挿話
3連投!
とりあえず、話の前準備は終わりかなー
本番はこれからかー
先は長いなw
忌々しい程に熱い光を放つ太陽が、赤い街の丁度真上に辿り着いたころ。いまだスラム街であったころの名残がある一画、その寂れた宿の一室に水音が響いていた。
「アツっ」
狭いシャワー室では避けることもできず、思いのほか強い勢いで噴き出したシャワーに少女は顔を顰めた。
店主にはお湯は使えないと言われていたため冷たい水でシャワーを浴びる覚悟をしたのに、どうやら暑い日差しに水道管ごと熱されてお湯になっていたようだ。
少々文句を言いたくなったが、それでもお湯が髪を通る感触に心地良い吐息が零れてしまう。
この地方では珍しい、夜空を切り取ったような深い黒の髪。細く癖の無い黒糸は背中の半ばまで伸ばされ、今は水の流れに任せて揺らめいている。
少女は寝起きの体にじっとりと纏わりついていた汗が洗い流されていくのを感じていた。同時に靄がかかったようだった目も覚めたようだ。
ふ、と思う。
「……ここは噂で聞いた通り。とっても変な街、だね」
少女がこの街に来て一週間が経つ。その間彼女はかなり派手に暴れまわったはずだ。実際、二度の傭兵ギルド襲撃事件は噂話になっている。だからこそ人目につきやすい昼間はあまり動かない方がいいだろうと考えていたのに、逆恨みなどで襲ってくような人間がついぞ現れない。数十人もの人間が何者かに殺されたにも関わらず、誰も積極的にその人物を、犯人として追おうとしない。
この街には軍隊や警察のような法を執行する組織は無いが、傭兵ギルドがそれらの代わりを担っている。ならば彼らが、世界最高峰の戦闘能力を有する彼らが追ってくるだろうと予想したのだが、その予想もわずかに外れた。彼らは、自分達の仕事仲間を殺した人間を、仲間にしようと探し回っているのだ。端的に言って、
「理解できない、かな」
殺された者の中には友人もいただろう。恋人もいたかもしれない。家族だっていたかもしれない。それでも彼らは、この街の住人は、犯人を憎まない。誰も復讐を考えない。ただ新たな戦力として迎え入れようとするのだ。
少女はシャワーを止め、昨晩絡みついた血の臭いが取れたことを確認し、狭いシャワールームから出た。 お世辞にも清潔感があるとはいえないタオルで水気を拭き取り、ようやく人心地つけたと息をつく。
「ねえ、ヨル。あなたはどう思う? この街の傭兵さん達と仲間になる意義はある、かな?」
少女はゆったりとした口調で語りかける。姿の無い彼女に。
返答は無い。それでも少女は語りかける。
「マフィア、だったかな? から貰った情報だと明日、あの子がこの街に来る、よね。お付きの護衛がちょっとだけ手強そうだから、正規の仕事として近づいた方がいいと判断するけど、いいかな?」
今度は是、と少女の中で返答があった。
少女はうっすらと、底冷えのする笑みを浮かべる。
「そう。なら戦わないとダメ、だね。でもきっと大丈夫。この街の人達にとっては殺すことも、殺されることも、当たり前みたいだから」
部屋に備え付けられている痛んだ木のテーブルに歩み寄り、そこに置かれた二枚の写真をそっと撫でる。
「傭兵ギルド『福音』のリーダー、クロス。ヨルに任せるから彼とは今夜戦ってね? そしてもしも彼が貴女を振り切って生き延びたら、明日改めて仲間にして貰いましょう。きっと受け入れてくれる。この街の、おかしな傭兵さんなら、ね」
少女の語りに「タノシミ」とおぼろげな答えが返ってきた。
少女にとっても、そして姿の無い彼女にとっても、この街の傭兵は理解の遥か外にある存在だ。それでも少女達は、自分達の望みを叶えるために彼らの力を借りる。
――目的は一つだけ。
少女は立てかけてあった二本の刀のうち、漆黒に装飾された刀を手に取り、音も立てずに鞘から引き抜く。緩慢に頭上へと持ち上げ、もう一枚の写真、自分と同じ十五、六歳ほどの少女が映った写真を見据えた。
光が透き通るような白銀の髪。果ての無い空を写し取ったかのような蒼穹の瞳。カメラに向かって、煌びやかな衣装に身を包み、まだどこか幼さの残る笑顔を向ける少女。
「……なにが救国の聖女、なにが最愛の女王……貴女のしたことを、私達は許さない」
刀が最高点にまで持ち上げられた時、部屋の空気が異様に張り詰めた。冷徹な輝きを放つ刀と、それを扱う少女の体温が符合する。
「誰にも、私を――私達を、殺させはしない」
空気が割れる乾いた音と共に、痛んだ木の机に置かれた一枚の写真だけが、はらりと二つに分かれ、床に落ちた。