〜An Episode〜 7
よろしくお願いします
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ヴァールと龍人の少女をその場でレイラが引き取り、近衛兵のアレキエはオディールのところで手当をしてもらい、その後で事情聴取をすることにした。
「それじゃ、ごめんね。よろしくね」
「うんうん! このリリナに任せておいてよ!」
店の外でレイラが頭を下げる。
レイラの頼みに、リリナが元気良く応じ、まだ発展途上の胸を大きく張る。
ここまで来るのは電車だったのだが、帰りは負傷者が二名いるので、家の使用人に魔車を頼んでいた。
魔車とは、使用者を登録することで使うことができる、悪魔族発祥の物である。
使用者の居場所を感知して、自動で使用車の元に送り迎えに来る機能を持つ。また、地図を所定の位置にセットして目的地を選択することで、その場所に行ってくれるいう機能もある。
最近では、目的地も登録しておくことで、登録しておいた目的地を言葉にするだけでその場所に向かってくれるという機能が主流になりつつある。
レイラの家は、後者の最近の魔車である。
リリナが胸を張って返事をした後で、店からオディールが出てきた。
「こっちの方はリリナの言う通り任せて。そっちもお大事にね。アレキエさんが目を覚ましたら連絡するね」
オディールの口説が終わると、タイミングを見計らっていたかのように、魔車が到着した。
黒いボディで、馬が引く馬車のような構造である。
ヴァールと龍人の少女を先に乗せ、レイラは最後に乗った。
レイラは魔車に乗り、敬礼のような動作をして笑顔で挨拶する。
「了解。じゃ、またね」
レイラが敬礼していた手をひらひらと振り去ろうとすると、オディールが恭しく頭を下げ、リリナがレイラと同じく手を大きく振った。
「またのお越しをお待ちしております」
「また来てねー♪」
レイラは外で見送られることに今更ながら恥ずかしく感じ、自宅、と魔車に叫んで逃げるように去っていった。
レイラが魔車から町の景色を眺めていると、うーん、と隣から唸る声が聞こえてきた。
ヴァールじゃない、あの龍人の少女だ。
レイラはあくまで冷静に、右隣を見た。
目を覚ましていたのは、予想通り少女だった。まだ目は虚空を見つめ、はっきりしていないように見える。
レイラはひとまず、起きた者へ贈る挨拶をした。
「おはよう」
「…………んぅ? ふぇー……んっ? あっ!」
「何よ、うるさいわね」
少女は目を丸くさせ、意味不明の言葉を幾つか発すると、突然何かを思い出したときのような短い叫びを上げた。
それに対し、レイラは退屈そうに返事を返す。
少女は自分の置かれた状況を把握し始めたのか、キョロキョロと辺りを見回してから、レイラを睨みつけた。
「何を……する気?」
「特別なことは何もしないわよ」
「嘘。拷問、幽閉、監禁ーー考えられることは色々ある」
「そんなことしないわよ……ただ、質問に答えてもらうだけでいいの」
レイラは静かな口調で、少女に語りかける。
それでもまだ不審がる少女。その瞳の奥には、怯え、恐怖の感情も根を張っていることが分かる。
当然といえば、当然だ。
知らない人ーーそれも戦っていた敵の車に乗り、どこか知らない場所へ連れて行かれそうになっているのだから。
レイラは、様々な感情で押し潰されそうな少女との交流を深めることが最優先だと思い、彼女の答えられそうな質問から入った。
「あなた、名前は?」
「…………名前……ないよ、そんなの……そんな、贅沢なもの」
レイラは予想もしていなかった答えによって、凍らされたように固まった。
間を置いてから、彼女の口にした言葉を、レイラは口の中に転がす。
「ない? 贅、沢? ええと……主人には何て呼ばれてたのよ」
「…………ごう」
小さくて、弱くて、細くて聞き取れなかった。
レイラは怯えさせないように努めて、再度同じ質問を口にした。
「御主人様には、何て呼ばれてたの?」
「…………ごう……番号……番号よ! 悪い? 三番よ! 三番が私の名前!」
少女、もとい三番は声を張り上げる。
その目は今にも泣き出しそうである。
名前がない。
レイラはその事実が、深く心の奥を抉ったような気がした。
名前がないということは、自分を象徴するものがないのと同じである。
象徴がないものは、生物としても物質としても成立しない。
彼女には、象徴がーー誇りの一部が欠けていたのだ。
辛い、とレイラは自分のことのように、感傷に浸った。
レイラが少女を哀れんでいると、今度は少女の方から質問が飛び出してきた。
「私、一応捕虜なんでしょ? 手足縛っておかなくていいの?」
「それはーーいいのよ」
「そう。刀もないし、別にいいんだけどね」
少女はそれ以上深く尋ねることなく、視線を手元に落とした。
レイラは俯いたままの少女に、不信感を募らせないためにも本当のことを言っておくことにした。
「あなたを縛らなかったのは、単純にあなたに嫌悪感を抱かせないためよ。気に入らないのなら、縛ってあげてもいいけど?」
「え、遠慮しておく……」
少女は両手を前に出して、本気で嫌がる。
そのとき、初めて笑みを見せた。苦笑いだが。
レイラは自分の調子を取り戻し始め、少女の様子を見ながら、核心に迫るべくもう一つの質問を口にした。
「もう一つ、質問をしてもいいかしら?」
「…………答えられる範囲なら」
「そっか。じゃ、するわね……あなたの主人は、誰?」
レイラがおそるおそる聞くと、少女は慄然とした様子で瞳を見張り、しばらくしてから目を閉じた。
そして、目を開けると、しっかりとレイラを見据え重々しい口を開いた。