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『こちらファーナ。いつでもいけるわ』

 右耳につけた、音を伝える特殊な魔法石、リズムジェムを内蔵した装置から聞こえてきた女性の声。仕事モードに入っているためか、妖艶さは残しつつも平時よりは硬質なその声色に、青年は短く答える。

「こっちもだ。手筈通りそのまま待機」

『了解』

 ふう、と一息ついて背後に控える仲間達を振り返る。

「さあ、準備はいいな?」

 声を掛けた人物と同様の上下黒のジャケットに身を包んだ巨漢と痩身の男が同時に頷く。

 リーダー格の男、クロスは無言で頷き返した。

 三人は石造りの建築物に身を張り付かせて、内部に人の気配が無いことを確認する。

 深夜零時を回り、運の良いことに月も分厚い雲に覆われている。真っ黒な服装がそのまま迷彩柄となり、肉眼で捉えられる可能性を限りなく低くしていた。

 夜とはいえ、涼しさを感じさせない真夏の暑さに辟易する。一つ息を吐いて、意識を集中させた。油断無く極力音をたてないように木造りの扉を開け、淀みの無い滑らかな動きで建物内へと侵入する。クロスはハンドシグナルで仲間二人に指示を出し、廊下の奥にあるはずの階段へ先行させた。

 痩身の男がそっと階段を覗い、人の気配が無いことを確認すると後ろ手にGOサインを出す。

 指示に従い、長大なハルバードを背負った巨漢が、その体躯に似合わない軽やかな動きで踊り場まで一息に駆け上がり、身を屈めて二階を見やる。さっと回転式シリンダーの拳銃を抜いて二階に向けて構えながら、階下の二人に指示を出す。

 注意、指示、移動をローテーションしつつ三階まで素早く駆け上がり、三人は目的の部屋まで辿りついた。

 侵入してきた時と同様に、音を立てないよう木造りの扉を開け中へ入る。

 さほど広くも無い、机がいくつか並んだごくごく平凡な事務所だ。

 最後に入ってきた巨漢がそっと扉を締めたところで、ようやく三人は一息ついた。

「とりあえず、最初の難関はクリアだね」

 痩身の男が、癖なのか目にかかりそうな金髪を手櫛で横に軽く流す。

「油断するなよグレイ。さっさとブツを回収するぞ」

 腹に響くような重低な声は巨漢のものだ。戒める、というよりは単なる掛け合いのような気軽さを感じさせる。

「君も、その無駄にでかいハルバードをどこかにぶつけないでくれよ?」

 それで前に一度やらかしているし、とは続けなかった。

 パ、と三人の口が光る。もちろん口に加えたペンライト――光を放つ特殊な石を内蔵したライト。通称フォトンジェム――が、だ。

 事務所というからには当然だが、やたらと紙が積んである。この中からとある一枚の紙切れを探すのは根気が必要な作業だ。

 カサカサと音が鳴るのは仕方ないと開き直って、クロスは一枚一枚書面を手にとって確認していく。その中に人身売買の記録やら、人の値段つきカタログまであって辟易したが、今は仕事が優先だと、元あった場所に戻す。

 そんな作業を五分も続けた時だった。

「あった。これだね」

「ホントか?」

 クロスは資料棚を物色していたグレイのところへ行き、(くだん)の資料に目を通す。

「銃器売買の報告書、日付は……四日前。拳銃が三十、手榴弾に閃光弾、それに噂のアサルトライフルが十丁か。ここの連中が何かやらかそうってのは本当みたいだな。マフィア風情が何をするつもりなんだか」

「あの噂じゃないのか?」

 ごつい木の幹のような腕を組んで、ダズは低く抑えた声で言った。

「ワルドの野郎が言ってただろ。高価なミスリル金属の購入制限のことで『連剣』と『交錯』の連中が争ってるってな」

 得心がいったというようにグレイが頷く。

「ああ、それで確か長い付き合いのある、ここ『双頭狼』が『連剣』の連中に手を貸そうとしてるのかもね。『双頭狼』は外部勢力。チャチャを入れるなら都合が良い」

「なら今回の依頼主は『交錯』の連中か?」

 ダズのほぼ確実と思われる疑問に、クロスが同意を示した。

「だろうな。『交錯』が何らかのルートでそういう情報を掴んだんだろ。戦争……になるかどうかはわからないけど、その時はこっちから話を持ちかけて雇われてもいいかもしれないな。ラッシュに貸しを作るのはいいことだし」

 ギルド『交錯』と『連剣』といえばかの傭兵の街でも有数の大ギルド。その二つのギルドがぶつかれば抗争の域を越えて戦争になるが、その分仕事が増える。上手くやれば大金が転がり込んでくるし、名を上げることもできる、と刹那の間に皮算用する。

「なら、さっさと帰るぞ。ファーナも聞いてたな? ギン、車を回せ」

 耳につけた装置、インカムを指で軽く叩く。

『了解だ兄貴』

 インカムから快活な男の声が聞こえてきたのと同時、車のエンジン音もかすかに響いてきた。

 それを確認して、迅速に撤収しようと動き出したところで、インカムから待ったの声がかかった。

『そっちの部屋に見回りが移動してる。気付かれたかもしれないわ』

 緊張が走る。

 それでも反射的にペンライトを消し、己の得物へと手をやる迅速さは評価できるだろう。

「ファーナ、お前は待機だ。まだ手を出すな」

『了解』

 小さくも鋭いクロスの指示に、ファーナも短く答えた。

 コツ、コツと革靴が木造の床を小さく踏みしめる音が耳に届く。

 クロスは息を殺し、すぐに動けるようタメをつくる。

「クロス」

 グレイが発した、空気をほんの少し揺らすだけの声に頷く。

 キィ、とゆっくりと木造りの扉が開くと同時に、懐中電灯の眩しい光が室内を照らした。

「!? 誰――」

 扉が開け放たれたその瞬間、グレイが腰のホルスターに装着しているベルトから両刃のナイフを抜き取り、目にも留まらぬ速度で投げ放った。

 と、同時に、クロスは敵の救援を呼ぶ声と悲鳴の両方を、文字通り口を塞いで黙殺する。

 安物の黒っぽいジャンパーを着たその男の体から力が抜けるのと、ナイフが刺さった額から血が噴き出したのは同時だった。

 クロスは手早くナイフを抜き取って後ろ手にグレイへと投げ返す。帰り血を浴びないよう軽い動作で男の横へ半歩ずれ、そこへ倒れ込もうとする男の襟首を掴んで、音がたたないようにそっと床へ寝かせた。

「……バレてないか?」

「気を抜くなよ」

 ダズの釘を刺す言葉に、クロスが頷きかけた時、

 ジャキ、と不穏な金属音が廊下の奥から聞こえた。

「侵入者か!」

「撃ち殺せ!」

 廊下の奥、さっき自分達が昇ってきた階段のさらに上階から降りてきたのであろう二人が銃を構えていた。

 獲物を捕らえんとする、鷹のエンブレムが装飾された武器――イーグルエッジAS‐Ⅰ。

 よく見かける小さな拳銃ではなく、ごくごく最近開発された銃――リコイルショックを押さえつける為の肩当て、ごついグリップに狙撃銃並の大きさを持つ機関部、長いバレルの下部に突き出した数十発の弾丸を内包するマガジン――突撃銃を視認した瞬間、クロスは顔から血の気が引いたことを自覚した。

「アサルトライ……ッ!」

 言い終わる前に、秒間十数発の弾丸の雨がクロス目掛けて襲いかかった。

「う、おおおお!」

 手に持った男の死体を廊下に投げる反動を利用して、体ごと部屋の中に飛び込んだ。

 倒れ込む最中、廊下へと投げ出された男の死体が横殴りの嵐に呑み込まれて、鮮血と共に錐揉みしながら弾き飛ばされたのが見えた。

 しかし、そんなこと(・・・・・)に構っている場合ではない。

 倒れ込んだ体を、恐怖心を弾き飛ばすのと一緒に立ち上がらせる。腰に吊るしてある鞘から片刃の長剣を抜き、壁に背を預けるように飛んだ。

「あれが噂のアサルトライフルか。恐ろしい威力だね」

 マイペースに言ってのけたのはグレイだ。

「言ってる場合か、実際脅威だぞ。どんなど素人が持ってもあの威力なんだからな」

 と、引き締めるようにダズが低い声で言う。

「分かってるな? あれの弱点は――」

 余裕のつもりか、グレイは口の端を小さく持ち上げる。

「マガジンを入れ替える瞬間だろ? ダズはその紙持って先に行っててくれないかい? ルートの確保は任せろ――」

 再度、グレイが腰のベルトから今度は二本のナイフを抜き取り、

 それを確認したクロスは剣先を後方に流して前傾の姿勢を取り、

「――てね!」

 グレイが叫んだのを合図に、ダン!! と床を踏み鳴らして、クロスは十数メートルの距離を一息に潰さんと廊下へと躍り出た。その背に向かってグレイが二本のナイフをまとめて投擲する。

 男二人は慌ててマガジンの入れ替えを行い、素早くクロスへと照準を向けた。

 が、

「「な!?」」

 驚愕の声を上げる羽目になったのは銃を構えた二人だった。

 消えたのだ。厳密には長大なアサルトライフルを頬付けで構えていることによって生まれる下方の死角に潜り込まれただけなのだが、状況を悠長に分析できる余裕は、いつの間にか目の前に迫っていたナイフによって奪われていた。

「グ!」

 慌てて避けようとするが、グレイが狙ったのは頭ではなく胴の中心。もっとも避けにくい箇所だ。なにより、寸前までクロスの体に隠れていたのだから、当然反応も遅れる。

 それぞれ胸と肩にナイフが突き刺さったが、致命傷ではない。痛みを堪えてもう一度銃を構える。

 ――その時。

「フッ」

 と、視界の下方から短く呼気が聞こえた――のが最後だった。

 クロスはグレイの投げナイフを躱し、男二人の死角に潜りこんで、その超低空姿勢のまま残りの数メートルを飛ぶように駆け抜けた。そしてナイフのダメージからの回復を待たずに、右後方に構えていた長剣を、地面を走らせるようにして一気に上段へ振り抜く。西方の直剣の如く曲線の無い刀身に、東方の刀の如く威風堂々とした肉厚の刃。刃渡り一メートルを超えるその長剣は、見た目の印象を裏切らない重さと鋭さを存分に見せつけ、突撃銃を持った男の腕ごと胸を抉り、頭を割った。その勢いに乗って天井まで鮮血が飛び散る。

 留まることなく、さらに一歩踏み込むのに合わせて、返す刃で奥の男の腹部を深々と捌いた。

 力無く崩れ去る音。

弾け飛ぶ血飛沫。

 充満する血臭。

 あまりに(・・・・)馴染んだそれら(・・・・・・・)はクロスの意識に届くことは無い。ただ状況と流れのままに叫ぶ。

「ダズ! 早く行け! 殿(しんがり)は俺がやる!」

 了解、と短い声が二人とインカムから聞こえてきた。

 まずダズが階段を駆け下りていき、グレイが軽やかな身のこなしで後に続いていく。それと入れ替わるように奥の扉から、粗雑なジーンズとシャツを着込んだ小太りの男が飛び出してきた。

 肩に黒々とした円筒の様なものを担いで。

「貴様らがどこの手の者かは知らんが、何かを知った貴様らを生かして帰すわけにはいかん!!」

 ある意味で、当然のセリフを叫ぶ小太りの男。

 だが、クロスはその台詞を完全に聞き流していた。

 いや違う(・・・・)

 小太りの男が肩に担いでいるソレに思考が凍りついて男の言葉が頭に入ってこなかったのだ。

 イーグルエッジRL‐Ⅰ――カテゴリは、ロケットランチャー。

 連射速度と射程距離を最大限向上させた突撃銃に並ぶ、ごく最近開発された対物用の破壊兵器。建築物や装甲の厚い車などを文字通り吹き飛ばすための兵器だ。

 間違っても、室内でぶっ放すような代物ではない。

「おいおいオッサン。こんな所でそんなもん使ったら、アンタも死ぬぞ」

 小太りの男はクロスが携えている長剣と、頬を引き攣らせているクロスを交互に見て薄く笑う。

「ふん、覚悟を決めろや傭兵風情が。マフィアの仕事に対する覚悟は王国騎士団に劣らねえ」

「ハ、そういう割に売春なんかにも手を出してるみたいじゃないか。マフィアの誇りに傷がつくぜ?」

 小太りの男は、苦虫を噛み潰したように苦々しい表情を作るが、それでもなお言い放った。

「マフィアの掟は仕事を完遂させることだ! その為には自らの命を使ってでも障害は排除する!」

 小太りの男の醜い容姿はともかく、なるほど仕事人としての覚悟はさすがというべきところだろう。年齢的にもあの時代を生き抜いてきているに違いない。

 クロスは口の端を少し持ち上げ、こちらも堂々と言い放つ。

「傭兵の掟 第一条第一項 諦めること傭兵に非ず――生きる為なら何でもするのが傭兵だ。だから傭兵と戦う時は……」

 その言葉に、ハッと気づくことがあったのか、慌てて後ろを振り返ろうとする小太りの男だが、何かが窓ガラスを貫く音が響いたのと、男の頭部をソレが貫通し鮮血を撒き散らしたのはほぼ同時。半秒遅れて狙撃銃特有の空気を割る乾いた音が、夜の街を駆けた。

『……後方注意(チェックシックス)、ね』

 クロスの言葉を引き継ぐ形で、硬質な、それでいて妖艶さを感じさせるファーナの声がインカムに内蔵されたリズムジェムを通して、明瞭に聞こえた。

 生気が抜け、力無く膝から崩れ落ちた小太りの男を見やって、クロスが小さく息をついた。

「助かったよ。ファーナ」

『気にしなくていいわ。これは私の仕事よ。……それより『双頭狼』の武装が気になるわね。イーグルエッジ社の最新モデル、イーグルエッジAS‐ⅠとRL‐Ⅰをあれだけの数所持しているとなると』

 確かに、とクロスは短く同意する。イーグルエッジ社が開発する次世代の武器を揃えるということは、少なくとも(・・・・・)いざこざを起こす気だろう。それがどの程度の規模なのかは分からないがキナ臭いことに変わりは無い。もしも本当に大ギルド『連剣』と『交錯』の抗争、いや戦争が起きる前触れだとしたら、早急に対策を講じる必要がある。

『ねえ、楽しんでない?』

「仕事が増えるのはいいことだろ?」

 その答えに嘆息するファーナ。一歩間違えれば戦闘マニアになりかねないこの男の手綱をどうやって取ればいいのか、それが問題だ。

「ま、今はまだいい。とりあえず帰還することが優先――ッ!」

 言葉が途中で途切れたことに、ファーナは首を傾げる。

『? どうしたの?』

 何か耳に不穏な音が届いたのだ。もちろんインカムの向こうのファーナには聞こえなかっただろう、ポフッというような気の抜けた音は。

 クロスはその音の発生場所に目を向ける。視線を床に落とし、数瞬の沈黙。

 頬を一筋の汗が流れたのは暑さのせいではない。

「……おい、冗談じゃねえぞ」

『クロス?』

 突然の、クロスにしては珍しい泣きの入った言葉に何事かとファーナは息を詰める。

 クロスはソレから背を向け、全力で駆け出した。

 気が抜けたような不穏な音の正体。小太りの男が担いでいたロケットランチャー。その口から黒い炸裂弾――強化改良された赤く燃えるように輝くバーストジェムが吐き出された音だった。

 どうやら銃火器を専門に開発するイーグルエッジ社は、近接武器主体の傭兵がとことん嫌いらしい。その企業理念が量産型の武器にまで行き届いているのだから、その信頼度は筆舌に尽くし難いものがある。

 敵視されている傭兵にとっては迷惑極り無い話だ。

「うおああああああああああああ!?」

 泣きの入った叫び声をあげながら、階段を下りるのももどかしく、廊下の奥にある窓に頭から突っ込み、宙へと飛び出した。

 刹那、白い閃光が視界を埋め尽くし、

 クロスの、ここ最近では最大級の悲鳴すら消し飛ばす破壊音が、夜の街に響き渡った。


固有名詞が多いのは仕様です^^;

この作品の反省点でもありますOrz

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