9 絶望的な事実と救世主登場
「それって……それってどういうことなの?」
すかさずそう聞いたのはオッサンでもカイトでもなく、後ろの方で黙っていた赤石さんだった。不安と恐怖の入り混じった表情で、しかし今までになくはっきりとした口調で問う。
「生かされ続けなければならないって、私達は永遠に死ねないってこと?」
「ええ、街が消えない限り永遠に。この街のシステムでは、ひとつの人生が終わるとその人物の記憶は全て消去され、また別人としての新たな人生が始まります。そもそも人間のデーターを残していたのは、肉体が滅んでも意識だけはデーターに乗り移って永遠に生きられるだろうという迷信があったからなんです。しかし実際は滅んだ人間は跡形もなく消え、残ったあなた方が永遠に生きることになってしまったんですけどね」
「そんな……そんなの酷すぎる……死んでも死ねないなんて地獄じゃないっ!私はもう生きていたくないのにっ!」
赤石さんは両手で頭を抱えてそう叫ぶと、その場に崩れ込むようにしゃがんだ。カイトがすぐに駆け寄り、赤石さんの体を支えようとするが、
「ねえ、こんな意味の無いこともうやめましょうよ、もう終わりにしましょうよ!だって、私の他にも死にたい人はいくらだっているわっ!」
カイトの腕をすがるように掴み、泣き出しそうな表情で訴えた。
その異様な光景にオレはただ茫然と見ているしかなくて、次にバグはカイトも引き込んでいこうとする。
「カイト、あなたはこの中では一番ワタシと似た考えを持っていると思ったのですが、どうですか?こんなに苦しんでいる女性が目の前にいて、まだ仕事と割り切るのですか?そろそろ自分の本音を上司にぶつけてみては?」
バグはそう言い、挑発的な笑みを浮かべてオッサンを見た。今まで黙って見ているだけだったオッサンは大きく溜息を吐くと、
「確かに馬鹿げたシステムだ」
あっさりと同意した。しかも更にこんなことを言う。
「こんな街、人間が滅んだ時点で消すべきだと思った。そもそも情報化事体が間違ってるとも思った。でなけりゃオレ達が生まれてくることもなかったのにな」
辺りが静まりかえる。まさかオッサンまでそんなことを言うなんて。それじゃあ、街はバグの思惑通り消去され、オレはトウマとしてどこかへ連れ去られるのか?そんなの嫌だ、オレはまだ何も納得していないっ。
「でもな」
何か反論しなくちゃ、と必死に考えていると、オッサンが再び口を開いた。
「こうなっちまったもんは仕方がないだろ。アンタの言う通り馬鹿げた理由だが、それでもこの街の人間は今こうして存在してるんだ。それを馬鹿馬鹿しいと言って消そうとするアンタだって同じことだろ?昔仕えていた主人の夢を勝手に利用されて、それが気に食わないからぶち壊してやろうって、オレに言わせたら自己中心的で下らん理由でしかないと思うけどね」
それを聞いていたバグの表情からは、何を考えているのか全く予想がつかなかった。少しはむっとした顔をするのかと思ったけど相変わらずの微笑を浮かべている。目だけじゃなくて本当は顔の全部が仮面じゃないのかと疑うくらいに変化が無い。
ほんの僅かな無言の後、
「あなたに何を言われようとワタシの決意は変わりません。約束通り目的は話しました。もういいでしょう?トウマは返してもらいますよ」
そう言った。ちょっと待て、オレは物じゃないぞ。貸し借りするもんじゃないだろ。オレは心の中でそう突っ込んだが、それを声に出してもこの男には通じそうもない。それどころかそもそも話し合おうって気がない。
「さあトウマ、帰りましょう」
バグはそう言い、オレに向かって優雅に片手を差し出した。オレがその手を取ると思ってるのか?絶対に行くもんかっ!オレは首を大きく横に振ろうとして、
「?」
首が動かないことに気がついた。いや、首だけじゃない。全身がピクリとも動かないのだ。訳が分からずパニックに陥り、誰かに助けを求めようと必死に辺りを見まわす。しかし最悪なことに、他の皆も動いていない。まるで時間が止まったかのように瞬きすらしていない。
そんなことを考えている間にも、バグはゆっくりとこっちに向かって歩いて来る。多分、っていうか絶対こいつの仕業だっ。街の人達を消したり人を一瞬で動けなくしたり、ほんとにバグって何者なんだ?って言うかこんな奴に敵う訳無いだろっ。
このまま全てが終わってしまうのだろうかと、たちまち絶望感に襲われる。バグに連れ去られ、オレはどうなるんだろうか、トウマとしての人生を歩まされるんだろうか。そして街は消されて、全部無かったことにされるのか……?
出来れば泣きたい気分だったが、体が全く動かないため涙も出ない。近づいてくるバグをただ見ていることしか出来ない。
バグが後数歩でオレにたどり着く距離になった時、
「止まってください、バグ」
救世主が現れた。背の低い影が素早くオレとバグの間に入り込んだのだ。それが誰なのか分かった瞬間、
「テンちゃんっ!」
途端に体が動くようになった。他の皆も同じで、息を吹き返したように動き出す。
バグは小さく首を傾げた後、
「何の真似ですか?……テン」
低い声でそう聞いた。
「彼はトウマではありません、柏木燈真なんです。目を覚ましてください」
バグを目の前に、毅然とした態度のテンちゃん。その姿は格好良く、そして守られているだけのオレはかなり格好悪い。
「あなたなら自分の役割を理解できると思ったのですが、全くの期待外れでしたね。ワタシ達が何のために作られたのか忘れたのですか?」
バグはテンちゃんを見下ろし、窘めるように言った。テンちゃんは首を横に振って答える。
「いいえ、忘れてなどいません。勿論トウマのためです。しかしトウマはもういない、私達は主がいなくなった時点で一緒に消えるべきだった。そうすればあなたが主の面影をここまで追うこともなかっただろうに」
「ワタシの存在意義はトウマの望みを叶えること。彼の望みは苦しみも絶望もない夢の街で、テンと永遠に過ごすことです。それを叶えるまでワタシは消えはしませんよ。今のトウマが本当に自分の望んでいることに気付かないのなら、この偽りばかりの街を破壊するまでです」
バグは抑揚の無い声で言い放つと、テンちゃんの細い首に手を伸ばした。
「テン、最後の警告です。大人しく下がりなさい」
まるで機械のような冷たい声。それでもテンちゃんは動こうとはしない。目の前で人が首を絞められそうな時に、流石のオレだってただ見ているだけではない。オレは精一杯の力を込めて、バグの手首を掴んだ。
しかし、ビクともしない……。何だコイツは、オレだって一応男なんだからそれなりの力はあるはず。掴んだ手首の感触だってそんなに太くはないのに、まるで石のように動かない。
「一緒に帰りましょう、トウマ。あの場所へ戻れば、きっとあなたも自分の望んでいたことに気づきますよ」
オレがこんなにも頑張って止めようとしているのに、バグは何の力も入っていない声でさらりと言った。しかもこの間にもオレは力負けしていて、バグの手は徐々にテンちゃんに近づいている。きっとオレが一緒に行くって言うまで止めないつもりだっ!
「そのまま押さえていろ、柏木燈真」
バグの背後から、ふいにそんな声が聞こえた。見ると後ろにカイトが立っていて、右手をバグの胴に向けて真横に振りかざしていた。だけど右手になぜか手は無く、コートの袖から出ているのは青色の縦に細い光。そう、それはゲームやマンガなんかで出てくるビームソードそのもの。




