月に惹かれて
月の明るい夜だった。
男は夜食を買いに、寝巻きがわりのスウェットののまま、コンビニへ出かけようとしたところだった。
「ほう」
男は空を見上げて、感心したような小さな声を立てた。
「そういえば、こうして月を見るのは、はじめてだな」
月を見上げたまま、男は歩いた。
淡く、それでいて強い黄色い光。
都会のくぐもった空の中でも、それは強く輝いていた。
そういえば、ルナティックという英語は、心を失うって事だよな。
ああ、こうして月に魅せられてゆくんだ。
月はいつでも気がふれているものなんだ。
男は月にみとれて、そう思った。
「力は欲しくありませんか」
突然、男の頭の中に声が響いた。
男にはそれが月の声であることがわかった。
「欲しいさ。くれるというのだったら」
と、男は答えた。
次の瞬間、男は月に吸い寄せられる感覚に襲われた。
そして、何もかもを壊したい衝動に駆られた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおお」
突然、男が叫び声をあげた。
全身の筋肉が、爆発するような勢いで膨らみ始める。
髪の毛は逆立ちながら、その長さを増してゆく。
顎は張り、目は尖り、歯が牙となって、男の顔は狼のそれへと変化していった。
そして最後にスウェットが破れ、その中から獣の毛に覆われたたくましい体が現れた。
男は、狼男になっていた。
「うがあああああ」
男が腕を振り回すと、電柱にぶつかった。
それはまるで、ふ菓子のように簡単に折れて倒れた。
ブロック塀を蹴りつければ、簡単に崩れ落ちる。
男は月の力を手に入れた。
体中を突き抜ける力に男は酔い、次々と町を破壊していった。
「私の持つ最高の力も欲しいくはありませんか」
月は再び男に聞いた。
「欲しい!」
「すべてを壊したくはありませんか」
「壊したいくれ!すべての力をくれ!」
男が雄たけびを放つ。
月の持つ最大の力を解放したのだ。
遠くから水が迫る音が聞こえる。
男が振り返ると、大きな波が、町を飲みこんで迫ってくるのが見えた。
男が放った月の力によって、潮力が増したのだ。
アマゾン川をさかのぼるポロロッカの様な大波が、男の元へと呼び寄せられたのだ。
大波は男もろとも町を飲み込んで、海へと帰っていった。
そして再び世界に平和が訪れた。