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 解散の後、クロスはすぐにギルドを出た。玄関から出てすぐ、真夏の太陽から容赦なく降り注がれる日差しに思わず顔を(しか)めてしまう。

 視界に広がるのは慣れしたんだ赤い街。目に見える建造物も、地面に敷き詰められているレンガも、全てが赤一色に統一された街。冬のような寒い時期には暖かみをかんじさせてくれるが、今日のように日差しが強く、そこかしこで陽炎(かげろう)が立ち込めている景観はまるで、

「……街が燃えてるみたいだ」

 ぽそり、と率直な感想を呟く。

 ここはクロス達傭兵が住まう、傭兵による、傭兵の為の街。

 大戦期の中頃までは、この街はただのスラム街であった。東西の大国の戦争で行き場を失った者が自然とここに集まってきたのだ。それを一部の腕に覚えのある者たちが傭兵の街としてこの街を作り上げた。

 街の景観から単に「赤い街」と呼ばれている。そう言えば通用する。地図にも赤い街と表記されているから形式上はこれがこの街の名前なのかもしれない。武力集団が多く住まう街として「傭兵の街」と揶揄されることもある。それでも最近では、立地の良さからここは交通の要所としての地位を確立し、その恩恵で酒場を始めとする歓楽街としての施設も充実してきた。そのため傭兵の街という印象ほど殺伐とはしていない。街の南からは美麗な大海も見られることを利用し、リゾートの街として改造しようという案も出ているくらいだ。

 赤い街は、ここ西方「ハルバース」の中央最南端に位置し、地図上からは東西の大国「西のリズブレア帝国」と「東のシークレディア王国」に押しつぶされているような印象を受ける。地方の最南端に位置してそれでもなお交通の要所として確立された理由はいくつかあるが、最大の理由は大戦期に東西両国に潰された数多くの小国跡地、その爪痕があまりにも生々しく、目を背けたいからだ。恨みを買っていることもわかっている。安易に「ハルバース」の中央を横切れば、どんな報復を受けるかもわからないのだ。

 戦争や紛争がある限り、傭兵も、この街も、存在理由を失わない。

 ――こんな時代が、いつまでも続けばいい。

 クロスは内心、そんなことを考えたことに軽く首を振る。

 世界の情勢はともかくとして、目先の仕事をこなして手に入るお金は飾りではないのだ。それには戦力の増強は急務。リスクはあるが、今回の傭兵ギルド襲撃事件を引き起こした「刀使い」を引き込むことができれば、このギルドの価値は上がるだろう。

 どこから当たるべきか、そう考え、クロスは頭の中でこの街の地図を思い浮かべる。

 街の外からきた人間が利用する区画は二つある。一つは街の北部を東西に貫く大交路。そして街の中央を南北に貫く中央通り。それぞれ長さにして1キロメートルある。北部の大通りには大ギルドがいくつかと、お役所の施設。他は大規模なホテルや食事処、大手の商店で占められている。物資の流通もこの通りで行われているから、ここが街の心臓部といっていいだろう。

 中央を南北に延びる大通りは、文字通りの歓楽街だ。

 西に向かって歩いて数分、クロスは中央通りの少し開けた場所に辿り着いた。

 中央通りの真ん中には少し開けた噴水を設けた広場がある。昼の休憩でここに集まる人も多い。今日もまた例に漏れず、ベンチに腰をかけている人や、談笑しながら弁当に舌鼓を打っている人達がいた。赤い街にあって、緑の葉を茂らす木々とそれが作る日陰はなんとも涼しげで、仕事の合間に一息つくには最適だ。

(聞いてみるならここからか?)

 そう考えて周囲を見渡す。予想に違わず顔見知りが数人いた。そのうちの一人に軽く声をかける。

「よ、調子は?」

 振り向いたのは、頭を刈り上げた厳つい青年だった。こちらの顔を確認すると、鋭い眼光をいくらか和らげる。

「あ、ちわっす! もう怪我は大丈夫で?」

 自分の失態はどこまで広がっているんだ、と苦笑しながら、件の刀使いについて話を聞いてみる。彼はこの広場の近くにジャンク屋を構えている。客と世間話ついでにいろいろと聞いているかもしれない。

「ああ、『白鬼』壊滅の。それらしい人間は見てないすね。他のギルド連中もこぞって探してるみたいすよ」

「賞金がかけられたりはしてないよな」

「それはないすね。なんせ文字通りの全滅。討伐依頼を頼む人間もいないって話ですわ」

「なるほどね……他のギルドがどこを探しているかは聞いてないか?」

「北の大交路と中央通りですけど、どうも空振りみたいすね」

 この二つの区画は、人探しをするなら真っ先に当たる場所であるが、今回の目標は一人で潜伏している可能性が高いだろう。いくら腕に自信があっても、可能性は低いだろうが、誰から恨みを買っているか分からないのだ。人目につきやすいところにはいないと考えるのが自然だろう、とクロスは考える。しかし他のギルドもおそらく同じように考えるだろう。となれば、

「わかった。サンキューな」

「またスクラップ品持ってきてくださいね」

 そう言って別れを告げ、クロスは中央通りを南に向かって歩き出す。

 予想以上に他のギルドも大きく動いてるみたいだな、と少しばかり焦ってみる。

 正直に言って、こういう場合少人数ギルドは不利である。情報提供者は、原則公平だが。それ由情報戦では不利になる。

(……グレイ辺りなら、お姉様方から話を聞くんだろうな)

 実際あの人達は凄いしな、と思う。ここは世界でも有数の交易の街だ。当然世界中から人が集まる。そして長旅で疲れた体で酒を煽り、頭が軽くなったところを色香でダメ押しされればコロリとやられてしまう。それによる情報収集の手腕を認められ、情報屋ギルドにスカウトされた人も多いと聞く。グレイは単身、そんな彼女達と渡り合っている。

 趣味みたいなものだよ、と言ってのけたグレイを尊敬してしまったのは内緒である。

 自分にはできないことを考えていても仕方ないと頭の隅に追いやり、話をしてくれそうなマスターがいる酒場を目指す。

 

 情報収集を開始して二時間が経過した。

「……全く手がかり無い」

 どうなってるんだ? と少々苛立ちが募ってきた。この暑さがそれに拍車を掛ける。

 刀使い。東方からの客人。いや、実際に東方から来たと決まったわけではないが、根拠もなくそう決めつける。

 東方人の特徴は何だったか、と昔気まぐれで読んだ古書の内容を思い返す。

「確か……身体的な特徴に、黒髪黒眼っていうのがあったな」

 確かに黒髪黒眼はこの地方では珍しい。少なくともクロスの知り合いには一人もいない。自分の髪と目も黒に近いが、それでもよく見れば僅かに青みがかっているのがわかる。

 後は、

「……満月の夜に団子を食べたり、飯を食う時は箸とかいう木の枝みたいなのを使ったり、お茶を飲む時は必ず両手で持ったり、食事の前後で手を合わせたり……俺の頭は飯関係しか記憶してないのか」

 自分の記憶力の偏りに深々と溜息をついた。

 道端で一人意気消沈しているクロスを、周囲の歩行者は訝しげな表情で眺めている。

 全く役に立たない東方文化の記憶を思考から追い払い、もっと根本的な見つからない理由を考えてみようと、思考を展開していく。

 最初に考えられたのは、この街に留まっていないというものだ。もうこの街を離れたか、近くの街に潜伏しているのか。そもそも件の刀使いの動機はなんであろうか、個人的に傭兵に恨みがあるのか、まさかただの戦闘狂い(バトルマニア)でもあるまい。

「バックに誰かいるってのは考えられないか?」

 実は一番有り得そうに思えるが、これもおそらく無いだろうと当たりをつける。例えば傭兵に恨みがある者が背後に控えていたとして、それで物凄く強い人間を雇えたとして、それでたった一人で傭兵ギルドを襲わせるような真似をさせるだろうか。万が一その刀使いを失った時の損失は見逃せるものではないだろう。

 ただ、そうだとしても、

「――誰かが匿っている。この線はあるかもしれない」

 自分の勘の的中率は――恐ろしく悪いことを思い出し挫けそうになるが、それでも何か捜索の方針を思いつかなければ動きようが無いのも事実である。理屈で考えるならこの線しかないはずなのだ。騒動を引き起こしてすぐ街を出ても、車でも使わない限り間違い無く野宿を強いられ、魔物に襲撃されるリスクを高めるだけだ。そして車を使えるとした場合は、必ず共犯がいたことになる。それは先に述べた理由で考えづらいし、仮に単独としても東方出身――根拠は無いが――の人間が車を扱えるとは思えないからだ。価格も馬鹿高いし。扱いも難しい。馬を飛ばすにも、昨夜は月が雲で隠れていた。そんな中を走破するのはさらに難しい。

 以上の理由から、やはり目標はこの街にいる可能性が高い、と自分の穴だらけの理論を信じて、まだ探されていないであろう区画を目指すことにする。

 唐突に、ブブッという振動を腰から下げているホルスターから感じた。

 音声を伝える石「リズムジェム」だ。仕事中はいちいち手に取る手間を省くために耳に直接つけられるよう改良しているが、普段は石のまま持ち歩いている。

 クロスは薄黄色の半透明な小石を取りだし、指で二度小突く。

『もしもーし。こちら「福音」本部。クロスの兄貴、聞こえてるッスか?』

 ジェムから、ギンの気の抜けた声が明瞭に聞こえてくる。

「ああ、聞こえてる。どうした?」

『営業ッス。「連剣」のとこのリーダーが依頼だとか。今どこにいるんスか?』

 はあ? とクロスは思わず聞き返した。

「『連剣』のリーダーが俺に何の用だ?」

『さあ? とにかく合って話したいとしか』

「……場所は?」

『中央通りの――』


 クロスは足早に目的地へ向かっていた。刀使いの捜索の為、街の外周部まで足を延ばしていたせいで指定された酒場まで思いのほか時間がかかってしまったのだ。相手はこの街の最大ギルドのリーダー、そんな大御所を待たせるのはさすがに気が引けると感じた。

 暑さも手伝い少し息が上がってきたところで目的地の酒場が見えた。この街ではよく見かける類の酒場、今はまだ日が高いために客はそれほど多くない。その代わりに、店の隅にいる壮年の男の存在感は凄まじいものがあった。

 躊躇なく近づいていき、声を掛ける。

「わるい。待たせた」

 まるきり友人に対するようなクロスの軽い謝罪に、壮年の男は苦笑を一つもらしただけで特に気にした風でもない。

「いやなに、こちらこそ忙しい時に悪かったね」

 座りたまえ、と椅子を勧めてくる男に対して、軽く頭を下げて席につく。

 ローラス=チェインズ。

 赤い街の最大ギルドのリーダーにして、この街を傭兵の街として確立させるために尽力した立役者の一人である。体格はそれほど大きくない。身長二メートルを超え、筋骨隆々の大男が多くいるこの街では小さい部類に入るだろう。しかし、深緑の瞳が醸し出す威圧感は並大抵のものではなかった。少し波打ったくすんだ灰色の髪と、頬の大きな裂傷がそれに拍車をかけている。

 改めて、油断はできないと気合を入れる。

「あんたの所は忙しくないのか? 俺達も全力で捜索中なんだけど」

 皆まで言わずとも伝わったようだ。

「うちの若いのは興味本位で探しているようだがね。もし見つけても勧誘はするなと言い含めているが」

 意外そうな顔をするクロス。

 ローラスはまだこの街がスラム街だった時に、この街に流れてきた優秀な人材をかき集めて今のギルドを創設したのだ。今でも熱心に勧誘は続けている。

 クロスの考えを察し、続ける。

「我がギルドも相当に大きくなった。今は完成された戦士よりも、まだまだ成長の余地が残っている者を引き入れたいのが正直なところなのだ。戦技も、精神的にもな」

「ふうん。ならあんたの見立てでは、そいつは超一流の戦士――剣士ってことだな?」

「『白鬼』壊滅の現場を見てきた評価ではそうなる。一方的な虐殺だったよ」

 へえ! とクロスは思わず歓声を上げてしまった。

 これはますますその刀使いを手に入れなければ、と心の裡で思う。

 この男にそれだけの評価を受ける実力者ともなれば、それすなわち「本物」だということだ。

精神的という言葉にひっかかりはするが、それはひとまず置いておく。

 注文を取りに来たウエイトレスにコーヒーだけ頼み、仕事の顔を作った。

「それで? 依頼ってのは?」

 ローラスは軽く頷き、紙を数枚――契約の書面を取り出した。

 依頼主は、

「……シークレディアの王室?……それも要人護衛? なんでまた傭兵(おれたち)に?」

 なぜ? と思いきり首を傾げるクロスに、ローラスは答える。

「まあ、不思議であろうな。私もこの話を聞いた時は首を傾げた。王室からの正式な依頼が出せるなら、手持ちの兵士でもいいのではないか、とな」

 うんうん、とクロスはしきりに頷く。もしかしなくても裏がありそうだと考える。

「依頼内容をよく確認したまえ」

 言われ、書面に目を通す。簡単な挨拶を読み流し、依頼内容に目を移し――それ以上に気になる部分が先に目がついた。

「前払いで200万フロー!? しかも成功で800っておい!?」

 どんな高報酬だ! とクロスは叫ぶ。しかも経費は全て向こう持ちのようだから手取で総額1000万フローということになる。「福音の運び手」の月々の稼ぎがだいたい3から400というところだから、優に二月分以上の稼ぎになるわけだ。

 さすがは大国の王室。金回りの良さは半端では無いらしい。

 凄い凄いとクロスが感心している所に、ローラスは落ちつけと声を掛ける。

「報酬に納得したのなら、よく内容を読んでみたまえ」

 言われ、もう一度書面に目を通す。

 

 ――以下、依頼内容の詳細でございます。

・この度、現「リズブレア大帝国」領、元「フィレンス王国」跡地にあります「リリースレア神殿」の最深部を調査する所存であります。それに当たり、我がシークレディア王国王室(以下、甲)は傭兵ギルド連剣(以下、乙)にシークレディアの調査団(以下、丙)を、全道程で予測される戦闘行為からの護衛を要請したく存じます。神殿までの経路並びに戦闘行為は、原則としまして丙は乙に従う所存であります。ただし、丙の判断で甲への不利益が多いと判断された場合に関しましては、丙から甲への通達の上で乙に指示を出す場合もございます。また、丙を神殿最新部まで届けた後、無事赤い街まで辿り着いた場合のみ、依頼を完遂したと見なすものとします。


「……やっぱり断る」

 クロスは依頼内容を読み終わると同時にそう言ってのけた。

 どこか予想していたような表情をしながら、ローラスは聞く。

「一応、理由を聞こうか」

 渋面(じゅうめん)を造り、クロスは答える。

「リリースレア神殿の地下最深部には大物の魔物がいる。見てないがおそらく竜種だ。俺達じゃ守りながらは難しい。人数的にもな。だいたい、王室はあんた達に依頼を出してる。なんで俺達にこの仕事を回すんだ」

 今度意外そうな顔をしたのはローラスだった。

「君にしてはいつになく弱気じゃないか。行ったことがあるのか?」

 クロスの顔がますます渋くなる。

「まあな。二年前だったよ。遺跡マニアの連中に雇われてな。中層までは行けんたんだが、そこで装備が尽きてな。個人的に興味があったから依頼主ほっぽり出して、俺一人で最深部を覗いてこようと先へ進んだんだ」

 運ばれてきたコーヒーを一口。

「進んだはいいが、下層に入ってからやたらと魔物が強くなってさ。もうすぐってところでとんでもない獣の咆哮が聞こえた。そこで引き返したよ」

 美味しかったので二口。

「二年も前のことだし、俺達も強くなってるから最深部までは行けると思うんだけど、前線メンバー全員で行ってなんとかだ。調査団が何人いるかは知らないが、ほかの小物からも守るってなった時は手が回らない。あそこは魔物の巣窟だ。安全な場所なんて無いしな」

 それに、とクロスは続ける。

「なんであんた達がこの仕事を受けないんだ?」

 当然の疑問であった。

 そもそも、傭兵間での依頼の行き来は滅多にない。手が足らない場合にヘルプを頼んだり、他のギルドを紹介したりはする。今回のように依頼主が関わらない所で仕事がたらい回しになるのはほぼないと言っていいだろう。依頼主も特別このギルドに受けてもらいたい、というような理由がなければ、仕事を斡旋している所に依頼を出し、仲介してもらうのが普通である。指名の場合は依頼料が高くなるのも常識だ。

 クロスは(いぶか)しむような視線を送る。

「一つずつ答えていこうか」

 ローラスは特に構える様子もなく見返してきた。

「その依頼用の書面と一緒に、王室と直通のリズムジェムを送ってきたのだ。直接話をしたかったのだろうな」

 テーブルの上に置かれた書面――報酬の欄を指で軽く叩く。

「見ての通りの高報酬だ。当然我々は依頼を受ける旨を伝えたが、少々難題を加えられてな」

「難題? 追加依頼とか?」

 いや、とローラスは首を振る。

「実行する人間を厳選して欲しいと言われたのだが、な。少々無理のある内容だった。その内容が――元国軍の兵士、というような経歴を持った者は省いてほしい――というものでね」

「……それは確かに厳しい。でも人材がいないわけじゃないんだろ? あんたのところのエースなら余裕のはずだ」

「あれは護衛には向かん。全く、向かん」

 二度否定されてしまう。反論の余地も無い。

「我々『連剣』は元々そういった軍人崩れの者をかき集めて作ったギルドだ。そうでない者もいるにはいるが、任せるには力不足だ。それに先方がそういった条件をつけてきた理由も理解はできる」

「復讐、とか?」

 聞かれてローラスは、今度は肯定の意味で頷いた。

 なるほど、とクロスは心の裡で納得する。

軍人崩れの傭兵というのは、つまりかつての大戦で大国に潰された国軍の兵士ということだ。

 大国であるシークレディア王国も当然彼らから恨みを買っていることは承知しているだろう。もちろん傭兵にあるまじき行為ではあるが、仕事にかこつけて護衛すべき対象を意味も無く殺してしまう、というようなこともあり得るかもしれない。無いだろう、とは思うけれどそれも、

「傭兵の言い分ってことかな」

 この赤い街が傭兵の街として成り立っているのは、偏に傭兵の仕事に対する周囲の信用があってこそだ。今更かつての仇を討つ、などと考えるような輩はこの街には存在しない。そういった者はとうの昔に駆逐されている。

 復讐を考える傭兵などいない、クロスはそう言ったが、それに対しローラスは肯定とも否定とも取れるような微笑を浮かべた。

「君達の世代は、そうかもしれないな。しかし――」

 微笑は消え、硬い表情で言葉を紡ぐ。

「――復讐の炎は未だ消えず、だよ。クロス君」

 有名な舞台演劇のフレーズだ。大戦の最前線にいた当事者が言うと重みが違う。

 明らかに店の空気が重くなった。クロスは冷たい汗が背中を伝うのを感じる。

 こちらの緊張を見て取ったのか、ローラスはまた微笑を作って幾分か空気を和らげだ。

「とはいえ、確かに実際に行動に移す者はいないであろうな。しかしそれも、傭兵(こちら)側の事情。依頼主には分からぬことだ」

 そりゃそうだ、とぶっきらぼうに応じるクロス。

「世の中、ままならないことの方が多いしな」

 冷めきる前に残っていたコーヒーを全て飲み下し、もう一杯飲むかどうか逡巡する。一杯目は目の前の男の奢りだろうが、二杯目からはさすがに気が引けた。

 そんなクロスの内心を読み取ったのか、ローラスは何も言わずにコーヒーを二杯、追加で注文する。

 見透かされたことに、クロスはほんの少し複雑な笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。

「わるいな」

「気にするな。呼びたてたのはこちらだ」

 口調から、話はまだまだ続くことが読み取れた。

「さて、我々がこの依頼を受けなかった理由は分かってもらえたかな?」

「ああ、よくわかったよ」

「ではもう一つの方の理由を話そうか。なぜ君達にこの仕事を回したのか、だ」

 ウエイトレスのお姉様が注文通り、コーヒーを運んできてくれたことに軽くお礼を言う。特に示し合わせることもせずに、二人同時にコーヒーをすする。すすって、クロスは顔を顰めた。

 不審に思い、ローラスは問いかけた。

「どうかしたかね?」

 いや、となんともいえない微妙な表情で首をふる。

 クロスは半笑いで机に置いたコーヒーをねめつけ、次いでカウンターの奥を、正確にはそこで働いている先程コーヒーを運んできたお姉様に視線をやった。にこりと婉然とした笑みを返され、思わず苦笑で答えてしまった。

 ばつがわるそうに、クロスは居住まいを正して向き直った。

「話の腰を折って悪かった。続けてくれ」

くく、とローラスは喉の奥で笑う。本気で困り顔になったクロスが面白かったらしい。

「なに、問題はないよ。その甘いコーヒーを飲み終わる頃にはこの話も終わってるだろう」

「そこまで甘くない」

「なら、気を使ってくれたのだろう。仕事に私情を挟むのは、個人的にはどうかと思うがね」

「だったら、仕事に私情を挟むなっていう条約でも作ってくれよ」

「夢を見れなくなる、という反対意見がたくさん出るだろうな」

 ローラスは最後に、男共からの、と付け加えた。

 コーヒー本来の香りにほんのわずか甘い香りを混ぜたコーヒー――フレーバーコーヒーをまじまじと見つめ、クロスは深々と溜息をついた。

 女性からこれを提供されるのは、すなわちナンパされた、ということだ。後で食事でもいかが? という程度のものだが、仕事にかこつけて何をしてるんだとクロスは内心で怒る。注文通りのものを出すのが仕事だろうが、とぶつぶつ文句を言ってみる。以前これを同僚の美青年に言ったら「これを受けて喜ばないのは失礼だよ」と戒められたことを思い出し、いっそう複雑な顔を作った。

 そんなクロスの反応に、ローラスは今度こそ声を上げて笑った。

「そういえば君の浮ついた話はついぞ聞かないな。モテるだろう?」

「……あんたもな」

「君の所のグレイ君、だったか。彼の影響は受けないのかい?」

「あいつは反面教師だ」

「クク、なるほどな。女は面倒、そういうことかな?」

 クロスは憮然として押し黙った。反論すれば笑われるのは目に見えていたからだ。

「もういいだろこの話は。さっさと話を戻してくれ」

 そうだったな、とローラスはわざとらしく咳払いして何事も無かったように話を続けた。

「その場では我々は依頼を断ったが、なら他のギルドを紹介してもらいたいと言われてね、それならばと君達を推薦したのだよ。元国軍の兵士というような経歴を持たないもので相応のパーティーを組むことができ、なおかつ私が認めている君達をね。実を言うと真っ先に思いついたのは『交錯』の方だったのだが、あちらは今かなり忙しい上に、我々と少々ごだついている」

 クロスは先程の会話での動揺を押し隠し、率直な疑問をあげる。

「あいつら何かやってるのか?」

「昨日の件を契機にマフィア共を殲滅しようと動き回ってるのだよ」

「ああ、なるほどね」

 マフィアとは、この地方にある全ての国や街からあぶれた者を集め、汚れ仕事をするための人材を育成する組織の総称だ。もちろんこれは裏から見た場合の話である。表向きは雇用の捻出、人材の斡旋というものであった。そうして育てた人材を盗賊や国の独立を願う反乱軍などに売りさばくのが連中の最大の商売である。そうして育てられた戦力が意外と馬鹿にできず、さらには明確な証拠が無かった為に手を出せないでいたが、昨日の件でその辺りの証拠を掴み、国際法に触れたと認められて赤い街の大手ギルドに『シークレディア王国』と『リズブレア帝国』の二大国家から正式に討伐依頼が出たのだ。

 クロスは恐る恐るコーヒーをすすった。すると時間が経ったせいか甘い香りが消えていた。ほっと安堵してもう一口味わう。

「ようやくマフィア共を潰せるわけだ」

「ああ、ここに来るまで時間がかかったが、今はこの話はいいだろう」

「うん、それで?」

 ローラスは軽く頷く。

「それで、昨日の件でも君達には少々迷惑をかけたし、調べがつけば君達がマフィアに狙われるかもしれないと考えた。この仕事に乗じてしばらく街を離れてはどうか、という提案でもある」

「仕事は仕事だ。貸し借りじゃない」

 クロスはきっぱりと言い切ったが、ローラスもこれには苦笑で答えるしかなかった。

「その通りなのだがね。もう一つ、君には悪いことをしたと思ってるのだよ」

「……なにかあったか?」

 ローラスは意味深に笑う。

「君としては以前流したフェイクの噂通り、我々と『交錯』の抗争を望んでいたんじゃないのかね?」

 図星を指され、クロスは目が泳いだ。

「……まあな。その時はラッシュの方についたけど」

 ラッシュ—―『連剣』に並び称される大ギルド『交錯』のリーダーである。まだ年若い青年であるが、その傑出したカリスマ性から、特にこの街出身の人間に慕われている。中心メンバーの大半がクロスと同じ、この街で大戦を生き抜いた子供である。そのため平均年齢は二○代の前半という、かなり若いギルドだった。それ故全体的に経験不足、総合力で『連剣』には一歩劣るが、如何せん他にはない勢いがあった。年代が近いということもあり、クロスは彼と友人、といえる関係でもある。

 そうであろうな、とローラスはクロスの意を汲み取ったふうに頷いた。

「君が我らにつくようなことがあった時には、いつ寝首をかかれるか分かったものではない。それにその抗争の末に『連剣』を討ったともなれば『福音』の評価も跳ね上がっただろうよ」

 心の裡の皮算用まで読み取られ、クロスは肩をひょいとすくめてみせた。

「よくわかってらっしゃる」

「君が敬語を使う時は含みがある時、思ってもいないことを言う時、だったかな」

「……誰に聞いたんだ」

 それには答えが返ってこなかった。

「なにはともあれ、私が君に話を持ちかけた理由は分かって貰えたかな」

 クロスは数秒の間、吟味する。

 確かに心動く仕事ではある。なにせ報酬が馬鹿高い。マフィア関連の面倒事も回避できそうだし、上手くすれば『シークレディア』の王室とのパイプを持てるかもしれないのだ。

 そこでふと、肝心なことを聞き忘れていたことに気がついた。

「なあ、この仕事はいつからなんだ?」

 言いながら、クロスは契約の書面に目を落とす。

 期日は、

「明日からだ。準備はできるかね?」

「………」

急すぎる、と思い難しい顔になったが、よくよく考えれば新しい仕事も入って無かったから特に問題は無いのかと思い直す。しかし、依頼された仕事ではないがこの街でやりたいことがあったことも思いだした。

「……例の『白鬼』襲撃の刀使いを探し出して仲間に引き入れる。これが目下のうちの仕事でもあるんだ。もしかしたら1000万フローの仕事よりも価値があるかもしれないんだよな」

 どうしよう、と口に出した時点でクロスはどちらを優先するべきかを瞬時に決めたが、いかんせん感情がそれを拒む。

 傭兵として仕事を選ぶ。

 個人として刀使いを追う。

「まぁ、傭兵としては仕事を選ぶべき……だよな」

 もちろん、分かっている。分かっているが、どうしても気になるのだ。東方からきた――根拠は無い――刀使いが。『福音の運び手』の将来のキーパーソンになる気がする――クロスの勘の的中率は恐ろしく悪い――のだ。

 そういえば、とまだ解決していない問題があったとクロスは手を打つ。

「この仕事、要人護衛か。俺達だけじゃ不足かもしれないっていうっていうのはどうなんだ? 護衛しなければいけない人数にもよるけど」

 これが解決しなければ仕事を受ける受けないどころではない。高額報酬を貰っておいてダメでしたでは任務失敗以上の汚名をきることになる。

 ローラスは大丈夫だとこともなげに言う。

「ああ、そのことならおそらく問題無いないだろう。調査団、というが実際にくる学者は一人だけなのだ。なんでもその学者は古代学の権威だそうだ。まだ若いらしいがね。さらに王室から一人護衛としてついくる。その護衛としてくる人間も――」

 にやりと笑い、

「――王都守護騎士隊の隊長が、直々に来るそうだ」

 堂々と言い放つ。

 クロスは一瞬、ポカンと口を開いて静止してしまった。

「……そんな大物が来るなら俺達いらないんじゃ? ……あ、つまりある程度腕の立つ道案内が欲しかった訳か」

 我が意を得たり、とローラスは大きく頷いた。

「そういうわけだ。納得してもらえたかね?」

 ふむ、とクロスは一瞬の間に考えを巡らせる。

 今回の依頼で懸念されたことは解消した。確かに福音の戦力にかの名高き王都守護騎士隊の隊長が加われば今回の目的地であるリリースレア神殿の最深部まで行くことも可能であろう。もちろんそこに居るであろう竜種との戦闘も乗り切れるはずだ。ならばとクロスは結論を出した。

「この仕事、受けるにやぶさかではないが、俺達はこの街でやるべきことがあるのも事実。もしかしたら俺達福音の未来をも左右することかもしれない案件だ。で、そこで相談なんだけど」

 最後まで言わせずローラスが先回りする。

「君達が街を離れている間、代わりに我々連剣の鎖が件の刀使いの捜索をしよう。そして無事保護し、かつ君達のギルドへその刀使いが入隊することになれば、今回のシークレディア王室からの依頼料のうち、成功失敗問わず受けとった額の3割を頂けるのであれば、我がギルドは全力でもってその仕事を完遂させることにやぶさかではないが?」

 クロスは思いっきり言葉に詰まった。よく考えなくても3割はぼったくりが過ぎる。成功報酬の場合は300万フローも持っていかれるのだ。仮に失敗した時は60万フローだ。その刀使いが福音に入隊しなければ、全くの無駄金である。

 しかし、

「……時には金に代えられない価値があるものもある、か」

 ニヤリ、と凄味のある笑みを零すローラス。

「商談成立だな」

 踊らされた気もしないではないが、とりあえずクロスは頷いた。

 しかしこの交渉の内容をあいつらにどう説明すれば納得してもらえるか、ほんの少し頭の痛い問題である。

(まあ、きっと俺の取り分が減らされるだけなんだろうけどさ)

 これは勘ではなく確信だった。


亀更新から一転して連投!

いや、書き溜めてただけだけどさw

文字数多いのが駄目かもなー

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