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 ローラスとの会談から数時間が経ち、赤い街にも夜の帳が下りた。

 クロスは一度ギルド本部へメンバーを召集し、明日からの仕事の説明を行った。急な話な上に長期に渡る仕事ではあったが、成功報酬の大きさから全員が快諾した。ただし、件の刀使いについて『連剣』と商談を交わしたことも告げると、一も二もなくクロスの取り分が大幅に減ることが確定した。

「世の中にはお金に代えられない価値があるものもある……あるんだよ!」

 クロスは愚痴を零しながらダズと共に暗がりの舗装された小路を駆け抜けていた。

 金よりも価値があるんだと主張を続けるギルドリーターに、さしものダズも呆れを禁じ得ない。

「価値があるならいいだろう。悔いも未練もないはずだ」

「確かにそうなんだがな? 前から欲しいジェムがあったんだよ。一つ一五○万フローもする代物でさ。半年前くらいからずっと貯金しつづけてるんだが一向に貯まらないんだよこれが」

「なんにせよ自業自得だ。少し金が貯まったらすぐに高級料理や高級酒に手を出すのを我慢すればいいだけだろうが」

「それは俺のライフワークだ」

 清々しいほどに言い切ったクロスだが、ただ食い意地が張っているだけである。

 そのクロスの様子に、やはりダズは呆れるばかりだ。

「確かに人生には趣味や娯楽ってのも必要だろうが、今は刀使いを追う時だ。今日仲間に引き込むことができれば『連剣』の連中に報酬を払ってやる必要もないんだろう?」

「ま、そういうことだな」

 ニヤリ、とクロスは口の端を持ち上げる。正直なところを言えば、そんな都合良く行くわけがないだろうとも思っている――クロスの勧の的中率の低さは(以下略)

 目指すは街の最南端。海辺の近くにある広場だ。見事に予想は外れて都合の良い事に、そこで件の刀使いと思われる人物が多数の傭兵と戦っているという連絡を受け、急行している。

 運が回ってきた、とクロスは内心に高揚感を感じる。これで上手く刀使いを仲間に引き入れることに成功すれば、ギルドの戦力強化、『連剣』に報酬を払わずに済む、明日からの任務成功率が上がる、の一石三鳥となる。そうなれば念願のジェムも手に入るというものだ。

 問題があるとすれば、その刀使いに力及ばず殺されてしまう可能性があることくらいか。

「ふっふっふ、何事も諦めなければ道は切り開けるものよ!」

「高笑いは上手く行くまで取っておけよ? ――と、もうすぐだな」

 ダズの言う通り、叫び声のようなものも聞こえる。潮の香りに紛れて血の臭いも。

 急かされる感情と共に、走るペースも加速する。

「どんな野郎かな?」

「さあな。もしかしたら女かもしれんぞ?」

 古びた建物の角を曲がり、遠目ながらも戦場と化した広場を目視する。二人は足を止め近場の物影に身を隠した。他にも多数の気配を感じるから、どうやら他にも隠れて様子を伺っている人間がいるようだ。

「とりあえずは見物といこうか」

 クロスは逸る感情を抑え、戦場を見やる。

 暗くて判然としないが、小柄なシルエットがある。少し力を込めれば容易に折れてしまいそうな印象を与える首や手足、柔らかな印象も与えるラインを持ったそれは、少女のそれであった。そしてそのシルエットが振るう武器は、肉厚の刃に緩やかに反る刀身を持った「刀」だ。

「おー、本当に女で、刀使いだったか」

「やっぱりお前の勘はアテにならねえな。クロス?」

「うるせえな。いつものことだ。見た目は子供ってかんじだが……」

 クロスの目から見ても、ただの少女でないことは一目瞭然だった。

 雲一つ無い夜空の下、淡い光を放つ月の元で、舞い踊る少女。

 数十人の傭兵に囲まれ、剣や銃、様々な武器の攻撃を危なげ無く躱し、刀の一振りで一つの命を断つ。

 一つとて無駄の無いその戦技は、美しき舞踏そのものだ。

 最初は大きく響いていた怒号が、今は断末魔となり、それも人の数が減るごとに小さくなっていった。

 そして最後の数人は恐怖に膝をつく。命乞いに涙を流す。

 舞を止めた少女が初めて口を開いた。小さく呟かれた声が、風に乗って物影に隠れるクロスの耳にも届いた。

「……あなたたちは……あまり……おいしくない……」

 そして、

「殺さないつもりは……ない」

 その言葉に腹を括ったか、残った四人の傭兵達は最後の攻勢に出た。

 最初に飛びだした傭兵が長槍を、渾身の突きで放つ。少女は虚を突かれたのか、一瞬反応が遅れたように見えた。しかし傍からは、ぎりぎりまで敵を引きつけ間合いに引き込んだだけであることが明確にわかった。

 少女は剛速で迫る槍に対して、一歩右へと踏み込みながら躱し、突きが空振りに終わって青褪めている男の首筋を刀で撫でるように斬り裂いた。ぱっと鮮血が飛び散る。

「貰った!」

 殺された仲間を盾とし、短剣を持った男が姿勢低く強襲をかけ、少女が刀を振り抜いた側の反対から大剣を手にした男が横殴りに強振する。

 少女は振り抜いた刀をさらに加速させ、細かくステップを踏んで体を反転させる。背後から強振された大剣を追い掛けるように上から刀を叩きつけ軌道を逸らし、下段から斬りかかろうとしていた男の額に直撃させた。大剣使いは、仲間を殺してしまったことに僅かに動揺し隙を見せてしまう。当然、この少女が見逃すはずも無く、加速された刀の遠心力をそのままにさらに一転、先刻の槍を持った男の時と同様、首筋を撫でるように斬り裂き、鮮血を散らした。

 どさり、どさりと男達は崩れ落ちた。

 最期の一人は、敵前逃亡だ。仲間が決死の覚悟で向かって行ったにも関わらず、それを囮に逃げ出したのだ。

 少女は再度、呟く。

「……にがすつもりも……ない」

 音も立てず、少女は逃げた男を疾風のごとく追い掛ける。

 男は恐怖を張り付けた顔で、後ろから猛然と襲い掛かる少女に向けて拳銃の引き鉄を引く。放たれたのは四発の弾丸だ。全弾を吐き出した後も、男は必死の形相で引き鉄を引き続ける。

 滅茶苦茶に放たれた弾丸は、それでもなお寸分違わず少女へと真直ぐに向かった。しかし、それでも男は安堵しない。


 その少女が幾度も、飛来する銃弾を切り捨てる場面を見たからだ。


 常人には拳銃の弾丸など目で追う事はできない。

 当然、それを宙で切り払う剣閃も目では追えない。

 ただただ、見えない何かに、自分が放ったはずの弾丸を斬り落とされた結果のみを認識するだけである。呆然とその光景を眺めている数瞬で自分に追いついた少女の刀が、自分の胸を貫くのを感じたのが最期となった。

 少女の疾風の如き加速からの突きを胸に受けた男が、その威力に吹き飛んだ光景を見ていたクロスも、口を半開きのまま呆けていた。

 その広場に立っているのは少女だけだ。これでもかというほどに浴びた返り血を気にした風もなく、今や血の臭いが潮の香りを覆い尽くしている広場で、少女だけが立っていた。

「化け物、だな」

 重々しく、ダズの言葉がクロスの耳に届いた。

「俺達でも逃げに徹してなんとかだ。『白鬼』を壊滅させたってのも本当みたいだな――正直、甘く考えていた」

 こくり、クロスも小さく頷く。

「距離は二○あるし、俺達なら地の利もある。逃げ切るぞ」

 この時点ですでに、クロスの胸中から刀使いを仲間に引き入れるという目的は失われていた。自分が死んでしまっては意味が無いからだ。

 昼にローラスが言っていた言葉を思い出す。

 ――完成された剣士。

 力任せに戦うような相手だったらどれほど強くてもなんとかなった自信がある。しかしこの刀使いは違う。この上無い程冷静に戦闘をこなす「剣士」だ。

 ダズの逃げるぞ、という提案にもう一度頷く。 

 合図も無く二人は足を後ろに引き、同時に駆け出そうと力を溜めた。

 その時、

「……ねえ?」

 風に乗せられた呟くような声に、二人は動きを止められる。

 ユラリ、と少女が二人の傭兵に向き直った。

「……あなたが……くろす?」

 フラリ、と覚束ない足取りで少女は前進する。

「だったら?」

 クロスは精一杯、ふてぶてしく返答する。

 無意識のうちにクロスは長剣を鞘から抜いた。それを見たダズも、緊張の面持ちで長大なハルバートを構える。

 二人のその行動を見て、刀使いの少女は血で濡れた顔に小さな笑みを浮かべた。

「……とっても……おいしそう、だね」

 言い終わるやいなや、クロス達に向かい姿が霞む程の加速で、猛然と襲いかかった。

 完全に逃げるタイミングを失ったと、クロスは荒々しく舌を打った。

「ダズ! 隙を作ってとにかく逃げるぞ! 戦闘狂はうちにはいらねえ!」

「お前が言うな!」

 。強いであろうことを期待してたし、どうにか出来る自信もあったが、まさかの戦闘狂というオチとは思って――クロスの勘は(以下略)――いなかったので、撤退一択であると瞬時に判断する。想定外は、東方からの客人の狙いが、どういう訳かクロス自身であった事だ。

 それなら、とクロスはダズと離れるように刀使いから距離を取る。

 囮作戦とは少し違う。

 刀使いの少女の狙いが完全にクロスへと向き、視界からダズの姿を消えさせる。

(ここだ!)

 自分へと襲い掛かる少女と、ダズが少女の死角から一撃を放り込むことができる距離でクロスは足を止める。

 ここで初めて、クロスは至近距離で少女の目を見ることになった。

「ッ!」 

 認識の甘さを痛感させられた。

 少女は確かに自分を追い掛けている。

 しかし、少女から感じられる攻撃対象は、死角から追いすがるダズであると直感する。

(誘い込まれた!)

 最初にダズと取った連携は、クロスが受けてダズが攻撃し隙を作ること。

 思い、意識を切り替える。

 これを、反転させる。

 ダズを囮にして。

「フン!!」

 ハルバートの間合いまで詰めたダズが、渾身の突きを放つ。合わせて、クロスは追撃の溜めを作った。

 姿が霞む程の速度でクロスまでの距離を詰めた少女に、完璧なタイミングで背後から長大な槍が迫る。

 刀使いは、自身に致命傷を与える槍の切っ先が触れるギリギリまで迫られても、一瞬の焦りも見せない。 

 あれほどの速度で走っていた勢いを完全に殺し、少女はフワリと槍の切っ先に押されたように一転、ダズの槍の間合いの内側へ易々と侵入した。

 クロスから見れば、自分の間合いで敵が背中を見せた形になる。

 そのまま少女がダズを攻撃してくれれば、完璧に隙をつける。

(ここ!)

 間違ってもダズには当たらないよう、下段から上段へ思い切り斬り払う。

 確実に当たったと思った刹那、少女の体が再度、フワリと一転しダズの背後へと回られた。

「このタイミングで避けるのか!?」

 クロスの思わず口をついて出た言葉に、ダズが舌打ちする。

 自分を囮にされた事に気づいて、舌打ちをしたわけではない。

 この状況で自分達より冷静な刀使いに対してだ。

「ちくしょうめ」

 振り抜いたハルバードの勢いを殺し、再度後ろへ回り込まれた敵に攻撃する。あるいは、防御する。

 そんな暇は与えないと、少女はあざ笑うかのように神速の刺突を連続で突き入れる。

 瞬間的に六連撃。

 ダズにできたことは、首や内臓への致命傷をわずかに逸らすことだけだった。

 岩山の如しダズの巨体が崩れ落ちた。

 その姿を見て、少女は少しだけ、笑う。

 さすがだね、と。

 殺しきれなかった相手へ、賛辞を贈ったのだ。

 クロスは舌打ちをする。

 ダズがやられたことに対して、ではない。

 少女がダズに止めを刺す為に追撃することを期待していたのだ。

 そうすれば、また隙を突けるかもしれなかったから。

 少女は、そんなクロスのぬかりの無さを見て、再び賛辞を送った。

「……さすがは……ようへい、だね」

「そりゃどうも」

 ガラァン、とダズのハルバートが、地面を転がる音を響かせた。

 少女は一歩下がり、クロスから距離を置いた。

「……すまん」

 ダズから、細い呼吸音からわずかに声が届く。意識はあるようだが身動きは取れないようだ。クロスから見て、太腿と横っ腹に深々とした傷口が見えた。出血も多い。

 しかし、なんとか命は繋ぎとめたようだ。

「おー。気にするな」

 容体の心配などはしない。それが傭兵の流儀でもある。

 さてどうするか、クロスは優先順位を立てていく。最優先はダズと共にこの場で自分も死ぬ事を回避すること。次にダズをこの場に置き去りにしてでも自分が逃げること。あるいは、この刀使いの狙いが自分であるなら、このまま時間を稼いでいる間に、グレイやファーナがダズを脱出させる事。可能であるなら、刀使いを打ち倒して、交渉する事。

 クロスはふと、唐突に湧いて出た好奇心に負け、少女に問いかける。

「お前、名前は?」

 まずは対話が可能かを確認。

「……」

 聞こえたのか聞こえていないのか、少女は刀を構えたまま動かない。

 少女が反応しないことに、クロスは苦笑する。こいつは本当に、ただの戦闘狂かもしれないな、と思ってしまう。思って、やはり自分の勘は外れたことに、さらに苦笑を濃くした。

「……ヨル」

 唐突に、囁くように少女が口を開いた。

「? よる? 今は確かに夜だけど」

「ヨル……わたしの、なまえ」

「名前か! ヨル、ね」

 そんな少女の端的な自己紹介に、クロスはつい頓狂な声を上げてしまう。彼女の間合いの外にいるからなのか、わずかに警戒が緩んだのかもしれない。しかしどうやら、お互いおしゃべりが出来るくらいの余裕はあるらしかった。武器を突き合わせた状態だからこそ生まれる、一種独特な空気だ。

 これは好機、とクロスは質問を続ける。

「率直に聞くけど、何で俺を狙う?」

 また少し、返答に時間がかかった。

「……たたかいたいから」

「迷惑極りねえな」

 あんまりな返しに思わず突っ込んでしまう。そんな意味不明な理由でダズは転がされたのかと思うと、少し不憫になってしまった。

「……それと」

 またも唐突に、空気がピンと張り詰める。

「たたかってって……いわれたから」

 どこかたどたどしく話していた少女が、初めて強い意志を込めた言葉を発した。

 言われた、という言葉にクロスは少し驚いた。これはつまり裏に誰か黒幕がいるという事だろうか。昼間に予想した事が悉く外れたことに、本当に俺の勘や予想ってのはアテにならないな、と内心で消沈する。

 気を取り直して、再度問いかける。

「そいつはどこの誰だ? 人の恨みは……まぁ心当たりが多すぎるけども」

「おねえちゃん」

「おねえちゃん?」

 すぐに返事があった事と、黒幕は女なのかとこれまた少し意外に思った。

「で、そのおねえちゃんとやらはどこに居るんだ?」

「ここにいる」

 今度も即答だ。

「ここ?」

「うん……ここにいる」

 ここと言われても、と意識は刀使いの少女に向けたまま周囲を見渡す。死体とダズ以外は見当たらないが、どこかに隠れているのか。

「それらしい奴はいないけど?」

「ううん……ここにいる」

 やはり、周辺の気配を探ってみても、それらしい気配は無い。

 しかし、少女の目は確りとこちらを見据えている。ウソをついている様な雰囲気でも無い。

 クロスは質問を変え、問う。

「……じゃあ、今会えるか?」

 また、少し返事に時間がかかった。

「ううん……でも、あしたあえるよ」

 スゥ、と少女の持つ漆黒の刀が冷徹な輝きを増した――様に感じた。

 知らず、クロスも最警戒態勢に意識が切り替わる。

「……あなたが……にげられたら――」

 会話の中で垣間見えた、たどたどしい少女の影が無くなる。

「……あした……あえる」

 静かに囁かれた声を置き去りにするかのような鋭い踏み込みで、少女は構えた刀を最短距離でクロスへと走らせる。

 クロスは守勢。迎撃に構える。

「赤い街の子供の逃げ足を舐めるなよ!」

 胸を張って自慢出来るかは微妙な宣言をしながら、クロスは努めて冷静に迫りくる刀使いを見据えた。

 刀と長剣が交差する瞬間、クロスは愛剣に思いきり力を込め、刀を弾く。

「……やるね」

 刀使いの口から称賛の呟きが零れる。

 彼女の狙いは、自身の最速の突きを防御させることにあった。防御させることに意識が傾いた敵の心理的死角を突くこと。すなわち、一撃目はフェイクの軽い突き。力を込めないから二撃目三撃目の手が出やすくなる。逆に相手は一撃目のフェイクに意識を集中して防御してしまうと、次の対応が遅れてしまう。仮に相手が回避を試みても、容赦無く追撃するだけだ。

 この刀使いの脅威は、さっき見せた神がかり的な回避・防御能力と、尋常じゃないレベルの攻撃速度だ。それらを鑑みて、その攻勢に対して正着手があるとすれば、そもそも二撃目を繰り出させない防御だろう。

 すなわち、クロスが今やってのけた、敵の得物を弾き飛ばしてしまう様な攻勢防御。

「お前の戦い方はさっき見させて貰ったからな」

 クロスから見ても、この刀使いの力量は凄まじい。剣速の早さ、体捌きの早さ、反応の速さ、それらを高い次元で取り纏める精度の高さ。剣速の早さは飛来する弾丸を切り払う速度。全速力の疾走から一瞬でバックステップに切り替える敏捷性。どちらもクロスには無い武器だ。

 しかし、際立った武器は戦い方を限定させるというデメリットもある。

 この刀使いの少女へは、力での打ち合いが有効だとクロスは当たりをつけていた。

 間を置かず、長剣に弾かれ僅かに重心を崩した刀使いに、下から掬いあげるような蹴りを放つ。例え防御しても、さらにバランスを崩させるやり方だ。

(踏ん張ったら次で決める!)

 相手が鍛え抜かれた傭兵であっても一撃で討ち沈めるクロスの蹴りが、空気を破裂させた様な音を響かせて刀使いの身に迫る。

 刀使いはそれを片手で受けるが、ドッ!! と車に弾き飛ばされたかの如く、小柄な少女の体が宙を舞った。

「……やるな」

 今度はクロスが刀使いへ対して賛辞を贈る。追撃を塞ぐもう一つの手段。すなわち距離を取ることを、彼女は完璧にやってのけた。ダメージを残さない柔らかな防御に加え、自らも飛ぶことで威力を完全に逃がしたのだ。

 次に打って出たのはクロスだ。

 ――着地から態勢を立て直す前にもう一度打ち合いに巻き込む!

 一息に考えて、全力で間合いを潰す。

 右上段から斜めに、腕のしなりを最大限使って打ち下ろす。刀使いはそれを最小限の屈伸運動で回避、小さく後方へ跳ぶ。一瞬後、少女の体があった空間を長剣が横一文字に通り抜ける。

 クロスは振り抜いた長剣の勢いを溜め込む。引き絞った体の捩じりを全力で解放し、突きを放つ為のエネルギーに変換する。

 再度、空気が炸裂したような轟音を引っ提げ、鈍く輝く長剣の切っ先が、真直ぐに刀使いの少女へと襲い掛かった。

「……おなじだよ」

 刀使いの少女の口から小さな声が零れる。

 先の蹴りを受けた時と同じく、今度は刀で長剣を柔らかく受け止め、自らも後方へ跳ぶことでその威力を完全に受け流す。

 着地と同時、少女がさらに数メートル後方へ飛び退さった。

「クソッ!」

 渾身の三連撃を完璧にいなされ、思い切り舌を打つ。

 しかし、手応えはある。ダズを斬り落としたような神速の連撃を出させなければ十分勝機はある。

 この強敵に渡り合うには、接敵――力押しだ!

 全力の突きを放った際の硬直も抜け切り、再度間合いを潰す為に踏み込む。

 そして少女も、クロスと同様に、最速の加速を披露する。

(打ち合う気か!?)

 少女の攻勢を見て取り、逡巡するが、それも一瞬。打ち合いになれば、速度で負けても力で上回るこちらに分があるはずだ。

 最高速度で上回る刀使いに対し、クロスは半歩早く長剣を引き絞り、地面がめり込む程の踏み込みで攻勢を取る。

 反して、刀使いは、ほとんど駆け抜ける速度そのままに刀を真直ぐに突き出すのみだった。

 三度、刀と長剣は激突する。今度は互いに威力も殺さない、正真正銘の衝突だ。

 赤い街を覆う夜の闇を、長剣と刀が生み出した火花が、刹那の間吹き飛ばした。

 せめぎ合いも一瞬。

 クロスとヨルの体が大きく後方へ弾かれる。

 打ち合いは互角。

 だからこそ、クロスは勝利を確信した。

「悪いが、俺の勝ちだ!」

 力と力がぶつかった時、当然両者は弾き飛ばされる。では、そこからより早く復帰する為の手段は?

 正着手は、いかに重心を崩さず、しっかりと地に足を着けているか、だ。

「貰った!」

 弾き飛ばされた勢いを、膝で吸収し、追撃の為の力に代える。クロスもまた、体捌きにおいては一流の才能があった。


「ゆだん……ダメ、だよ」


 しかし、刀使いの少女、ヨルの本領も同じく、体捌きにあった。

 その才能は、超一流の域にある。

 ヨルは小さく呟きながら、想定通り次に攻撃の準備に入る。

 全速力の特攻をしかけたヨルは、衝突の後、確かに大きくバランスを崩した。

 バランスを崩す大きな要因は、不意を突かれた時だ。しかし押されることが分かっていれば、大抵は耐えられるものである。

 それと同じ事だ。自分がバランスを崩す事、相手、今回はクロスのリバランスの上手さを考えれば、間髪入れずに追撃を加えてくるであろう事。ならば次の一手は自ずと決まる。

 こちらの隙を見せてやる事。

 それを相手に|納得させてやる事。

 相手に守勢の体勢を|忘れさせてやる事。

 こちらの必殺の間合いに引き込んで、速度で圧倒する。

「ッ!?」

 ヨルは確かに弾き飛ばされて、こちらに背を向けた。

 クロスから見ても確かに、ヨルはバランスを崩していたはずだった。少なくともすぐに応戦できるような体勢ではなかったはずだ。

 なのに、今、この瞬間だけを切り取って見れば、遠心力を利用して、斬撃の威力を底上げする為に体を回転させた様にしか見えなかった。

「――こいつ!」

 クロスは戦慄した。

 自分はあの大戦期を、この赤い街で生き抜いてきた人間だ。毎日の生活が死線を潜るような戦いだった。その経験値があるからこそ、例え『白鬼』という上位ギルドを壊滅させた人間が相手だとしても、一太刀も入れられずに負けるとは思っていなかった。

 勝ちきれないまでも、一太刀入れて、相手を鈍らせてその隙に逃げる算段だった。

 そう、考えていたのに――。

「いったよ……ゆだん、ダメ、だって」

 クロスの斬撃はただの打ち下ろしだ。

 反対に、ヨルは回転分の力も加えた斬撃だ。

 さらに言えば、ヨルの膂力は、今まで見せていなかっただけで、その速度に負けず劣らずの才覚があった。


 今宵、二度目の、夜の闇を吹き飛ばす火花が散る。

 

 体格的にも、武器の重量的にも圧倒的に優位にあったはずのクロスが弾き飛ばされた。

 それも、今度は一方的に、だ。

「グッ……やばっ」

 ヨルはそのクロスの呟きを耳にし、この程度か、と心の裡で思った。

 次で最後と考え、自身の必殺の、もう一本の刀に手をかける。

 クロスからは、ヨルが刀を振り切った勢いで、再度こちらに背を向けている。しかも、その得物を手放している状況だけが見えた。

 圧倒的不利な状況にあるのはクロスだ。この状況でヨルがわざわざ武器を手放す理由は何だ?

 ――瞬間、脳裏に昔聞いた話が思い出される。

 危機的状況から、クロスの時間感覚が最大限に引き延ばされる。

 ――知り合いの、刀使いの剣士から聞いた話だ

 ヨルの回転がもうすぐ一周する。

 ――曰く、刀使いにとっての最強の攻撃とは

 ヨルの右手は、もう一本の腰に挿してある刀の柄に添えられている。

 ――上段切りでもなければ突きでもない

 何の装飾も施されていない鞘から、刀身が微かに顔を覗かせる。

 ――鞘走りを利用した

「!!!」

 ここまで、見て、思い出して、クロスは全力で後ろへ跳ぶよう体に命令する。

 ――居合切りなんだぜ

 

 シャンッ、と極小の音だけが響いた。

 

 クロスは、目を疑った。

 集中力が最大限になった時、見える景色の時間感覚が引き延ばされていた。過去、この状態の状態の時、飛来する銃弾でさえ回避できたことが何度もあった。

 つまりクロスは今、自身の持つ最高のパフォーマンスを発揮していたのだ。

 にも関わらず。

 ヨルの剣筋は見えなかったのだ。

 鞘から刀身がチラリと見えた時には、もう振り抜かれていた。

 まさに刹那の斬撃だった。

「――ッッッ! あぶねぇ!!」

 もし、一瞬でも下がるのが遅ければ、迎撃をしようと考えていれば、攻勢に出ていれば、間違い無く真っ二つにされていただろう。

 自分の経験値に感謝――した矢先。

「? え、は?――ッ!? アツッ!?」

 咄嗟に、痛みと燃えるような熱さの発生源に手をやる。

 ドロリとしたいつもの感触を胸に感じ、加えて火傷の感触が、触れた手から伝わってきた。

「……斬られてたのか」

 クロスは避けたつもりだった。

 彼のその様を見て、ヨルは少し驚く。

「……よけたんだ」

 ヨルは殺したつもりだった。

「……これをよけたの、あなたがはじめて」

 そう言って、ヨルは手に持った刀をユラリと揺らす。

 それに合わせて、刀身まで揺れた(・・・)

 刀身は、通常は鉄だ。あるいはそれ以上の硬度を誇るミスリル金属だ。それが、風に吹かれた炎の様に揺らめくなんて有り得ないはずだ。

 クロスは、その常識外の現象に、ただただ驚いた。

「……なんなんだ、それ」

 ここに至って、ようやくクロスは自身の胸の傷に火傷を上乗せした武器の正体を見た。

 何の装飾も施されていない無骨な柄から、炎の様な刀身が揺らめているのだ。

 あんな武器はどうやったって作ることは出来ないだろう。

 そもそも火傷以外にも切り傷がある。硬い物で斬られた傷口だ。

 これまで散々傷をこさえてきたのだ。間違えるはずが無い。

 となると、これは炎で焼き切られたという不思議現象と表現するしかない。

 つまり――

「まさか『龍具(りゅうぐ)』か」

 日常でも使われている、色んな力を秘めた鉱石――ジェム

 音を伝えたり光ったり、爆発したり、凍ったり。

 そんな不思議な石や、この世界のよく分からない現象を引き起こす道具の事を、かつて地上を支配していた神龍の遺産、「龍具」と名付けられていた。

「どこで見つけたんだ。それ」

「……りゅうを殺したら、おちてた」

 そうかい、とクロスはもはや諦観を込めて吐き捨てる。

 これだけの技量だ。確かに竜の一匹や二匹殺せるだろうな、とぼんやり思う。

「で? ヨルだっけ? 俺はこの通りの様だけど、まだやるか?」

 傷が骨に届いてるのか、さっきからしゃべる度に胸がひどく傷む。この状態でこの刀使いと戦ってももはや勝機はないだろう。そんなに甘い相手じゃない。ただし、もしやるとしたら今度は総力戦(・・・)だ。

 そしてまた、ヨルは返答に時間をかけた。

 戦闘の余韻か、最初のたどたどしい雰囲気は幾分減っている。今度はしっかり考えているように見えた。

 それでも、やはり聞こえた声は、口から零れただけのような小さな声だ。

「……ううん。もういいよ……おともだちも、きたみたい、だし」

 ふるふる、とヨルは小さく首を振る。

 お友達というのは、つい先ほどから、ヨルのはるか後方彼方から狙撃態勢に入ったファーナと、いつの間にかダズを回収したグレイがこの戦場に戻ってきた事を指していた。三対一を、分が悪いと思ったわけではなさそうだが。

「……たのしかったよ。ようへいさん」

 この戦いに満足したのか、それは不明だ。

「殺しきれなかったのは……ほんとうにひさしぶり、だったよ」

 おそらく、殺すつもりで出した技を躱された、という意味だ。

 今からとことんやり合えば、十中八九クロスが殺されて終わるだろう。

「……だから、あした。 おねえちゃんがあなたに、あう」

「おねえちゃん? 最初に言ってたやつか?」

 こくり、とヨルは小さく頷く。


「しずくおねえちゃん」

 ――と。


相変わらずのスーパー亀更新だったぜ!

が、書きたい事は大筋書けたかなー


最後の方がちょろっと消化不良な感じはあるけども

まぁ、また今度書き直します


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