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絶対主義  作者:
act 01 日常
9/10

07

暗闇の中、建物の屋根から屋根へと移動する影。その姿は、まるで飛んでいるかのようだ。その間、四人に会話は一切ない。イノージュに関しては、シェンツァの背ですぅすぅと可愛らしい寝息を立てている。あのような、血と死体で溢れかえっていた中にいた人物とは、到底思えない。

あの火の海となっていた建物は、彼らがいる位置から見るともう小さな光がぽつん、とあるだけだった。その光は、なんとも悲しく光っている。


しかし、それを気にする人物はいない。最後、哀れむように見ていたシェンツァも、今は前にだけ視線を向けていた。

その視線の先は、数々ある建物の中で一際大きな屋敷。一際……どころか、比べてはいけない程の差はある大きさであった。三人は、一直線にそこへ向かっていた。

屋敷の周りをぐるりと囲む巨大な塀。その塀に備えられてある門の前に影達は着地する。


誰かが門を開けようとするわけでもなく、その前でじっと立っていた。すると、門はぎぃ…っと重々しい音を立てながらひとりでに開いた。

彼等にとってそれは当たり前のことで、何も疑問に思うことなく門をくぐる。


塀の門から屋敷までの距離は数百メートルはある。その距離にラルフィーは気だるそうな表情を隠さない。そしてシェンツァ、と呼びかけ屋敷の扉を顎で指す。その行動に、呼ばれた本人はは一つため息をつく。

渋々と言った様子でシェンツァがぱちん、と指を鳴らした。その瞬間、四人は屋敷の扉の前へと移動する。


「ったく、出来んならさっさとしろノロマ」

「お前なぁ……。人の移動ってかなり疲れんだからな」


二人は軽く言い合いながら屋敷の扉を開け、中に入る。赤い絨毯が敷かれた、豪華な玄関ホール。ホールの奥には二股に分かれ、二階の廊下に繋がっている階段。

その廊下には、シェンツァ達と同じ黒い服を纏った人物が三人。彼らの帰還に真っ先に気がついたのは、彩度の高い赤髪をした少し男性寄りな顔立ちの女性だった。赤髪の女性は、廊下の柵を軽々と越えてホールへ降りる。


「アシュレイ、丁度良かった。イノージュが寝ちまってな」

「ああ、見れば分かる。部屋まで運んでおく」

「頼んだ。報告はこいつが目が覚めてから聞いてまとめといてくれ」


シェンツァは赤髪の女性をアシュレイと呼び、背負っていたイノージュを彼女に渡す。規則正しく、可愛らしい表情で寝ている子供とそれを優しく抱きかかえる女性。その様子はまるで年の離れた姉弟のようだった。

アシュレイはイノージュ直属の部下である。しかし戦闘員ではない彼女は部下と言うより、ほぼイノージュのお守りのような立場になっている。イノージュ自身もアシュレイの事を部下と言うよりはまるで姉のように慕っている。


抱えている子供を起こさないように、とそっと部屋に戻るアシュレイの後ろ姿にシェンツァは少し微笑を漏らす。その表情を見て、横でラルフィーが「きめぇ」と呟いたのはあえて聞き取らないようにしていた。


そして廊下にいたもう二人は、階段を上るアシュレイの横を過ぎて三人の元に行く。たたたっ、と駆けながら嬉しそうな表情をしているのは女性……というより、少し小柄な少女だった。少し跳ねた癖のある髪に大きな瞳は、シェンツァより少し赤と茶が強い橙色をしていた。


「おかえりなさい!」

「ああ、ただいまフラ-」

「オリゲルトさん!!」

「おいフラベル!?」


周りに花を咲かせながら少女が向かったのは、オリゲルトだった。シェンツァはそのことに少しショックを受けている。理由は彼女がシェンツァ直属の部下だからだ。自分の部下であるはずなのに、彼女は何故か最優先はオリゲルトとなっている。大声で名前を呼ばれたので、やっとシェンツァに気がついたのか「あ、シェンツァもおかえりー」と軽い調子で返されている。

ちなみに、フラベルと呼ばれた小柄な少女はシェンツァよりも年上の19歳……ラルフィーと同い年である。


イノージュほどではないが、フラベルとオリゲルトの身長差は数十センチ。しかし彼女はオリゲルトの足下に駆け寄り、見上げてきゃっきゃっと恋する乙女のように話し掛けている。しかしオリゲルトは何も反応を示さず、無言だ。

その様子に、はぁ、とシェンツァはため息をついた。しかし、そのため息の音はシェンツァだけでなく、もう一つ。ため息をついたのはフラベルと共に降りてきた一人の、緑の髪をした中性的な顔立ちの女性だった。


「ラルフィーのせいでオリゲルトさんがいない!ってフラベルが騒ぐから、宥めるの大変だったんですよ」

「あぁ?なんで俺様のせいなんだよ」

「いやお前が余計なことしてたからだろ!!…クレア、俺の部下が迷惑掛けて悪かったな…」

「こっちこそ、俺の上司が真面目にしないからわざわざ迎えに言って貰って…」


お互いにまたため息をつく。クレア、と呼ばれたのはシェンツァが言ったとおりラルフィー直属の部下。彼女とシェンツァは同じ年齢であり、苦労するところが似通っているようだ。


アシュレイはイノージュを連れて帰ってしまったが、フラベル、クレアと自分達四人の直属の部下が三人揃っていた。なのでもう一人……オリゲルトの部下もいるのではないのか、と思いシェンツァはきょろりとホールを見渡した。が、その姿は無い。元々あまり表に出ないタイプだから、当たり前か。とシェンツァは自己解決した。

そんなことよりも、いつまでも玄関ホールにいては帰還した意味が無い。と思い、シェンツァはその場にいる人達に声を掛ける。


「俺はお嬢さんの所に報告に行くけど、お前等は……」


「おいクレア、部屋で朝まで付き合え」

「報告書をまとめる、た め だけなら朝まで付き合いますけど」

「はぁ?ふざけてんのか」

「こっちがはぁ?だよ。何する気だこの変態上司が」


「任務帰りのオリゲルトさん本当漆黒の堕天使!」

「…………少し黙れ、フラベル」

「ひぃい名前呼んでありがとうございます黙りますオリゲルトさん!!」


シェンツァの言葉は、この場に居る四人には全く聞こえていないようだ。それはもう、日常茶飯事のことであるので、シェンツァは苦笑しながらまたため息をついた。

そして、ぱちん、と彼が指を鳴らすと、その場からいなくなった。


シェンツァが移動したのは……屋敷の一番奥にある、たった一つの部屋の前。とても大きな両開きの扉を押し、開く。

ぎぃ……と音を立てながら扉を開けると、そこには……。



「おかえりなさい、シェンツァ」



少女とも成人した女性とも言える人物が、部屋の一番奥にある椅子に座り、優しく笑みを浮かべていた。

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