幸せになる方法
僕は家を飛び出した。
そして走った。
静かな公園で休む。
また父と母がけんかした。
きっと僕がいなくなったことに気づかず、まだ揉めているだろう。
「どうしたら、みんな幸せになれるんだろう。幸せになる方法はどこにあるんだろう」
誰もいない公園で僕はつぶやいた。
結局、お腹がすいたので家に帰った。
学校で、幸せになる方法を探すことにした。
恥ずかしいから友達に言えないでいる。
実験の授業が早く終わった。
暇になった僕は、理科室の机にこう書いておいた。
「幸せになる方法おしえて」
落書きのことをすっかり忘れて、日々は過ぎていった。
今日までは。
「理科室の机の落書き、キミのかい」
振り向くと、どこかで見たことのある奴がいた。
たぶん同学年だ。
「落書きって・・・ああ、あれか」
「キミは幸せじゃないのか」
「・・・分からない」
「ボクは幸せになる方程式を探しているんだ。もしかしたら協力できるかもしれない」
僕より背の低い、生意気そうな男だ。
「うーん、どうしよう」
「どうしてそこで悩むんだ。このボクが申し出ているのだから、一発OKだろう」
ちょっと頭が残念な人みたいだ。
「やめとくよ」
すると生意気くんは目を潤ませた。
「ひっくひっく・・・ごめんなひゃい。頼むから一人にせんといて」
とか言う。
周囲の目が痛いので、僕はやけになって
「分かったよ」
と言ってしまった。
別クラスの生意気くんは、休み時間になると僕のクラスに来るようになった。
「あっ、あの・・・アッ遊ぼうぜぇ!」
「いいよー。こっち来て一緒にトランプやるか」
それを聞いた生意気くんは
「トランプなら得意だ!見ていろ。ボロ勝ちしてみせる」
と、調子に乗って加わった。
しかし大富豪では平民、ババ抜きでは6人中3位抜けという、いまいちな成績を残した。
放課後にも、生意気くんは僕を訪ねて教室にきた。
「これから楽しいことをするんだ。一緒に来ない」
理科室には誰もいなかった。
夕日が静かに机を照らす。
「ボクは科学部だから、多少やんちゃしても部活だってことにしちゃうのさ」
生意気くんは、机からねるねるねるねを取り出した。
「ボクが作って、キミが食べる。持ちつ持たれつ、WINWINの関係は、幸せへの布石に違いない」
「でも何で、ねるねるねるねなんだよ」
生意気くんは、目と口をカッと開いて言った。
「ボクが作りたかったからだっ!」
二人しかいない理科室。
厳かな雰囲気の中、ねるねるねるねを作る生意気くん。
沈黙に耐え切れず、僕は話しかける。
「そういやお前、名前なんてぇの」
すると、生意気くんはギラッと僕を睨んで
「ちょっと黙れ」
と吼えた。
腹が立ったので、帰ろうと思った。
でも、生意気くんが真面目にねるねるねるねを練っている様子を見て、和んだ。
「おっ、いいぞいいぞ。ほら来た。ぐへへへへへ」
紫色のねりねりが完成した。
「ほれ、食べていいよ」
「自分で作ったんだから、少しくらい食べれば」
「いや。ボクは作るのがすきなんだ。いいから食べてくれ」
そういえば、ねるねるねるねを食べるのは10年ぶりかもしれない。
どんな味だろう。
わくわくしてきた。
「じゃあもらう」
一口食べると、想像してなかった味がした。
「さて、ボクは帰るか」
生意気くんは、ねるねるねるねを食べている僕を残して、帰っていった。
理科室で一人、ねるねるねるねを食べる。
ちょっと虚しいな。
誰にも見られたくない。
ふと出入り口の扉に目をやると、扉の隙間から生意気くんが見ていた。
まだ帰っていなかった。
僕は素早く近づいて、デコピンを食らわせてやった。
「ひっ、ひいいい!」
生意気くんは、断末魔をあげて腰を抜かした。
その後、僕は帰ったふりをして生意気くんを観察した。
すると生意気くんは、めそめそ泣き出した。
ちょっとやりすぎたかな。
引き返して謝ろう。
僕は早足で生意気くんの所へ戻った。
「ごめんよ」
すると生意気くんはニカッと笑って
「キミが前の角に隠れているのなんて、分かっていたさ。嘘泣きだよ」
と言って、しゃんと立った。
「全部演技だったのか」
上手に騙されると、逆にすがすがしいもんだ。
「さぁ、ついでに一緒に帰ろうか」
嘘泣きだと言っていたくせに、生意気くんは帰り道でずっと泣いていた。
翌日、生意気くんは目を腫らして学校に来た。
先生は心配し、クラスメイトは面白がって噂をした。
しかし生意気くんは、全く気にしていないようで、へらへら笑ってトランプに参加してきた。
そして、まずまずの成績を残して去っていった。
放課後、理科室に行ってみた。
やっぱり生意気くんがいた。
「やぁ。やっぱり来たね」
生意気くんは、石を粉砕している。
「何やってんの」
「石を削って、化石を探しているのさ。おっ、出た出た」
生意気くんが見せてくれた石には、葉の模様があった。
「あーあ。また葉だ。魚とか欲しいな」
「僕もやっていい」
「魚とか出たらくれよ」
二人で黙々と石を割った。
たまに何か出てきても、葉ばっかりだ。
「・・・飽きた」
生意気くんは、石と道具を投げ出して、夕日を見ている。
僕は石を砕くのが面白くて、化石が出なかった石をバラバラにしていた。
「なぁキミ、一緒に帰ろう」
生意気くんは夕日が眩しいのか、目を細めて言った。
夢みたいにきれいな夕日が、外で待っていた。
「ところでキミは、幸せを見つけたかい」
生意気くんは、信号の押しボタンを連打しながら言った。
「うれしいことはたくさんあるけど、幸せって言うには大げさかな」
「ふうん。幸せってのは、キミが思うほど大したものじゃないと思うよ」
「それならお前は、幸せの方程式を作れたのかよ」
僕は、からかうように言う。
「あと少し・・・もう少しデータがあれば、出来るんだ」
夕日が沈みかけている。
「そうだ。ちょっと寄り道しよう。こっちだ」
そう言うなり生意気くんは、走って横断歩道を渡り、細い道に入った。
「おーい!置いてくなよ」
僕は慌てて走り出した。
細い道を抜けると、野原があった。
「どうだ広いだろう」
教室半分くらいの広さだ。
「そうでもない」
「ここにおいしい木の実が生えているんだ」
生意気くんは木から実を収穫した。
赤くて豆粒くらいの大きさの実だ。
「大丈夫?これ毒ない?」
僕は疑いの目を、生意気くんに向けた。
「これはクコの実だから、食べられるぞ。ほら、杏仁豆腐の上に乗っている赤い実がこれさ」
僕も恐る恐る実を採って食べた。
「甘い。おいしい」
「他の奴らには教えないでくれよ。実が少ないからあっという間になくなるからね」
生意気くんは実を一気に10個くらい口に入れて、もぐもぐ食べている。
「この実を食べると、幸せになるのだ」
僕は考えていた。
この程度のことを幸せとして扱っていいのか。
幸せってもっと、人生が大きく変わる感じじゃないだろうか。
「難しい顔をしてないで、もっと食べたらどうだね」
「それもそうだ」
僕も10個くらい一気にクコの実を食べた。
「こらっ!食べすぎだろ」
「別にいいじゃんかよー」
僕と生意気くんは笑っていた。
もう月が出始めていた。
「ボクは気づいたよ。キミと関わるようになってから、うれしいと思う回数が増えたんだよ」
「それで?」
「要するに幸せだってことさ」
生意気くんは、地面に棒で幸せの方程式を書いた。
幸せ=(うれしいと思った回数-がっかりした回数)×うれしさを共有した人数
ポケットの中にはクコの実が二つある。
これを父と母にもあげよう。
そう思ってニコニコしながら帰った。
僕はその時は、生意気くんが言っていることがよく分からなかった。
でも今、生意気くんとの楽しかったことを思い出して、心が温かくなっている。
これが幸せなんだ。
「分かったよ。ありがとう」
幸せになるには、今を楽しむといいんだ。
今のことを思い出したら、幸せだったと思えるように僕は生きていきたい。