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3 セントラルタワーを目指して

 アパートを出るとテンちゃんの言った通り、そこには誰もいなかった。

外に出て一瞬で「あ、これは誰もいないな」って分かる状況なんて、普通一生に一度も経験しないだろう。

 街が死んだと言えばいいのだろうか、本当に何の気配もしないのだ。オレの視界にあるもので、動く物は何ひとつない。目に映る物も、耳に入る物も、肌で感じる物の全てが静寂だけで自分の鼓動だけが妙に大きく聞こえる、そんな世界だ。

「主、セントラルタワーはどこにあるのですか?」

 テンちゃんに尋ねられ、

「ほら、あそこに大きなタワーがあるだろ?あれがそうだよ」

 オレはビル群の中でも抜き出て高く、円柱型の建物を指さした。上部は塔にボールをはめ込んだような造りになっていて、ガラス張りの壁がここからでもキラキラ光って見える。

テンちゃんはセントラルタワーを眩しそうに見上げると、

「あれがセントラルタワー・・・。この街の電波塔なんですね」

 そう呟いた。

「何だ、知ってるじゃん。展望台とかレストランとかがあって、夜は街の明かりが凄く綺麗なんだよ」

「あそこに何か、不吉な予感を感じます」

「・・・はい?」

 オレの説明はあっさり無視され、しかも真剣な顔で不吉なことを言ってくれたテンちゃん。

 確かに着物姿で占い師っぽくも見えなくもないが、オレは彼女をそんな風に作った覚えはない。頼むから眉間にしわ寄せてタワーを睨みつけてないで早く現実に帰って来てくれ。

「それじゃあ、タワーには行かない方がいいですか・・・?」

 オレは何だかんだ言って結局そういうのを信じてしまうタイプで、内心少しビクビクしながらそう聞いた。

「いえ、行ってください。主。きっとタワーへ行けば全てが分かりましょう。状況も掴めぬままいつまでも二人きりでいた方が危険ですから」

「う、うん。分かった」

 テンちゃんのはっきりとした物言いに、最初から今まで分かったことなどひとつもないオレは頷くしかなかった。

 オレは誓ったんだ。テンちゃんを信じるって。今さっき誓ったばっかりじゃないか!だからやっぱ怖いし訳分かんないからもう一回布団に入って寝たいとか、そしたらやっぱり夢でしたってオチになるんじゃないかな、とか考えちゃ駄目なんだ。

 オレは早くも挫けそうになる自分にそう言い聞かせ、セントラルタワーを目指して歩き出した。


「ここのタバコはいいね。いくら吸っても肺が汚れない」

 セントラルタワーの一室で、男は白い煙を吐きながら呑気に言った。

 男のいる部屋は無機質な白で統一されていて特に何もなく、ガランとしている。部屋の真ん中にはパイプ椅子が四脚並べられていて、男はそのひとつにだらしなく座っていた。

「カイト君も一本どう?体に良いよ」

 そんなふざけたことを言いながら、男はヒラヒラとタバコの箱を、壁に寄りかかっている青年に見せびらかした。

 青年は心底どうでもよさそうな口調で、

「いらん」

 ぶっきらぼうにそう答えた。その目は不機嫌そうに床を睨んでいる。

「あれ?何かご不満?」

 そんな青年を茶化すように男はニヤニヤと笑う。青年は男の挑発に乗ることもなく、

「俺はお前の命令に従うようになっている。不満はない。だが理解は出来ない」

 淡々と答えた。

「こんな街、バグの好きなようにさせとけばいいって思ってんでしょ」

 男は足を組み、その上で頬杖をついて青年を見た。青年が黙って頷く。

 男は小さく溜息を吐いた後、

「この街にはさ。実に沢山の人間が暮らしている」

 視線は遠くを見て、語りかけるように言った。それに対し、青年は冷めきった表情でこう思う。沢山の人間。どこに?

「様々な人間がいて、それぞれの生活があって、中には生きてたくないってヤツもいるだろうけど、大半は死にたくないって思ってる」

 思ってる。誰が?

「オレはそういうヤツらの生活をずーっと見守っていくのが役目だと思ってる」

 見守っていく。一体何を?

「だからっていつまでもボーッと見てるだけじゃ駄目なんだよな。どこかで守らないと。そうじゃないとオレらのいる意味が無い」

 だから。

 青年は僅かに顔を歪め、目を瞑る。

 お前が守ろうとしている人間なんて、最初からいないんだよ。

「いっちばんのりーっ!」

 青年が目を開け、何かを言おうとした時、元気のいい声と共に青色のランドセルを背負った子供が飛び込んできた。

 子供はキョロキョロと部屋を見渡し、男と青年を見つけると、

「あれ?ここがきんきゅーかいぎしつ、でいいんだよね?」

 無邪気な表情でそう尋ねた。

「そうだよ、お譲ちゃん。よく来てくれたね」

 男が答える。すると少女は目を輝かせて、

「ねえねえオジさん、バグって知ってる?どうして誰もいなくなっちゃったの?オジさんなら知ってるんでしょ?ぜーんぶボクに教えてよっ!」

 今の状況が楽しくてしょうがないと言った様子で、捲し立てるように言った。

 それを見て男はニヤリと笑い、青年は興味無さ気に視線を落とした。


「えー、生き残りのみなさーん。聞こえますかーあ?一体何がどうなったのか訳分からんと思いますがぁ、オレも全く訳分からんので一度みんなで集まって話し合いましょーう。という訳で、セントラルタワー一階の緊急会議室にしゅうごーう。時間は昼の十二時だからねー」

 何度聞いてもふざけているとしか思えない放送。これで五回目になる。

 オレとテンちゃんは広い道路のど真ん中を、堂々と歩いている。普段だったら毎日忙しなく行き交う車も人も今はいない。見上げれば日差しの強い青空に白い入道雲。それをバックに蝉のけたたましい鳴き声が聞こえてきそうなものだけど、何も聞こえてこないのはやっぱり不思議だ。

 最初はこの状況が不気味でしかなかったけど、慣れてくると解放感があって案外いいもんだ。このまま誰もいないのも気楽かなー、なんて考えていると、テンちゃんがチラリとオレを見てきたので慌てて頭を切り替え、こう尋ねる。

「そう言えば、昨日のメールがどうとかって言ってたけど、何か関係があるの?」

「はい。・・・主はバグという名前に聞き覚えはありませんか?」

「バグ・・・?」

 オレは空を見上げバグと名のつくものの記憶を探っていく。・・・そういや、最近チャットでやたらと出てくる名前だ。オレはあんまり興味無かったからよく見てはいなかったけど、聞いた話によれば、

「神出鬼没で正体不明のお騒がせ野郎?」

「え・・・っ、そうなんですか?」

 なぜが戸惑い気味のテンちゃん。そうなんですかって、テンちゃんの言うバグとオレが聞いたバグってもしかして別人?

「いや、人に迷惑かけるような事しかしてないって聞いたから。最近原因不明の停電が起きたり、あちこちで信号が止まったり、コンピューターウイルスがばら撒かれたり、変な事件が多発してるんだって。それがバグの仕業だって言われてるけど、ほんとはそんな人物存在しなくてただの都市伝説じゃないかって噂だよ」

 オレは肩をすくめ、笑いながらそう言った。一部じゃバグは絶対いるって言う人もいるらしいけど、オレもただの都市伝説だと思う。噂が噂を呼んで、その内誰かがでっち上げた話を皆が信じちゃったんじゃないの?

「いえ、決して都市伝説などではなく、バグは実在します」

「へえ、そうなんだ。ロクでもない奴がいたもんだね」

 世間話でもするような感覚でオレはそう返した。

「そのバグがメールの送り主でして」

「えっ・・・そうなの?」

「はい、そうなんです」

 テンちゃんはしっかりと頷いた。

 早速世間話できるようなレベルでは無くなってしまった。だってオレにはそんな正体不明の知り合いはいないし、あんな変なメールを送られる心当たりも無い。しかもメールの内容だって「迎えに来ます」とかって言う、どう見てもフレンドリーな感じではなく、ホラーな展開だった。オレはしばらく考えた後、

「分かった!街の人全員に同じメールを送ったんでしょ!」

ポンッと手を打ってそう言った。しかしテンちゃんは首を横に振り、

「いいえ、バグがメールを送ったのは主一人だけです」

 そう答えた。そして更に、

「そして街の人々を消してしまったのもバグなんです」

 信じられないことを言ってくれた。

 オレはもう、言葉も出なかった。分からないことが多すぎだ。街の人々って、かなりの数だぞ。それを消すって、一体どうやって?何をどうすればそんなことが出来るの?

「あの・・・オレ、全然分かんないんだけど、街の人を消すってどうやって?」

 一瞬オレの脳裏には、バグが街の人を皆殺しにしたんじゃないかという考えがよぎった。でもそんなこと信じたくないし、そうじゃないと思う。殺したとかそういう暴力的な方法じゃなくて、街から人だけが消えてしまった感じだった。もしそんな数を殺そうとすれば爆弾やミサイルなんかで街ごとふっ飛ばさないと駄目だろうし、それでも全員は無理だろう。

「それは本人に聞いてみないと分かりません。こんな芸当、私にはとても出来ませんから」

 オレの質問に、テンちゃんは首を横に振りながら答えた。いや、テンちゃんじゃなくても誰も出来ないよ、そんなこと。

 全く知らない人物からの意味不明なメール。しかもなぜかオレにだけ送られて来た。そしてそいつは最近噂になっている都市伝説の正体で、どうやら街の人を消してしまった。

今までの情報を一端整理してみた。まだ大したことは分かってないものの、それでもオレを怖がらせるのには十分な情報だった。

「あの・・・それでどうしてバグはオレなんかにメールを送ったのかな・・・?それは街の人を消したっていう行為とどう繋がるんだろう・・・。オレは一体この先どうなるんですか・・・?」

 ああ、まずい・・・。思わず聞いてしまったけど、ほんとは怖くて聞きたくない。夏なのに、暑いのに、背筋の寒気が止まらない。

 テンちゃんは答えず、前方を見つめて何かを考えているようだった。オレも視線を前に向けると、気づけばセントラルタワーは目の前に迫っていた。

「主」

 テンちゃんは短く言い、急に足を止めた。オレも慌てて立ち止る。

「ここから先は主一人で行ってください。私は、この先へは行けません」

「え・・・何で?」

 てっきり一緒に行けるもんだと思っていたオレはちょっとショックを受けた。それにこの状況で一人にするとか、ほんとにやめてくれよ。

「この先で待っている人物は恐らく、この街を管理している者です。私は彼らにこの街へ来ることの許可を取っていない、つまりは部外者なんです。そんな私が姿を見せれば、彼らは一緒にいる主も疑います。それに本来私は実在するはずがなく、ここにいる事自体がおかしいという事に一番気が付いているのは主でしょう?」

 そう言ってテンちゃんは、無表情のまま首を傾げた。

 確かにテンちゃんがここにいる事に一番驚いているのはオレだろう。でも、それが悪い事だなんて思ったことは一度もない。

「そんなことないよ。確かに最初はびっくりしたけど、おかしいだなんて思ってないよ。むしろテンちゃんに会えて嬉しい位だもん」

 オレは正直に自分の気持ちを伝えた。テンちゃんに会えて嬉しい所か奇跡、今でも夢を見てるみたいだ。それに自分の作ったキャラクターが存在しちゃいけないみたいな事を言うのは、見ていてとても悲しいと思った。

 それを聞いたテンちゃんは最初は驚いたようにオレを見ていたが、

「主は・・・優しいですね」

 悲しそうな笑みを浮かべてそう言った。

 いやいや、確かにテンちゃんには優しいけど、なんだその悲しそうな顔は。そんな顔をされると余計に心配になるじゃないか。

 そう思い、慌てふためきながらどう声をかけようか迷っていると、テンちゃんはすぐに凛とした表情に戻り、

「主、大丈夫ですよ。彼らは主の敵ではないですし、バグから主を守ってくれるでしょう。私はここで待っていますから、安心してセントラルタワーへ向かってください」

 そう言われると、オレも嫌だとかは言えない。

「う、うん。分かったよ」

 とりあえず、セントラルタワーへ入れば全てが分かるんだ。オレはそう信じて、テンちゃんに向けて片手を上げると、

「じゃあ、行ってきます」

 そう言って歩き出した。テンちゃんは一礼して返すと、そこから一歩も動かなかった。

 ほんとにあそこでずっと待ってるのかなぁ。とか思いながら、オレはテンちゃんに背を向けてセントラルタワーへと入って行く。




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