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8 燈真とトウマ

沈黙が流れる。オッサンは予想していたのか、あまり驚いた様子はない。街を完全消去も驚いたが、何よりもバグがいつの間にかオレに仕えていたことが衝撃だった。


「我が主、トウマ……。アンタと燈真君は侍従関係にあるってことだね?」


 オッサンが納得したように言うものだから、


「ちょっ、ちょっと待ってよ!オレ知らないよっ!大体安アパート借りてるようなやつが侍従関係のしかも主である訳がないじゃんっ!それが許されるのはゲームかアニメの世界だけだよっ!」


 オレは我も忘れて必死に訴えた。このままだとバグの主はオレで、つまりはオレが首謀者だってことになってしまう!


「分かった分かった。別に燈真君が犯人だとは言ってないから。まずは落ち着こう」


 オッサンが宥めようとはするが、こんなことを言われて落ち着いていられる訳がない。こうなればとことんバグを問い詰めて、何が何でもさっきの問題発言を撤回させなければならない。これ以上心当たりのない濡れ衣を着せられるのは沢山だ。


「ええ、確かに。今ここにいるトウマとワタシは直接的な関係はありません」


 オレの憤慨を余所に、バグはあっさりと断言した。だったらそれを最初に言えよとまた怒りが込み上げてくる。


「正確に言えば、ワタシの主は前のトウマです」


「前のトウマ……?」


 また訳の分からないことが増えた。前のトウマって何?そして誰?


「トウマ、あなたはこの世界の成り立ちはもう知っていますね?」


「えっと……はい」


バグに聞かれて、オレは若干緊張しながら頷く。世界の成り立ちっていうのは情報化された社会のことだろう。今だに信じられないが、一応知ってはいる。


「あなたには、あなたの情報の元となったオリジナルの人間がいた」


「はい」


「それがワタシの主であり、この街のシステムを最初に作った人物なのですよ」


 オレは動かない頭を必死にフル回転させる。確か、この街の住人は昔ここに暮していた人間のコピーだった。そしてオレの元となった人はこの街を作った人物で、バグの主。とにかく凄い人……。


「それで……今のオレとどんな関係があるんですか?その人が凄い人だっていうことは分かったんだけど、それは昔の話で今の柏木燈真はただのゲームオタクですよ?」


 思ったことを率直に伝えた。結局この人は、昔仕えていた主を忘れられずにずっとその面影を追い求めてオレに至ったってことでしょ?でもその人とオレは別人だし、そんな街のシステムを作っちゃうような頭のいい人と一緒にするのはかなり無理がある。


「いいえ、昔もただのゲームオタクでした。あなたは前と全然変わっていない」


 昔を懐かしむようにクスリと笑うと、バグは言った。いやいやいやいや、違うでしょ。全然違うでしょ。ゲームオタクの中にも凄い頭のいい人とそうでもない人がいて、オレは完全に後者なんですよ。街どころかテンちゃんだって簡単なのしか作れなかったのに。


「元々トウマは街や人間を情報化しようとなんて考えていなかった。ただ、テンと一緒に暮らしたいがために自分だけの小さな町を作ったのです」


「えっ……今、テンって……。もしかしてテンちゃんのこと?」


 確かに今、バグはテンと言った。でもテンちゃんはオレが作ったキャラクターだ。パクリでも何でも無く、正真正銘オレだけのオリジナルだ。


「ええ。もう会っているかとは思いますが、赤い着物を着た少女のAIです。彼女はオリジナルのトウマが作ったもので、あなたがパソコンで作ったテンではありませんよ」


 混乱で頭がグラグラと揺れる。あのテンちゃんはオレが作ったのではなく、前のトウマが作ったもの。オレが作ったのはパソコン上で簡単なアシスタントをするだけの存在で、それが突然知能を持って実体化するなんてことは考えられない。でも、トウマの作ったAIならどうだろう……。

半分放心状態のオレに、バグは更に追い打ちをかける。


「それと今あなたが作っているゲーム。あれも全く同じものを彼は作っていて、ゲームに出てくる町をそのまま情報化して住んでいました。とても穏やかで静かな町です。そこでテンと静かに暮らすのが夢だったのでしょうね」


それも全く同じ。オレが作ったのは小さな町を舞台に、そこに暮らす人々の問題や要求などを解決して豊かにしていこうっていうゲームだ。オレなりに頑張って作ったものの、完成度は低いしゲームの内容事体に面白味がないのは分かっている。ただ、こんな静かな町で穏やかに過ごせたらいいなって思いながら作った、初めての自作ゲーム。


「じゃあオレは……オレは、元のトウマと全く同じことを繰り返してるだけってことか……?」


 オレは茫然と、呟くように言った。するとバグはオレの言葉を肯定するようにゆっくりと頷くと、


「他のコピーは時が経つにつれて変化していくのにここまで変わらないのは珍しいことです。あなたはワタシの主の意思をそのまま受け継いでいる。もはやコピーではなく、トウマそのものですよ」


 トウマそのもの……。でも、オレも燈真だ。柏木燈真っていう一人の人間だと信じて生きてきた。なのに今では自信が持てない。自分が一体何なのか、燈真なのか、トウマなのか頭がグシャグシャになって何もかもが分からない。バグの白い顔が涙で滲んでよく見えない。


「そこら辺でいい加減にしとけよ、ペテン師」


 オッサンの低い声でオレの意識は徐々に現実へ戻って来た。見るとオッサンは今までの中で一番怖い顔をしている。今すぐにでもこいつを殴ってやりたいけどそれを何とか堪えているような表情だ。


「あの手この手で自分の都合のいいように話を作り変えやがって……。お前は柏木燈真の生活を前々から監視し、彼の好きなものや思い入れのあるものを調べてあたかも自分の主もそうであったかのように見せてるだけだろ。テンとかっていうAIだって彼をおびき寄せるためにお前が作った単なる餌だ。違うか?」


「違うっ!」


 そう否定したのはバグではなく、オレだった。違う、それだけは違うと断言出来る。前のトウマも作ったかもしれないけど、オレだってテンちゃんを作ったんだ。だからテンちゃんが偽物かどうかなんてオレが一番分かっている。例えオレの生活を監視したとしても、オレが思い抱いているテンちゃんの声や性格、雰囲気までは分からないだろう。バグが作ったとすれば絶対何かが違うはずだ。でもあのテンちゃんには何の違和感もなかった。オレの知ってるテンちゃんそのものだったんだ。


「騙されちゃ駄目だよ燈真君。君もさっき昔の話だって言ってたじゃないか。君の元になったトウマはもうとっくの昔に死んでいる。死んだ人間はどうしたって生き返らない、君がトウマであるはずがないんだよ」


「それは分かってます……。でも、あれはバグが作ったテンちゃんじゃない、前のトウマが作ったものなんです。テンちゃんを見るとはっきりと分かるんだ……オレとトウマがいかに同じ思考を持ってるかって……」


 オレは途切れ途切れに、小さな声でそう言った。オレが作ったものでも、バグが作ったものでもない。だとすれば前のトウマが作った説が一番辻褄が合う。悲しいけど、大好きなテンちゃんがオレがコピーだってことを一番証明してくれているんだ。

 それから俯いて黙りこむオレを見たオッサンは、大きく溜息をついた後、


「分かった……。君が何者かってことはオレが決めることでも、他の人間が決めれることでもない。そして今すぐに答えが出るものでもないから、これ以上言うのはやめておこう。それで話を移させてもらうけど、この街の完全消去っていうのはどんな理由がある訳?」


 バグを睨みつけて聞いた。一方バグは、相変わらず微笑を貼りつけたまま、


「馬鹿げているからですよ」


 言った。


「何が馬鹿げているんだ?」


 オッサンではなく、カイトがそう質問した。オッサンは黙っていた。まるでバグを見定めるように、ただ見ているだけだった。


「この街の住人は自分達が何者かも知らず、自分の生き死にすら決められず、ただ永遠に生かされ続けなければならないのです。大昔に滅んだ人間のエゴによって」


 バグは呆れたと言わんばかりに両手を軽く持ち上げて答えた。


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