10話 先輩
シズネとは屋上での一件以来、特に口を聞くこともなく週末の金曜日となった。
慣れてきた学校のカリキュラムに従い、これから戦闘訓練の授業だ。
授業初日はガウス達とだけ勝負をしたが、次の日からは別のペア、そして次の日は別のペアと一日ずつ手合いを変えて尻尾の取り合いをした。
そのおかげで、班の半分のペアは把握することが出来た上、そこそこ話せる相手もできた。
「ねぇ、イグナス君。今日は誰と勝負するの?」
運動場まで移動する道中、今まで通りの面子、俺、ティア、カズミ、ガウス、シズネの五人に新しく一人、大人しめの男の子が加わっていた。もちろんエルフだ。
「それよかお前、ペアはどうしたんだよ?」
俺ではなくガウスが質問を返す。
「ちょっと用事があるんだって。それにガウス君はあの人が居ると僕を避けちゃうだろ?」
「あいつは苦手なんだよ。」
「それにしても酷いよ。それだけで旧知の友を容易く見放しちゃうんだから。」
聞いた話では彼、アルト・ラングとガウス達は親同士が知り合いらしく、その影響で子供の頃もよく一緒に遊んでいたらしい。
「うっ…お、俺だけじゃなくシズネもだろ。」
「お兄ちゃんと一緒にしないでよね。」
「そうだよ。し、シズネさんはよく話しかけて来てくれて、その…嬉しかったというかなんと言うか…。」
徐々に声量が下がっていき、ごにょごにょと口ごもるアルトの顔は少し赤い。
「お前いつの間に…。」
「暇があれば会ってたわよ。」
「…。」
しばらく言い訳しようと考え込んでいたガウスも肩を下げる。
返す言葉もないガウスに助け舟を出した訳ではないが先程の質問に答える。
「まだ特に決まってないけど、噂の土属性の精霊を扱える相手とは一回戦ってみたいかな。」
「あぁ、たしかウェスト家のお嬢さんだろ?」
「珍しい土属性の精霊を扱える家系なんだよね。」
精霊の属性には火、水、風の三つの基本属性と特殊な属性が一つある。それが土だ。
精霊は各属性に類する状況下に存在する。火属性の精霊なら火のあるところもしくは熱のあるところ。水属性の精霊なら水のあるところに風属性の精霊なら大気中といったところだ。
土属性の精霊もそれは例外ではなく大雑把に言えば土のあるところにいる。
それではどうして土属性を扱える者が少ないかというと、コミュニケーションが取りにくいという至極簡単な理由だ。
話し合いながら運動場に到着すると、すでに多くの生徒が来ており、その他の生徒もまばらに集まって来ていた。
これまで通り、レイニル先生が待機している場所へと向かう。
「あの方たちは誰なんでしょう?」
ティアが視線を運動場の中央に向けて首を傾げる。それにつられて俺も視線を向けると、そこには五十人近くの生徒が集まり、教師の指示を受けていた。
「ほんとだ。見たことない人たちだね。」
「あれ、二年生じゃないか?」
アルトとガウスも人集りに目を向ける。
言われてみれば、集合している生徒の顔はまったく覚えがない。
「そう言えば二年生の人達と会うことほとんどないよね?」
「まぁ、寮も校舎も別々に造ってあるからな。」
シズネからの問いにはガウスが答える。
「それでも校内ですれ違うこともないんなんて、どうして?」
「それは…。」
妹の質問に答えられないガウスを余所に会話を続ける。
「でもどうして今日は運動場にいるんだろうな。」
見れば彼らも同じ戦闘服に着替えている。
「単純に授業が延長しているだけじゃないの?」
「やっぱりそうなのかな。」
カズミの言葉に首肯しつつ、違和感は拭いきれない。
その理由は、皆一様に汗をかいていないからだ。どんな授業内容かにもよるが、汗もかかず、服も汚れていない状況を見ると、どうも授業が終わったばかりとは考えられない。それに…
「お昼ご飯の時間を潰してまでやることはないんじゃないかな。」
俺と同じことを考えていたらしいアルトが否定する。
「あ、そっか。じゃああの人達もこれから授業?」
「もしかしたら今日は合同なのかも。」
「それはそれでおもしろいかもしれないな。」
「でもそうだとしたらサバイバルゲームは絶対に勝ち目ないね。」
あはは。と笑うアルトに俺は苦笑いを浮かべる。
ただでさえ同学年を相手にするのでも手一杯なこの状況で二年生と勝負したら一瞬で負けてしまう未来しか見えない。
そんな取り留めのない話しをしながらレイニル先生の近くに集まり、しばし。校舎の本棟に付けられた鐘が授業の始まりを告げる。
「それじゃあ僕はペアのところに戻るよ。」
「ああ。」
「あいつが来る前に早く行ってこい。」
「ガウス君は酷いなぁ。」
そう言い残すと足早に駆けていく。
すぐに教師からも合図がかかり、各教師が担当する生徒達が各々の場所に集合する。
「今日が外での訓練は一時終わり、体育館を使っている人達と交代になります。集合場所を間違えないでください。それでは今日もサバイバルゲームをやっていきますが、今日の相手は二年生となります。」
その言葉に生徒もざわつき始める。想定していたこととはいえ、背筋に緊張が走る。
「落ち着いてください。相手といっても先輩から手解きをしてもらいます。これからは一年生のペアと二年生のペアのフォーマンセルで授業を行っていきます。細かいことは先輩に直接聞いてください。」
「先生、ペアの組み方は決まっているんですか?」
「そうでした。ペアは先輩方が事前にあなたたちの情報を見て、確かめた上で決めています。…どうやらあちらも終わったようですね。」
運動場中央に陣取っていた二年生が教師の話しを聞き終わり散開していく。
「それでは後は二年生にお任せします。」
そう言い残してレイニル先生は運動場の中央へと向かい、入れ替わりになるようして十六名の二年生がこちらに向かってくる。
「おいおいまじかよ…。」
「どうかしたのか?」
なぜか落胆した様子のガウス。
「どうもこうもないだろ。今、先生なんて言ったよ?」
「あとは二年生に任せるって…。」
「違う、そこじゃない。」
「?」
ガウスの言わんとしていることが掴めず首を傾げる。
「二年生とペアを組むんだよな?」
「ああ…。」
「ペアは誰が決めるって?」
「…。」
そこまで言われてようやく得心に至る。ペアを決めるのは先輩達。残念ながら俺たちが決めることはできない。もし知り合いがいても組むことが出来ないのだ。
しかし、またしても疑問にぶち当たる。お互い知り合いなら先輩の方から指名してくる可能性があるはずだ。だとすると、こちらから一方的に組みたいということになる。
恐ろしく剣術に秀でていて、その人から学びたいということや人当たりが良く、教え上手な人が良いとかその他諸々な理由で教えを乞いたい人物がいるのかもしれない。
そして、付き合って日の浅い友人だが、今何を思っているかは分かった。
「男先輩がペアになるかもってことか?」
「そう!それだよ!!」
真実を知り、溜め息を漏らす俺とは反対にガウスの舌に拍車がかかる。
「せっかく先輩から手取り足取り色んなことを教えてもらえるんだぞ?それがもし男先輩になってみろ!?アッー!!俺にはそんな趣味ないからな!」
「ま、まぁ落ち着けって。」
饒舌になり始めたガウスを宥めようとするが、一向に止まる気配がない。
「」
まずいな…。ガウスは一度興奮するとどんどんヒートアップしていくタイプだからな。
今の俺にとってはまったく問題ないのだが、ガウス自身に問題。というか危惧することがある。
それはガウスの後ろに立っている人物だ。こちらを見ながら一切そこを動こうとしていない。
「もっと最悪なのはマッチョ野郎が相手になったときだな。」
そうその人物はまさに筋骨隆々とした人物だ。腕を組んでガウスの背後から見下ろしている。
「なぁガウス。そろそろその話はやめにしないか?」
「いやいやここらが重要なんだよ。」
その通りだ。この先の話によってガウスの運命が決まる。
「マッチョ野郎は身体だけじゃなく頭も筋肉質だからな。一にも二にも筋トレのことしか頭にねぇ。そんな奴に手解きなんて受けた時には…うぅ。身の毛もよだつ話だぜ。」
想像したのか腕を抱き、震える。背後に立っていた大男は薄笑いを浮かべている。
だめだなこりゃ…。ガウスは救いの手を振り払って茨の道を突き進んでしまったらしい。
「そっか。まぁ頑張ってくれよ。」
「おいちょっと待てよまだ話しは…って誰だよ!」
後退りながら離れていく俺に手を伸ばしてくるガウスだったが、後ろから左肩を一握りされたことで振り返る。
「…。」
「またあとでな。」
絶句するガウスを置いて離れる。
飛び火を被ることにはなりたくないからな。仕方ない。
「マッチョ野郎のボルフ・グラードだ。今日からお前を指導してやる、よろしくなガウス・グリッド。」
「ど、どうもグラード先輩。これからよろしくお願いします。」
今まで威勢のよかったガウスは見る影もない。
「そんな硬くならなくていいぞ?なんて言ったって俺たちは志を同じくする筋肉馬鹿なんだからよ。」
「は、はい…ミキ助けてくれ!」
「じゃあな。」
助けを求めるガウスを背に歩き出す。
「この野郎!覚えとけよ!」
がやがやと騒がしい音が耳に入ってくるのを無視して辺りを見回す。すでに周囲は二年生と一年生で混同していた。ガウスと話している間に二年生が合流したようだ。
まずはティアを探す。
「そんなに離れたところにはいないと思うんだが。」
周囲をぐるりと見回すとすぐにライトグリーンの髪を見つけることができた。
エルフが大半を占める俺たちのグループでは黒、赤、緑、青と濃淡のある様々な毛色で彩られている。それに加えて二年生側もエルフの人たちがほとんどなのかここ周辺はとてもカラフルだ。
そんな中でも見慣れた髪の色と容姿からティアだと分かる。
「ティア、ごめん。ガウスと話してて。」
「あ、ミキ。ちょうどよかったです。」
「君がお兄ちゃんだね。私、アリス・エルベルト。そんでこっちがパートナーのリーゼリット・リグニス。リゼでもリリでもリリリって呼んでもいいよ。ちなみに私はアリスちゃん!遠慮はいらないよ?どうせすぐ仲良くなるからね!」
合流するなりいの一番話しかけてきたのは黒髪ショートボブの女の子だった。
「もう、勝手にあだ名作らないでよ!アリちゃん。」
リゼと言われた黒髪が腰近くまで流れる女の子は頬を膨らましている。
「わわわ!今アリって言った!アリって言った!!リスちゃんならまだしもアリなんて…許さない!」
そう言ってパートナーの肩をポカポカ殴る彼女も相方も笑顔で、どうやら本気で怒っている訳ではないようだ。
じゃれ合っていた二人はしばらくすると落ち着き、ひとつ咳払いをする。
「よし。今から勝負しよう!!」
アリス先輩は威勢よく手を挙げた。
俺たちの勝負の場所はいつもと同じく一年生寮の裏手の林の中だ。
アリス先輩とリゼ先輩の装備は直剣と弓。近距離と遠距離の攻撃を気にしないといけない分、少々厄介な相手と言える。
しかし、対策がないわけでもない。幸い今までの戦闘でも弓を使う相手はいたため、勝手も多少分かる。
大抵、弓使いは近接戦闘している仲間の支援ができない。それは味方と敵が混戦しているところに矢を放つのはリスクがあるからだ。
そしてこのゲームの相手に怪我をさせてはいけないという性質上、近距離のアリス先輩だけを狙った二対一が最も危惧すべき展開である。
そうなれば尻尾は当然リゼ先輩が持つことになる。そこに勝ちへの糸口がある。
俺たちの大きなメリットは人数。他のグループには決してない数の多さがある。尻尾持ちに二人、もう一人に一人と割り振れば実力差があれど相手も苦戦するだろう。それに加えて相手は遠距離主体の弓使いときている。さすがの二年生と言えどもこれではひとたまりもないはずだ。
「見つけたよ。」
側にカズミが現出する。
「やっぱりずるい気がするな。」
「そうですね…。」
「ええ。なんだか私が悪いみたいになってる。」
「そ、そんなことないです。私はとても助かってますから。」
一日目、ガウスとの戦闘中にカズミが他の精霊の気配を感じ取れることを知り、それ以降索敵はカズミに任している。
気配といっても相手が精霊を呼び出していなければ場所は分からない。しかし、臨戦中はほとんどが精霊を呼び出している状態なのであまり関係はない。その類に漏れず、俺たちもすでにティアとカズミが精霊を呼び出している。
「それでどんな状況?」
「二人とも一緒にいたよ。リゼさんは風の精霊を呼び出しててアリスさんはまだみたい。尻尾はアリスさんが付けてたかな。」
「そうなのか?」
どうやら当てが外れてしまったようだ。
「俺とカズミでアリス先輩をティアがリゼさんを警戒しつつうまく逃げ切ってくれ。」
尻尾持ちを二人が狙うというスタンスは変えずに尻尾持ちのティアには逃げに専念してもらう。
「それじゃあ行こう。」
敵の現状を把握したところでカズミに先を促すがなぜかこちらを見たまま動こうとしない。
「私には何もなしなの?」
「?」
「だからなでなでしてくれないの?」
「…。」
どうやら戦果に対しての報酬を期待しているようだ。
撫でるぐらいなら別に構わないがそんなにしてほしいものかな。と思いつつカズミの頭を撫でる。
満足したような顔を浮かべているカズミになぜか昔のティアを思い出して、そういうものかなと適当に頭の隅に追いやる。
ようやく動きだしたカズミを先頭に俺とティアが付いていく。
さすがに敵を直接視認しているだけあって、カズミの案内は正確だった。
敵に見つかることなく俺たちの視界にアリス先輩が映る。
アリス先輩の両腕には呼び出した精霊特有のオーラはまだ出ていなかった。
一緒にいるはずのリゼ先輩は見当たらない。もしかしたら隠れて隙を付いてくるのかもしれない。
ティアに注意を促しながらまずは俺が先陣を切る。
出来るだけ死角から迫ったが先方は余裕綽々とこちらを向く。
「やっと来たね後輩君!」
ジャリンと音を立てて剣を引き抜くとそのままこちらに駆け出してくるだけで、なぜか精霊を呼び出そうとはしない。
後方からのカズミの炎の玉が十個、俺を追い抜いて先にアリス先輩に攻撃する。
パチンパチンと剣で火玉を払いながら迫って来た先輩は射程圏内に入った俺をまずはひと薙ぎ。
短刀で受け止めつつ、カズミとアリス先輩の直線上にいないように気をつけながらサイドステップする。
すぐにカズミからの援護の火玉が飛んでくる。
「うっはーすごいねカズミちゃん。そんなに火はいらないよー。」
火玉の多さに感心しながら上手に避けては隙を付いて俺に斬り掛かってくる。
所詮、一発一発は単なる直線を飛ぶ火玉に過ぎず、その弾道にいなければ当たることはない。それに加えてそこら中に木が生えているため弾道も絞られる。
そうであっても玉の多さには圧倒されるはずだが…。
どうやら一年の経験の差が色濃くでているようだ。それこそ精霊がいなくとも軽々と二人相手をできるぐらいには。
どうにか互角には持ち込めているもののこのままでは尻尾を取ることはできそうにない。
ティアに少し手を借りないといけないかと考えたところで、ステップで移動した先、足下から嫌な感触が伝わってくる。
敵と対峙中にも関わらず足元を確認してしまい、想像通りの状態であることに混乱する。
「なんで?」
「やったね。ポチ!」
そんな驚愕に見舞われた俺に容赦なくアリス先輩の刃が閃く。
防御に回した短刀は動揺した俺の手を離れて宙を舞う。
武器を落としてしまったことよりも、なぜ今足下に水溜りに近い泥沼が出来ているかに思考を回す。
最近雨は降っていない。ならばこれは水精霊を持つ者の常套手段だ。一日目のシズネが良い例でその後も水精霊の使い手と言えば泥沼だった。
近くに水がないから他にすることがないというのと不意を突くのには持って来いというのがあり、とても頻繁に用いられる。しかしそれは遭遇したばかりの時だけで戦闘中に泥沼を作られることはない。
戦闘中に精霊に頼んで泥沼を作れば、相手にはそれが筒抜けになってしまい、せっかく労力を削っても罠に嵌まらないからだ。
ならなぜ俺は嵌まってしまったのか。最初から罠が張ってあったからか?そもそもどうして泥沼があるのか。アリス先輩は今も精霊を呼び出していなく、さらにカズミの索敵段階でも精霊を呼び出していなかった。
それよりももっと前から用意していたのだろうか。分からない。必死に考えるがどうしても足下にある水溜りの理由が分からない。
そうこうしている内に戦況はがらりと動いた。
リゼ先輩を警戒していたティアはミキが短刀を失い、身動きが取れなくなっているのを視認するとすぐに標的をアリス先輩に定めた。
そしてそれを図ったかのように一瞬下から風が巻き起こり、刹那、ヒュッっと鋭い音と共に背後を何かが通り過ぎていく。
「ポチ、取りに行って!」
アリス先輩の声と同時にティアの近くの木から野犬、ではなく狼が出現し、鋭い歯をギラギラと輝かしながら迫ってくる様にティアは卒倒しそうになった。




