〜プロローグ〜
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〜プロローグ〜
レイラ・ネスリシアは生まれた国である「アモルバトス」で、父と母を、家とともに失った。
もう、十五年も前の話だ。
当時王暦1917年から、大連合国であったアモルバトスの勢いを削ぐために、「レイシオン」、「エゼパス」、「サレオラスク」の三大王国が同盟を結びアモルバトスと戦争をしていた。
レイラの家も、その影響で失った。
当時三歳だった彼女は、その年齢で親戚の家を転々するようになった。
レイラの父と母は貴族であったため、親戚も身分の高い者ばかりであった。
レイラは家を転々としている内に、国を越えるようになった。
小さな国、大きな国、ある時は三大王国の近くに引き取られることもあった。
レイラが家を回り続けて三年が経った王暦1920年。
レイラの引き取り先が落ち着く前に、戦争はアモルバトスの大敗を喫し終結したのだった。
終戦して、更に三年が経った王暦1923年。もうレイラは九歳となっていた。
ようやく、引き取られる場所が落ち着いた。
レイラはアモルバトスの上に位置する小国、「ビフロティス」に住むデュルカレス家に引き取られた。
デュルカレス家も、財力、権力が周りに比べて小さかったが、れっきとした貴族であった。
デュルカレス家の人々はレイラを快く受け入れてくれ、物心がついて初めての幸せだと思った。
デュルカレス家に来て一年が経った時のことである。
ある晴れた日に、レイラはワンピース姿で、「爺や」と呼んでいる年配の執事と外へ出かけていた。
「レイラお嬢様、本日はどのようなご要件でご外出を?」
「別にー♪ ただの散歩ですよ、爺やー♪」
レイラは弾んだ声で石タイルの道をスキップする。
周辺には、石造りの家や店が立ち並んでいる。建物の外で商品を売っている店も見られ、威勢良く店主が叫んでいる。外に出ている人も多いので賑やかな町並みという印象が強い。
レイラが賑やかな町の中をウキウキした気分で駆け回っていると、段々爺やが遠ざかっていく。
爺やから遠ざかっていくレイラに、爺やの心配そうな声が投げかけられた。
「お嬢様! わたくしから離れないでください!」
「大丈夫。心配しないでーー」
レイラが言いかけた時だった。
レイラの全身が訴える。右から、何か迫ると。
体の訴えを聞き入れ、レイラは右を見る。
その瞬間ーー。
四つほどの少し大きめなダンボールがレイラに降りかかってきた。
「レイラお嬢様っ!」
爺やの叫び声が、遠くで聞こえる。
スローモーションのようだった。宙を舞ったダンボールが覆い被さるまでは。
ダンボールは大きな音を立てて、レイラを巻き込み地面に落ちた。
重く重くのしかかる。
じわじわとあちらこちらに痛みが走る。
「も、申し訳ございません!」
若い男性の声が頭に響くと、レイラからダンボールが離れていく。ダンボールを運んでいた人かもしれない。ダンボールをどかしているのかもしれない。
レイラがまだ倒れたままでいると、もう一つの足音が向かってきた。爺やのものだ。
「レイラお嬢様っ! ……この方をどなたと心得ておるのだ!この方はーー」
「ーーいいの」
レイラは弱々しい声で、立ち上がりながら爺やを止める。
完全に立ち上がったところで、レイラは続けた。
「私の不注意が起こしたことだから。あの……ごめんなさい」
「……へっ? あ、いえいえ! こちらこそ本当に、本当に申し訳ございませんでした!」
長身の工場で着るような作業服に身を包んだ男性は、深々と頭を下げた。
その後顔を上げると、困惑したような、心配したような顔つきでレイラに尋ねてきた。
「お怪我はございませんか?」
「ええ、大丈夫」
レイラが男性に笑うと、足元でキラリと光る物が視界にほんの少し映った。
ちらりと、足元に目だけ送ると、赤い宝石ーーおそらくルビーが嵌め込まれた指輪が落ちていた。
素直に綺麗だと思った。
「あの……これ」
レイラは言いながら、指輪を拾い男性に差し出した。
「落とした物ですよね?」
「えっ? うーん……分かりません。ダンボールから出てきました?」
「それは分からないけど……そうなのかなー、って」
「でしたら、そちらの方は差し上げます。お詫びといってもなんですが」
それで一件落着し、男性はレイラに指輪の譲渡をすると、ダンボールを積み重ねてまた歩き出した。
レイラが指輪を眺めていると、その視線の奥の長い自動車にめが止まった。
「爺や、あれは何? ……爺や?」
「誠に成長なされましたな。感激でございます。レイラお嬢様は大人にございまーーレイラお嬢様?」
「何、やってるの?」
「レイラお嬢様の成長ぶりに、感激に浸っておりました」
爺やの謎の独り言を聞かなかったことにして、もう一度聞いてみた。
「あの車は何かしら、爺や」
「あれは……奴隷車にごさいます。レイラお嬢様には関係のないものですよ」
「……そう。ねえ爺や、私あれ見たいわ」
レイラは爺やに頼みこむ。
爺やは渋った顔をして左右に首を振った。
「いけません。もう帰りますよ」
「爺やー、あれ見たい! あれ見たい、あれ見たい、あれ見たい!」
「……うーむ。うー……それでは少しだけですよ? すぐに帰りますからね」
爺やから許可を貰ったレイラは、爺やと一緒に奴隷車に向かった。
間近で見ると、その長さと大きさは歴然だった。
「おう、お客さんかい? ……って子供じゃねえか。ここはお子さんの来るところじゃないよ」
車の運転席から、背の低い太った男性がおりてきた。見るからに年配だ。
「申し訳ありません。どうしても見たいと申しておりまして」
「んっ? ああ、貴族さんの娘さんかい。ま、だったらいいけど……どうだい? A~Cにはいい子揃ってるよ」
男性はレイラに顔を近づけて言う。
煙草の匂いが鼻をつく。
A~C? 何のことだろう?
「もう見たでしょう。ほら、行きますぞ」
「まあまあ、もう少しゆっくりしてってくだせえ。どうせ急ぎじゃねえんでしょ?」
爺やの言葉に立ち去ってしまうと感じたのか、男性がまだここにいるよう促す。
レイラは男性の口から出たアルファベットについて尋ねた。
「あの、A~Cって何ですか?」
「それは、奴隷の階級だ。A~Dまであって、A、B、C、Dの順で階級が下がっていく」
「Dの人っていますか?」
レイラが畳みかけるように尋ねると、男性は少し眉を顰めてから答えた。
「いるにはいるが……あまりオススメはしねえぞ。A~Cが揃ってるんだ。その中から選べば……」
「見せて、くれますか? Dの階級の人を」
「れ、レイラお嬢様。もうお帰りになられた方がよろしいかとーー」
「爺やは静かにしてて」
レイラは爺やを黙らせて、男性に催促する。
「見せてくれますか?」
「うぐー……分かった! 分かったよ。ただ本当にオススメしないぞ。悪魔、鬼、龍人に対して人とのハーフだったら良かったんだが、そいつが悪魔と鬼のハーフだからまず言うことは聞かねえ」
「大丈夫です」
レイラは気持ちを強く持って、はっきりと意思表示をする。
この世界には人の他に、悪魔、鬼、龍人が存在する。
悪魔は人と同じ形、色をしていて羽が生えた種族である。知能が高く、この世界で唯一魔術と呼ばれるものを扱える。
鬼も人と姿と色は同じ形だが、額に一本、もしくは二本の角が生えている。知能は人間並で、力がとにかく強い。武器などの使用も一番長けている種族である。
龍人は人と姿は同じであるが、色が肌にあるウロコによって違う。額から角も二本生えている。口から火を吐き、俊敏な動きを得意とする。
普通は三種族ともに犬猿の仲で、人間に懐くことが多い。ゆえに、人と他種族のハーフの子もいたりする。
それを踏まえると、悪魔と鬼のハーフは珍しい。
それが理由なのか、レイラは興味を持っていた。
レイラと爺やと男性は車の最後尾へと歩を進めた。
「ここにいるぞ。性別は男、年齢は九だ……じゃあ、開けるぞ。それ!」
男性の掛け声とともに、扉が開かれる。
扉の奥には、天井に手を吊るされた状態の一人の男の子がいた。
レイラより一つ下ではあるが、体はがっちりとしており、身長もレイラより高い。上半身が裸で、下は短いズボンを履いていた。
外傷はないが、ひどく疲れ果てた様子が伺える。
「山に捨てられてたんだよ。そしたらびっくり! 悪魔の羽に、鬼の角が一本生えてたんだよ。お客さんにどんな被害が及ぶか分からねえってんで、Dに入れてたんだよ」
レイラは男性の説明を聞いてから、男の子に歩み寄る。
すると男性が大声をあげた。
「辞めとけ! 蹴られるぞ! ……おい、あんたからも何か言え!」
「お嬢様さまお辞めください。何かあってからでは遅いのですぞ」
男性と爺やの注意を耳に受け止めながら、なおもレイラは歩み続ける。
そして、男の子の前に着く。
男の子はうっすらと目を開けていた。
「大丈夫? 話せる? お名前は?」
「……れ……だ」
「えっ?」
「お……まえは……だ……れ……だ」
弱々しく、そうであるのに鋭く胸に刺さるような声。
レイラはこみ上げてくる悲しみのような、恐ろしさのようなものから出てきそうな涙を堪え、答えた。
「レイラ! レイラ・デュルカレス! あなたは?」
「な……まえ……ない……すて………」
男の子はそこまで言うと、ぐったりと項垂れた。
変な感情がこみあがってくる。そしてそれらは、次第にそれは形となっていく。
ーーよし、決めた!
私はこの人と友達になる!
「爺や、私この人と友達になりたい!」
「えっ! そ、それはダメにございます! 大体お金はどのようにーー」
「お代は要らねえよ。勝手に持っていけ。蹴らなかったのはお前が初めてだからな。好きにしな」
男性は呆れたような声で肩を落とす。
必ず友達になる。
私のように一人ぼっちにならないように。
すると、先ほど貰った指輪の宝石が光を放って辺りを包み込んだ。
「こ、これって……まさか、レイラ、とかいったか?」
「レイラさ・まです」
「そ、そんなことはいいんだよ。それより、その指輪。『王の指輪』じゃねえか。どこでそんなものーー」
「少し静かにして!」
レイラはピシャリと言い放つと、指輪の宝石を見つめた。
文字が浮かび上がっている。
「『汝、我の願いを叶えよ(Thou,I fulfill my wish)。我に全てを捧げよ(Devote all me)』」
レイラの言葉に合わせ、宝石の光は男の子を包み始める。
光に包まれた男の子は、またうっすらと目を開け、はっきりと答えた。
「はい(yes)」
男の子の応答を受けると、宝石の光は徐々に弱まっていき、数秒で消えてしまった。
「『王の指輪』……おい、レイラの嬢ちゃん。それ、くれよ。そしたらそいつをやる。それでいいだろ? なあーー」
男性の手がレイラの肩をがっしりと掴む。
レイラは男性の行動、男性の口調に恐怖を感じた。肩が震える。いや、肩だけではない。全身がーー。
レイラが指輪に手をかける。
ーー刹那。
次にはもう男性が吹っ飛んでいた。その入れ違いになるように、先程まで手に枷を付けられていた男の子が目の前に立っていた。
「我が姫から手を離してもらおうか。次は蹴りでは済まないよ」
男の子が蒼い両の瞳で男性を睨みつける。
男性は、ひぃ、と声を上げて真っ直ぐ走り去ってしまった。
男の子は男性が走っていくのを見据えると、レイラに向き直った。
「レイラ様ご無事ですか? ありがとうございます。あなたのおかげで、私の心にも陽が差し込みました」
「……あ、あはは、気障なこと言うのね。えーっと……名前は、何?」
「名前は……捨てました。好きにお呼びください」
少し躊躇った様子を見せてから、レイラに名付けることを求めてきた。
レイラは顎に手を当てて、考える。
「それじゃあ……『ヴァール』。どう、かな?」
「わあ……良い名前ですね! よろしくお願いします、レイラ様」
ヴァールは笑顔で頭を下げる。
レイラも笑顔を返した。
絶対に叶えよう。
私と彼がが望むものを何個でも。
この先何があっても、二人で。
レイラ・デュルカレスは、引き取られたデュルカレス家の住む国「ビフロティス」で友達を得た。ヴァールという名の、友であり、従者である存在に。
これは、今から八年前の話だ。
これからへ繋ぐ、八年前のーー。