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第六話 魔女とヴァンパイア⑥

 「嫁入り前の体にヴァンパイアの爪痕なんか! 伊織君に申し訳ないじゃないか!」


 九十九はうんざりした表情で閉口し、その隣で伊織は顔を真っ赤にして狼狽した。


 「はい!? なんで、僕なんですか、八雲様!?」

 「だって、許嫁じゃないか!」

 「その冗談はやめてください、と何度も言ってるじゃないですか!」

 「本気だよ、本気! ね、九十九ちゃん」鼻息荒く興奮した様子で、八雲は九十九の肩に置いた手に力をこめた。「伊織君はまさに理想の許嫁! 代々、天草(ここ)の《デンティスト》の家系で、ご両親もどちらも《デンティスト》だ。神通力も申し分ない。それに、彼のお父さんと私は高校時代は野球部でバッテリーを組んでたんだよ。分かる? 野球のバッテリーってのは……」

 「夫婦同然」


 九十九と伊織が、辟易した様子で口を合わせて言った。


 「ほら! 君たち、息がぴったりじゃないか! 私と伊織君のお父さんと一緒だ!」


 満面の笑みを浮かべて、八雲は九十九と伊織の肩をつかみ、二人を寄り添わせるように近づけた。

 しかし、盛り上がっているのは八雲のみ。当の九十九も伊織もそっぽを向いて黙りこくるだけだった。


 「そら、何百回も同じ話されりゃ、相性ばっちりやなくてもそうなるわ」


 幼い二人の気持ちを代弁するように、そう口を挟んだのはフードマンだった。


 「そうやって、なんでもかんでも一人で突っ走るから、奥さんにも逃げられるんやで、八雲のおっさん」

 「うるさいよ、このはぐれヴァンパイア!」


 びしっとフードマンを指差し、八雲は怒った風でもなくにやりと笑んで言い放った。


 「なんや、その呼び方は?」と、フードマンはムッとして立ち上がる。「別にはぐれてるわけやないわ!」

 「そもそも、君がついていてどうゆことなの!? うちの娘がケガしてるんだけど!?」

 「しゃあないやん。九十九の希望やったんやから。手を出さんように言われてたんや」

 「無視しなさいよ、そんなことは! 君がいるから、僕は安心して娘を連れてきてるんだ。九十九ちゃんに何かあったら、君の責任だからね!」

 「それが《デンティスト》のセリフか」呆れ果てた様子でフードマンは顔を歪めた。「他力本願甚だしいわ」

 「まだ十三歳だよ!?  かわいそうでしょうよ、こんな生傷!」

 「だったら、もう少し鍛えてから現場に連れてきいや。《デンティスト》の習わしだかなんだか知らんけど、十三歳でヴァンパイア退治なんて早すぎんねん!」

 「偉そうに言わないでくれたまえ。君だって、まだ十八だろう。子供じゃないか」

 「俺は人間やない。話が別や」

 「そもそもね、二人とももう十分鍛えてあるんだ。あとは経験だけ!」八雲は自信満々に九十九と伊織の頭に手を置いた。「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」

 「虎穴に入って、虎の威をかう狐になってちゃ意味ないやろ。ヴァンパイアの俺に頼りすぎや」

 「何を言っているのか分からないけれども」さらりとフードマンの嫌味を流し、八雲は再びフードマンを突き刺さん勢いで指差した。「忘れてもらっちゃ困るよ! なんのために僕についたんだい、君は!?」

 「その言葉、そっくりそのまま返ってきますよ」


 思わぬところから水を差されて、八雲は「え」と間の抜けた声を漏らした。


 「どういうこと、九十九ちゃん?」


 目をぱちくりとさせ、八雲はすぐ傍に佇む娘を見下ろす。


 「あの人が私たちについたのは、魔女を守るためです」

 「そうだっけ?」

 「魔女を守る。それが彼の目的であり、私たち《デンティスト》との共通点。だから、彼はこちら側についただけです」


 まだ十三の少女とは思えない冷淡な声色だった。その目はまっすぐに、そして威嚇でもするような鋭さを持って、フードマンを見据えていた。


 「無駄話はもういいですか?」


 ふいっとフードマンから顔を背け、九十九は八雲を見上げた。


 「早く魔女を連れて帰りましょう。《京徒》の使者が魔女を迎えにおいでになるのでしょう」

 「ああ、そうだった」気だるそうにむすっとして、八雲は時計を見やった。「もう家で待ってそうだな。またねちねち嫌味を言われるんだろうな〜。嫌だよ、ほんと」

 「嫌味を言われるようなことをするからいけないのではないですか、お父さん」


 そのときだった。

 八雲が九十九に泣き言を言うより先に、「お父さん」とか細い声が響いた。


 「お父さんは?」


 それまで縮こまっているだけだったえのんが顔を上げ、思い出したように一心不乱に辺りを見回し始めた。


 「お父さんは? お父さんはどこ?」


 その目は痛々しいほどに真っ赤に充血していた。涙はもう枯れてしまったのか、一滴も浮かんではいなかった。


 「フードマン」さっきとは打って変わって、重みのある声で八雲はフードマンに呼びかけた。「あとは任せる」


 フードマンはこくりと頷き、再びしゃがみこむと「魔女はん」とえのんに優しく語りかけた。


 「お父さんは出かけとんねん」

 「出かけてる?」


 えのんは疑うこともまだ知らないような曇りのない瞳でフードマンを見つめた。


 「どこに?」


 フードマンは視線を落とした。しばらく黙りこみ、気遣うような微笑を浮かべると、「遠いところや」と囁くように答えた。

 それを聞き届け、「行くぞ」と八雲は駆け出しの《デンティスト》二人に告げた。くるりと踵を返して部屋をあとにする八雲の大きな背中を、九十九と伊織は目に焼き付けるように見つめ、「はい」と声を合わせて返事をした。

 えのんの父親が旅立った先は、ずっと遠くの誰も知らないようなところだ。今のえのんには理解することもできないだろう。八雲ですら、その実態を知らない。ただ、その存在を信じているだけだ。魂の安まるところ──天国パライソ


 「せめて……」部屋を出る直前、九十九は立ち止まり、ぽつりと唱えた。「せめて、彼女の父親の魂が、彷徨うことなくパライソにたどり着かんことを」

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