからもよろしく。」
「(ああ。お前が死ぬまでは…な。)」
ポチの声が心に響き渡った。




