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挿話 2

 ガラガラガラ、と二頭の馬が引く馬車が、長い時間踏み均されて出来あがった草原の道を疾走していた。

 草原故に、日差しを隠すものもほとんど無く、そこに住む魔物達は動くのも億劫だと言わんばかりに、小川に浸かったまま微動だにしない。ウルブズと呼ばれる獰猛な大型の魔獣でさえ、目の前を通り過ぎっていった荷馬車を引っ張っていく馬を見ても、立ち上がりすらしない。元々、馬車の様な人工物をくっつけた動物を襲う魔物は多くないが、ピクリとも反応しないのは珍しいといえる。現在この草原に住む動物達のダラケ具合は世界で一番かもしれなかった。

 そんな中で、黙々と走り続けているこの馬も大したものだが、燦々と降り注ぐ太陽の熱気にあてられてか、さすがに息が上がっていた。

 しかし、最後の休憩から二時間以上走っている馬よりも、息の上がっている人物が一人。

「こ、こんなに熱いのですね……」

 息も絶え絶え、といった具合に呟いたのは少女だった。頑丈さを優先させた造りの馬車の客席で、密封された熱さに息も絶え絶えといった様子だ。熱が篭もらない様にと、サイドアップで纏められている栗色の髪先が、汗でうなじに張り付いている。暑さにあまり慣れていないからか、普段は透き通るような真っ白な肌も、今は蒸気して赤く染め上がっていた。

「も、もう……ダメ、です……」

 今際の際の様な台詞を零しながら、傍らに置いてある荷物に突っ伏した。

 その様子を、対面に座っていた男が、半ば呆れたように見やる。

「だから私はお尋ねになったのです。覚悟はおありか? と」

「こ、この暑さは想定外だったのです」

 荷物に突っ伏しまま、少女はチラリと対面の男を見上げる。

 正直に言って、この男の装備が馬車内の暑さの一因でもあると少女は考えていた。

 一言で言うならば軽鎧だ。そして鎧とは金属だ。全身ではないが、腕や肩、膝まで覆うブーツ等、金属入りのプレートが見るからに暑い。唯一の救いは、金属プレートの部分は白く染色されているところだろうか。

 目に付くのは胸当ての心臓の部分、細やかな銀細工を施された盾と翼のエンブレム。

 そのエンブレムの意味はシークレディア王国、王都守護騎士隊。

 この男の名は、アレス・ルーイン。

 大国「シークレディア王国」にあって、民から最も敬意と尊敬を集める部隊。その隊長だ。

 心底、少女は思った。

 いつもの全身ガッチガチに固めた重鎧じゃなくて良かった、と。

 この暑さにも全く応えていないのか、はたまた弱音を吐く事を許さない騎士道精神の賜物か、涼しげな顔をしているアレスを、少女は少し妬ましく思った。

 しばらくすると、アレスの濃い紅蓮の髪の奥で、燃えるような赤い瞳が、スッと細められる。馬車の客席から唯一外を見られる小さな小窓から、文字通りの赤い街が見えた。

「ミリエル様。どうやら、もうすぐ着くようですよ」

 その言葉に、ミリエルと呼ばれた少女は弾かれたように跳び上がると、小窓に張り付いた。

 突き抜けるような青い空の色を、そのまま切り取った様な青い瞳を輝かせ、遠方に見える赤い街を嬉しそうに眺める。

 熱された空気が風に揺らぎ、陽炎が立ち昇る赤い街。伝え聞き、想像していた通りの街だ。

「素敵です。まるで街全体が燃え上がっているかのよう。ふふ、貴方と同じですね」

 アレスの容姿を指して言う。

 それと、と少し凛とした声でつけ加えた。

「あの街に着いたら、わたくしの事はシロナと呼んでくださいね。騎士アレス?」

「心得ております」

 とはいえすぐにバレるだろうが、とアレスは内心で苦笑した。

 悪名とそれ以上の評判を持った傭兵達の住む『赤い街』を、本当に嬉しそうに眺めている自分の主には、あの街が一体どういうふうに見えているのだろうか、と興味深く思う。

 アレスは、それなりの装備を着込んでいる自分とは対照的に、とにかく機動性重視のカジュアルな服装に身を包んでいる彼女を見て微笑ましく思った。栗色のウィッグに合わせた麻色のボトムスに、軽いが頑丈な黒いブーツ。前を開いた薄手のジャケットの奥には、ぴっちりした白いインナーが覗いていた。本人曰く、冒険者スタイルだ。彼女が自信満々にこの格好を王宮で披露した時にはもう、その似合わなさにこれでもかというほどの笑いに包まれたものだ。ドレスは着こなすのに、こういう普通の格好は似合わないというギャップが可笑しかったのだ。

「ミリエル様。後どれくらいで着きそうですか?」

「多分、後10分程ですね!」

 ミリエルの高揚したその声に、アレスは思わず口の端から笑みを零した。

(ミリエル様の、こんな年相応なお顔が見られただけでも、この旅に同行した価値はあったか)

 彼女の立場では、年相応というのは難しい。

 大国シークレディアの現女王。

 ミリエル・サラ・シークレディア。

 彼女の生まれた年に戦争が終結した為に、あるいは彼女がこの世に生を受けた為に戦争が終結したとして、民は親愛の情を持ってその名を口にする。

「最愛の女王」

 あるいは、

「救国の聖女」と。


この話でようやく役者が揃いました!

これ以上のキャラ増加は、今回の話が区切りになるまで無しの方向です。


それと思ったのは、最も書きにくいだろうと思っていたミリエルが

想像以上に書きやすく、動かしやすいキャラだったのにびっくりです


前回のヨルほど動かしにくいキャラはなかったな……(+_+)マジデ

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