五
五
朝、ヨルとの激闘から数時間後。日が昇り急激に気温が上がったせいで息苦しさを感じ、クロスはゆっくりと瞼を開いた。
「……昨日もまた生き抜いた、と」
負けたけどな、と寝起きのボンヤリした頭ながら、その事実をはっきり思い出す。
負け=死 というわけではないし、負けた事が無いわけでもないから愚痴愚痴言っても仕方ないが、あんな風に見逃されることは子供の頃以来だ。
「ま、殺されなかったのはラッキーだったけど」
殺されなかった半分、殺されるのを自力で回避したのが半分。
見逃されただけじゃない、と少し自分を慰めてみる。
「しかし、暑いな今日も」
ベッドから起き上がると、昨夜受けた傷が酷く傷んだが、それは特に気にしない。それよりも治療の為に巻かれている包帯のせいで、余計に蒸して暑いことに辟易する。
それにしても本当に暑いな、と改めて思う。今年は例年よりもかなり気温が高くなっているようだ。この街が傭兵の街になる前、スラム街であった理由は、確かにこの温暖な気候が理由の一つとなっているが、それを踏まえても今年は少し異常だと感じる。
少しでも風が入って涼を取れればと開いておいた窓に近づく。だが、やはり窓から侵入してくるのは太陽に熱された生温い風だった。
ギルド本部兼自宅の三階から通りを見下ろす。
予想に違わず、通りの向こう側の居酒屋で、今日も今日とて酒を煽っている傭兵達の姿が目についた。
「あいつら、まーた朝から飲んでやがる。こっちは昨日殺されかけたっての……に? ん??」
昨日と同じ光景を見たはずなのだが、違和感が一つ。
ビール片手に談笑している男共の中に、質素な黒いワンピースを着ている、長い黒髪の女の子が一人。
「……え?」
いやまさかそんなはずは無いだろ、と思って口を突いて出たクロスの声が聞こえたのか、男達の一人がクロスに気が付いた。
「お、よう! クロス! 昨日はこの子に負けて無様に逃げ出したんだって!? 負けてでも逃げて生きる。傭兵の鑑だなぁおい!」
「だから人の失態を叫ぶなよ!」
ドッと笑いが起きる。
そして、長い黒髪を揺らして、少女が振りかえった。
見間違えるわけがない。
「初めまして、ですね」
昨日聞いた声そのままだ。
「私の名前は、シズク」
なのに、違う、と感じさせる彼女は、
「ギルド『福音』に入団希望、です」
そう、宣言した。
確かな意思を込めた宣言に、クロスは思わず気圧されてしまう。
昨日のアレが抜き身の刀と称するなら、無骨な傭兵達に囲まれたその少女は、繊細な銀細工を施された装飾剣の様だ、と思わずそんことを思ってしまう。クロスは性格上、異性に必要以上に目を惹かれる事はないが、その少女には何かを感じ、魅入ってしまった。
見た目は昨夜激戦を繰り広げた少女と代わりは無いのに、何かが決定的に違う。そう思ったのだ。
クロスは数秒間沈黙の後、
「そこで待ってろ。すぐ行く」
それ以外の言葉が出て来なかった。
「はい」
彼女は歳不相応に婉然な笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。
その表情に、一瞬空恐ろしさを感じながらも目を離せなくなったが、なんとか思考を切り替えて勢いよく部屋を飛び出した。
常らしからぬ様子で音をたてながら階段を駆け降りたクロスは、勢いよく居間の扉を開け放った。
「おい! 昨日のあれが表に来てるんだがどうなってんだ!?」
撒いたんじゃなかったのか? とブロンドの姉妹を問い詰める。
「……本当に来たんだ」
クロスの問いに、驚いたというより半ば呆れたというようなニュアンスを含ませてグレイは呟いた。
「どういうことだ?」
クロスもようやく落ち着いてきたのか、聞き返しながら昨日の事を思い出す。
『あなたがにげられたら、あした、あえる』
そう、確かにあの刀使いの少女は言っていた。
つまり、今表の酒場に来ている少女こそが、ヨルの姉という事になるのか。しかし、姉妹というには双子と言えるレベルで似通っていたし、なにより、
(チラッと見ただけだけど、筋力の付き方が全く同じだったよな……いや、それだと違和感があるな。筋力の付き方は全く同じなのに、使い方が全然違うって感じ。これだな)
筋力の使い方、すなわち体の動かし方が違うのに、付く筋力が同じと言う矛盾があるが、何故かそれがしっくりくるような、それが正解だと、クロスの経験が言っている。それに、珍しいがその矛盾も無いこともない。
とにかく、
「……なるほど、つまり今来てるのが例のお姉ちゃん、ってことか」
今度はファーナが頷いた。
「ええ、昨夜の去り際に彼女が言っていたわ。『お姉ちゃんが会いに行く』と」
ふむ、とクロスは頷く。わざわざこちらの腕を試すような真似をしておいて今更罠ということもないだろう。それに先程見た感じでは、戦闘力という点では脅威にはならないだろう、と確信している。
思案顔になったクロスに、グレイがほんのわずかの緊迫感を乗せて問いかける。
「それで? どうするんだい? いや、当然会いに行くんだろう? 仲間に入れるのか入れないのかは、昨日実際に切り結んだ君の判断に従うよ」
「……そうだな」
クロスの中で、仲間に入れる事は確定している。むしろ向うから入団希望と言ってきているのだ。願ったり叶ったりだった。不安要素は、ヨルのメンタリティにある。殺人中毒者は迷惑にしかならないからお断りするが、昨日戦った印象では殺人に中毒性を感じているタイプでは無かった。とはいえ、自分達のように戦いに意味を見出さないような、赤い街の子供の戦闘観に近い物を持っているというわけでもなさそうだった。あれだけの力を身に付けた理由、振るう意味、目的。それらがはっきりすれば、納得できれば、不安要素は無くなる。
それに今後だけではなく、目先の話もある。
「ファーナ。ダズは2、3週間くらい動けないだろうし看病もいるよな?」
「ええ、そうね。命に別状はないけれど、失血と傷の深さから2、3日は絶対安静。そもそもダズは元国軍の兵士。今回は居残り組だったのでしょうから、今日からの仕事では戦力に数えていないのでしょう? ただ、看病兼護衛の為に私も居残る事になると思うから、貴方達二人の負担が大きくなるわね」
「負担とかは、別に気にしなくていい。ただ、リズブレア帝国の王都守護騎士隊の隊長さんが来るとは言え、確かに戦力的な不安が少しある。だからあの子らを仮入団という形で連れていこうと思う。それで戦力的には十分だ。その行程で、あの子らが入団するのが不利益になると思ったら、この話は取り止めだ。俺としてはそうならない事を祈ってる。先方には、正式なメンバーとして紹介すればいいしな」
仕事としては思うところもあるが、グレイはなるほど、と頷いた。
「仲間に引き入れた方が良い。そう思う根拠は? 君のあてにならない直感かい?」
「いや、確信だな!」
根拠は、もちろんない。
そのリーダーの返答に、二人は思わず笑ってしまう。
やれやれ、というように肩をすくめて見せたファーナも、どこか面白そうに頷いた
「そうね。あの子が何者なのか、何の目的があってうちを訪ねてきたのか、それは分からないけど、確かなこともあるわ。今、膠着している世界の均衡に一石を投じられるかもしれない戦力が彼女よ」
クロスは力強く頷いた。
「ああ、今必要なものは変化だ。あいつなら十分すぎる」
それは不都合な部分に目を瞑っているとも言える、浅はかな考えかもしれない。しかし――
「リスク無しに先は無い。俺達に止まる事なんて許されていないんだ。死んでいったあいつらの為にもな。ヨルとあのお姉ちゃんとやらにも目的はあるだろうが、こっちにだって目的がある。上手い具合に力を貸し借り出来るなら上出来だ」
パシッ、とクロスは拳を掌に打ち付ける。
「整理できたところで招待しようか。東方からの客人をな」
宣言するやすぐ窓に近寄り、勢いよく開け放つ。今度は、外の熱気に顔を顰めることもしなかった。
待っている間、昼間から飲んだくれている傭兵達と歓談をしていた少女が、こちらに気づいて見上げてきた。
「結論は、でました?」
「ああ、面接だ。下の入口から入って来い。ギンって奴が事務所にいるから、そいつに案内してもらえ」
静かに頷いた彼女は、床に置いてあった刀を、質素な黒いワンピースの腰に巻き付けてある刀挿し用のベルトに通す。どうやら、早くも傭兵の掟に従う心構えのようだった。
また呑もうぜ! とかなんとか周りの傭兵達はすっかり彼女を気に入った様子で、気さくに声を掛けている。そんな彼らに気楽な様子で手を振る彼女は、どうやらヨルとは違ってコミュニケーション能力が高いようだ。
『福音』の看板を掲げた入口に、東方からの客人が手をかける。一瞬動きを止め、彼女を見下ろしているクロスに視線をやる。クロスは小さく頷いて、入るよう促した。
ガチャ……ガタガタン!
階下から、ギンが椅子からひっくり返った音が聞こえ、思わず笑ってしまう。
ギンの狼狽している叫び声も聞こえてくるものだから声を出して笑ってしまった。
クロスのその様子に、ファーナも呆れた。
「貴方、ギンを驚かせようとわざと来客を伝えなかったしょう?」
「はは、ちょっとした遊び心だ。ずっと緊迫しててもしょうがない」
「へぇ? 緊迫してたんだ?」
人を食ったような笑みを浮かべ、グレイが揶揄する。
半ば図星を指され、思わずそっぽを向いてしまった。
「ち、俺は人見知りなんだよ」
「「どの口が言うのか!」」
揃ってツッコミを入れられた。
クロスも自分の事を他人がどう評価しているのかは知っている。誰に対しても態度を変えない自分を人見知りだとは誰も思わないだろう。加えて、他人の評価を気にするような気質でも無い。
やりたいようにやる、マイペース野郎とは俺の事だと、クロスは肩を竦めながら心の裡で思う。いや、マイペース野郎というならこの二人、引いては生き残った赤い街の子供全員に共通する事だと思い直す。戦災孤児、大人に捨てられた後も大人達の食い物にされてきた子供達、すっかり人間不信になった子供も大勢いたが、そういう子供は真っ先に死んでいった。子供の力などたかが知れている。一人で生きていけるわけがないのだ。最低でも、同じ境遇の子供同士は、お互いを信用して信頼して、利用して協力し合わなければならなかった。トラウマだろうがなんだろうが、人間不信に陥ってその輪から外れた子供に生き残る道は用意されていなかったという話だ。
そして、マイペースという名の芯の通った意思を持つものが、この場にもう一人。
普段より若干覚束ない足取りで階段上がってきたギンが、ノックも忘れて居間の扉をゆっくり開いた。
「東方からの客人を、お連れしたッス~」
冷や汗をビッシリかいたギンが、怖いのか吹きれたのか、なんとも形容しがたい笑顔を浮かべて、客を中へ招き入れる。
ゆったりとした、それでいて確かな足取りで、黒髪の少女が姿を現した。
しなやかな動きで腰を折り、頭を下げる。
「昨夜の蛮行をお許しください。どうしても貴方の実力を知る必要がございました」
唐突な、少女からの謝罪に、一同は一瞬面喰った。
何故かこちらが悪い事をしたかのような空気に負け、クロスは女の扱いはお前の十八番だろなんとかしてくれ、といった視線をグレイに放り投げる。
苦笑い一つで了とし、グレイはいつもの女の子向けの笑顔を浮かべた。
「とりあえず、そうだね。まずは頭を上げて、その綺麗な顔を見せてくれるかい?」
いきなり口説きに掛かるとか凄いな! とクロスは内心で喝采を上げた。
こちらの心の裡など知ってか知らずか、グレイは少女にリビングのテーブル席を勧める。なんとも紳士然とした所作だ。
そして、少女の方も柔らかな笑みを浮かべて礼を返し、席に座る。
これまた随分と慣れた様子が覗えたが、そこには触れず、クロスは少女の対面に腰を下ろした。グレイは一歩距離を取り、ここからはリーダーの仕事だよ、といった視線を返してきた。
一つ頷き、今度こそ少女と視線を合わせる。
「さて、いろいろ聞きたい事もあるが、入団希望ってことだし、まずは自己紹介でもしてもらおうか」
これを受けて、少女は柔らかな笑みを崩さず、軽く会釈する。
「私の名前はシズク。東方は和国より参りました」
「へぇ、やっぱり東方の出身なのか」
半ば分かっていた事だが、少し感動する。なにせ東方からの客人ともなると、歴史上でも数えるほどしかいないからだ。そして、その数えるほどしかいなかった東方からの客人達は、このハルバースにおいても、異文化の取り入れによる文明の発展に貢献してきた人物ばかりなのだ。歴史に名を残す、動かしていくという意味では、その期待値は計り知れない。
「で、だ。昨日俺と戦ったのはお前の別人格か何かか?」
「さすが、わかるのですね」
シズクが浮かべていた笑みの種類が変わる。柔らかく上品な笑みから、一切の隙を窺わせないような婉然とした笑みに。
「どうしてわかったのです?」
「筋力だよ。お前のその体の動かし方じゃあ、その筋力はつかない。それに全く無い話じゃない。戦場ではよくあることだしな。武器を持ったり血を見たり、きっかけは色々だけど、突然別人のように豹変するやつはよくいる。豹変した後名乗る名前が変わったりとかも、何人か知ってるしな」
なるほど、とシズクは満足したように頷いた。
ファーナが淹れ終わったコーヒーをテーブルに置いた。
「二重人格、か。確かにこっちではそこまで珍しくもないわね。よくいるって程でもないけれど」
そう言いつつ、軽くつまめる菓子も並べた。
それに対してシズクは丁寧にお辞儀し、カップを手に取る。
一瞬口元までカップを運び、香りを楽しみ、一口味わう。
「コーヒー、と言うのでしょうか、初めて頂きましたが素晴らしい香りと味わい深さですね。茶とはまた違った苦味の奥深さが特に良いですね」
「わかるのか!!」
ガタ! とクロスが興奮したように立ち上がった。
「この豆の素晴らしがわかるとはなかなか見所がある。実はうちのギルド『福音』には食にうるさいのが多くてな、俺もそのうちの一人なんだが今までこのコーヒーを出してその良さがわかったやつはそこまで多くなくてな、終いにはミルクはあるか砂糖はあるかと抜かす馬鹿までいる始末。むかついて蹴った仕事もあるくらいだ! それに――」
「とりあえずクロス? 落ちつきましょうか」
もの凄い勢いでしゃべり始めたクロスをファーナが落ちつくように遮った。貧しい暮らしが長かった分、食に対するこだわりが人一倍強いことも理解しているし、微笑ましい嗜好ではあるが、今すべき話ではないはずでしょう、と嗜める。
「その辺りの話はまたにしましょう。私も東方の『茶』には興味があるもの」
そうだなそうだな、とクロスは頻りに頷いた。
その様子に、シズクは可笑しくて笑ってしまう。
「フフッ、可笑しな方達ですね。戦場で戦い続けているのに陽気さを失わないなんて」
その一言に、クロスは神妙な顔つきなる。
「それ、割とよく言われるけどな。ウチに入ってこれからこの街で暮らすつもりなら覚えておいた方がいい。この赤い街で育った人間は、戦いなんてものに特別な思い入れは無いんだ。その辺りの無理解のせいでこじれた仕事も、過去何度もあった」
コーヒーを一口。
「昨日戦ったヨルとは、根本的な部分が違うってことだ」
「ヨルと?」
クロスは頷き、
「その辺の話をする前に、まずはそっちの二重人格なんていう事情と、入団希望の理由を聞かせて貰おうか。それと、何故わざわざ東方からこちらに来たのか、も合わせてな」
そうですね、とシズクは少し考え、語りだす。
「ヨルは、物心ついた時から常に私の内にいました。ずっとそういうものだと思っていたので特に疑問に思うことはありませんでした」
「妹だと思ってた?」
「ええ、あの子は私の妹です。今までも、これからも――そしていつの頃からか、私とあの子の人格が入れ替わるようになりました。両親もヨルのことはずっと私から聞いていたので、驚いたようでしたが、すぐに受け入れてくれましたよ。自分で言うのもなんですが、私は幼少期から聡い子だと言われていて、少し口下手でのんびりとしたヨルは、親の目から見ても可愛かったのでしょうね」
「へぇ、それはまた随分寛容なご両親だな」
「ええ、良い両親でした」
「死んだのか」
「殺したのはヨルです」
クロスも、シズクも淡々と応える。
「それでこっちに逃げてきたのか。向こうの法律やら倫理観は知らんけど、親殺しをやって何事も無く済むってことはないんだろうな、たぶん」
「ええ、当然捕まりましたが、一夜にして脱獄、追手はことごとくヨルが殺しました。私自身も、気が付けば刀を扱えるようになっていて、頭で考えなくても体が勝手に動いて……」
「追手を殺してきたと」
「はい」
なかなか面白い話だと、クロスは口角を持ちあげる。
「このまま和国に留まっていては、より多くの人達を殺してしまう。大人しく捕まればよい話なのですが、ヨルは私を守ろうとして戦っているだけなのです。それに、長く平和な時代を過ごしてきた和国には、ヨルを無力化できるような人も存在しません。それはおそらく、実際に戦った貴方には、理解して頂けるでしょう」
「なるほどね、それで俺を試すような事をしたと」
物は試しで殺されかけたわけか、と呟く。
もっとも、そんなことは――
「どうでも良い、のでしょう?」
クロスの心裡の言葉を、シズクが続ける。
「西方、ハルバースに来て旅をしている途中、赤い街の話を色んな人達から聞きました。その実力と、異常性を」
異常性ね、とクロスは肩を竦める。
シズクが聞いた赤い街の傭兵達の話は、決してその本人達へ直接言う様な内容では無かった。藪蛇なんて可愛らしものではない、藪をつついて、鬼や悪魔が出てくるとか、そういう類の話だ。
「赤い街の傭兵は、つい数年前まであった大戦が生み出した災厄の種。そう聞きました。特にこの街で育ち、生き抜いた戦災孤児は『最悪』だと」
一つ息を吐いて、続ける。
「赤い街の子供、と称する彼らの戦闘能力は当然として、彼らは『子供』という弱い立場であった為、常に食い物にされてきた。故に、『子供』以外は全て敵であり、『子供』の安全を確保する為に敵は全て殺す。それが当然であり、日常。あの大戦が生み出してしまった哀しい『子供』達である――貴方達は殺すことも、殺されることも当たり前の世界で生きている、そんな貴方達だからこそ、あの子を理解してくれるのではないかと思ったのです」
「居場所が欲しかったって?」
「そう受け取って頂いても間違いではありません」
居場所ね、とクロスはしみじみ思った。
理解できる範囲の話ではある。強すぎる力と、敵を排除するという徹底した意思。どうやらそれは世間一般では異常なことなのだそうだ。今までも異常だのなんだのと言われてきた事はあるが、今になっても理解できない話だ。自分の身を守る為に敵を殺す。それの何が異常なのだろうか。異常というなら今のこのハルバースこそが異常だ。あの大戦で「赤い街」なんていうでかい危険因子を作っておいて、今まで放置している。武器を持った危険因子が隣にいるのに、よくもまぁ平和になったなどと言えるものだ。
それに、シズクとヨルの関係性にはただ一点、どうしてもクロス達には理解できない部分がある。
「なるほどなるほど。そっちの事情はだいたい理解出来た。ウチに入団して具体的に何がしたいとかは置いとくとして、うちを訪ねた理由は分かった。ただ、悪いな。これだけは理解できない」
戦災孤児。
「誰かの為に、とか、守りたい、とか。そういうの、全く理解できないんだ。ただ、シズクとヨルの二重人格とか、例えばヨルに俺が殺されたとしても、誰もお前らを恨んだりとかしないから安心しなよ。そういうお前らが今まで異常だと言われていた事を気にする人間はここにいなからさ」
な? とクロスはグレイとファーナを見やる。
「まぁ、そうだね。僕らは少なくともお互いを信用してるし信頼してる。助け合いもするし、裏切ったりとかはしない。けど、言ってしまえばそれだけさ。それにここを居心地が良い居場所と思えるかは君次第だよ」
「そうね。私としても異存はないわ。強力な戦力は大歓迎だし。何より、私以外では初めての女性メンバーだしね。男共ばかりで辟易することもあるし?」
冷やかな目でファーナに見られ、クロスは首を傾げた。
「ま、いいや。とりあえずこっちの事情は分かって貰えたか?」
「変な人達、ということは」
それと、
「心強い、ということも、ね」
よし、とクロスは握手を求める。シズクも一つ頷いて、、応えた。
「とりあえずは、これからよろしく。まずは仮入団という形で、一つ仕事に同行してもらおうか。ああ、それともう一つ肝心な事を聞き忘れてた」
「? なにか?」
「人格の入れ替えのきっかけは? 自由に変われるのか?」
シズクは軽く横に首を振る。
「いいえ、自由には無理、ですね。私とヨルが入れ替わるタイミングは朝と夜」
つまり、
「日の出と日没、日が出ている間は私が」
つまり、
「日が落ちている間は、ヨルです」
そのパターンは初めて聞いたな、とクロスはニヤリと嗤う
この話を書きあげるのにえらい時間がかかったですわ
とりあえず、出会い編1ってとこでしょうかね