13話 心情
バルム国の首都である、セントペルムの街は国の中心にあることで、流通の要でもある。
普通、首都が交易の場と同じになる事は避けた方がいいものである。
国の中枢となる政府が置かれている都市が首都であり、外界との接触を行い、交易を行うことを貿易と呼ぶ。それら異なる二つの属性を同所で行おうとすれば、政府を崩そうとする輩、特に外国からの間諜や武力介入を容易に許してしまうからだ。
それにも関わらず、政治と貿易を同じく行っている理由は無論、地理的にみて国の中心だからだ。
政治面においても、交易の面においても国の端よりも中心から周囲に拡散することができた方が良いのは一緒だ。
あとは、それを可能にした理由だが、一つには巨大な街を囲む長大な壁だ。外界との出入りを数カ所で制限し、監視することで不穏分子を取り込まないようにすること。もう一つは、怪物という人類に対する絶対的な敵がいることである。
共通の敵がいるというのは、それだけで協力関係を保つに足るものだ。特に国と国の間では、この怪物が多く出現し、国内でも、街と街の間には怪物が出現する。
怪物の正体は精霊であることが広く知られているが、なぜ怪物が出現するのかは分かっていない。
奇しくもその敵のおかげで国同士で共通の敵を作り、長年に渡り国家間の戦争を避けてきた。
そういった経緯があるため、少々の警備を行うだけで安全面を確保し、地理的利益も確保する政治と貿易を同時に行う都市が築かれた。
そしてその二大事業を行うセントペルムは、国一番の巨大さで世界にも指折りの首都である。
街は大きく四分割され、北が政治区、南が商業区、東は住宅区、西が森林区となっている。
無論、完全に区分統一されているわけではなく、東には住居だけでなく商業施設も複数あるし、西の森林区にも住宅などはある。
また、東西には二大学校が存在する。東には憲兵学校が、西には修練学校があり、一方は住民に威厳を見せながら、住民と治安を守る為に切磋琢磨する学校、もう一方は、自然に囲まれて、精霊との交感に励む学校である。
今、ティアとリゼはその西の森林区にある公園に立ち寄っていた。二人とも舗装された道の脇に設置されたベンチに腰を腰を下ろしている。
先程まで猫探しのために聞き込みをしていたが、今は休憩を取っているところだ。
リゼは空を見上げてぼんやりとしている。
そんな先輩を前に逡巡してから話を切り出す。
「先輩達はどうして…その…私を選んだんですか?」
言った後に曖昧過ぎたと気付いた。これでは、いつの何の話か全く分からない。
「え、えっと…そうじゃなくて、どうして私達を選んだんですか?…ってあれ??」
「エルフ、だからかな」
「…」
慌てて補足しようとして反って、頭の中が混乱して伝えたいことが伝えられなかったが、リゼは核心を正確についてくる。
この四人、三十二班のメンバーで唯一私だけがエルフ。
一般的に人間からは嫌われる存在。
そして、私達の村はそんな偏見を持たない人々の集まりだった。
そんな場所で育ったわりには、幼い頃から父とこの街に何度も来ていたせいか、エルフを異質として見る人々の目には慣れているし、気にはしていない。
だが、周りは違う。エルフと接するようなことは極力しない。
学校でもエルフと人間が関わり合っているのは、私とミキ、シズネとガウスくらいのもので、そんなことは普通はあり得ない。
だからこそ、そんなエルフを選んだ理由が分からなかった。
「狡い話をしちゃうとね、後輩のあなた達の成績が良いと指導している側も上手くやっているっていうことで私達の成績アップにも繋がるの。精霊に使い慣れているエルフは人間の生徒よりも成績が良い、かと言ってエルフ二人に私達人間二人が指導に就くのも慮られる。だからミキ君とコンビを組んでて、指導がやりやすくかつ成績がよくなりそうなあなたを選んだの」
ごめんね。と最後に謝ってくるリゼに首を振る。
「ありがとうございます」
聞いておいて何だが、わざわざ私に本音を言う必要はなかった。
都合を合わせて口八丁に言い包めれば、自分を狡猾だと卑下することも謝る必要もなかった。
「もし困ったことがあったら気軽に言ってね。全力で助けるから。あ、それとさっきは区別する為にエルフと人間って分けて言ったけどエルフも人間だと私は思ってるから。」
そう、裏表のない笑顔で言ってくれる先輩に胸の奥が温かくなるのを感じる。
周囲の冷たい目は、もう慣れた。我慢できる。だが、決してしてほしい訳ではないのだ。
昔、彼の両の目に私がどう映っているのか不安で嫌で、逃げ出したくなってしまったように。
しかし、彼の目はしかと私を映し、逸らすことも、軽蔑することもなく、私を一人の人間として見てくれた。
それがとても嬉しくて、ホッとして、不安だった心が和らいで、ついには涙を流してしまった。
「だからね」
とリゼが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「何か不安なことがあったら、何でも相談してくれていいんだよ?」
「どうしてですか…?」
「ん?」
どうして私が不安に思っていることを分かってしまったのだろうか。
誰にも気付かれないように、そっと胸の内に秘めていたはずなのに。
考えまいとして、だから余計に考えてしまう。
どうしようもない心配性なのかもしれない。
「どうして分かったんですか?」
「それは…見るからに不安ー!って顔してるから。」
か細く震える私の声に、先輩ははっきりと穏やかに返してくる。
そんな先輩の優しさのせいで、抑えていた不安が解けてしまう。
一週間程前のことだ。サバイバルゲーム初日、その夜半。カズミとミキが部屋を出て行くのに気が付いた。
気になって後を追い、屋上へと出て行った二人を扉の内から見やり、聞き耳を立てていた。
普通だったら聞こえない距離の言葉が、エルフであるが故に常人とは異なる聴覚で聞き取ってしまったのはカズミの声だった。
曰く、シズネはミキの家族であり、私達は家族なのだと。
それだけで足下が揺らいだ。その事実だけが私を縛り、他の話し声は一切聞き取れなかった。
喉が詰まって息ができない。頭がくらくらする。さながら世界全体が揺れているかのように感じた。
数十秒以上かけてようやく息を整えて、脳に必死に酸素を送ろうとも目眩いは消えなかった。
今まで不安に思っていたこと。それはミキが私の前からいなくなってしまうんじゃないかと言うことだった。
昔、父と散歩に行った森の空き地。そこでうずくまっていた少年に私は声を掛けた。
異国語を話す彼は、何が起きたかは語らず、ただ家族を失くしたと言った。
身寄りもないと言った彼を父は一時的に引き取ったが、小さな村落に孤児院のようなものがあるわけもなく、父がこの街の孤児院に掛け合っている間、私は彼と仲良くなった。
私から積極的に仲良くなった。初めての友達で、なのに人間で、エルフと人間が共存している村では何も可笑しくはないその光景だが、セントペルムの街の人々を知っていた私にとってはちょっと勇気のいることだった。
彼は異国の人。まだ見ぬ世界のどこからか来た人で、もしかするとエルフと敵対している国から来たのかもしれない。その逆もあり得るかもしれない。
拒絶されるのかもしれないし、友好に接してくれるのかもしれない。
そんな彼と関わるのは不安も多かったが、私はただ嬉しかった。同年の遊び相手ができたことに。
父は一人娘の私を溺愛していた。私も父親に大事にされて嬉しくはあったが、父はあまりにも過保護だった。外で遊ぶときは父が必ず一緒で、村の子供とは容易に遊ぶことはなく、かと言って父も村の長であるだけには忙しく、私は家に居るだけのことが多かった。
そんな折、訪れた天啓とも言うべき彼の存在は私にとって大きいものとなったし、今となってはこの世界で、私を知り、受け入れてくれる数少ない内の一人である。
そう、そんな彼だからこそ、彼までが消えてしまうかもしれないという恐怖で私の足場が崩れてしまった。
あの時、ミキを孤児院に連れいてこうとする父に泣いて縋ったように。
ミキにもいつからか縋っていた私が、彼が私ではなく本当の家族の元へ戻って行ってしまうのではないかと、一人で立っていられなくなってしまったように。
「なんだそんなことか」
話を聞き終えたリゼはそうあっけらかんと言い放つ。
「そんな、こと…?」
話している間に再び考え込んでしまって目尻に涙を浮かべたティアの顔を拭ってリゼが続ける。
「うん。そんなこと。ティアちゃんは心配性なんだね」
「人は悪いことばかりに目が行っちゃいがちだけど、良いことも悪いことも同じくらいあるものだよ。ティアちゃんにとって一番良かったことはミキ君に会えたことで、どんな悪いことにもそれは負けないぐらい良かったことなんだよ」
あれ?それだとこれからもっと悪いことが起きるってことになるのかな?と自問自答する先輩の言葉の真意を私はまだ理解できなかった。
しかし、そんな私を置いてリゼは立ち上がる。
「よし、休憩おしまい。さっき子供達が猫の話してたよ。聞いてみよ?」
「…はい」
私の相談にのりながら、耳聡くそんなことも聞いていたらしい。
まだ理解はできないが、誰かに話したことで心持ち気分が解放された気がする。もう一度自分で涙を拭ってから、先輩を追うように立ち上がる。
リゼの言っていた子供はすぐ近くで遊んでいた人間の男の子二人とその女の子一人の三人だった。
声を掛けると一人の男の子が自慢げに言う。
「あっちの茂みの中にいるんだ。俺が見つけたんだぜ」
「おい、秘密にするって約束しただろ?」
「そうだよ。何で言っちゃうの?」
「だ、大丈夫だよ。お姉ちゃん達、誰にも言ったりしないよな?」
誰かに自慢したかったらしい少年は、すかさず二人から指摘されて確認を取ってくる。
「うん。誰にも言わない。でも、その子猫に飼い主がいたら家に帰してあげないとダメだよ?」
あれ、野良猫でもやっぱり自由にさせてあげないと…でも子猫っていうし一人で大丈夫かな?待って、もしかしたら親猫がいるのかも…それだったらやっぱり自由にしてあげないと…。
リゼが一人でぶつぶつ呟いていると乳歯の歯抜けが前歯に一本ある少年は笑顔で言う。
「それなら問題ないよ。首輪もつけてないし、もう五日ぐらいいる猫だもん」
「だからあんまり言うなよな」
「いいじゃん。秘密にしてくれるって言ったんだし」
「そういうことじゃないだろう?」
「じゃあどういうことなんだよ」
ついに言い争いを始めてしまった男の子二人を置いて順応の速い女の子はこちらに歩み寄ってくる。
「お姉ちゃん達、猫見てみたいの?」
「うん。私達、行方不明になった猫ちゃん探してるんだ」
「ふうん。…そっちのお姉さんの?」
そう女の子は言って、ティアを指差す。
「え?えっと…」
私がどうしたんだろう?エルフだってことに嫌悪してるのかな…?
急に指名されて戸惑うティアの顔を見て、先に解に至ったリゼは首を振る。
「違うよ。他の飼い主の依頼なの。」
「じゃあ、そっちのお姉さんは見つからなくて泣いてるんだね。こっちに来て、猫ちゃんみたらきっと元気になるよ!」
そう言うと、お互いの顔を引っぱり合っている男の子達を置いて、近くの茂みの中に入っていく。それにつられるがまま少女の後を追う。
「お、おい待てよ。」
置いていかれたことに気付いた男の子二人も急いで追いかけてくる。
「あれ?」
女の子を先頭に草木を掻き分けていき、茂みを出たところで不意に女の子が止まる。
立ち止まり、首を傾げる女の子の先には、木の皮が格子状に編まれた籠にいくつか重石が載せられた物がぽつんと置かれていた。そして、その中には白い子猫が一匹はいっている。
しかし、女の子の発した言葉はその猫にも、猫が置かれている状況に対してのものでもない。
その周りを囲うようにして立っていた。男二人にだった。
筋肉質で大柄な男とそれに比べれば見劣りする男の二人とこちらがお互いに視認して一瞬、ごつい男の右手がポケットに突っ込んだ物をリゼは見逃さなかった。
「あなた達、ここで何をしているの?」
先にリゼが問いかける。
「何もやましいことはしちゃいねぇよ。ただ、俺らの猫を回収しに来ただけだ。」
答えたのはごつい男だけで、もう一人は何事もなかったようにせっせと重石を降ろしている。
「あなた達の?」
「そうだ俺たちのだ。用が済んだならどっかいきやがれ。」
毅然とした態度の男にどう応じるべきか考えていると、追いついて来た男の子の内、歯抜けの少年が割って入る。
「何言ってんだよ。それは俺が見つけたんだぞ!」
「見つけたのかどうかは知らないけど、この猫は私達のものなので持っていきますよ。」
籠から子猫を取り出したもう一人の男が脇に猫を抱えてそのまま持ち去ろうとする。
「ま、待てよ!」
「うるせぇガキだな!」
自分の倍以上は大きい相手に男の子が果敢に挑むが簡単に払い飛ばされてしまう。
「どこに持っていくつもりだよ!それは俺たちのだぞ!」
尻餅をついた男の子は、しかし諦めずに背を向けて去ろうとする男の服を掴んで引き留める。
「めんどくせぇなっ…!」
さっきよりも軽い振り払いに、よろめくだけで留まった男の子だが、それで終わりではなかった。
一回目よりも弱く押し離したごつい男は、決して子供相手だから手を抜いた訳ではない。
程よい距離を置いた男は躊躇いもなくゆっくりと半身を右に捻ると、捻転力を乗せた右足を調度良い高さにある男の子の左側頭部めがけて振り抜く。
「…っ!」
鈍い音と共に苦痛が漏れる。
「ティアちゃん!」
「お姉…さん?」
心配そうに声を上げるリゼと男の子に何とか笑顔を向ける。
「けほけほ…私は大丈夫。君こそ怪我はない?」
「お姉さんが守ってくれたから俺は大丈夫…」
「よかった…」
なんとか間に合った…。心の底から安堵する。自分の身を盾にして男の子助けたことで右のお腹を強打したが男の子に直撃が入るよりはずっとましだ。
「危ないから下がっててね」
痛みが酷く、まだ立ち上がれないが、男の子だけは退避するように抱きしめていた腕から解放する。
そんな二人を置いて男達はすぐに背を向ける。
「ふぅ。これでちょっとはスッキリしたぜ。行くか」
「もういいのかい?」
「ああ十分とは言い難いがこの辺にしとかねぇと面倒くせぇからな」
「意外と物分かりいいね」
「うっせぇ。お前ちぃっとばかし俺を過小評価してるだろ」
「さあ。ちょっとかどうかは受け取り次第かな」
「過小評価してることは認めるんだなおめぇ…もういいから行くぞ」
「…待ちなさい!」
大人しく聞いていればこの二人、ティアちゃんを使って憂さ晴らししたですって?絶対に許さない!
リゼの心の中で火花が一つ弾けると同時に制止の言葉で振り向いたごつい男の頬に一発炸裂させる。
パチンと頬を打つ気持ちの良い音が鳴る。
男とは距離があるため実際に男にビンタした訳ではなく、風精霊に簡易的な風の膜を作らせてそれを思い切り破裂させただけなのだが、頬近くで破裂させたことでその衝撃は中々のものだった。
何が起きたのか分からない男はしばらく呆然としていたがすぐに顔を怒りに染める。
「この女、ふざけたことしやがって!」
どんな原理で何をされたのかは分からないが、これだけは男にも分かった。精霊を使ったのだと。
この街に住む大半の人は精霊を扱えないが、その存在は知っているし、直接的でないにしろ生活の役にも立っている。
そんなことは今はどうでもいい。何をどう使ったのかは関係ない。つまるところ仕返しをされたのだ。あの女に。
そうと分かっただけで怒りの沸点は極限に達した。
相棒に持たせておいた木刀をふんだくり、そのまま八つ裂きにしてやろうと駆ける。
その対象はリゼ…ではなくティアだった。
「どうして!?」
驚いたのはリゼだった。当然、仕返しをするならその人につまり反撃した私自身にさらなる報復をするとばかり思っていたからだ。
だが、実際は違った。一気に怒りの頂点まで昇った男はとにかく誰かに八つ当たりしたかったのだ。
そして、標的となったのはリゼよりも近くに、未だ腹部の痛みが癒えずにうずくまっているティアだった。
一瞬、驚愕に見舞われたリゼはそれだけで行動する機会を失ってしまった。
どうしよう。どうしよう。精霊を呼び出せばいいかな?でもそんなんじゃ絶対間に合わないよ!そ、そっか!さっきみたいに自然精霊に思念で伝えればいいんだ…って考えてる間にもう振り下ろそうとしてるぅぅ!
何もすることができず、この後起こるであろう容赦のない打撃の嵐にティアちゃんが曝されることから目を背ける。
もうダメだよ。ごめんねティアちゃん、私が不甲斐ないばっかりに…。そう言えば、相談に乗るとか言っときながら何も助言することなく勝手に話終わらせちゃってたよね、ごめんね…。私、話したいことをまとめずに言っちゃうからいつもこうなんだよぉ…。あの時もティアちゃんのお話聞きながら、猫のお話も耳に入って来ちゃってどうしようもなかったの許してぇ……。
半ば懺悔になってしまった思考の中で、ドスッと鈍い音が二、三と続けて鳴り響く。
ついに忌避していた鈍い音が脳に伝ってくる。
う、うそ。こんなのうそだよ。どうしてこんなことになるの?もうやめて!
永遠の時間が流れたように感じた一瞬の出来事が起きた後、不意に聞こえなくなった打撃音の源に目を向けることができず、身を震わせることしかできなかった。




