〜An Episode〜 3
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パンに、クロックムッシュ特有のハムとチーズとともに、レタスやトマトのスライスしたものが挟まれている。
表面は綺麗なキツネ色をしていて、表面にもチーズが溶けて乗っている。
辺りに焼きたての良い匂いが漂う。
クロックムッシュに釘付けになりながら、レイラは両手を合わせた。
「それじゃ、食べよっか。いただきます!」
「そうですね。いただきーー」
「ちょっと待ったーーーー!」
ヴァールも手を合わせて食べる前の挨拶をしようとしたときだった。
店の奥から少女が、叫びながら店を全力でダッシュしてレイラとヴァールの席の前に立った。
「…………何かしら、リリナ? 今食べようと思っていたのだけれど」
「ごめんねごめんね。オディール様がこれコーヒーに付けておくの忘れたって言ったから一大事だなー、と思ってね。別に食事を邪魔しようとかは思ってなかったんだよ。でも結果的にはーー」
リリナと呼ばれた中学生くらいの小柄な少女は、店の奥から持ってきた砂糖を片手にブンブンと両腕を振って長々と説明をする。
本名はリリナ・グベルディ。
白い髪をツインテールにした白肌の明朗な少女で、オディールの指輪の従者である。
緑のエプロンを身に付け、中は白いロングワンピースを着ている。
目はクリッとして、キラキラとしたルビーのような瞳が可愛らしい。
ちなみに、カフェの名前の「レジュ・リリナ」のリリナは、彼女の名からきている。
リリナ得意の長話に耐えきれなくなったレイラが、両拳をテーブルに叩きながら怒鳴りつけた。
「話が長いわよ! 砂糖でしょ? 届けたのならもう行きなさいよ!」
「リリナさん、今はあまりレイラ様を刺激しない方がよろしいかと……クロックムッシュを楽しみにしてましたので、中断されたことでかなりお怒りですから」
ヴァールが片手を唇の脇に立てて、リリナに囁く。
というか、聞こえてるわよ。
心の中で指摘しながら、クロックムッシュをナイフで大胆に切ってフォークでそのまま口に持っていく。
リリナがもう一度軽く頭を下げてから、持っている砂糖を置くーーと思ったその時だった。
「あれ? これ塩だ」
「はあ? ど、どういうこと? それ完全に砂糖の袋ーー」
「あーーーー、ごごごごめんなさい! 今すぐ取ってくる!」
リリナは両拳を固く握って気合を入れてから、元来た道を戻っていった。
ヴァールは戻っていくリリナを微笑んで送ってから、レイラを宥める。
「あまり怒らないでくださいね。あれでも必死なんですから」
「あれでもって、あんた何気にひどいわね。まあ分からなくもないけどね……でもあの筒状の袋は完全に砂糖の袋よね?」
「……そう、ですね。色々あるのですよ、色々と」
下手なフォローで苦笑いするヴァール。
大丈夫なのだろうか、リリナは。
レイラがヴァールに宥められていると、再びリリナが二人の席まできた。
今度は普通に歩いていた。
「ふう、今度はきちんと砂糖だよ! お騒がせして申し訳なかったね」
「別にいいわよ……それよりも、客にタメ口ってどうなの?」
「えっ? うーん……こっちの方が良いって言うお客さんが多いからこうしてるんだけど、ダメかな?」
「それなら別にいいんじゃない? お客さんの方がダメっぽいけど」
こっちの方が良いなどと言っているとなると、リリナ目的で来ているお客さんもいるということなのだろう。それで店が繁盛するのなら、良いに越したことはないが。
レイラに砂糖の入った袋を渡すと、少しだけぐったりとした様子で、リリナはまた店の奥に戻っていった。
「自業自得ね、あれは」
「否定は、できませんね」
レイラの言葉に、またしても苦笑いで返すヴァールだった。
昼食を終えた二人は、少しの間店の中で食休憩することにした。
二人が席で話をしながら休憩していると、一人の男性が店に入ってきた。
ふと、レイラがその男性に目をやると、明らかに様子がおかしく感じられた。どこかフラフラとしている。
ーーと、その次の瞬間だった。
入店した男性が突然ーー倒れたのだ。
「大丈夫ですか!」
オディールがすぐさま倒れた男性に駆け寄る。
リリナは店の奥から飲み水と、頭を冷やすためのタオル、それから救急セットのようなものを持ってきた。
レイラとヴァールも男性が倒れた現場まで近づく。
レイラは膝に両手を載せて屈みながら、オディールに尋ねる。
「どう? 大丈夫そう?」
「分からない。ただ、命に別状はなさそうだ」
額に汗を滲ませながら、オディールは淡々と分かる範囲の事実を述べる。
レイラはオディールに問うた後に、今度は実際に男性に目を向ける。
男性は三十半ばほどの年齢で、浅黒い肌に量の多い黒髪をしていた。体はがっしりとしており、職業柄なのかきちんと鍛え上げられていた。
倒れてはいたが、目は開いていて瞳は遠くを見つめているようで虚ろである。
オディールは男性の持っていた黒い革のカバンを手探りして、彼の身分を証明する物を探した。
カバンからは、ビフロティスの赤い花が描かれたシンボルマークのエンブレムが付いた、一着の近衛兵の制服が入っていた。
「ビフロティス王のところの近衛兵か。それにしても変な症状だな」
「そうね。突然気を失った上に、虚ろな目……どこかで見た気が……あっ! 思い出した!」
レイラは記憶の抽斗を次々と調べてゆき、この症状の記憶を引っ張り出した。
まだ新しい記憶。
レイラは確信とまではいかなくとも、ある程度自信を持って症状の原因を口にした。
「これ、王の指輪の不適合症状よ。きっと、だけど」
「不適合? 王の指輪の? そもそも王の指輪と出会う者は指輪の適合者ではなかったっけ?」
オディールが顎に手を当て、もう片方の手で顎を支える腕の肘を支えながら、一つの疑問を陳述する。
レイラは、きっとと言ったでしょ、と反論してから、オディールの考えにまた頭の中がぐらぐらと揺れる。
オディールの言う通り、王の指輪は決められた者しか出会うことはまずないのだ。
だが、だからこそーー不自然だからこそ心の奥底で確信が溢れ出てくる。
レイラは、どうすれば不適合者の男性が王の指輪と出会えるかを考えることに専念することにした。
必ずあるはずだ。不適合者でも王の指輪に出会い、触れられる方法が。